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 本日は、レスカの牧場の休みである。

 とは言っても生き物を扱う牧場仕事は、いつものように餌遣りや牛舎の掃除、畑の管理などは欠かせないが、午後からの半日は空けている。

 半日休みは、レスカと共に新しい服やこれからの季節に向けての衣服を揃える予定だ。


「金は……翌々考えたら、あまり使わないから貯まる一方だな」


 新米騎士の月給が銀貨20枚。左遷されてから二ヶ月分の銀貨40枚が今までに支払われた。

 その銀貨の今までの使い道は、居候させてもらっているレスカに渡す生活費だ。

 最初は、銀貨7枚ほど渡そうとしたが、拒否されて押し問答の末――毎月、銀貨3枚。衣食住完備という好条件で納得した。

 その他、細々としたものを購入しても生産者が直接取引し、輸送費も掛らないために、王都より物価が安くてお金もあまり減らない。


 なにより使う場所が少ないために、左遷される前より貯蓄が貯まる。


「レスカへの支払いが毎月銀貨3枚。積み立てで銀貨7枚。万が一の緊急時に使う銀貨が5枚。残りが俺の個人的なお金」


 二ヶ月、ほぼ使い道がなかったためにその手元にある銀貨は10枚。一ヶ月、慎ましく生活できるだけの銀貨を財布に入れる。

 そして、いつもよりも楽な格好を選び、一応自営用として、腰のベルトには、エルフの里で報酬として貰ったミスリルの長剣を腰に佩き、レスカとの買い物の準備を整える。


 そして、レスカと出かける前に――


「すまん。ヒビキ、今居るか?」

「はーい。どうぞ」


 ヒビキの部屋をノックすると間延びした声が聞こえる。

 そして、部屋の中に入ると、ラフな部屋着に眼鏡を掛けて備え付けのテーブルに並べられた革細工を見ているヒビキがいた。


「なにをやってたんだ?」

「ん? 納品する革細工に付与の確認よ。この後、納品して次の打ち合わせもしちゃうからね」


 どの商品がどれくらいの時間が掛るか、どれくらいの数量を作れるかなど、紙に書き留めていくヒビキ。

 羊皮紙は、この魔物牧場でも貴重なために植物の繊維を薬品で溶かして成形する植物紙が主流だ。

 特に、再生力の高い【荒野のクローバー】で飼料として売れずに残ったものをグズグズに溶かして作られているために緑の色素が強い紙がメモ用紙として使われる。


「ヒビキ。俺は、ロシューにアレを見せに行きたいが持って行って良いか?」

「はいよ~。なら、どうぞ」


 ごそごそとヒビキの持つ無限鞄の中から長い布に巻かれた棒のようなものを取り出す。


「それじゃあ、行ってくる」

「はいは~い。気をつけていってらっしゃい」


 そう言って、後ろ手にひらひらと見送りするヒビキ。

 そして、レスカの牧場の表に出れば、レスカも細長い筒のような物を抱え、チェルナとペロ、ルインと共に待っていた。


「レスカ。すまん、遅れたか?」

「そんな。時間とか決めてませんし、休みなんでのんびり行きましょう」


 そう言って、後から来た俺に対して、パタパタと空いている片手を振って答えるレスカ。


「それじゃあ、行きましょうか。ペロとルインは、お留守番をお願いしますね。チェルナは……一緒に行きましょう」

『『クゥー』』

『モォー』

『キュイ!』


 返事をするように吠えるペロと間延びした鳴き声を上げるルイン。

 そして、同行を許されたチェルナは、乗っていたルインの背中から俺の体に向かって滑空し、そのまま後頭部の定位置までよじ登ってくる。


「それじゃあ、行ってくる」


 俺は、留守番させるペロとルインの頭をそれぞれ一撫ですると、気にするな、楽しめ、と言うような視線を受けた気がした。

 そして、ヒビキとオルトロスのペロ、リスティーブルのルインに留守を任せて、俺とレスカは、牧場町に繰り出す。


「そういえば、こうして町を歩くのは初めてかもしれないな」

「コータスさん、いつも休みの時は、体を鍛えていましたからね」


 微苦笑を浮かべるレスカに俺は、少しだけ自分の行動を反省していた。

 空いた時間に木刀を振り、走り込みで体を鍛え、魔力を限界まで消費して鍛錬に打ち込んでいた。

 自分の無趣味さに自分で呆れてしまう。


「少し、趣味でも見つけた方がいいだろうか」

