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 その日の天気は、どんよりとした湿気を含む曇り空だ。


「今日は、あんまりお天気が良くなりそうもないですね」

「そうだな」

「この時期になると洗濯物も乾きづらいですから【炎熱石】のお世話になることが多いですねぇ」


 朝の仕事を終えてから母屋の軒下から天気を見つめる俺とレスカ。

 牧場仕事は、何かと汚れたり、動いて汗を掻くので着替えたりするので、洗濯物などが一日に多く出る。

 そして、そうした洗濯物が乾きづらい梅雨には、室内干しになるが、そうした場合、魔物であるサラマンダーの口腔内から採れる熱量を吸収して溜め込み、それを放熱する【炎熱石】を使って乾燥させることがある。

 だが――


「でも、この時期は、【炎熱石】の需要が高まるんですよねぇ。これから寒くなると、コルジアトカゲとかの変温系の魔物には必要ですからねぇ」


 辺境の牧場町には、サラマンダー牧場があるので比較的【炎熱石】が手に入りやすいが、どうしても品薄になる時期でもある。

 その中で、牧場町でも優先的に購入が約束されているのが、変温系の魔物を飼育している牧場である。

 中でもコルジアトカゲの尻尾肉は、牧場町の貴重なタンパク源でもある。


「まぁ、それは後で考えるとして――」


 今日は、特別な日である。

 何かと言えば、ついにジニーが火精霊の召喚と契約を行う日だからだ。


 事前に、準備を行い、保護者であるリア婆さんにも相談して実行される。


「……ジニーちゃん、精霊との交信はできてる?」

「ん、大丈夫。ヒビキ姉ちゃん、なんとなく感じている」


 今は、レスカの牧場の牧草地の上にジニーが座り込み、エルフの里で学んだ精霊との交信法で火精霊を感じているようだ。

 その側では、魔法の師であるヒビキも佇み、サポートに回っている。


「ヒビキ姉ちゃん、そろそろ始めたい」

「分かったわ。コータス、準備を」

「了解した」


 俺は、片手に【圧縮木刀】を掴み、レスカから離れてジニーの近くに待機する。


「ふぅ――《デミ・マテリアーム》」


 半物質化した魔力を籠手状に両腕に生み出し、木刀を覆って強化する。

 召喚される精霊が不測の事態で暴走しても構成される魔力を魔力操作の技能である《練魔》を使って散らせるように準備する。

 また、ヒビキも何時でもジニーを守れるように《プロテクション》の防御魔法を準備させつつ、ジニーにレスカが用意した【インペリアル・カーバンクルの宝石】を小箱から大事に取り出し、ジニーの両手に乗せる。


