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 全身打撲と両肩の粉砕骨折、その他の複数の骨の骨折。

これらを治すためには、通常の人間は、数ヶ月の時間が必要になる。または魔法薬でも使えば、その時間は短縮されるがそれでも治癒には時間が必要になる。

 だが、俺にはそうした心配は一切存在しない。

 なぜなら、俺には――


「……知らない天井だ」


 少し薬っぽい匂いと温かさを感じて、ゆっくりと目を開く。

 見上げる天井は、俺の知らない木目模様をしており、また全身の衣服が貫頭衣のような服に着替えさせられている。

貫頭衣の下には、全身に巻かれた包帯とその下に塗られた薄緑色の軟膏が確認できた。


「はぁ、マジで死ぬかと思った。まぁ、死なないけどな」


 そう言って、深い溜息を吐き出す俺は、目を瞑り自分の体に意識を向ける。

 魔法が使える人間、使えない人間問わず、生命体が誰しも持つ魔力。

 その流れを感じながら、全身の骨や内臓、組織に異常がないか確認していく。

 元々、完治していることは知っていたが、それでも一応確認しなければならない。


「はぁ、こんな姿をうちの親父やシャルベルさんたちに見られたら、訓練させられるんだろうなぁ」


そう深い溜息を吐き出すと、部屋の入り口をノックされ、水入りの桶を抱えたレスカが入室してくる。


「あっ!? コータスさん、起きたら駄目です! 大怪我したんですよ!」


 こちらを見ると共に水入りの桶を零さないように運ぶレスカ。

 慌てて俺を寝かしつけようとするが、逆に俺はその手を取って止める。

「大丈夫だ。平気だ」

「大丈夫じゃないです! 全身打撲と両肩の粉砕骨折って重傷なんですよ! って、腕が動く? だって、肩の骨が……」


 そっと俺から距離を取ってもらうレスカ。

 俺は、レスカの前で服を脱ぎ、包帯を外して、水入りの桶と手ぬぐいで全身の薬を拭い取る。

 その下から現れたのは、新米騎士として鍛えられた肉体と傷のない体だ。


「変だと思ったがやっぱり怪我が治っていたか」


 レスカの後ろから一人の男性が部屋に入って来る。

 健康的に焼けた肌を持ち、身なりを綺麗に整えられた人物だ。ちょうど二十代中盤の青年らしく、村人らしい格好をしている。

 レスカと一緒にいるということからその親類の可能性もあるが、髪や瞳、顔の造形がまるで違う。

 だから、俺はその言葉を口にする。


「えっと……どちら様?」

「俺だ。先任の騎士のバルドルだ」

「えっ!? バルドル! だって、肌が浅黒く焼けてたし、ヒゲが生えてたぞ!」

「ありゃ、ちょっと土で汚れてただけだし、ヒゲだって剃るのが面倒だったからそのまま生やしてただけだ。ってか、気付けよ」


 胡乱げな目でこちらを見るバルドルだが、その変貌っぷりに驚く。

どう見ても以前の姿は、三十代後半の農夫と言った姿だが、今は二十代中盤の爽やかな青年だ。


「それで、お前は、なぜ大怪我を治せた。騎士生命すら危うい大怪我を負って、なぜ丸一日で治る」


 俺を真っ直ぐに見つめるバルドルの眼光。


「ひれ伏せ! ――《重圧の魔眼》!」


 その眼光を受けた俺は、治ったばかりの体が激しく軋む圧迫感を感じる。

 きっとバルドル本人の【加護】なのだろう、視線だけで人を物理的に倒すなんて、近衛騎士でも変わり種なのかも、と思いながらも、親父や師匠たちから毛色は違うが似た事を日常的に浴びているために、俺自身の精神には動じない。

