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妖精――定義は様々だが、自然界の何かを司る精霊の下位存在とされている。
例えば、木の大精霊が世界中の木々を司るのに対して、下位の精霊もしくは妖精は力のある樹木単体を司る。
例えば、ドリアードなどは、木を司る亜妖精でありその肉体や司る木が消滅すると格が上がり、精霊になることがあるなどと言われている。
また、自然豊かな場所には、妖精が多数自然発生するなどある他、そうした妖精の多数発生する場所を環境汚染することで妖精が狂化して邪妖精となる。
ゴブリンなどは、そうした環境汚染や適さない環境で狂った妖精が起源とする説があるなどは余談である。
『レスカ、スキ』
「はい。私も好きですよ」
表情は乏しいが、抱っこをせがむように両腕を伸ばすコマタンゴの妖精をレスカは優しく抱きかかえる。
とりあえず、出された食事を食べつつ、コマタンゴの妖精の言動を観察する。
「まさか、魔物が妖精化するなんて……あるのか?」
バルドルが驚きながらもどうするべきか、頭の後ろを掻いているとレスカがその疑問に答える。
「例は少ないですけど、あります。清浄な環境や力場で過ごした魔物が聖獣と呼ばれる魔物に進化したり、進化するだけの力を有したまま死んだ魔物が霊的な力を得て精霊に、人を模す能力を得るために妖精になったりするそうです」
獣としての力を伸ばすために聖獣に進化し、死後に霊的な力を得るのが精霊になり、人的な力を得るために妖精になる。
とは言っても、そうした魔物の特殊な進化は完全には解明されておらず、また例自体も数が少ない。
また司る対象の自然物が強大になるか、その周囲の環境に強い影響力を持つことでも妖精は誕生するとのこと。
だが、仮説ばかりでコマタンゴの妖精の誕生した正確な理由はわからない。
「誕生した理由はわかりませんが、生まれた場所を守るための本能はあるみたいで不法侵入しようとした密偵さんたちを捕らえて、この地下深くに連れてきたみたいです。それと見逃したシャルラさんの記憶を消したみたいです」
「そんなことができるのか?」
「キノコの胞子や匂いを触媒にしたコマタンゴの妖精の固有の能力でしょうか? 言うなれば、菌糸魔法」
菌糸魔法、と呼んでいるが、コマタンゴの妖精の固有の能力なのだろう。
花の妖精が花弁や花粉、草花の匂いを操るように、コマタンゴ、つまりキノコの妖精も胞子やキノコの香りを操るようだ。
「だから、不自然にシャルラの記憶が途切れてたのか。それに、薬や魔法を使ったような痕跡ってのは……」
「たぶん、菌糸魔法の影響ですね。キノコの種類には、薬や毒の原料もありますから」
それは、暗にコマタンゴの妖精の意思一つでコマタンゴ全てが毒化することができる、ということではないだろうか。
いささか危険であり、今後のコマタンゴの出荷に問題がありそうだが……
「コマタンゴの菌糸魔法は、今のところコマタンゴ・リトルフェアリーからしか生み出せないようです。それに魔法による疑似毒なので、魔法を解けば即座に消えるような代物らしいです」
そうだよな。普通に考えて、コマタンゴたちの巨大な腕を現わす前に、周囲に菌糸魔法の毒でも撒けば無力化できるはずだ。
だが、リトルフェアリー本体からしかできないのなら納得だ。
白い腕で物理的に無力化した後、菌糸魔法を使った、と。
「だけど、なんでリトルフェアリーは、進化した直後、俺たちの前に姿を現わさないんだ? ずっと隠れるようにしていたのは……」
『チジョウ、コワイ……』
プルプルと震えるようにレスカに抱き付くリトルフェアリーからの念話に首を傾げる。
「怖い?」
「あの……アラドさんが怖いみたいです。真竜のブレスは、コマタンゴにとって天敵ですから」
ああ、あの熱量では、一瞬で菌糸が燃え尽き、水分も奪われてしまう。
あれでまだ本気ではない炎のブレスを放てるアラドが出現する地上を警戒して地中の奥深くに来ていたのか、となんとなく納得する。
自我のないコマタンゴが妖精化して自我が芽生え、行方不明の密偵たちを発見し、攫われたレスカとシャルラ、暗竜の雛のチェルナの無事も確認できた。
あとは、地上に戻るだけだが……
「バルドルさん……ごめんなさい」
「謝るな。それから無事でよかった。心配掛けないでくれ」
……まぁ露骨に抱き合っている二人だ。
密偵の分隊長の男は、顔を顰め、他の二人の男は、口笛を吹いて茶化す。
それに気づいたバルドルとシャルラは、互いに少し距離を取り、恥ずかしそうにしている。
「……なんというか。こんな場所だが、おめでとうと言うべきか?」
