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3-6

 3-6


 レスカとシルヴィと共にエルフの里に戻り、世界樹の内部から魔物が出現したことに関してすぐさまルンヘン翁に伝えた。

 最初は、半信半疑だったルンヘン翁も、俺たちが討伐の証明として運んだスタッグ・ビートルの頭部を確認し、すぐさまエルフの男衆を集めて、世界樹に移動を開始した。

 そして、スタッグ・ビートルの死体や穴の空いた世界樹の若木、そして、一部変色した穴の内部などを見せて、その処置などを決め、夜に当事者の俺たちを集めて、報告をしてくれる。


「ふぅ、まさか世界樹に魔物が巣くっていたとは思わなかったわい」


 疲れたように髭を撫で、俺とレスカ、シルヴィがルンヘン翁と顔を合わせる。

 シルヴィから木の大精霊に聞いたこととレスカが確保したグリンテッド・モルドの核を見せ、そして浸食されていた現場を見て、やっと理解が追いついたようだ。


「それで、世界樹のあの大穴はどうするんだ?」


 スタッグ・ビートルが成長の過程で開け、カビに浸食された穴をそのまま放置するのは不味いように感じ、ルンヘン翁に尋ねる。


「わしらは、成長した木をくり抜いて住居としておる。そのノウハウを生かして、穴の断面を綺麗にしてゴミを取り除き、カビに侵された部位も削り取った後、再度カビないように保護するつもりじゃ」


 ルンヘン翁の家の天井や屋根などに塗られたニスのようなもので綺麗に整えるのだろう。


「それに、あれだけの大きな穴の中に、樹液線があったのはこちらに益をもたらしてくれる」

「そう言えば、木の大精霊が言っていた樹液線ってのはなんなんだ?」

「樹液線とは、世界樹の葉で作られた栄養が枝を通って、幹、根と移動し、世界樹の各所の生育に使われる。その内部を通る樹液を【世界樹の雫】と呼び、稀少な甘味である。成長した世界樹では、成長の過程で裂けた樹液線から【世界樹の雫】が溢れて溢れ出したり、洞に貯まって酒に変わることもある」


 とりあえず、稀少なものであるようだ。

 もしかしたら、半年後や来年の交易では、世界樹の雫が新たな交易品に追加されるかも知れない。

 そんな話をし、お茶を一口飲んで落ち着いたところでルンヘン翁がレスカに目を向ける。


「レスカ殿には、申し訳ないことをした。エルフの里での騒動を避けるため、そして【育成】の加護を理由に魔物のいる世界樹に同行させてしまった」

「い、いえ、謝らないで下さい!」

「それにレスカ殿は、戦う力を持っていなかった。それでもコータス殿とレスカ殿が居なければ、孫娘の命は危なかっただろうし、世界樹の危機も救えなかった可能性がある。だから、感謝させてほしい」


 謝罪と感謝をするルンヘン翁。

 実際に、俺とレスカが同行しなかった場合、シルヴィは危険だった。

 また魔物の出現が発覚してスタッグ・ビートルを討伐した後、グリンテッド・モルドを発見してもレスカ以外が下手に対処した場合、核が飛散して世界樹のカビが広がった可能性がある。

 シルヴィも真剣な表情でルンヘン翁と同様に謝罪と感謝のために頭を下げて、真剣な表情で顔を上げる。


「お二方には、魔物退治と世界樹の問題の解決、孫娘の護衛と言った理由でお礼とお詫びをしたい。受け取って下さらないか?」

「そ、そんな! 私はただ、コータスさんに守られていただけですし!」


 そう言って慌てて否定するレスカに、ルンヘン翁はゆったりとした口調でレスカを説得する。


「申し訳ないが、受け取りを拒否されても困ってしまう。里長や長老として何かを成した者には相応のものを贈り感謝を示す必要がある。信賞必罰は、エルフの里の共同体を維持するために必要なのだ」

「それに、レスカさんは遠慮しましたが、他の見方をすれば、長老が外部の人間に対して、お礼をしない振る舞いを見て、同胞のエルフが増長する可能性もあります」


 それは、他の人種との交易での問題に発展する可能性がある。


「そういうことじゃ。じゃから受け取って下され」

「……わかった」

「……はい。わかりました」


 理解はしたが、納得はしてないと言った顔のレスカ。

 俺は、冒険者に依頼した場合は、労働力の価値を下げない――という観点から考えて、ここは素直に受けるべきだ、と納得する。

 そして、ルンヘン翁から提案された報酬は――


「すまないが、この時期にある価値のあるものは、先の交易で放出しなかったものか、人間と交易したものになる」


 その中でルンヘン翁は、幾つかの物品を取り出し並べる。


「コータス殿、ワシがスタッグ・ビートルの体を検分したところ、武器と技量が釣り合っていないように感じる」


【鑑定の魔眼】という加護を持つルンヘン翁は、俺に何種類かの武器を並べ、言葉を続ける。


「コータス殿の持つ剣は、鉄の剣。それでよくCランクの中でも硬い甲殻を持つスタッグ・ビートルを倒せたと関心する。じゃが、真竜様を守る者としては、いささか武器が貧弱」

