2-1
2-1
エルフとの交易団に参加することになった俺たちは、翌日からその準備に取り掛かった。
普段の牧場仕事の後、町の長老衆に必要なものや日程を聞き出し、俺たちもその準備を進める。
「とは言っても持ち物は、大体滞在中の食料や燃料くらいか」
交易の日程は10日ほどだが、滞在期間の前半は持ち込んだ食料を食べて過ごし、後半は、各々が持ち込んだものでエルフたちと交易して食料などを分けて貰うような習慣がある。
「よし! 万が一に備えて、余分に食料と燃料と水を用意したわよ!」
「コータスさん、ヒビキさん、お疲れ様です」
「みんなのお姉さんの私に任せなさい!」
そう言って力強く宣言するヒビキ。
俺とヒビキは、交易団への参加の準備として、ピュアスライムの浄水装置を使って大量の水を確保し、それを樽に詰めて、ヒビキの持つ【魔法の鞄】に収めていく。
時間停止の魔法の鞄という魔導具を持つヒビキにより、食料や水の劣化や腐敗の心配がなく必要分を用意することができた。
「ふぅ、終わったか。まぁ、魔物たちも連れて行くんだからこれくらいは必要か」
「そうですね。エルフの里の水場を占領する訳にもいきませんし」
そう言って、困ったような笑みを浮かべるレスカ。
この交易団の参加は、暗竜の雛のチェルナの安全を確保するためであるのでチェルナの参加は当然として、レスカの護衛としてオルトロスのペロ、そしてチェルナの姉兼ミルク補充要員としてリスティーブルのルインも連れて行く。
「一応、魔物を連れて行っても大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ。エルフの里でも魔物の飼育などが行われていますし、広い土地の確保が難しい森の中では、牛乳よりも大豆を煮て作る豆乳が主流で珍しがられるので、搾り立てミルクもそのまま交易品になりますよ」
そう言って、リスティーブルのルインの同行も問題ないと伝えるレスカ。
とは言っても、リスティーブルのミルクでの交易の規模は、個人単位で細々としたものである。
エルフとの交易は、基本的に交易団の代表である代官が牧場町の商品を一括で買い上げるか、外部からの購入で集め、それを物々交換しており、俺たちは個人単位でのマーケットを開くくらいだ。
そんな感じで初参加の俺とヒビキは、レスカからの話を真剣に聞きながら、交易団としての出発の日を迎えた。
精霊魔法で辺境の牧場町とエルフの里を繋ぐために、交易団のための帆の張られた荷車が貸し出され、それを牽くリスティーブルに手綱を繋ぎ、道具を載せて準備をする。
そんな中、同じように荷車に乾燥させた葉っぱや液体入りのガラス瓶を載せる荷車からジニーがこちらに駆け寄ってくる。
「コータス兄ちゃん、レスカ姉ちゃん、おはよう」
「ああ、おはよう。こっちに来て大丈夫なのか? リア婆さんと一緒じゃなくて」
「平気。お祖母ちゃんは、珍しい薬草の目利きのために代官様に同行するから基本あたし一人になる」
だから、俺たちと一緒にいることを許された、と。
納得する間に、荷台から顔を出したレスカとヒビキがジニーを招き入れる。
「ジニーちゃん、軽く摘まめるクッキーを焼いたので一緒に食べませんか?」
「ほーら、お姉さんの隣に座って。何だったら、膝の上に座ってもいいのよ!」
「うるさい、変質者! ん、クッキーはみんなと食べる」
そう言って、レスカからクッキーを受け取ったジニーは、先に荷車に乗っているオルトロスのペロに分ける。
まだチェルナは、ミルクや柔らかい離乳食のような食事から抜け出せていないので、ヒビキの魔法の鞄からミルク粥を取り出して、食べさせていた。
そして――
「それじゃあ、時間になった。エルフたちが里との道を繋げてくれる! 遅れないように行くんだぞ!」
