6-1
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「……んっ。ここは、俺の部屋か」
ベッドに寝ていた俺は、ぼうっとする頭で天井を眺め、直前にあったことを思い出そうとする。
そして――
「っ!? レスカ!」
そうだ、白い巨大な手にレスカとチェルナ、シャルラが連れ去られたんだ。
体には眠り薬や痺れ薬が抜けているのか、問題なく立ち上がる。
衣服と装備を整えて、部屋から出るためにドアに手を掛けて、そのまま外に出る。
「俺は、どれだけ寝ていたんだ?」
外に出た俺が見上げた太陽は、東から昇っており、レスカを攫われて最低一夜は過ごしたことになる。
そして、レスカたちが攫われた牧場の郊外に歩いて行けば――
「あの巨大な手の痕跡もない」
巨大な腕が地面から突き出すように生え、レスカたちを連れ去ったのに、地面には穴ぼこ一つ空いていない。
まるで、土魔法で地面を退けて、再び元に戻したような自然な様子に俺は、レスカを追う手がかりを失っていた。
「せめて無事だけでも……アラド、チェルナの様子は分かるか」
自身の内部に繋がる真竜・アラドとの繋がりを意識して、問い掛ける。
そして、やや眠たげな様子の念話が帰ってくる。
(貴様か。なんだ、藪から棒に。まさか、チェルナに何かあったのか? いや、真に身の危険が迫っていたなら我が貴様に警告を出す)
「レスカとチェルナが攫われた。けど、その相手が妙なんだ。レスカの使役している最下級の魔物だ」
(しばし待て……ふむ……そうか……)
なにやら念話越しに会話しているような印象だ。
その相手は、レスカと共に攫われたチェルナだろう。
(ふむ。チェルナも人間の女子も無事だ。同じく掴まった人間たちもとりあえずは無事と伝えておこう。我が出張る必要もなかろう)
「そうか……無事か」
今まで無事でいてくれ、という焦りと緊張があり、ふと気が緩む気がした。
(これは、貴様らの内輪の問題だ。我は関与せぬ。調べ物をして我は眠い)
「お、おい……寝たのか」
念話の繋がりが切れ、アラドが二度寝に入ったことを感じ、小さく呟く。
レスカの無事も確認できたところで俺は、迎えに行かなければ行けないが、その手掛かりがなく、その場で立ち尽くしている。
そうして、しばしの時間を過ごすと、レスカの牧場から1人の人影が小走りでやってくる。
「コータス。あんた、目を覚ましたんなら勝手に居なくなるんじゃないわよ!」
やや不機嫌そうにしているヒビキが俺の側までやってくるとそう言ってこちらを見上げてくる。
「ヒビキか……悪い。俺は、レスカを迎えに行かないと……」
「ちょっと来なさい。あんたに関係のある話よ」
「俺は、レスカを……」
「それ関連の話よ! 良いから来なさい!」
そう言って、若干苛立ったように、胸倉の服を掴んで引っ張り出す。
苦しくはないが、身長差からやや前屈みになる体勢に辛く感じつつ、誘導された食堂には、バルドルとジニー、オルトロスのペロ、窓際にはリスティーブルのルインが集まっていた。
「コータスが起きたわよ」
「コータス兄ちゃん、体は大丈夫?」
心配そうに見上げてくるジニーの頭を撫でながら、レスカたちが攫われる直前に、現れたバルドルに視線を向ける。
「あの後、どうなったんだ?」
「コータスが気絶した後、俺がレスカの牧場に運んだんだ」
バルドルが駆けつけた理由は、町役場で間借りしている騎士団の一室に補完されていたシャルラの道具の一部が紛失していることに気づいたからだ。
装備品などは厳重に保管していたが、眠り薬や痺れ薬などは、管理が甘かったので持ち出されたことに気づき、町中を探索していた。
その直後、風魔法の幻影結界が張られたことに気づき、現場に急行した結果、レスカたちが攫われ、俺が無傷で倒れていた場面に出くわした。
「感謝しろよ。コマタンゴたちがどこからか集めてきた素材がなきゃ、ジニーが解毒薬を作ることができなかったぞ」
流石、薬屋の孫娘でジニーは、知識の造詣は深いことは知っていたが、解毒薬を作ることができたのか。
俺がいくら【頑健】の加護で回復力が優れていたとしてもジニーの解毒薬なしでは、一晩で使われた眠り薬や痺れ薬の影響を抜くことは出来なかっただろう。
「ジニー、ありがとう。助かった」
「……ん。無事で良かった。けど、残りの分は、コマタンゴがどこかに運んじゃった」
頭を撫でると擽ったそうに目を細めて身を捩るジニーは、ぽつりと重要なことを告げた。
