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エルフの里の交易団に参加した俺たちが辺境の牧場町に帰ってきたところ、待ち構えていた問題は――記憶喪失の密偵の保護と魔物の集団進化現象。
「どうするんだ」
「どうするって……ほんと、俺だって頭が痛いんだよ」
そう言って、発見と保護してから約一週間経つが、まだ記憶を取り戻していない密偵。
「バルドルさん? 集団進化した魔物の種類と強さは、どうなんですか?」
俺たちの話を横で聞いていたレスカがバルドルに尋ねると答えてくれる。
「魔物は、ランドバードやコルジアトカゲ、他何種類かの畜産魔物の内、数種類が亜種に進化したんだ。まぁ強さは、同ランク内の+になった程度の進化だが……」
魔物の集団進化などは、通常起こりえない。
その魔物が他の魔物を倒したことによる成長進化や毒などの汚染環境下で生き残るための適応進化、飢餓やストレス、何らかの外的な要因などが掛かることによる突然変異の進化などが存在する。
「そうなると、順当な成長進化とは違いますよね。そもそも他の魔物を倒す機会が魔物牧場にはありませんし、それじゃあ適応進化の可能性は?」
「一応亜種で何らかの方向性に特化もしくは、高い適性を持っている。それに畜産魔物の中に死んだ個体もいないし、進化した亜種には毒はもっていない」
適応進化は、汚染環境下に適応するために、自ら毒を持つことがある。
例えば、様々な場所に出現するスライム系の魔物は、高い環境適応能力を持ち、容易に適応進化する。
そのために汚染環境下で毒持ちのポイズン・スライムに適応進化するような変化も見られない。
そして最後の突然変異だが――
「突然変異の可能性しかありませんね。けど、何が原因でしょうか?」
以前、牧場町を襲ったクレバー・モンキーの突然変異のハグレ個体などは、クレバー・モンキーの群れとしての機能を捨てて個としての力に特化した突然変異をした。また、突然変異の個体は、ランクが二段階ほど脅威度が上がると言われている。
今回の亜種への進化した個体は、同ランク内で強さが留まり、やや強いという評価になっている。
なので、突然変異も当てはまらない。
そうなるとその三種類の魔物の進化とは別の事例ということになる。
レスカは、首を傾げ、この事象を考える。
「俺は、これに関しては門外漢だ」
「俺だってそうだから、魔物の集団進化に関しては、牧場主たちが主体となって調べている。だけど、情報が足りないんだ」
「そう言うことなら、叔父の残した本に何か書かれているかもしれないので調べてみます」
「ああ、頼む。それで、密偵の方は、俺とコータスが対処するけど、チェルナは近づけないようにしてくれ」
そう言って、バルドルの言葉に、レスカが頷く。
記憶喪失と行っているが、もし俺とチェルナを警戒心を解く演技の可能性も否定できない。
「それじゃあ、私は、牧場に戻って片付けをした後、調べ始めます」
「俺は、一度その記憶喪失の密偵に面会してみよう」
互いに、戻ってきたばかりの牧場町で忙しなく働く中、場の空気を読んだのかチェルナが俺の頭の上からレスカの側にいるオルトロスのペロの背中に滑空して飛び移る。
そして、記憶喪失の密偵との面会に行こうとする俺たちに思わぬ提案がされる。
「あ、ちょっといい? 私も一緒に行っていい?」
「ヒビキが、か?」
ジニーは、リア祖母さんと一緒に自宅である薬屋に戻り、後はヒビキもレスカと共にレスカの牧場に戻るものだと思っていたから思わぬ提案をされる。
「ちょっと変わり種の魔法があるから記憶喪失の人の記憶とか調べられるかもしれない」
「ほぅ、それはどんな魔法だ?」
「対象の記憶を読み取る【メモリード】よ。ただ、知識だけで使ったことがないからどんな感じか調べたいのよね」
「そんな便利な魔法があるんだな」
エルフの里で暇を見て【賢者の書庫】で調べた魔法の一つだろう。
ちょうどいい相手が居たと、嬉々として実験しようとするヒビキと事態が進展することに乗り気なバルドルだが俺には懸念がある。
「それは、安全なのか? 魔法の使用者への危険は?」
記憶、取り分け精神系の魔法は、ものによっては禁術として扱われる場合がある。
記憶を読み取るというが、魔法使用者の記憶や意識の混濁や精神への負担はないのか心配になる。
「うーん。注意点にはそうしたことは無いはずよ。そうした危険があるのは、もっと高度な魔法だし。得られるのは、対象の記憶のイメージだから」