そう言って、トレント牧場から集められた二体のトレントが互いに体を傾けてアーチを作る。
そして、そのアーチの中が輝く白い靄が立ち込み始め、その奥に人影が見えた。
そして歩き出す先頭がトレントの作るアーチを潜り、エルフの里に順次進んでいく。
「ふぅん。あれが精霊魔法ねぇ」
荷車の御者席に身を乗り出し、リスティーブルの手綱を握る俺の隣に顔を出して、エルフの精霊魔法を見つめるヒビキ。
「なにか分かるのか?」
「思っていたのとは違かったかな? 空間魔法の【転移門】のような魔法かと思ったら、精霊同士が道を繋げるチェンジリングの方法の応用ね」
「【転移門】? チェンジリング?」
転移門は、四大元素や光闇などとは大きく系統の異なる特殊な属性だ。
ヒビキの内部時間の止まった魔法の鞄などは、そうした時空間の魔法を使って作られた魔導具となる。
対して、チェンジリングとは、精霊や妖精が密かに子どもの部屋に入り込み、子どもを取り替えるという民話だ。
地域によっては、気づかれずに入ってきた精霊が【加護】を与える、などの派生系が存在するが、広くは精霊の移動手段であり、今回はその応用らしい。
そうして精霊の開いたチェンジリングの門を次々に潜り、俺たちもリスティーブルの牽く荷車に乗ったままその門を潜る。
しばらくは、白い靄の中を進み、前の荷車の影を追って進む中、ふと、視界が開けた。
背後を振り返ると同じようにエルフの里側のトレントたちがアーチを作り出口を作り出していたのだろう。
「わぁ……ここがエルフの里、綺麗ですね」
「っ!? すごい、綺麗」
「うわぁ! 世界遺産なんて目じゃないわよ。樹齢何百年の木々よ」
そして、荷車から顔を出してエルフの里を見上げるレスカたち。
俺も、言葉には出さないが、エルフの里の中央には、一際高く、立派な大木が聳え立っており、頭上に広がる枝葉は、植物の呼気により上空に細かな霧が出ているように見える。
その大木の呼気による霧が日差しを和らげ、清涼な空気がエルフの里全体を包み込んでいる。
大木に見とれていた俺たちは、前の荷車について進んでいけば、大木に比べれば、小さいがそれでも太い木々が立っており、エルフたちの住居は、そうした木々をくり抜いて樹の洞のようにした住居が立ち並んでいる。
「出迎えのエルフたちだ」
そんな俺たちの前で杖を掲げ、精霊魔法で道を作った集団に目を向ける。
長く尖ったような耳に男女も問わず美しい顔立ちをしている。
「アラド王国の交易団の皆さん。ようこそ、スヴァルの氏族の里へ」
「お招きいただき、ありがとうございます。今回もまたよろしくお願いします」
氏族の名で現すエルフの里の交渉役が、こちらの交易団の代表である代官と握手を交わす。
エルフの里の交渉役は、人間で言えば四十くらいに見えるが、それでも端正な顔立ちと年を取り落ち着いた立ち振る舞いから滲み出る美しさが目立つ。
対する交易団の代官は、パリトット子爵と言う少しお腹の出た中年男性だ。こちらは、人の良さそうなぽっちゃりとした顔立ちの人で貴族なのに非常に気さくな人柄だ。
辺境の田舎町なのか書類仕事が少ないのか、午前で仕事を終えたら、その足で代官の館の裏手にある空き地で小さな畑を自分で作っているほどこの土地に馴染んでいる。
「いやはや、前回の交易が昨日のことの様に感じられますよ。次の交易はまだか、と若者たちに急かされましてな。うちの嫁も少ない趣向品を楽しみにしております」
「こちらも持ち帰った交易品を見た貴族たちがもっと無いのか、と要望が上がって来ましたよ。特にエルフ絹は、貴族の令嬢や夫人たちからの熱い要望が上がっておりましてね。なので、今回は少し多く持ち帰りたいところです」
