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3-3

 3-3


 そして、エルフの里滞在4日目――ジニーとヒビキは、引き続きリエルに精霊魔法の習得を手伝って貰いつつ、共にエルフの里の見学に向かた。

 俺たちの方は、レスカとシルヴィ、チェルナとオルトロスのペロ、荷物運びとして背中に大荷物を担いだリスティーブルと共に、世界樹の若木の方に向かった。


「いつもは、何人かのエルフたちと荷物を運ぶのですけど、魔物の牛は力持ちですね」


 そう言って、世界樹の肥料や余計な虫が付かないようにする虫除けの匂い水などを積んだリスティーブルを撫でるシルヴィ。


「世界樹の管理ってのは、具体的になにをするんだ?」


 付き添いの俺だが、一応木刀ではなく長剣を佩き、レスカとシルヴィの護衛役を務める中、二人がこれから行うことを尋ねる。


「まずは、世界樹の根元に日々の生活で出た生ゴミから作った肥料を撒き、その後、虫除けの香を辺りに焚いて世界樹の表面や葉に付く虫を払い、煙の力で病気を遠ざけるんです」

「匂い水だけじゃあの大きな巨木には水分は不十分じゃないのか?」


 植物には、水を遣る、という考えがある俺にとっては、ただ肥料と少量の匂い水を与えるだけというのは、少し不足しているような気がする。


「世界樹は、地下水脈近くまで根を伸ばし、毎日大量の水を吸い上げているんです。だから、水遣りは不要なんです。それに、本当は、世界樹自身が水と空気と日光だけで栄養を生み出すので肥料などはあまりいらないんです。本命は、周囲の地面に虫除けを撒くためなんです」


 何故、あまり必要無い肥料を与えるのか、と尋ねたら慣習なんです、と困ったように笑うシルヴィ。

 世の中、無駄に思えるが慣習として残り、行われていることが多い。確かに、そういうものか、と強引に納得し、少しずつ近づいてくる世界樹を見上げる。


「すごいですね。近づくほどに緑の気配が濃くなります。それになにか、呼吸が楽です」


 大きく深呼吸を繰り返すレスカに俺も同じように大きく息を吸い、吐き出せば、全身に爽やかな空気が巡るような気がする。

 とても心が落ち着く緑の香りと濃厚な空気にしばし癒やされる俺たちにシルヴィが世界樹について説明してくれる。


「世界樹は、森全体の調和を整えてくれます。地下水の水を吸い上げ、世界樹の呼気と共に大量の水分を空気に流す。その水気を含む空気が風に乗り森全体に行き渡り、昼夜の温度差で朝露となり、森全体を潤す」


 その恩恵をもっとも感じられるのが、この場所とのことだ。


「それに、体の弱い子は、この世界樹の木の側で養生することが多いんです。私も小さい頃は、体が弱く、この木の側に頻繁に通っていたのですよ」


 そう言って、実体験と共に世界樹について語ってくれるシルヴィ。

 その言葉には、幼い頃の感謝とその恩返しのために世界樹の巫女をやっていることが伝わってくる。


「さぁ、着きましたよ」


 そして、見上げる先には、森の木々の中から飛び出した巨大な世界樹を見上げることになる。

 世界樹の若木一本がこの周囲の養分を独占しているためか、周囲との樹木に距離が空き、広場ができている。


「それじゃあ、まずは、この周りを掃除しましょう」

「掃除ですね。わかりました」


 俺とレスカは、リスティーブルの背中に乗せた荷物の中から、箒や籠、そして大きな麻袋を取り出す。


「世界樹から自然に落ちた落ち葉や枝は、できるだけ回収して持ち帰ります。葉っぱの形は、他の樹木と違うので分かりやすいと思いますよ」


 そう言って、辺りに落ちている葉っぱの中でギザギザした葉っぱを持つものを拾い上げる。


「これが世界樹の葉です」

「凄いな。他の葉っぱと重さが違う。それに瑞々しい」


 本体である樹木から切り離されているのに、他の木々の三倍の密度があるように思う世界樹の葉。

 また何より、触れて分かるが、大量の水分を保持しているのか、触っても葉っぱの柔軟性を失っていない。


「それが世界樹の大きな特徴なんです。大量の水分を葉っぱに蓄え、葉が落ちても長い時間水分と薬効を保ち続ける。森を常に潤す保湿剤の役割を持ち、また薬としては、長期保存できる生薬でもあるんです」


 そう言って、次々と目に付く範囲の世界樹の葉を拾い始めるシルヴィに俺たちも手伝う。

 俺は一人黙々と拾い集める中、レスカは、シルヴィとおしゃべりしながらも手を止めず、世界樹に関する知識を収集し、待つのに飽きたルイン、ペロ、チェルナの魔物組は、世界樹の葉の間から差し込む木漏れ日と吐き出す濃い空気に浸っている。


