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俺がロシューの工房からレスカの牧場に戻ると、雨は次第に勢いを増し、夜になる頃には、雨の勢いが更に増してくる。
「本格的に雨が強くなりましたね。この雨の前に棚を作ることができて良かったです」
「ああ、そうだな」
俺は、レスカと共に食後のお茶を楽しむ。
ペロは、床に寝そべり、大きく欠伸をしつつ屋根を打つ雨の音に耳をピクピクと反応させている。
チェルナは、生まれて幼い暗竜の雛であるために、天候の変化というものが気になるのか、窓のそばに前足を載せて空を見上げている。
月に住まうという暗竜であるために種族的に暗視を持っているのか、暗い外の光景を楽しんでいるようだ。
『キュイ、キュイ!』
ピチャピチャ、となる雨音にゆっくりと尻尾と羽根が動く。
そして、そんな部屋の隅に足を抱えるようにして座っている小さな人型にも目を向ける。
『ココチイイ』
うっとりとした念話で湿気の強い部屋の隅にいるのは、コマタンゴの菌糸核が進化して自我を手に入れ、その意志を表出するために作られた妖精・コマタンゴ・リトルフェアリーのマーゴだ。
マーゴの体は、菌糸で形作られているので、部屋の暗くて湿気の強い場所を好むようだ。
そんな俺とレスカ、そしてレスカの調教した魔物たちのいる場所で穏やかな時間を過ごしていると、同じ同居人の少女がラフな格好に、眼鏡を掛けて、木箱を大事そうに抱えている。
「疲れたぁ~。レスカちゃん、頼まれていたものができたわよ」
「わぁ、ヒビキさん。ありがとうございます!」
レスカの牧場に俺と同じく居候している異世界人で【賢者】の加護を持つ少女・ヒビキ。
対外的には、【魔女】の加護持ちとして名乗り、普段は、牧場町で作られる革細工などに付与魔法で何らかの効果を付ける仕事を請け負っている。
そして、そうした仕事がない時は、レスカの仕事の手伝いをしてくれるのだが、今日の畑仕事でいなかったのには、レスカから別の仕事を頼まれていたからだ。
「……これが、火精霊を呼び出すための触媒か」
「そうよ。レスカちゃんが注文してくれた【インペリアル・カーバンクルの宝石】に付与魔法で触媒に適した形に整えたわ」
そう言って、レスカと俺の前に、一つの大きめの赤い宝石を取り出す。
先月、エルフの里に交易に言っている間に、辺境の牧場町で魔物の集団現象が起きた。
その中で、カーバンクル牧場に立ち寄る際、レスカが注文した火の触媒に使えるカーバンクルの宝石が届いた。
その宝石に、【賢者】のヒビキが火精霊の召喚に適した触媒に加工を行い、それがこの赤い宝石のようだ。
「これでジニーはやっと火精霊と契約できるのか?」
「それは、本人次第だから分からないわ。あとは、私たちも安全とかに気を払って、細心の注意を払って準備を進めていきましょう」
「私もジニーちゃんに契約魔法とかの心得を伝えています。後は、実行日をどうするか、ですね」
俺とレスカ、ヒビキの三人は、薬屋の孫娘であり冒険者志望のジニーに、火精霊を契約させようとこうして準備を進めていた。
ジニーは、【火魔法】と【剣術】の加護を持つが、火魔法を使おうとすると暴発してしまう。
だが、その暴発の理由は、【火魔法】の加護に【火精霊の愛し子】という内包加護を持っていたからだ。
そのため火精霊に愛され、そして、火精霊たちを扱わず、火魔法を使うことに嫉妬した精霊たちに邪魔されていた。
そんな冒険者志望の少女・ジニーは、ここ数ヶ月の俺とヒビキに師事することで最近では、体力や持久力も付き、今まで火精霊に邪魔されて暴発させていた火魔法も魔力感知と魔力制御で火種程度なら安全に魔法を使えるようになった。
そして、エルフの里に交易で訪れた際、精霊との交信のための鍛錬方法を教わり、それを真剣に行っている。
「リア婆さんからも実行の許可は頂いたし、後は実行だけか」
「私も対象が精霊か魔物と対象は違いますけど、契約についての心構えとかは色々教えました。たぶん、ジニーちゃんなら大丈夫です」
俺とレスカは、召喚の触媒に使われるカーバンクルの宝石。それも上位種であるインペリアル・カーバンクルのものを見つめながら、自身に言い聞かせるように呟く。
「まぁ、ダメならダメでもう一度触媒を取り寄せて、また試せば良いわよ。むしろ、なんで私たちの方が今から緊張しているのよ」
ヒビキの指摘とあっけらかんとした物言いに、確かにそうだ、と思い、小さく吹き出す。
「今、これを囲んで色々考えても仕方がないし、もう休みましょう」
レスカの少し緊張が解れ、そう提案して寝そべっていたペロが起き上がり、チェルナも窓辺から離れて、レスカの胸元に滑空して飛び込む。
「先に失礼しますね。お休みなさい」
「私も一日中、触媒の調整をしていて疲れたわ、お休み~」
そう言って、飲んでいたお茶を片付け、部屋に戻るレスカとヒビキ。
俺も片付けを手伝う中、ふと部屋の隅で膝を抱えるマーゴに目を向ける。
「お前もレスカと一緒に寝ないのか?」
『ワタシ、ネムリ、ヒツヨウナイ。ワタシ、ココデイイ』
本体が地中深くの菌糸核であるために、ただそこにあるマーゴは、俺の言葉にそう念話を返し、その場から動かずにいる。
