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俺たちが木の大精霊の案内で世界樹の内部を進んだ。
途中、シルヴィが精霊魔法で光球を浮かび上がらせて、世界樹の穴の中を照らして進み、大精霊の案内で最奥地まで辿り着く。
そこで見たものは、壁面一杯に広がる緑色の綿のような塊だった。
「なん、ですか。この不気味な緑の塊は……」
震える声で尋ねるシルヴィに木の大精霊は、淡々と答える。
『グリンテッド・モルド。簡単に言ってしまえば、カビの魔物。その核だよ』
そう言って、今ももぞもぞと動くカビの魔物を俺もシルヴィも気味悪そうに見る中、レスカだけ真剣な表情をしている。
「それで、私たちをここに呼んだ理由がこれですか?」
『正解。なんで樹の洞の中に魔物がいたか、と言えば、ちょっと長くなるけどいいかな?」
そう言って木の大精霊が語り出す魔物出現の原因。
最初は、スタッグ・ビートルの小さな幼虫にグリンテッド・モルドが共生していた。
グリンテッド・モルドは、共生した段階で、スタッグ・ビートルの幼虫の嗅覚を破壊し、虫除けの効果を発揮させずに世界樹に辿り着いた。
そして、豊富な栄養のある世界樹の樹皮の僅かな傷に入り込み、そこから長い年月を掛けて生木を食べ、糞をグリンテッド・モルドの養分として少しずつ成長した。
世界樹があるから天敵がおらず、栄養豊富な世界樹は最上の餌であり、寝床であり、盾であった。
『正直、世界樹の木の表面程度に住み着いても大きな影響はないんだ。だけど、そうも言っていられない事態になったんだ』
流石に長い年月を掛けて、世界樹の若木の中でスタッグ・ビートルが成虫になり、グリンテッド・モルドの核も少しずつ世界樹の奥深くまで到達していた。
定期的に使われた虫除けの匂い水やお香の殺菌効果を嫌って奥へ、奥へと逃げていったのも浸食を早めた原因だろう。
『このまま浸食が進み、水分を吸い上げる場所までグリンテッド・モルドが浸食した場合、水の流れに乗ってカビの毒素が世界樹全体に巡って最悪、世界樹は腐り落ちる可能性もあった』
木の大精霊の言葉に世界樹を育む立場にいるシルヴィは、愕然とした表情をしていた。
自分たちが主導になって行っていたことが世界樹の死に向かわせていたことだった事実に、顔は真っ白だ。
『巫女たちのやっていたことは間違いじゃないから安心していいよ。本当は、何度も虫除けの匂い水の霧を小さな隙間から浸透させてグリンテッド・モルドを殺し切れば良かったんだけど、今回ばかりは、栄養の多い樹液線の場所に当たって勢いづいて殺し切れなかった。今回がイレギュラーなだけだから』
そう言って、慰める木の大精霊だが、シルヴィは納得していない様子で更に言葉を続ける。
『それと、今回彼女たちを連れてきてくれた。だから最悪は免れたんだよ。だから誇っていいんだよ』
シルヴィは、まだ白い顔だが、しっかりと顔を上げて木の大精霊を見つめ返す。
「はい。ありがとうございます」
「それで、私たちをここに呼び寄せたのは、何をして欲しいんですか?」
そう言って、レスカが切り出す。
『話が早くて助かるよ。魔物を調教でき、【育成】の加護を持つ君なら、この自我のないグリンテッド・モルドの核を安全に世界樹から切り離せると思うんだ』
「……わかりました。やってみます」
「レスカ。大丈夫か?」
「大丈夫です、この手の魔物は自我がありませんから核さえ確保できれば簡単に調教できます」
そう言ってレスカは、グリンテッド・モルドの核らしき緑の塊に手を掲げる。
「いきます。――《従属契約》!」
調教師の使う魔物を言うことを聞かせやすくする《調教》の調教魔法を使わず、直接支配権の強い《従属契約》を発動させる。
レスカの掌に強い輝きが宿り、それがグリンテッド・モルドの核に宿り、光が収まる。
「レスカ、成功か?」
「はい。大丈夫なはずです。あとは、核を移動させて体を構成している末端のカビに死滅するように命じれば、終わります」
そう言って、レスカは、カバンから空き瓶を取り出し、その中にグリンテッド・モルドの核と僅かな緑の綿のようなカビを移して、コルクで蓋をし、死滅を命じる。
すると、世界樹の大穴の奥に広がっていたカビはどんどんと小さくなり、最終的には、緑色の変色がその後を残すだけになった。
『ありがとう。下手に滅ぼそうとするとカビを当たりにまき散らして、多くの核に分裂したり、毒素をばらまく可能性があったんだ。君に任せて正解だったよ』
「レスカさん、私からもお礼を言わせて下さい! 世界樹を救っていただきありがとうございます!」
