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あの後、牧場仕事の手伝いを終えた帰りに、まさかの騒動が起きた。
抑圧された火精霊の暴発とジニーによるそれらの火精霊を掻き消し、消えかけていた猫精霊と仮契約を結ぶことができた。
あの後、一度、湯屋で汗を流して、着替えてからレスカの牧場に集まる。
その際――
「コータスさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、一応もう薄皮は張っている」
俺が迂闊に火精霊の炎に触れてしまった結果、どうやら腕に火傷を負ってしまった。
それも再生能力のある【頑健】の加護で既に分からないくらいに火傷の跡は治っているが、心配したレスカによって火傷に効く塗り薬が丁寧に擦り込まれ、包帯を巻いていく。
「コータス兄ちゃん、ごめんなさい」
『ニャァ~』
俺に謝るジニーと猫精霊。
あの後、一度精霊界に還して、再びジニーの魔力で召喚したために、両者の間では、ちゃんとした契約が成立しているようだ。
「気にするな」
「でも!」
確かにジニーの【火精霊の愛し子】によって好きという感情が、嫉妬や憎悪に変わり、暴発したのが原因だ。
それを予測するのもジニー自身には不可能であるし、不用意に触れた俺も悪い。
だが、それより先に――
「ジニー」
「は、はい!」
「火精霊との契約、おめでとう。これで精霊魔法使いだな」
俺の言葉に、呆気に取られたジニーは、瞬きを繰り返す。
ジニーが顔を顰めたかと思うと、ジニーの目元に涙が溜まり、そして大きな声で泣き始めた。
「うぇぇぇぇぇん!」
「ど、どうした、ジニー」
「ひっ、コータス兄ちゃ、が、優しすぎて、うぇぇぇぇぇん!」
そんなジニーに俺の腕に包帯を巻き終えたレスカが抱き締め、頭を優しく撫でる。
「そうですね。大丈夫ですよ、ジニーちゃん」
ズビズビと鼻を鳴らしてまだ涙を流し続けるジニーに俺と猫精霊は、困ったような表情になる。
「レスカ姉ちゃん……コータス兄ちゃんが、優しすぎる……」
「そうですね。コータスさんは、優しすぎますね」
優しすぎるつもりはないが、何がジニーの琴線に触れたのか分からず、オロオロとする。
「ふふっ、コータスさん、困ってますね」
「どう、今のジニーに接したらいいか、分からない」
そう答えると、レスカに抱き締められて少しだけ落ち着いたのかジニーは、ひっく、ひっくと嗚咽を漏らしている。
「多分、ジニーちゃんは、自分が情けなかったんだと思いますよ」
「情けない? 暴走した火精霊と対峙して一歩も引かなかったのに?」
「自分の身近な人が自分の所為で傷ついたんです。それでも、優しくされちゃったら、やっぱり、情けないですよ」
そう言われて、ジニーが何に対して泣いているのか理解し、今度は自分自身を恥じた。
俺が迂闊にも火精霊の炎に触れたばかりに、ジニーの心の負担を作ってしまった。
言わば、いらない怪我をして心配をさせてしまったのだ。
「はぁ……騎士の仕事は、難しいな」
人々の生活と安寧を守るのが仕事だが、身近な女の子一人の心も満足に守れない。
自分が身を挺して庇って俺が傷ついたら、庇われた側の心に傷が付く。
やっぱり、騎士は難しい。
そして、しばらくレスカとジニーの様子を眺めていると、ジニーの嗚咽が止まり、目元も泣き腫らして赤いが涙は止まったようだ。
それでも、恥ずかしさからレスカの影に隠れるようにレスカにくっついている。
「あらあら、ジニーちゃんの泣き声を聞いて見に来てみれば、落ち着いたようね」
ヒビキは、屋内でのラフな格好に着替え、愛用のメガネを掛けて手には、魔力で生み出した【賢者の書庫】の本がある。
「ジニーちゃんの気持ちは、私もよく分かるわ」
「……ヒビキ姉ちゃん」
「できれば、自分がコータスの火傷を肩代わりしたい、って言う気持ちもあるわ」
ヒビキの言葉にジニーが感動するように見つめる。
だが、それも一瞬だけだった。
「そう、私が傷を負ったら! その傷の責任として、ジニーちゃんと結婚できるから!」
「…………」
ジニーには、言葉なく、尊敬の視線は一瞬で、ゴミを見るような視線に変わる。
「変質者、お願いだから黙って」
「ああ、ついでに、コータスが負った傷の責任として、ジニーちゃんとコータスが結婚は、認めませんよ! お姉さんが面白くないから」
お前の基準は、全部面白いか、面白くないか、なのか、と内心ツッコミを入れる。
まぁ、俺の場合は、【頑健】の加護で傷など綺麗に治るので、そんな責任は必要ない。
「そう考えると、アラドさんやマーゴの時にコータスさんが沢山怪我を負いましたから、私が責任をとって、け、け、結婚を!」
「レスカ、そこまで重く考える必要はないぞ」
レスカは、単なる冗談とは受け取らずに、狼狽えるために、落ち着けさせる。