「さぁ、ジニーちゃん。いつでも始めて良いわよ」


 ジニーは、召喚のための魔法の触媒を手に取り、力強く頷く。

 目を閉じ、両手に持った魔法の触媒に、ジニーの魔力を注いでいく。

 徐々に高まる魔力と輝く宝石の輝きが、赤い魔力が微かに漏れ始める。

 そして――


「あたしのところに来い! ――《精霊召喚》!」


 ジニーの掛け声と共に、カーバンクルの宝石が弾け飛び、魔力の炎が渦巻く。


「ジニーちゃん!」

「くっ!? 失敗したか!」

「いえ、まだよ!」


 レスカが悲鳴を上げ、《精霊の愛し子》の呼び掛けによって狂喜して精霊が暴走したと判断した俺は、飛び出そうとする。

 だが、それをヒビキが押さえ込み、じっと炎の動きを見続ける。


 炎の中には、半透明な下級の火精霊と思しき存在がジニーの魔力と触媒の力によって顕現しようとする。

 だが、その精霊たちの影が一体、また一体と蹴散らされ、その数を減らしていく。

 そして、蹴散らすその影を見て、魔力の炎の中心にいるジニーが微笑む。


「あたしの呼び掛けに答えてくれた中級精霊! そのまま、来て!」


 ジニーの呼び掛けに答えるように魔力の波動を感じ、魔力の炎が急速に収束して一つの形に変わる。


「……やった。来てくれた」


 そして魔力と気力を振り絞り、呼び出した中級精霊を見て、へなへなとその場でしゃがみ込んでしまう。


『ウニャッ』


 現れたのは、猫型の精霊である。

 知性を宿した金色の瞳と縞トラ柄の橙色の毛並みの精霊は、地面に降り立ち、しゃがみ込んでいるジニーと目を合わせている。

 そして、ぼうっと見つめ合っている両者に、ハッと正気に戻ったレスカが声を掛ける。


「ジニーちゃん! 精霊と契約です!」

「そ、そうだった! あ、あたしは、ジニー。あたしは、その、冒険者になりたい。だから、力を貸して欲しいの。そのために、契約してくれる?」


 ジニーがなけなしの魔力で青白い魔法陣を生み出し、【契約魔法】を実行しようとする。

 種類は、レスカからまず教えて貰った【仮契約】を結ぼうとする。

 魔法の触媒を使って召喚した後、力を貸してくれる【仮契約】を結び、精霊魔法使いとなる。

 あとは、召喚された猫型の中級火精霊が受け入れるだけだが――


『フシャァァァァッ――!』

「きゃっ!?」


 猫の威嚇と火精霊の魔力の燐光が吹き荒び、ジニーが思わず契約魔法の魔法陣を崩してしまう。

 それは、精霊からの拒否である。

 そして、呆然とするジニーだが、召喚と【仮契約】に魔力を使い果たしたのか、そのままふらっと気絶するように柔らかな牧草の上に倒れる。


「「ジニーちゃん!」」

『ウニャッ!?』


 倒れたジニーに駆け寄るレスカとヒビキ。そして、倒れたことに驚くように声を上げる猫精霊。

 そして、猫精霊がオロオロとする一方、俺も近づき、そして様子を確かめる。


「ただの魔力を使いすぎただけだ。とりあえず、少し寝かせれば平気だ」


 俺の言葉にレスカやヒビキだけでなく、何故か猫精霊までホッとした様子を見せる。

 そして、ジニーを横抱きにして抱え、レスカの牧場の母屋の客室のベッドに寝かせる。

 その際、俺とレスカ、ヒビキも一緒に移動するが、何故か仮契約を拒否した猫精霊が、実体化したまま心配そうにこちらに付いてくる。

 拒否したのだから、早々に精霊界に帰りそうなものを、と思うが、その付いてくる姿に少しばかり哀愁を感じる。


 その際、母屋の方に待たせていたオルトロスのペロの背に乗った暗竜の雛のチェルナとリトルフェアリーのマーゴが俺たちを出迎え、俺たちに付いてくる猫精霊を見つめる。


『『ワフッ』』

『キュイ!』

『……キニイラナイ、チカヨルナ』


 ペロとチェルナは、友好的な反応を見せるが、マーゴだけは、嫌悪感のある念話を届けてくる。


「ダメですよ。喧嘩しては」

『……カエル。マタクル』


 そう言って、火精霊と同じ場所にいるのがいやなのか、マーゴはそのまま牧場に出て、菌糸の体が溶けて地面に吸い込まれていく。


「やっぱり、マーゴは火がダメか」

「そうですね。火は天敵ですから、火精霊の存在自体が気に入らないのかもしれません」


 一応、成長度合いを一時的に変化させたペロは炎を扱えるし、チェルナも将来的には神竜のブレスくらい吐けだろうから、やはり初対面では火に関係する存在に関しては警戒するようだ。


「とりあえず、ジニーを寝かせよう」


 そして、ジニーを客室のベッドにそっと寝かせて、そのままジニーの側まで居続けようとする猫精霊を摘まみだし、食堂の方にレスカとヒビキと共に移動する。

 野生の猫ならどこか暴れそうなのに、どこか落胆したような様子を見せるのは、やはり中級精霊としての知性の賜物だろう。


 それに、俺の目付きの悪い顔を見てもあまり驚かないからな。


「あー、それにしてもジニーちゃんの火精霊との契約は、失敗かぁ」

『ウ、ウニャッ!』


 俺は、食道のテーブルに猫精霊を下ろし、ヒビキがそう呟くと猫精霊は、驚きの声を上げる。

 なんだろう、この猫精霊の反応は? まるで、仮契約を拒否したのは、手違いや間違いのような人間くさい慌てっぷりだ。


「でも、ジニーちゃん凄いですよ。召喚は、成功ですよ」

「そうね。また魔法の触媒が手には入ったら、今度は別の中級精霊を呼び出すことも考えるべきかしら」

『ウニャニャっ!』

 そう言って、慌てたように鳴く猫精霊にヒビキが一瞬だけニヤリと悪い表情をしてみせる。


「そう言えば、レスカちゃん。契約を失敗した場合って普通はどうするの?」

「そうですね。そこで諦めてすっぱりと別個体の魔物に切り替えることはありますよ。契約の場合、どうしても相性が悪ければ、一生契約できませんから」

『ニャニャッ!』


 より驚くような猫精霊。

 ヒビキの質問にレスカが普通に答えるが、それは、あくまでジニーが選ぶ一つの選択肢と言うわけだ。


「あとは、私とリスティーブルのルインとの場合ですけど、何度も接して触れ合ってお世話して仲良くなって【仮契約】を結びました」

「だ、そうね。だから、ジニーちゃんと仲良くなりたいなら、これからが頑張りなさい。なんか、精霊としての事情がありそうだけど、それを片付けなさい」

『ウニャッ……』


 そして、神妙に頷くように頭を下げる猫精霊。

 その後、ペロやチェルナの興味を引いた猫精霊は、その二匹と触れ合って構われた。

 俺は、天気が崩れそうなので室内でできる鍛錬を行い、レスカが昼食の準備を行う。

 ヒビキは、魔力で作り出した【賢者の書庫】を読み解きながら、家事を楽できる魔法はないか調べているところだ。


 気絶したジニーが目を覚ますまで、そんな穏やかな空間を作って起きてくるのを待っていた。



モンスター・ファクトリー1~3巻が発売中です。

是非、書店で手に取っていただけたらと思います。

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