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2-2

 2-2


 昼が少し過ぎた頃、気絶していたジニーが目を覚ます。


「……コータス兄ちゃん、レスカ姉ちゃん、ヒビキ姉ちゃん。あたし、どうしてた?」


 レスカの牧場の牧草の上で気絶した後、目が覚めたら客間のベッドに寝ていた。

 そこから眠気眼を擦りながら、魔力を使い果たして気怠い体を起こして起きてきたようだ。


「ジニー、起きて大丈夫か?」

「ん、ちょっと頭がぼうっとするけど、平気。コータス兄ちゃん、あの後、何があった?」


 そう聞いてきたジニーは、食堂の席に座り、ヒビキが注いだ水を飲みながら、俺の話を待つ。


「魔力の枯渇による気絶だ。【契約魔法】で精霊との繋がりを作ろうとして拒否されたショックもあるだろうな」

「じゃあ、失敗したんだ……」


 ジニーは小さく呟き、しょんぼりとしているが、そんなジニーを慰めるようにレスカがそっと抱き締める。


「大丈夫ですよ。ジニーちゃんは、精霊の召喚までは成功したんです。誇ってもいいですよ」

「ん、レスカ姉ちゃん、ありがとう」

「それじゃあ、お昼を温め直しますね」


 俺たちは、ジニーが起きるより先に昼食を頂いたので、ジニーの分の食事をレスカが用意するのを待つ。

 そして、レスカが温め直した料理をジニーの前に並べ、俺たちの視線を受けているのでジニーは少し食べ辛そうにする。

 特に、ヒビキが少しだらしない笑みを浮かべて、ああ、可愛い義妹の食事姿をじっくりみれるって幸せ、などと言っているので、ヒビキへの視線は冷たいものに変わる。


「レスカ姉ちゃん、ごちそうさま。おいしかった」

「お粗末様です」

「私もごちそうさま」

「ヒビキ姉ちゃんは、黙って」


 そして、食べ終わった後、ヒビキのふざけた言動をざっくり切り捨てるジニーに、ヒビキは、雰囲気から真剣なものに変える。


「まぁまぁ、そう怒らずに。ジニーちゃんは精霊との契約が失敗したみたいに感じてるけど、実はまだチャンスがあるのよ」


 そう言うとジニーがヒビキの言葉に驚き、立ち上がる。


「ヒ、ヒビキ姉ちゃん! それってどういうこと!?」

「そうね。それの説明には……出てきなさい」

『ウニャァァツ……』

「その、鳴き声……」


 ヒビキの呼び掛けに、ジニーから隠れるように逃げていた猫精霊が、背中にチェルナを乗せたペロに咥えられて、姿を現わす。

 途中で逃げようとジタバタするが、最終的にどこか観念したような表情でジニーの前まで連れてこられた。


「えっ? どういうこと? 契約に失敗したんじゃないの? えっ、なんでいるの?」


 契約して魔力的な繋がりがないと、この世界で実体化し続ける魔力を補給できない。

 そのために、召喚して力を行使したその限りの精霊魔法で呼び出された精霊は、すぐに精霊界に戻る。


「召喚には成功しているわ。この猫精霊は、私たちが用意した魔法の触媒とジニーちゃんの魔力でここに居るわ」


 だが、この猫精霊は、召喚された後も帰ることなく居続けているのだ。

 ジニーが契約しようとした際に威嚇のような拒否を示したが、その後の反応でジニーを気にしていることから【火精霊の愛し子】の内包加護の魅力は、きちんと存在しているようだ。