「コータスさんの好きなことをしたらいいと思いますよ。ちなみに、この町に来る前には何かやってたんですか?」


 基本的に趣味とは、金のある富裕層がもつ物だ。

 骨董収集や研究、演劇鑑賞など特定のものに固執するには、お金や社会的な地位が必要だ。

 そんな俺も一応は、一代限りの名誉貴族の養子としてお金と社会的地位は備わっていた。

 だが、養父たちに遠慮があったんだろう。

 俺は、義弟と同じように育てられたが、俺自身が趣味を得る機会を狭め、自身でストイックな方向に進んでいたのかも知れない。

 唯一の趣味があるとすれば――


「食べることが趣味、になるだろうか」

「食べること……確かにコータスさん、よく食べますもんね」

「体を動かして鍛錬すると腹が減る。その後に食べる食事は、旨く感じる」


 空腹は最高のスパイスと言うが、【頑健】の加護の【養分貯蔵】によって、体に見た目以上に栄養を蓄えられる。

 だから、美味しい物は、腹いっぱい以上食べられる幸せを俺は得ている。


「もちろん、レスカの料理は、いつも美味しいから働いた後だと更に美味しく感じる」

「なっ!?」


 俺の言葉に驚き、顔を真っ赤にするレスカ。


「だ、だから、そういう恥ずかしいこと言うな!」

『キュイ、キュイ!』


 怒るレスカに同意するように頭の上で、ぺちぺちと前足を叩いてくるチェルナ。

 本当のことなのだが、褒められ慣れていないレスカには、驚かせてしまったようだ。


「すまなかった」

「謝りながら、頭撫でるなぁ!」


 つい、空いていた方の手でレスカの頭を撫でてしまい、俺の手から逃げるようにレスカが数歩先に進む。


「レスカ。怒らないでくれ。帰りに、ランドバード牧場の卵プリンを買って帰ろう」

「えっ、卵プリンですか!? はっ、お菓子には釣られませんよ!」


 日頃の感謝を込めて買おうと思ったのだが、レスカに再度怒られてしまった。

 まぁ、結局は買う予定だ。味は濃厚で卵のカラメルソースのほろ苦い甘さは非常に美味しかったのでまた食べたいのだ。


「もう、コータスさん。仕立屋さんのお店に着きましたよ」


 頬を膨らませて怒るレスカは、洋服を扱う仕立屋の前まで辿り着き、俺の裾をちょこっと掴んで誘導するように引っ張ってくる。


「いらっしゃい! あら、レスカじゃない。今日はどうしたの?」

「コータスさんの服が擦り切れて数が減ってきたので新しい作業着や普段着。あと私の服と夏場用の服をお願いします」

「あー、噂の彼の服ね。それと夏場。そうね、雨季も近いわね」


 仕立屋さんは、女性の針子がやっていた。

 レスカと同年代の少女は、レスカの注文を聞いてうんうんと頷く。


「それじゃあ、そっちの騎士さんの方は、先輩の方に担当してもらうから私は、レスカを見るわ」

「えっ? 私は大丈夫ですよ」

「大丈夫じゃないわよ。前に採寸した時からまた大きくなってるんじゃないの?」

「えっ? きゃっ!?」


 そう言って人差し指でレスカの胸をつつく針子の少女に、レスカが小さな悲鳴を上げる。


「ほんと、なに食べたらそんなに大きくなるのよ。新しく採寸して作らないとすぐに着れなくなるわよ」

「ううっ……わかりました」

「ついでに下着の方も新しく作りなさいよ。胸の形が崩れるわよ」


 恥ずかしそうにするレスカと淡々と決めていく針子の少女。

 俺は、見てはいけないものを見てしまった気がし、熱くなる顔を背ける。


(レスカの胸、また大きくなったのか)


 そんなことを思っていると、レスカから胡乱げな視線を受け、背中に冷や汗を掻く。

 そんな俺に救いの声が掛けられる。


「男性のお客さんは、僕が相手するよ」

「それじゃあ、お願い。レスカは私が受け持つから」


 そう言って、奥の試着室のほうに連れて採寸をするようだ。

 対する俺は――


「それじゃあ、軽く計りますね。男性は、大まかにサイズが分かれば、作り置きしたものを出せば良いから楽ですよね」


 体を図る紐で俺の体を採寸していく二十歳頃の男性店員と世間話をする。

 これからの季節は、雨季が迫ってくるために着替えは多く必要であるし、なにより夏にかけて少しずつ寒暖の差が激しくなるので、長袖と半袖の両方を見繕ってもらい、俺は、店員に勧められるまま、あれよあれよと無難な色と形のサイズの合った服を用意された。