ペロやチェルナのように触れ合いの多い距離感とは違い、付かず離れずの距離感がマーゴとの適切な関係なのか、と思いながら自室に戻る。
寝る前に軽く室内でできる腕立てや腹筋などの鍛錬をしてからベッドに入る。
そして、翌朝――
「よく降るな」
「雨季ですから」
買ったばかりのスライムの核を薬剤で伸ばした撥水性のある雨具を身に着け、朝の牧場仕事を手伝う。
ピュアスライムの浄水槽への水汲みは、浄水槽の蓋を開けておけば、雨水が溜まるので、水汲みが多少楽になる。
だが、それ以外の作業が雨の中での作業なので、より大変になる。
「雨の中で牛舎の敷材を運ぶのは大変だな」
「こっちは、飲み水と餌を用意しました」
雨であるために放牧ができないので、少し広めの牛舎の一角を新たなリスティーブルのルインの寝床として用意し、それから今までいた場所を掃除する。
側溝に糞尿の含んだ敷き材を押し込み、水を撒いて洗い流す。
「とりあえず、こっちは、掃除終わりだ」
「コータスさん、ありがとうございます。それじゃあ、牛舎に湿気が溜まらないように換気しましょうか」
レスカと協力して牛舎の窓を開き、換気すれば、水で洗い流した場所の湿気もひんやりとした風で少しずつ乾き始める。
「これで終わりですね。あとは、病気の防止にランドバードの卵を殻を焼いたものを撒きましょう」
病気防止のために撒かれるランドバードの焼いた卵の殻の粉末は、石灰であるために畑などの肥料になる。
そして、それらを撒いたところで一通り、朝の仕事が終わる。
『ヴモ~』
「さぁ、終わったぞ。まぁ、これから雨季が続くからあんまり外に出せなくて悪いな」
ルインが敷き材に横たわり、気怠げな鳴き声を上げる。
「コータスさん、知ってますか? 牛は雨が降ると、今みたいに横たわるんですよ」
「そうなのか?」
「はい。リスティーブルのような牛種の魔物や普通の牛などは、体温を放出するために気温が高い時は立って、放熱する表面積を増やしますが、こういう雨の降っている寒い時は熱やエネルギーを逃がさないために体を横たえるんです」
「そうなのか」
「はい。なので、もし立ちっぱなしだったルインが横たわったりしたら、雨が降る前触れかもしれないですね」
そう言って、レスカからの新たなうんちくを聞き、牛舎周りを確かめる。
その際、俺は、牛舎の裏手に回り――
「そう言えば、ずっと気になっていたが、ここって……」
「そこは、牛糞堆肥を作る場所ですよ」
牛舎の裏手には、牛舎内の側溝に押し流した汚物の行き先と繋がっていた。
そこには、屋根と柱だけの細長い建屋があり、スコップが柱に立てかけられていた。
「今まで見せてきませんでしたけど、見てみます?」
「ああ、少し見させてもらう」
側溝に送られた先がどうなっているか、知らなかったために、こうして見るのは初めてだ。
そこには、屋根の下には、幾つかの小山に麻布が掛けられており、それをレスカが剥ぎ取る。
「うっ、酷い匂いだな……」
「まぁ、糞尿の発酵ですから」
麻布の内側で発酵していたのか、強い熱気と臭気が立ち込め、俺もレスカも思わず顔を顰めてしまう。
「敷き材や藁を含んだ牛糞は、ここでじっくり発酵させて、最終的には、そっちの山のようになるんです」
レスカが指し示す小山の麻布を剥ぎ取るとその下には、黒々とした土の山ができていた。
程よい湿り気と柔らかさを持った肥料に、臭気の強烈な牛糞の小山と見比べる。
「こう変わるんだな」
「大体半年くらい発酵させるために適度に混ぜたり、水を加えて水分量を調節したりするんです」
あと、その牛糞の山は、コータスさんが来る前、私の叔父がまだ辺境の牧場町にいる頃に仕込んだものですね、と言いながら牛糞堆肥を見つめるレスカ。
「レスカは、いつもこの大変な仕事をやってたんだな」
「そんなに大変じゃないですよ。叔父が一緒に居た時は、もう少し多くの魔物の糞尿を処理していましたが、今はルインの分だけですから。それに――」
俺の言葉に否定するレスカ。
そして、その後に続く言葉をレスカが話す前に、目の前に現れたものに驚く。
目の前の地面からニュッと白い菌糸の腕が俺たちの前に伸び上がり、親指を立てているのだ。
「っ!? マーゴの菌糸の腕か!」
「はい。最近では、マーゴがコマタンゴたちに上手く指示を出す他にも、こうして菌糸の腕を生やして、お仕事を手伝ってくれているんです」
菌糸の腕は、実際に仕事ぶりを見せるように、更に複数の菌糸の腕を生やし、互いに牛糞を手渡して、建屋の下に運んでいる。
そして、運ばれた牛糞は、菌糸の腕によって掻き混ぜられ、菌糸を小山に蔓延り、発酵を促進しているらしい。
ただ、事情を知らない人が見たら、地面から無数の白い腕が生えて、何かを運ぶ様は、アンデッドなどの不死系の魔物が謎の儀式でもしているようにも見える。
「中々に強烈な光景だな……」
「あはははっ……」
レスカもそう思うのか、俺の言葉に乾いた笑いで返す。
だが、そのお陰で半年かかっていた発酵がその半分の約三ヶ月ほどで終わる見通しが立ったとのことだ。
こうしてまた一つレスカの牧場について知ることができた。
三ヶ月ほど手伝いを続けているが、まだまだ学ぶことが多く感じる。
本日、モンスター・ファクトリー3巻がファンタジア文庫より発売します。
是非、書店にてお買い求め頂けたらと思います。









