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7-2

7-2


 アラドの念話の通り、夜を待ち、再び念話を繋げる。


「アラド、教えてくれ。」

(それは、小娘が来てからだ)


 そう言われ、はぐらかされる俺は、夜――レスカの部屋に向かう。

 正直、夜間に女性の部屋に向かうのは、マナー違反であるが、俺はレスカと共にアラドの知り得る事実を聞かねばならない。


「レスカ、起きているか?」


 俺がドアを軽くノックすると部屋の中から静かな足音と共にドアに気配が近づいてくる。


「あっ、コータスさん、どうしました?」

「いや、ちょっと話したいことがあるんだ」

「それなら、私も用があるんです」


 夜なので小さく扉を開き、小声で話すレスカは、少しだけ扉を開いてみせれば、チェルナとペロが寄り添うように眠っているのが見えた。


「ペロとチェルナは今、眠っているので、コータスさんのお部屋に行きましょうね」

「……わかった」


 その提案は、レスカと二人っきりで事実を知るのに都合が良いが、少し年頃の少女としてはやはり警戒心が足りないのではないかと思ってしまう。


 そして、準備に一度部屋に戻ったレスカは、黄色い寝間着を着て姿を現わし、少しドキリとする。


「さぁ、コータスさんのお部屋に行きましょう」

「あ、ああ……」


 少々ぎこちない返事をするが、俺はレスカと共に俺の部屋に入る。

 何度も入室した部屋であるが、今だけはいつもの部屋とは違うように感じる。

 そして、部屋に入り、俺から話を切り出そうと思ったが、レスカが俺に振り返りその手の中にあるものを取り出す。


「私の用ってのは、コータスさんにこれを渡すことなんです」

「……これは、ハンカチ?」


 レスカから受け取ったのは、綺麗に折りたたまれた薄緑色のハンカチだ。

 細かな刺繍が施された品の良いハンカチの表面を撫でれば、それがあのエルフ絹でできたものだと思い至る。


「今日、簡単に作れる小物が届いたんです。だから、コータスさんに一番に渡そうと思ったんです」


 そう言って、気恥ずかしそうにはにかむレスカを見て、俺は、愛おしいなぁ、と思う。


「ありがとう、レスカ。大事に使わせてもらう」

「そんな、コータスさんには、守って貰ってばかりですし、私なんて、育てることしか出来ませんから」


 そんな俺の様子を覗き見していたのか、愉快そうな声色のアラドが念話を繋げてくる。


(クククッ、貴様も上手く小娘と二人っきりになれたな)

「アラド……」

「あれ? コータスさん、今アラドさんと念話が繋がっているんですか?」


 俺の小さな呟きに、アラドが念話を繋げたことを感じ取るレスカ。


「ああ、俺の用は、アラドから聞きたいことがあったんだ。その話をレスカと一緒に聞くために来てもらったんだ」

「だから、夜分遅くに来たんですか。でも、どうやってアラドさんと念話でお話するんですか?」


 俺が話をしたいと言った理由に納得するレスカだが、それと共に今のレスカにはアラドとの念話が聞こえない。

 念話は、近距離ならば不特定多数の相手に伝えることはできるが、遠距離となると魔力的な繋がり――この場合だと俺とアラドとの間に結ばれたチェルナの保護者としての契約を介して念話をすることができる。

 そのためレスカは聞こえないが――


(我が念話を感じるために貴様と密着すれば、小娘にも念話が繋がるだろう)

「なっ!? その方法って!」

(一番は、胸部。特に心臓付近に頭部を近づければ、より繋がりやすいぞ)


 まるで悪魔の囁きのような話に俺は、躊躇い、目の前のレスカが小首を傾げて俺を待つ。

 多分、何かをして念話を通じさせることだろう、と思い大人しく待っているようだ。


「レスカ、アラドとの念話を通じさせるために俺と密着しなきゃいけないみたいだ。特に頭部を心臓付近に近づける必要がある」

「えっと……密着、それで頭部を心臓付近というと……ハグっ!?」


 俺の話に驚き声を上げるレスカ。


「無理、無理です!」

(ちなみに言うと、それ以外に基本の方法はないぞ)

「レスカ……」

「ダメ! 無理! 恥ずかしくて死ぬ!」


 いつもの丁寧口調が抜け落ち、混乱した時のレスカの口調になる。

 両手を前に突き出して、俺から少しでも距離を取ろうとするレスカ。

 もう少し時間を掛けて落ち着いたところで覚悟を決めて貰おうと思う俺だが――


(まだ覚悟が決まらんか? なら、この話は未来永劫なしとするか。我も眠い)