「バルドルさん、シャルラさん。おめでとうございます」
「ば、バカか。そんなんじゃ……いや、まぁ……そんな気持ちはあるけど……」
チェルナを抱える俺とコマタンゴの妖精を抱えるレスカがそれぞれ祝いの言葉を送ると照れ隠しをしようと反射的に出た言葉を飲み込み、頭の後を掻くバルドル。
そして、改めてシャルラに向き直る。
「シャルラ。お前を保護した時から惚れた。それに、気の強そうな目付きなのに柔らかく笑う表情に二度惚れた! 好きだ!」
「っ!? わ、私も……記憶がなくて心細かった時に、親身になってくれて心惹かれました。それに、記憶が戻った時、密偵の立場に戻るために、あなたへの想いを一度捨てた。けど、もう一度、好きになっていいの?」
「もちろんだ! むしろ、左遷されたこんな男を好きになって良いのか心配になるぜ」
困ったように笑うバルドルと泣きそうなシャルラ。
外部から見ていれば、なんとなくそうなんだろうな、という接し方だったが、ハッキリと思いを言葉にして本格的に通じ合ったようだ。
「ん、んっ! それで……話は、地上に戻った後で良いかな?」
そんな二人のやり取りを止めたのは、密偵の分隊長だ。
咳払いをして、額に青筋を浮かべて、眼光鋭くバルドルを睨み付けている。
「そ、そうだな。地下にいつまでも居続けちゃ健康に悪いだろう。早く地上に戻ろう」
「そうだな。けど、密偵の人たちは、少し衰弱しているけど大丈夫か? それにコマタンゴは、拘束を解除してやってくれないか?」
『ヤ』
俺とバルドルがこの場からの撤収を決め、レスカに抱き付くコマタンゴの妖精に密偵たちの拘束を解いてくれるように頼み込むが、帰ってきたのは、拒否の念話だ。
「なにが嫌なのかな? 私は、これから牧場に戻るつもりなんだけど、あなたも一緒に行かない?」
『ヤ』
レスカも窘めるように説得するが、再び帰ってくるのは、拒否の念話だ。
それに困ったような微笑みを浮かべるレスカだが、直後別の念話が響いてくる。
『チジョウ、コワイ。チジョウ、アブナイ』
「大丈夫ですよ。アラドさんは、もうブレスを吐いたりしませんから」
『レスカ、ダイジ。チジョウ、アブナイ。レスカ、アブナイ』
コマタンゴの妖精にとって契約した調教師のレスカは大事な存在であり、危ない地上に戻せば、レスカも危ない。ということを伝えたいんだろう。
片言の念話ながら、そんなニュアンスの内容を読み取ることができた。
だが、次の念話から不穏な雰囲気を感じ取る。
『ココ、アンゼン。ココ、クラス。ミンナ、クラス』
「ダメですよ。牧場でヒビキさんやリスティーブルが待っていますから。それにジニーちゃんやリアお祖母さん、それに町の人も心配しています」
『ミンナ、ツレテクル。ミンナ、クラス』
レスカの腕の中できょとんとした様子のコマタンゴの妖精のおかしさに俺は、少しずつ気づく。
「そんなことできませんよ。みんな迷惑しちゃいます。だから、私は牧場に戻らないと」
『ヤ、イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ!』
「きゃっ!?」
いやいやと無表情のまま首を振るコマタンゴの妖精の魔力が膨れ上がり、バチンと何かが壊れるような音と共にレスカが抱えていたコマタンゴの妖精を取り落とし、後に倒れる。
「レスカ!?」
俺は、空いている腕でレスカを受け止めると、腕の中に収まるレスカは、呆然とした様子のまま、小さく呟く。
「……コマタンゴとの契約が破棄された」
「なんだと?」
直後、レスカの《調教魔法》の従属契約によって制限と繋がりを持っていたコマタンゴの妖精から魔力が溢れ出し、地面や壁が泡立つように膨れ始める。
『カエサナイ! レスカ、マモル! カエサナイ!』
魔力で感じる激情と独善的な考えで振るわれる力。
俺は、忘れていた。
妖精は、無邪気で無垢。そして無知である故に、時に残酷な振る舞いもする存在であると。
『ミンナ、カエサナイ! ココデ、クラス!』
今のコマタンゴの妖精は、圧倒的な力を持つ善悪の判断のない幼児に等しい。
「コータス、武器を構えろ! コイツをなんとかして逃げ出すぞ!」
「分かってる!」
俺とバルドルは、全身を身体強化の魔法で強化し、最初から全力で挑むつもりだ。
『『グルルルルッ、ワンワン!』』
オルトロスのペロがレスカやチェルナ、未だに拘束された密偵たちを守るような立ち位置にいる。
そして、左右の壁から巨大な腕が姿を現わし、真っ先に剣を向ける俺とバルドルに向かってくる。
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