「ヒビキの冗談は置いておくとして、色々とこれからについて相談するべきじゃないのか?」
「ほんと、コータスは、こういうことには性急よね。まぁ、これに関してはじっくりとジニーちゃんと話し合わなきゃね」
そう言って、文句を言いつつも全員が食堂のテーブルに座り、話を聞く。
「それじゃあ、私からも改めて、ジニーちゃんは、中級精霊との契約の成功おめでとう」
「ありがとう、ヒビキ姉ちゃん」
ヒビキの言葉に、一度泣いたジニーは、今度こそ素直に受け取ることができた。
「色々とあの場の契約での出来事について、疑問は残ると思うのよ。なんで火精霊たちが掻き消えたのか、とか今になって契約ができたのか。私なりに考えてみたの」
そのことについて、確かに疑問が残ったために俺たちは、頷きヒビキの考えに耳を傾ける。
「簡単に言えば、ジニーちゃんが明確に邪魔する火精霊たちを拒否したからじゃないかと私は思うの」
「そんな……ことでか?」
「世の中、案外そんなこと、ってものが一つの方法だったりするのよ」
確かに、ジニーが火精霊との適正があることや火精霊の嫉妬によって魔法が暴発していた事実もつい最近の出来事だ。
そして、ジニーは、自身の目標である冒険者になるために、鍛錬や魔法の訓練、精霊との交信などを熟していた。
その最中には、弱音などを飲み込み、火精霊に歩み寄ろうという姿勢が見えた。
だが、今までの妨害された鬱屈とした思いが爆発したのか、初めて【火精霊の愛し子】のジニーが火精霊を拒絶するような言葉を出した。
それにより邪魔をする火精霊たちが一気に引き、無事に猫精霊と契約することができた。
「じゃあ、あたしには、もう火精霊は寄ってこないの? 嫌われちゃった?」
不安そうにするジニーだが、大丈夫だと言うように猫精霊が甘えるように体を擦り付ける様子を見て、レスカが予想を口にする。
「それは、ないんじゃないでしょうか?」
「レスカ姉ちゃん、どうして?」
「精霊は、目に見えないだけで至るところに居ると言いますし、ジニーちゃんの傍にいた火精霊は極一部ですから……」
「また、落ち着いたら近寄ってくるのか?」
俺の言葉に、レスカがそうじゃないか、と苦笑いを浮かべる。
そして、猫精霊もそれを思ったのか、ウニャッと頷きながら憂鬱そうに溜息を吐き出している。
「さて、無事にジニーが火の中級精霊と契約できたことで今後の方針について聞こうと思う」
冒険者としての知識と剣術の基礎を教えている俺と魔法使いの師のヒビキは、以前からジニーにはどのように教えればいいか相談していた。
その中で、無事に精霊と契約できた後のプランについて、ヒビキがジニーに話す。
「前から言っている通り、精霊魔法に関しては、私もコータスも専門外だから教えることはできないわ」
「う、うん」
「だから、ジニーちゃんは、今後、その猫精霊と良く話し合う必要があるわ」
話し合う、ってどうやって、と人間の言葉を話せない猫精霊をジニーは、見つめる。
だが、猫精霊にも知性はあるので、首振りで『はい』と『いいえ』ということを理解できるはずだ。
そこから繰り返し、地道に対話を行ってもらうしかない。
「まぁ精霊と契約できて、他の火精霊の妨害をその猫精霊が抑えてくれるから、後は私に火魔法を教わるってのも一つの選択肢かしら」
『ニャニャッ!?』
冗談っぽく言うヒビキに対して、猫精霊は、契約したのに自分の役割それだけ! とで言いたげな驚き方をして、すぐにヒビキが、ごめんごめん、と謝る。
「まぁ、しばらくは猫精霊に名前でも付けて、話し合いとかしてね。あとは、何か話すことはあるかしら」
そんなヒビキの説明に俺からは話すことがないと、首を横に振る。
だが、レスカは、話したいことがあるようで小さく手を上げる。
「あの……今は雨季のなり始めですけど、嵐などの雨が強い時の鍛錬はどうするんですか?」
「そうか、それを考えていなかったな」
俺やレスカは、牧場仕事をするので、晴れや雨でも関係ない。
身体的な鍛錬は、雨具を着て、雨の日は雨の日なりの歩き方や滑りやすさなどを教えることができ、室内でもできる運動なども教えることができる。
また、いつもより運動の比重は減らし、ヒビキの座学や魔法の講義を中心にすることができる。
だが、それは、雨が弱い時だ。
「雨季は、雨が強い時は、外出は危ないですし、なにより牧場仕事とか町の防災対策でコータスさんが動く必要があるかもしれませんよ」
「なるほど、それならこの時期の鍛錬は基本中止の方がいいな」
「そんな! コータス兄ちゃん!」
ジニーが抗議の声を上げるが、その後、俺とレスカが宥めた後、俺とヒビキがリア婆さんの薬屋まで送り届け、火精霊と契約できたことを説明した。
モンスター・ファクトリー1~3巻が発売中です。
是非、書店で手に取っていただけたらと思います。