「アラド、待て……くそっ!」


 俺は、混乱して両手を突き出すレスカの腕を優しく取り、引き寄せる。


「コ、コ、コータスさん!?」

「レスカ、少しだけこのままで居てくれ」


 俺は、女の子のレスカを強引に抱き締めた緊張から心臓が早鐘を打つように鳴り始める。


「コータスさん!? ちょっと、苦しい! 強引! 離せ~」


 レスカは、より砕けた口調に変わりあたふたするが、段々と俺の腕の中で勢いが弱まり、見下ろすレスカは俯き、耳は真っ赤だ。。

 対する俺は、レスカの甘い匂いと柔らかな抱き心地、俺の体に押し付けられる寝間着越しな胸に、顔が赤くなるのを感じる。


「コータスさん……こうしたいためにアラドさんの念話なんて嘘吐いて、ズルいです」

「いや……」


 誤解だ、と思う俺だが、心のどこかではレスカを離したくない気になっている。

 そして、そんな俺たちを冷やかすかのようにアラドが念話で声を掛けてくる。


(くくくっ、いい加減に観念したようだな)

「ア、アラドさん!?」

「お前……性格悪いな」


 俺は、このタイミングで念話で語りかけてくるアラドに苛立ちを感じ、赤くなった顔がすっと冷静になるのを感じる。

 俺はレスカも同じで、俺の胸に耳を押し当てたまま、目を瞑りアラドの念話を聞こうとしている。


「それで、コータスさんが私と一緒にアラドさんに聞きたいことってなんですか?」

「ああ、この魔物牧場の集団進化やコマタンゴの妖精化。それとレスカの知らないレスカ自身のことを教えてくれる。と言われた」

「私自身のこと?」


 不思議そうにするレスカにアラドは、肯定する。


(その通りだ。小娘の加護は、【育成】だったな)

「はい、そうです。ですけど、それとなんの関係があるんです?」


 レスカの疑問は、そうだ。

【育成】の加護は、割と探せば世に溢れている加護のはずだ。そこに大きな秘密などない。精々、動物や農作物を育てるのに有利な加護程度だと思っていた。


(【育成】の加護持ちの中にはごく稀に【願望反映】という内包加護が存在する)

「「【願望反映】?」」

(加護持ちと対象が双方にそうあって欲しい、そう育って欲しい、と願えば、そのように育ちやすくなる。単純にして強大な内包加護だ)


 願望、強い願いやそうあって欲しい、という願いを反映するのか。


(この内包加護は、加護持ち自身には、影響しない。だが、逆にその周囲には多大な影響を及びす)

「じゃあ、魔物の集団進化や異変ってのは……」

「私と関わった魔物の願いが反映して育った結果――魔物の進化や特性の一部を変質させる変化に繋がった、そういうことですか」


 俺には、レスカの持つ【願望反映】の内包加護の凄さがまだいまいち理解できていない。

 だが、牧場町で起きた魔物たちの集団進化などは、レスカとの物理的な距離が近いほど影響力が大きいのはわかる。


(さぁ、問おう。小娘は、魔物たちが進化する直前に何を願った? ?)


 アラドの声色は、最初の冷やかすような声ではなく、淡々とレスカの内心と問うてくる。

 そして、レスカの答えは――


「コータスさんたちを助けられる唯一が欲しいって願ってたんです。それに、言葉にはしませんでしたが、コータスさんと並んでも見劣りしないものが、欲しかったです」


 エルフの里で最後に過ごした夜に聞いたレスカの願い。

 ほんのちょっとなどと誤魔化すように言っていたが、魔物に影響を与えるほどの願いだったことに、俺は驚きと嬉しさとを覚える。


「も、もちろん。魔物たちには、健康に育って欲しいって願いましたし、美味しい畜産物が採れることも願いましたよ! あとは、あとは……」


 自身の言ったことに恥ずかしさを覚え、被せるように言うレスカにアラドが再び念話で語りかけてくる。


(お前たちの周りで起きた魔物の集団進化は全て、【願望反映】の内包加護によって引き起こされた現象の結果だ)

「リスティーブルのルインが身体強化の魔法を使ったり、オルトロスのペロが成体に変化したり、コマタンゴの妖精のマーゴが誕生したのは――」

(それぞれの願いだろうな)