「だから、まだ居続けている猫精霊と契約するチャンスはあるわ。タイムリミットは、この子が実体化するための魔力が尽きるまでね」


 そして、次に召喚される中級の火精霊がこの猫精霊と同じであるとは限らない。


「ジニーちゃんの選択肢は、この猫精霊が帰る前にちゃんとした【契約】を結ぶか、この猫精霊を諦めて別の精霊を呼び出して契約を結ぶか」


 その選択肢にジニーは諦めたようにペロに咥えられる猫精霊を見る。


「……あたしは、まだチャンスがあるなら、この火精霊と契約したい」


 そう言って、ジニーは、猫精霊に近づき触れようとしたが――


『フシャァァァッ――』


 そして、ペロに咥えられた猫精霊は、再び威嚇するように声を上げて、ジニーに触れられるのを拒否する。

 流石に、二度連続で拒否するように威嚇されれば、まだ12歳のジニーもショックを受けたようだ。


「どうして、あたし【火精霊の愛し子】じゃないの? なんで嫌われてるの?」

「大丈夫ですよ、ジニーちゃん。次は成功します。今日は疲れているから休みましょう」

「ほら、今日は私とのんびりしましょう。お姉さんがジニーちゃんの好きなお菓子買ってあげるわよ」


 年相応に泣きそうな顔をするジニーにレスカとヒビキが左右から抱き締めて慰める。

 対する猫精霊も、ペロから放されて床に降り立つと、失敗したという罰の悪そうな顔を共に、そのままレスカの牧場の母屋から駆け出して出て行く。


「あっ……」

「俺は、猫精霊の様子を見に行ってくる」


 猫精霊が去るのを悲しそうな小さな声を上げるジニー。

 今のジニーは、レスカとヒビキたち女性陣に任せて俺は、猫精霊を追って牧場を出る。

 曇り空の中で、猫精霊がどこに逃げたのか探すが、流石は猫だけあって素早い。


『ウニャァッ』


 鳴き声の方を振り向くと、猫精霊が駆け出す姿が見え、どうやら町中の方に向かったようで俺も追い掛ける。


「おっ、左遷の兄ちゃん、どうした?」

「すまない。猫を探しているんだ」

「猫? ああ、牧場町に珍しく野良猫が居ると思ったけど、あっちにいるぞ」

「助かる」


 そんな感じで町中で、すれ違う牧場町の住人が声を掛けてくるので、猫探しに協力してもらう。

 ここに左遷された当初は、目付きの悪さと余所者ということでやや余所余所しかったが、左遷されてから三ヶ月の間を真面目に牧場仕事の手伝いと町の巡回をしていたので、それなりに受け入れられているようだ。


「あら、騎士さん。猫さん探し? それならあっちの方で見たわよ。そうだ、今朝、うちの畑で採れた野菜。形が悪いやつだけどいるか?」


「あー、騎士の兄ちゃん、猫? それならあそこで見つけて触ろうとして逃げられた。もし捕まえたら、俺らにも触らせてくれよ」


「なんだい、兄さん、そんなに慌てて何か厄介ごとか? 猫探しているのか、誰が頼んだか分からんが頑張れよ! あっ、そうだ。今度、うちの牧場手伝ってくれ。これ前賃代わりだ」