「この世界樹の葉は、やっぱり薬が主な使用先なんですか?」

「それもありますけど、他にもエルフの名産品の幾つかには世界樹由来の物が多かったりしますよ」


 そう言って、落ちている葉っぱや折れた枝を拾い、世界樹の周りを掃除する。

 そして、一通り綺麗にしたところでリスティーブルのルインに運んでもらった肥料を世界樹の根元に撒き、レスカとシルヴィが蓋のされた壺を開けて、中に満たされた虫除けの匂い水を柄のついた器状の道具で掬い、辺りが湿る程度に巻く。


「これが虫除けの匂い水か。スッとする匂いだな」

「この匂いは……グリーンメンタムの匂いですか?」


 レスカには、思い当たる節があるようだ。


「はい。匂い水は、グリーンメンタムから抽出した芳香に水とお酒と混ぜたものですよ。森の中に入る狩人は、匂いで獲物に気づかれるのを嫌って付けませんが、村全体では、作物の虫除けにも使うんです」

「へぇ、グリーンメンタムにそんな使い方があったんですね」


 レスカの畑では、虫除けには木酢液を薄めた物を掛けたりしていたが、状況や品種、集まる害虫によって使い分けるのも必要だと思っているのかも知れない。

 そして、一通りの肥料を撒き、レスカとシルヴィが虫除けの匂い水を使う準備をする。


「ただ撒くだけじゃないんだな」

「精霊魔法で匂い水を霧に変えて、世界樹に行き渡らせるんです。普段は、虫除けのお香を焚いた煙も使いますけど、匂い水の方が樹皮から樹木内部に浸透していくんです」


 そうして、匂い水の入った壺の前で世界樹の枝から削り出した杖を取り出し、掲げるシルヴィ。


「水よ、風よ、世界樹に蟲払いの水を届けておくれ」


 奉納の舞のように杖を振るい、壺の前で回る。

 その動きに合わせてゆったりとした袖が揺れ、匂い水から水色と緑色の半透明な精霊が姿を現し、匂い水を細かな霧状に変えて世界樹を下から包み込む。

 世界樹が呼吸し、樹皮の隙間から染みこむように匂い水が入り込み、少しずつ匂い水の範囲が広がっていく中、それが起こる。

 ――バキバキ、と世界樹内部か不穏な音が響き始め、精霊魔法を使い、杖を掲げて踊っていたシルヴィの動きが止まる。


「な、なんですか!?」

「レスカ、シルヴィ! とりあえず、ルインとペロの側まで下がれ! 何かが出てくるぞ!」


 そして、俺は、長剣を引き抜き、世界樹の幹を内側から叩く音を待ち構え、そして――


『――シャァァァァァッ!』


 世界樹の内部から一匹の巨大な昆虫が現れ、シルヴィに使役されて虫除けの霧を生み出していた精霊の体を一本角で貫き、飛翔のために広げた羽根で体を両断する。

 魔力で一時的に顕現した精霊は、体を散らされて空気に解けるように消える。

 そして、虫除けの匂い水への干渉を失い、虫除けの霧が空気の流れで散っていく中、巨大な昆虫が先程までシルヴィのいた匂い水の壺の真上に降り立ち、踏み潰していく。


「そんな! 世界樹の中が既に魔物に食い荒らされていたなんて……」


 世界樹の巫女のシルヴィは、世界樹の内部に既に魔物が居着いていたことに、動揺している。

 そんな中、レスカとシルヴィを守るようにオルトロスのペロとリスティーブルのルインが前に出る。


「レスカ! あの魔物は分かるか!」


 黄金色の一本角を持つ甲虫に対して長剣を構え、背後にいるレスカに甲虫の正体を尋ねる。


「あの一本角と飛行能力、生木を住処にする性質は――スタッグ・ビートルです! 討伐ランクは、Cです!」

「そんな! スタッグ・ビートルなんて魔物は、普通寄りつきませんし! なんで世界樹の中に!」

「とりあえず、倒すのが先決だ!」


 目の前の現実に、悲鳴のような声を上げるシルヴィ。

 絶対に安全だと思っていた世界樹の、それも内部にCランクの魔物が居着いているとは思わなかったんだろう。

 そして、その声に反応するように羽根を広げ、高速で震わせ、ふわりと虫を浮くスタッグ・ビートル。

 俺は、背後のレスカとシルヴィを守るために鞘に長剣を収め、受け止める準備を始める。



9月20日、オンリーセンス・オンライン13巻と新作モンスター・ファクトリー1巻がファンタジア文庫から同時発売します。興味のある方は是非購入していただけたらと思います。

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