 リスティーブルのルインは、魔物の膂力だけでは俺に受け止められる事実を受け止め、更なる力として身体強化の魔法を習得した。

 オルトロスのペロは、賢い魔物であるために、自身が成体になれば周囲に怖がられ、レスカも恐れられることを危惧した。だから、レスカを周囲に怖がられさせないために、幼体の状態で押し止め、そこから発展し自在に体の大きさを変えることができるようになった。

 コマタンゴの妖精のマーゴは、自我がないために本来願望など懐くことはない。だが、レスカが『意思疎通ができればいいのに』と言うほんの些細な願いがゆっくりと時間を掛けて育ち、妖精化へと至った。


 大体が、そんな感じで【願望反映】がなされたのだろう。


(かつて、同じような内包加護を持つ者が引き起こした現象は、様々なものが存在する)

「引き起こされた現象……」


 その真剣な念話に俺もレスカも黙り、耳を傾ける。


(ある時は、【願望反映】を持つ貴族の乳母が育てられた没落貴族の子は、立派になることを願われ、成り上がり賢王と称えられた。またある時は、エルフの巫女に内包加護が現れ、その生涯では到底育てきることの出来ない世界樹を成木にまで育て上げ神子とも呼ばれた)


「その話は……」


 エルフの里では、願掛けとして残っている【育成】の加護持ちに世界樹を管理してもらうことの元になった加護持ちの話だろう。


「だけど、いい話ばかりじゃありませんよね」

(無論だ)


【願望反映】。強い願いが必ずしも善なる願いとは限らない。


(その加護持ちは、ただの村娘であった。森の小動物に好かれ、穏やかな日々を過ごしていた。ある時、盗賊がその村を襲い、親、兄弟、友人などを殺して回った。その結果、その村娘は、人を激しく呪った。人に災いあれと願った)


 人を呪う願望が叶った結果、どうなるのか――


(村娘の周囲にいた小動物は、皆一様に魔物に身を堕とし、人を襲った。村娘を傷つける存在を近づけさせないように人を襲い、魔物の群れを増やし、より多くの人を襲い戦うことに適した進化を遂げた。結果、強力な魔物を従える村娘を人々はこう呼んだ――魔王、と)


 確かに、村娘は様々な魔物を統べる者として魔王という呼称を呼ばれてもおかしくない。だが、本人自身は、非力な少女のはずだ。

 そんな少女とレスカが一瞬、重なったように見え、悲しくなる。


(多くの人間の犠牲と勇者と呼ばれる者の奮闘の結果、魔王と呼ばれた村娘は、討伐された。他にも歪んだ願いや身の丈に合わぬ願いを反映した結果――破滅と悲劇が待っていた)


 その先にあるのは、破滅か悲劇。そういうことだろう。

 そして、自身の加護の正体を知ったレスカは、静かに俺の腕の中に収まっている。


「レスカ……怖いか?」


 もしかしたら、自身の願いが破滅を引き起こす、そんな内包加護を持っていることを知ったのだ。知らなければ良かったと思うかも知れない。

 そして、レスカの答えは――


「アラドさん、一つ答えてくれますか?」

(なんだ?)

「その【願望反映】の内包加護は、願いがすぐに叶うというものではありませんよね。【育成】の加護によって育つ方向を大まかに決定し、そこに到達するまでには時間が掛りますよね

(無論だ。一瞬にして過程を飛ばす奇跡の代物ではない。生物が想像しうる可能性の一つを手繰り寄せやすくするだけだ)

「なら、安心です。もし、私の加護で悪い方向に進みそうになったら、きっとコータスさんが止めてくれますよ。今回のマーゴの暴走の時みたいに」


マーゴの暴走を止められなかったら、牧場町の人や魔物、建物が地下に沈み、菌糸に覆われ、町一つが滅んでいた可能性に今更ながらに背筋が冷える。

 だから、俺はレスカからの全幅の信頼に応えるために――


「もちろんだ。国民の人命や生活を守るのが騎士としての役割だからな」


 俺に抱き締められたレスカの表情は、穏やかな微笑みを浮かべる。


(話も終わったことだ。貴様らが善なる意志で貫き通すなら、チェルナも真竜の偉大な指導者・竜王。それも地上を去り月で暮らす暗竜族で初めての竜王が誕生するかもしれんな)

「おい、アラド。なにか聞き捨てならないことを言わなかったか!」

(くくくっ、今から楽しみだな。未来の竜王の誕生を)


 そして、ぷつりとアラドとの念話が途切れた。


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