 すれ違う町人たちに猫精霊探しの情報を貰っていると何故か籠を持たされ、その中に形の悪い野菜をお裾分けされ、牧場の手伝い代わりに紙に包まれたブロック肉を渡される。


 そのままお裾分けを持って悪目立ちしていると、牧場町でも一番熱気のあるサラマンダー牧場の前まで来た。


「ここが、猫精霊の逃げ込んだ場所か」


 なぜここか、と考えると、やはり温かいからだろうか、と思い、サラマンダー牧場の牧場主に話を通す。


「すまない。こっちに猫は来なかったか?」

「猫? ああ、うちのサラマンダーたちの中になんか紛れてるんだよな。ほら」


 トカゲ型の魔物である大小様々なサラマンダーたちの中に猫精霊が混じっている。


「何で猫がいるのか知らんけど、引き取ってくれねぇか?」

「わかっている」


 頭を抱えるようにして身を捩る猫精霊の人間臭い様子に、見た目は猫だが人間に近い知性を持っていることを感じる。


「なぁ、少し良いか」

『ニャニャッ!』


 俺が近づき、声を掛けたところで驚き、飛び跳ねて俺から距離を取る猫精霊。

 そのまま構わずに目の前の地面に座って胡座を組み、なるべく視線を合わせる。


「お前は、俺の言葉が理解できるか? できると仮定して話をする」


 俺がそう語り始めると猫精霊は、少し警戒しながらもお座りの状態で俺と向かい合う。


「お前は、別にジニーのことを嫌っているわけじゃないよな」

『ニャニャニャッ!』


 その通り、とでも言うように何度も首を縦に振る猫精霊に質問を重ねる。


「本当は、ジニーと契約したい」

『ニャッ!』


 力強い頷きにやはり【火精霊の愛し子】の内包加護の魅力は、この猫精霊にも通じているようだ。

 だが、この猫精霊は、契約を拒否している。

 そう言えば、召喚する直前、魔力の炎の中には多種多様な精霊の影がうっすらと見えたのを思い出す。

 また、ジニーが火精霊の嫉妬により火魔法を使うと干渉されて暴発することがあることを考えると――


「まさか、他の精霊が妨害している? というかジニーの周りに精霊が多すぎて契約が難しいとか」

『ニャニャニャニャッ!』


 嬉しそうに力強く頷く猫精霊に拒否の理由が分かった。


 まともに【火魔法】の加護を使うために、【火精霊の愛し子】に魅了される下級の火精霊を押さえ込まないと行けない。

 そのために、中級の火精霊の協力が必要であるが、それ以前に、下級の精霊たちが愛すべき愛し子を独占させないために猫精霊との契約を妨害しているのだ。


 そして、猫精霊の威嚇の魔力の波動とは、そうした妨害するために近づく精霊を散らすための俺の《錬魔》のような効果があるのだろう。

 その結果、ジニーの契約魔法の魔法陣も乱され、壊される。


「こりゃ、いきなり契約を持ちかけるよりも少しずつ関係を結んでから契約に入らないとダメだなぁ」

『ウニャァ~』


 なんとも前途多難な精霊契約だなぁ、と思い頭を掻く。

 そして、そんな猫精霊を抱きかかえて、レスカの牧場に戻る。

 その際、猫型精霊と言えども猫に触れたことに小さな感動を覚える。

 大抵の動物などには怖がられる目付きであるために、猫に触ったのは初めてであり、思わずそのまま腕の中の猫精霊を撫でてしまう。


『ゴロゴロゴロッ』

「喉の下あたりが気持ちいいのか? 他にやってほしいところはあるか?」


 そう尋ねると耳の後ろ辺りを俺の手に押し付けてくるのでそこを撫でる。

 そうして、レスカの牧場に戻ってくると――


「コータスさん、おかえりなさい。って、あれ? なんですか、その荷物は」

「……猫精霊を探しに行ったら、お裾分けを貰った」


 俺の説明に一瞬訳が分からなかったようにポカンとしたレスカだが、すぐに理解して微苦笑を浮かべる。


「そうですか。お疲れ様です」

「コータス、おかえり。猫精霊は見つかったみたいね」


 レスカに遅れて、ヒビキも俺の帰りを出迎え、ジニーもやってくる。

 そして、俺と俺の抱える猫精霊を見て――


「……ズルい。コータス兄ちゃんの方が、仲良くなっている」

『ニャッ!?』


 そんなつもりはなかったのに、ジニーから恨めしそうな目で見られて俺も猫精霊も驚く。


「いや、その……」

『『ワフッ』』

『キュイ!』


 そんな俺に、自分も構ってくれと突撃してくるペロとチェルナを受け止めて、踏み留まる。


「ジニー、いくつかこの猫精霊の話があるんだ」

「う、うん」

「どうやら、別にジニーを嫌っているわけじゃないんだ」

「嘘だ! だって、あたしにだけ威嚇するし!」


 ジニーの言葉に、猫精霊の耳が力なくへにゃりと垂れ下がる。

 流石に不憫なので、ちゃんとフォローする。


「実体化して、ジニーとの契約の機会があるから見えない他の火精霊に邪魔されているようだ」

「えっ、それって……」

「だから、ジニーが触れようとするとそうした火精霊たちが騒がしいからそれに対する威嚇みたいなんだ」

「じゃあ、ホントにあたしを嫌ってない?」


 ジニーの問い掛けに、ウニャウニャと何度も頭を縦に振って頷く猫精霊。

 その言葉に、少し安心した方に、ホッとしつつも色々と気落ちしたりして疲れているようだ。


「そう、猫精霊にはそういう事情があったのね。それなら、次にまた別の中級の火精霊を呼び出しても結局同じ事になりそうね」


 ヒビキの指摘に、ジニーがじゃあ、どうしようも無いんじゃ、と言った表情をしている。


「だから、できればコイツが居る間に契約させてやりたいが……」


 今日は、ジニーに負担を掛けることはできないだろう。

 それに猫精霊も今日明日で実体化のための魔力を使い果たし、消えるわけでもないのだ。


「今日は、あたし家に帰る」

「私が送っていくわ。それにリアさんにもちゃんと説明しないとね」


 ヒビキがジニーのお送り迎えを請け負ってくれる。

 その際、猫精霊は、ジニーと一緒にいたいが、一緒に居ると嫉妬した他の精霊がうるさいと悩む素振りを見せて、レスカの牧場に残ることにした。


「ばいばい。また来るね」


 そうしてジニーと離れて、寂しそうに窓の外を眺める猫精霊。

 ペロとチェルナは、そんな猫精霊を励まし、俺とレスカもそんな猫精霊の縞トラ柄の背中を眺めるのだった。


モンスター・ファクトリー1~3巻が発売中です。

是非、書店で手に取っていただけたらと思います。

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