「農作業はなにより汚れやすいし、汗を掻いて何もしてなくても着替えが多くなる。あとは、雨季を過ごすための雨具は持っている?」

「いや、ない。牧場だとやはり傘よりレインコートか?」


 騎士が雨の日の巡回となると、傘で片手を塞がれる状態は不味いのでレインコートを使用されることが多い。


「そうだね。嵐の日に畑や牧場を確認するために傘よりもレインコートの方が需要はあるね。これなんてどうだい? グリーンスライムの核を薬剤で伸ばして作ったレインコート。撥水性は高いよ」

「ああ、王都にもあったやつだから、見たことがある」

「あとは、その革靴だとすぐに水が染みちまう。長靴なんかも用意した方がいい。普通

は、銀貨2枚前後で買えるよ」

「後日、購入しよう」


 そんな感じのアドバイスを受けてざっと銀貨3枚半分の衣服とレインコートを購入し、会計を待つ。


 その際、奥の試着室では――


『うっわー。レスカ、結構食べるのにほんとなんでこんなに胸が大きくて体細いのよ! ズルいわよ! 少しは私に分けなさい!』

『いい加減にして下さい! あとで話もあるから早く採寸してください!』

『はいは~い。それじゃあ計るわよ』


 女性二人の声が店内に響き、俺と男性店員は、微妙な雰囲気で無言になる。

 そんな中、俺の頭の上から仕立屋のカウンターに降りたチェルナの暇そうな欠伸が店内に響く。


「……お待たせしました。採寸終わりました」


 少しお疲れ気味のレスカと満面の笑みの針子の女性。


「レスカの方はオーダーメイドで夏服を何着か作るわ。デザイン画はさっきのものでいいよね」

「はい。大丈夫です」

「それでそっちの騎士さんはどう?」

「もう決まりましたよ」


 後は俺の衣類の会計待ちとレスカのオーダーメイドの洋服の先払いである。

 だが、その前にレスカには話があったようだ。


「その、さっきも話があるって言ったのは、これを見て欲しいからなんです」


 そう言ってレスカは、牧場から出るときに抱えるように持っていた筒の布を剥ぎ取り、店員の男性と張り子の女性に見せる。


 その中から現れたのは、美しい光沢の薄緑色の絹織物――エルフ絹である。


「この前のエルフの里との交易の際に個人的に貰いました」

「嘘。えっ!? 本物!? あのエルフ絹!?」

「……本物だね。うちの親父が目利きのためにパリトット子爵に同行したのを聞いたけど、特徴が一致する」


 針子の女性は動揺し、仕立屋の店主の息子らしい男性は表面上は取り繕っているが顔が引き攣っている。

 まさか、レスカがそれを持ち出したとは……まぁ俺も人のこと言えないが。


「実は、これでハンカチを作りたいんです。大きさは、この位の正方形。あと、長いお風呂用の手拭いやペロの首に巻くスカーフをお願いします」

「ええっ!? 勿体ないわよ! 一反丸々あるんだからドレスとか、洋服にできるでしょう! それにそのまま売れば、とんでもないお金になるわよ!」

「こら! 客人からの注文にケチ付けるな!」


 動揺した針子の女性の意見を窘める店員の男性だが、俺も窘めた店員男性も多分、同じ意見だと思う。

 そして、レスカの答えは――


「それだけ大きいと価値が大きすぎて怖いので小さいものに換えて実用的なものに使いたいんです。それに小さければ、少しずつ売ってもいいですし、端切れそんなに出ませんよね」


 そういうレスカに、ぐっと詰まる針子の女性。

 通常、端切れなどは捨てられてしまうが、これは、エルフ絹だ。例え端切れでも価値はあるのだ。

 その端切れを買い取りたい、という算段があったのだろうが、レスカはその上を行く。


「ですからお願いしたいんです。それでコータスさんや私の洋服やハンカチとかのお代は、端切れということで」


 ニッコリと笑みを浮かべるレスカに、はぁ、と長い溜息を吐き出す仕立屋の男女。


「ほんと叶わないなぁ。例え、僅かな端切れでも十分に僕らに利益が出る。わかったよ、この依頼は受けるよ」

「なら、交渉成立ですね」


 レスカは、笑みを浮かべてお金を払うことなく買い物を終えてしまう。

 俺の衣服は、量が多くなってしまったので、後日、レスカの衣服が完成すると共に届けてくれることになった。

 ちょっと非常識な買い物だったが、俺は、また自分の金を使う機会を失ってしまった。



9月20日、オンリーセンス・オンライン13巻と新作モンスター・ファクトリー1巻がファンタジア文庫から同時発売します。興味のある方は是非購入していただけたらと思います。

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