「それは……たぶん、レスカの分だな。レスカも薬の影響を受けていたはずだ」
「それで、あの場で何があったんだ? どうしてシャルラたちが攫われた。あの巨大な手はなんなんだ?」
途中から風魔法の幻影結界を破壊して乱入してきたバルドルにとっては、巨大な手が攫ったようにしか見えない。
だから、はっきりと告げる。
「あれは……コマタンゴだ」
「はぁ? コマタンゴってその、コマタンゴか?」
牧場の外を指差せば、動くキノコの魔物がこちらの様子を確かめるように覗き込んでいる。
「バルドルは、もう聞いたか? 魔物の集団進化や変化の推移のことを」
「あ、ああ。一昨日、お前たちと分かれた後でリア祖母さんや町の重役との話し合いの時に出たが……まさか!」
「そのまさかだ。レスカの牧場でも発生していた。いや、それ以前に、レスカの牧場が最初の発生源と見ていい」
リスティーブルのルインが身体強化の魔法を使う例といい、今回のコマタンゴの念話と異常行動、謎の巨大な手の出現。
未だに魔物たちの集団進化の原因は何か分からないが、コマタンゴの異変は、シャルラたち密偵がレスカの牧場に侵入しようとした時には起こっていたはずだ。
「そうなると、進化したコマタンゴがレスカたちを守るために攫った。ってことか?」
「その可能性が高いな。アラドとの念話を経由してレスカとチェルナの様子を確認して、危険がないことは確認した」
それを聞いて、バルドルは、ほっと安心したように息を吐き出す。
アラドの言葉から一緒に攫われたシャルラや他の行方不明の密偵たちを、人間たちと評してとりあえず無事と言っていたためにこちらも命の危険性はないだろう。
「俺は、レスカたちを迎えに行こうと思う」
「コータスだけじゃなくて、俺も一緒に行く。シャルラを絶対に助け出す」
そう言って、俺とバルドルが迎えに行くことを決め、立ち上がったのだが――
「あたし思うんだけど、レスカ姉ちゃんたちをどうやって探すの?」
ジニーの一言に俺もバルドルも身動きを止め、ヒビキには呆れた視線を向けられる。
「レスカちゃんの居場所も分からずに探しに行こうとしないの」
「だが……どうする?」
俺が【賢者】のヒビキになにかいい知恵はないか視線を向ければ、長めの溜息を吐かれた。
「ペロ~。レスカちゃんの匂い分かる?」
『『ワン!』』
今まで静かに俺たちの話を聞いていたペロにヒビキが尋ねると、二つの頭がそれぞれいい鳴き声を上げる。
「それじゃあ、レスカちゃんを迎えに行くための案内をしてくれるかしら?」
ヒビキの問い掛けに、尻尾を振って、そのままレスカの牧場を飛び出すペロ。
途中で俺たちが着いてくるように振り返り、その場でくるくると回り始める。
「さぁ、着いて行きましょう。犬の嗅覚は、人間の嗅覚の100万倍から一億倍とか言われるくらい凄いんだから」
そう言って、ペロの後をゆっくりと追い始めるヒビキの後に俺とバルドル、ジニーが着いていく。
まずは、レスカたちが巨大な手に捕まれて攫われた場所でレスカたちの匂いを確かめながら、【魔の森】の方に足を進める。
そして、平原を越え、【魔の森】から少し入り込んだ場所に大穴が空いていた。
「なんだ、これは……崩落? いや、洞窟か?」
俺とバルドルが中を覗き込むと洞窟の周りには、白っぽい菌糸の塊が表面を覆っており、それが洞窟全体を支えていることに気がつく。
「これは、コマタンゴの菌糸か」
「ねぇ、あそこ……」
ジニーが俺の服の袖を引いて指差す先には、【魔の森】を探索していたらしいコマタンゴたちが姿を現す。
何体か、体を齧られたりした後があるが、その両手には、【魔の森】の恵みである果物や野草などを運び、菌糸の洞窟の中に入っていくのが見える。
「【魔の森】に洞窟を開けて、食べ物を集めやすくしてたんだな。運び込んだ食べ物は捕まえた密偵の生命維持に使われていたのか?」
推測でしかないがコマタンゴは、レスカの調教する魔物だ。殺伐とした状況にはなっていないと信じたい。
「洞窟の広さは……あんまり広くないな。入れるとしても、俺とコータスだけだな」
冷静に洞窟を分析するバルドル。
「とりあえず、一度引いて、準備を整えるぞ!」
焦る気持ちは多少ある。だが、未知の場所に準備もなしに飛び込む無謀はない俺は、上司である先任騎士のバルドルの言葉に頷き、一度レスカの牧場に戻る。
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