正確性には疑問はないが、どのような存在と相対したのか分かるだけでもいいとして俺とヒビキはバルドルに連れられて町の診療所の一室にやってくる。
そして、通された診療所の一室に記憶喪失の密偵は滞在しており、バルドルが部屋をノックする。
「はい。どうぞ」
「俺だ。入るぞ」
ノックと共に入室した清潔感のある部屋に入室した俺たちが見た人は、柔和な笑みを浮かべた女性だった。
肌は日に焼けていないのか白く、髪の毛は落ち着いた深い藍色をしており、キツく見られる細い目で嬉しそうにしている。
一件華奢に見える体つきだが、その実、瞬発力の鍛えられたしなやかな体を持っており、外見は、二十代前半の年相応の胸も持っている。
(ちょっと、コータス)
「痛っ!」
(女性に不躾な目を向けるのはダメよ)
小声で話して俺の腕を抓るヒビキ。
体は鍛えられると行っても、不意打ちで皮膚表面を抓られるのは痛い。
そして、そんな俺たちを見て、バルドルが咳払いして背筋を伸ばす。
「シャルラ。こいつは、不在で今日戻ってきた部下の騎士のコータスだ」
「どうも、辺境警備所属の騎士のコータス・リバティンです」
「それでこっちの嬢ちゃんは、【魔女】のヒビキだ。今回は、シャルラの記憶に関していくつか試したいことがあるんだ」
そう言って、俺たちを紹介するバルドルに対して、シャルラと呼ばれる記憶喪失の密偵が深々と頭を下げる。
「こんにちは、コータスさん、ヒビキさん。よろしくお願いします」
ごく普通の反応。だが、普通すぎる。
記憶喪失が嘘ではないか、と思っていたが、あまりに普通すぎて本当に記憶喪失だと思ってしまう。
そして――
「シャルラ。魔法による記憶の読み取りを行いたい。だが、もしその過去に辛い事実がある場合もある。受けるかどうか、それは君の判断に委ねられている」
「はい。記憶がいつ戻るとも分からない不安な状態にいるくらいなら、私は受けたいと思います」
そう言って、ハッキリ告げ、バルドルを安心させるように微笑むシャルラ。
そして、そんな彼女を気遣うような視線を向けるバルドル。
その雰囲気に俺は、なんとなく嫌な予感を覚える。
(後で確認するか……)
「それじゃあ、その記憶の読み取りは、魔女の私がやるわ。とは行っても難しいことはないし、読み取るのは私でシャルラさんが何かしらの記憶が蘇ることはないわ」
「そうなんですか?」
「ええ、だけど、私が読み取った記憶を聞いて、そこから連鎖的に思い出すこともあると思うわ。だから試してみましょう」
そう言って、ヒビキは、シャルラの右手を両手で包み込むようにして、ゆっくりと緊張しないように話しかける。
最初は見知らぬ女性に手を繋がれて緊張していたシャルラだったが、町の外部から来たヒビキから牧場町の様子などを聞いたり、窓から見える牧場町の様子を話すことで少しずつ打ち解けて、緊張が解れていく。
そして――
「それじゃあ、いきますね。――《メモリード》」
ヒビキが発動させた記憶を読み取る魔法は、シャルラの手を温かな光で包む。
その光で包まれた時間が一瞬だが、数十秒と長く感じた。
そして、魔法が終わり、ヒビキが疲れたような笑みを浮かべる。
「ごめんなさいね。始めての魔法で疲れてしまいました。少し待ってくれますか?」
「はい。落ち着いて下さい」
ヒビキは、近くの水差しから水を受け取り、喉を潤し落ち着く。
一瞬、シャルラが視線を外した瞬間に疲れた笑みが消え、真剣な表情を作っていた。
「それじゃあ、私の知り得た記憶を話しますね」
再び顔に笑みを貼り付けたヒビキは、この牧場町の診療所での生活は省略して牧場町でバルドルに発見される前後の記憶を伝え始める。
「あなたは、複数の仲間。そう、三人の仲間と行動していたように思います」
「三人の仲間」
「はい。なぜ、この町に来たのか分かりませんが、皆さん多少は武器を持っていました」
「武器……」
「それから、正体不明の存在に襲われていました。ただ、襲撃時間は夜。また主観的だったのでその正体は暗闇で判別は難しかったです。何か心当たりはありますか?」
「正体不明の存在に襲われた……」
俯き、考え込むようなシャルラだが、一頻り考えた後、首を横に振る。
それに対して、ヒビキが優しく語りかける。
「今は無理に思い出す必要はないわ。ゆっくりと負担のならないようにすればいいわ」
「はい」
シャルラがヒビキの言葉に頷くが、まだその瞳は、自身の記憶のなさから不安定に揺れているように見える。
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