「……あまり、そうしたことに頓着したことがない。いつも、武器はその場にあるものを使っていたりする」


 率直に【頑健】の加護しかない俺は、【剣術】の加護のように特定の武器に対しての適正がない。

 そのために、どのような状況でも、どんなものでも武器に扱えるように、義父やその仲間の元冒険者の騎士たちに鍛えられた。

 だから、質の高い武器というものに気後れを感じてしまう。


「ここに揃えられたのは、全部今までの交易で交換した武具じゃ。素材は、ミスリル。大抵がエルフの狩人や戦士たちが何らかの成果を上げた時のためのものじゃ」


 そう言って、置かれたミスリルの剣を持ち、鞘から刀身を僅かに引き抜き確認する。


「……っ! これを受け取るには、貰いすぎだ」


 あまりに美しい鏡面のように反射する銀の刀身に映る俺の顔に息を呑む。

 実用性重視の無骨なデザインだが、逆に剣としての機能性は高い。圧倒的に軽く、取り回しがしやすい、また何より魔力を通しやすい。

 Cランクの魔物一匹を倒した程度でミスリルの剣を貰うなど、と流石に釣り合わない報償に辞退するか、より減らすように交渉しようとするが……


「そう言うと思っておった。じゃから、お主の倒したスタッグ・ビートルの全身は、ワシらが引き取る。その分を上乗せしてミスリルの長剣で納得して貰えないかの?」

「……謹んで、受け取らせて貰おう」


 様々な思いはあり受け取るべきか迷う中で、一人の騎士としてミスリル製の武器に憧れがあったのは事実だ。その欲を理解しつつ、大事に受け取る。


「うむ。それでは、レスカ殿には、武具は似合わない。そこでエルフの特産品としてこちらを贈りたい」


 ルンヘン翁が取り出したのは、ロール状に巻かれた一反の布地だ。

 薄緑色に表面に光沢があり、軽く柔らかな絹織物だった。


「レスカさん、こちらはエルフの特産のエルフ絹になります」

「えっ!? あのエルフ絹ですか!?」


 貴族たちの間でも人気の高い超高級品の絹織物だ。

 翡翠色をした布を撫でるレスカは、ほぅっと感嘆の溜息を漏らしている。


「こんな高級品を貰って良かったんですか」

「はい。もし、レスカさんが世界樹を救って下さらなければ、二度と手に入らなかったことでしょう」

「えっ?」


 シルヴィの言葉にレスカが聞き返すように小さな声を漏らす。シルヴィは、微笑みながらその理由を教えてくれる。


「エルフ絹を出すシルキー・ワームは、一般的な弱小魔物です。ですけど、餌として与える物の品質によって出す絹糸の質は変わります」


 レスカの知識を確かめるように一度言葉を句切ると、そこまでは知っていると伝えるように頷くレスカ。

 そんなシルキーワームの餌に世界樹の葉を混ぜて作られたのが、このエルフ絹なんです。

 その衝撃の告白に目を見開くレスカ。

 今日の世界樹の巫女の仕事を手伝ったが、葉っぱは落ち葉のみ使用するために、多くの葉っぱは採れない。

 また、薬などの素材にも使われるためにシルキー・ワームの餌としては、多くは使えないはずだ。

 また、町の中を見渡しても常用的に使う繊維でもないことが分かる。


「そんな、貴重品を。それにシルキーワームの餌はエルフ絹の秘密じゃ……」

「いいんです。レスカさんたちはそれだけのことをしたのです。それにエルフ絹は、ただ美しいだけではなく世界樹の葉の成分がシルキー・ワームの体を通して濃縮されているので治癒力増進や抗毒能力、抗魔法能力を高める布でもあるんですよ」


 なるほど、だから多くの貴族が求めるのか。身の安全を高めつつ、だがゴテゴテとした身を守るアクセサリーを常用しないために。


「ありがとうございます。この布を使ってドレスとかは無理ですから、小さなスカーフとかナプキンとか、そうした細々としたものにしたいと思います」


 超高級品を受け取ってしまったレスカは、その取り扱いに困りながらもシルヴィにそう答える。

 だが、実際にスカーフにすると言ってもレスカが作るのは、オルトロスのペロやリスティーブルのルイン、暗竜の雛のチェルナたちにスカーフを巻いたり、エルフ絹に刺繍をしたハンカチなどの用途を容易に思い浮かんでしまう。

 とりあえず、ミスリルの長剣とエルフ絹を受け取った俺とレスカは、後のことをルンヘン翁たちに任せ、この場を辞して借りていた部屋に戻るのだった。


9月20日、オンリーセンス・オンライン13巻と新作モンスター・ファクトリー1巻がファンタジア文庫から同時発売します。興味のある方は是非購入していただけたらと思います。

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