「工芸品の多くは、冬の手慰みで作られるものは多いからありますけど、エルフ絹は、春先から秋にかけて作るものなので、少ないんですよね」
「まぁ、その辺りの交渉は、おいおいに」
「そうですね。今日は、歓迎の準備をしてあります」
交易団の代表である代官とエルフの交渉役のやり取りの後、交易団の荷車が空き地と交易団たちの宿泊する建物の方に案内された。
そして、俺たちも案内された場所に荷車を停めて、降りる。
『きゅぅ~』
精霊魔法でエルフと里と道が繋がったために短い距離だが、初めての荷車での移動にチェルナが興奮から俺の後頭部に飛び込んでくる。
まだ自由自在に空を飛ぶことはできないが、跳躍と滑空で数メートルの距離なら移動できるチェルナは、そのまま俺の後頭部にしがみつき、共にエルフの里に降り立つ。
続いて、レスカ、ジニー、ヒビキの順番で荷馬車から降り立てば、交易団を一目見るために集まっていたエルフたちが俺たちを見て、凝視とも言えるほど見つめてくる。
『きゅぅ?』
その視線になに? と言いたそうに俺の頭の上で小首を傾げるチェルナの動きを見て、エルフの里の交渉役が、ざっと膝を着いて頭を下げ祈りを捧げる体勢をとる。
それに合わせて、他のエルフたちも同じような動作を取り、身動きを止める。
「なんなんだ? これは……」
「さぁ? こんな歓迎の仕方は無いはずですけど……」
そう言って、困惑したような表情の俺とレスカたち。
そして、他の交易団に参加した牧場町の面々たちも同様に今まで見たことのないエルフたちの行動に驚き、思考が停止して身動きが取れない。
騒動の中心である俺たちに救いを求めるように代官のパロトット子爵やリア婆さんたちが視線を向けてくるが、どうしていいのか分からない。
とりあえず、声を掛けなければならないだろうと、俺はエルフの交渉役に話しかける。
「すまない。状況が理解できない。その、頭を上げてくれないか?」
むしろ、安全のために交易団に同行した俺たちに、ここまで頭を下げているのか、という疑問がある中、頭を下げるエルフたちの後方から杖を突いた老人のエルフたちがやってくる。
「これ、お主ら。いきなり祈っては、お客人方に失礼であろう」
祈るエルフたちに穏やかだが、ハッキリとした口調で叱りつける老人エルフの声に、チェルナがぴゃっ……と尻尾を俺の首に絡みつけるようにして声に驚く。
怒鳴るような大声ではなく、妙に響く迫力のある声に俺も自分が叱られたわけじゃないのに、背筋が伸びる感覚を覚える。
そして、渋々と立ち上がるエルフたちの合間を縫って近づいてくる老人エルフ。
美しいと評されるエルフたちだが流石に老人と呼べるほど年を取ると美しさよりもその気質の方が目立つ。
髪の毛は白く染まり、腰は曲がり、髭や眉毛も伸びた好々爺のようなエルフだ。
「突然のことで申し訳ありません。真竜様とその守護者様方の訪れるのをお待ちしておりました」
握手しようと差し出す手に同じように俺も手を差し出せば、両手で力強く握り返される。
また、チェルナも俺を真似して、片手を老人エルフに差し出せば、俺以上に腰が低くそして丁寧に頭を下げてチェルナの小さい手と握手している。
その扱いは、完全に交易団の代表であるパロトット子爵以上の扱いだ。
そして、そのことを理解しているのか、パロトット子爵は、苦笑いを浮かべているのが見えた。
「相互理解が必要でしょう。詳しい話は、わしの自宅でお話ししますので、皆様は一緒について来てくだされ」
そう言って、俺たちは、老人エルフに連れられて、一際立派な老人エルフの住居に案内されるのだった。
9月20日、オンリーセンス・オンライン13巻と新作モンスター・ファクトリー1巻がファンタジア文庫から同時発売します。興味のある方は是非購入していただけたらと思います。