木の大精霊とシルヴィもレスカにお礼を言い、両手で大事そうにグリンテッド・モルドの入ったガラス瓶を抱えて恥ずかしそうに微笑むレスカ。
だが、俺は、心配になり尋ねる。
「確かに上手くグリンテッド・モルドを確保できたが、その後はどうするんだ? 瓶に詰めたまま焼却して討伐するのか? そもそも所持していて危険じゃないのか?」
スタッグ・ビートルに寄生? 共生して存在し、世界樹を枯らし掛けた魔物だ。
俺たちが持っていて大丈夫なのか心配になるが――
「大丈夫ですよ。グリンテッド・モルドは、他の魔物と共生して移動し、核を定住させる場所を探すカビの魔物ですけど、その討伐ランクは、F-。限りなく無害に近い魔物です」
そう言って自信満々に断言するレスカ。
そのレスカの久しぶりの魔物うんちくに、少しだけ癒やされつつ話の続きに耳を傾ける。
「それに、共生しようとしても相手が強すぎると相手の魔物の免疫力でグリンテッド・モルドが死滅するので必然的に弱い魔物にしか移りませんし、今回の場合、世界樹の内部に入り込むことがイレギュラーだったはずです」
本来は、そこまで力はない魔物らしい。
「それで、結局は、グリンテッド・モルドをどうするんだ?」
「もちろん、飼います!」
目を輝かせて断言するレスカは、グリンテッド・モルドの使い道を語り始める。
「グリンテッド・モルドは、カビの魔物です。基本は、青カビですけど、指示すれば、白カビの繁殖や逆にその他の有害なカビなどを押さえてくれます。これを使えば、今まで作っていたリスティーブルのチーズにカビで熟成させて色んなチーズができますよ!」
今までは、短い期間しか保存に向かないフレッシュチーズか、長期保存に向いたハードタイムのチーズが多かった。
そこに更にカビの魔物によるカビチーズの熟成ができる、と嬉しそうにしているが……
「レスカ……牧場にはリスティーブルから採れるミルクの量は、高が知れている。そんなに手広くチーズは作れないんじゃないか?」
「…………」
俺の指摘に、興奮したレスカは、笑顔のまま手元のガラス瓶に入ったグリンテッド・モルドを見下ろし、寂しそうに顔を俯かせる。
「そう、ですね。チーズ牧場としてやっていくには、牛型の魔物があと十数頭は必要ですね……」
興奮から現実を理解できるようになり、明らかに落胆するレスカ。
俺は、そんなレスカを慰めるために頭を撫でる。
「なっ!? コータスさん、なにを――」
レスカは抗議の声を上げようとするが、俺はそのまま自分の考えを伝える。
「カビのチーズを食べたいだけなら、他のチーズ牧場と交渉してグリンテッド・モルドを譲り渡すのもいい。他にも他者の知恵を借りれば使い道はある。レスカは、どう思う?」
「……そうですね。一度、その方向で考えて、他の牧場主と相談します」
頭を撫でられながらも頷くレスカ。だが――
「――ですけど、撫でる必要はないと思う!」
「んっ!? まさかの時間差で抗議が来るとは」
たまに出る荒い口調。だけど、今回は時間差での反応にちょっと新鮮だな。と表情を変えずに思う。
「もう、コータスさんは毎回毎回、自然に撫で過ぎです! びっくりします! グリンテッド・モルドの瓶を落としたらどうするんですか!」
『きゅっ!』
レスカは、怒っているのだろうか、褒めているのだろうか。多分、怒っているのだ。
そして、レスカの抗議と同じように、頭にしがみつくチェルナが尻尾先でぺちぺちと叩いてくる。
「すまない。つい……」
「ついじゃありませんよ! 人が見てるんですよ! もう……」
そうしたやり取りをする俺たちだが、木の精霊やシルヴィからの生暖かい視線にレスカは顔を赤くして唇を尖らせる。
人が見ているのを気にする、と言うことは身内だけならいいのだろうか……と内心思いつつ、少しずつ気配の薄くなる木の精霊に目を向ける。
『それじゃあ、そろそろ実体化できなくなるけど、後の処理は任せたよ』
「はい、お任せください。二度とこのようなことがないように精進します」
『今回は、本当にイレギュラーだから仕方が無いよ。それじゃあね。世界樹の巫女殿。それに暗竜の保護者殿たち』
そう言って、一瞬、目を細めて慈愛の籠もった視線をチェルナに向ける。
『それからよく無事に生まれてきてくれたね。チェルナとは、あの炎竜も良き名を付ける。そして、【育成】の加護持ちのところで健やかに育つといいよ』
そう言って、ふっと木の大精霊は姿を消し、俺たちもエルフの里に戻り、世界樹の若木で起きた出来事を伝えるのだった。
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