 ただし、その間に物理的に骨に罅が入るのを感じる。


「……そろそろ、その圧力止めてくれないか? 喋れなくなる」

「これで表情一つ変えずに耐えるなんてお前は何者なんだ」


 いや、それは元々表情が乏しいからだから、と内心呟くが、更に圧力が増して、骨が軋む。


「理解できないものに対して、人間は恐怖を抱く。そして、そうした物を王宮から遠ざけるのが、俺の仕事だ」


 だから、眼光は止めない、と暗に答えるバルドル。その間にあばら骨が二本ほど折れるのを感じる。


「バルドルさん、止めてください! 相手は怪我人なんですよ!」

「……わかった。話す」


 最初は話すつもりはなかったが、バルドルの眼光に直接向けられていないレスカですら顔色を悪くしている。そんな中俺を庇う発言をしてくれた。

このまま持久戦でバルドルの眼光に耐えるのは、レスカに酷だと感じ、俺は自分の持っている加護を明かす。

【加護】とは、欲しいと思って手に入れられるものじゃない。

本人の夢や理想など無視した形で現れる【加護】は、言ってしまえばその人間の適正とも言える。

 そして俺の加護は――


「俺には、【頑健】って加護がある」

「……がん、けん?」

「聞いたことねぇな。それは一体どういう加護なんだ?」


 俺が話す気になったと分かり、バルドルの眼光が消える。

それに合わせて、折れたあばら骨が体内で繋ぎ合わさり、切れた筋肉繊維がより強靭な繋がりを作り始め、怪我が治り始める。


「別に大した加護じゃない。ちょっと怪我の治りが早く、体が頑丈になったり、健やかな精神を保てるようなるだけだ」

「ちょっとばかしで【再生】や【超回復】なんて呼ばれる種類の加護と同等の再生力って」

「それとはちょっと違うんだけどな。幾つかのデメリットは当然存在するし……」


 加護は成長するのだ。元々が小さな切り傷がすぐに治るような回復能力も成長すれば、体が壊れようとも尋常じゃない自己治癒力で元に戻る加護となる。

その間の発狂しそうなほどの激痛でも決して狂うことのないことだ。それはある意味では、デメリットとも言える。


「だから、コータスは精神の均衡を保つために表情を失ったのか」


 バルドルが悲痛そうに呟くが、その点は否定する。


「いや、俺のこれは元々で加護とはあまり関係ないぞ」

「コータスさんの表情がないですか? 私はわりと分かりやすいと思うんですけど?」


 俺とレスカの発言に、バルドルが微妙な表情を作る。

 とりあえず、話を元に戻すことにした。


「親父に追いつきたくて、親父の仲間に頼み込んで騎士や冒険者の訓練を受けたけど、剣の才能も魔法の才能もない。ただ地道な努力と何度も怪我を繰り返す度に【頑健】の加護に助けられたよ」


 だが、この加護のお蔭で死ぬ気で親父たちの訓練を受けて、死ぬような怪我を何度も繰り返して結果的に得たものは、頑丈な体だけだ。

 親父たちのような英雄や冒険者に憧れたが、結局俺には、英雄の素質がなかったんだ。


「頑丈だけが取り柄ってのは……だから重装騎士団だったのか。けど、頑丈だけでは騎士は厳しいぞ」

「言われたな。頑丈なだけで何になるって」


 騎士団では、体を鍛えて頑丈であるのは最低限の条件だ。それに加えて何か一芸に秀でている必要がある。

 一応、騎士団の入団試験は突破したが、その当時俺より劣る騎士見習いたちは、皆才能を開花させて、次第に俺よりも立場が上に成って行った。


「えっと……その……」


 一般人の、それも女の子に教えるには少し生々しい話だっただろうか。と少し後悔する。

 こんな殴っても死なないようなゾンビモドキのような人間、気味が悪いだろう、と思いながらレスカの方を向くと、俺の予想とは違っていた。


「それは、とっても牧場向きな【加護】じゃないですか?」

「……んっ? 何だって?」

「だから、牧場。それも魔物牧場向きの加護なんです。魔物を扱う性質上、事故による怪我が多いんですけど、その点コータスは体が頑丈ですから、すごく向いていると思うんです」


 その言葉を聞いて、俺もバルドルも口をぽかんと開けて、その意味を反芻する。

 バルドルは、俺の【加護】を未知の危険な存在だと思ったが、レスカにとっては、牧場向きの便利な【加護】になることに、ふっと笑ってしまう。


「コータスさん、笑いました」

「はぁ、なるほどな。確かにそうだな。そう言えば、新しい人員要請に『体が丈夫』で『根性のある奴』を頼んだんだったよな。つまり、合致している訳だ」


 ほんの一瞬だけ笑った俺を見て、目を見開くレスカと、罰の悪そうに頭の後ろを掻くバルドル。


「それに、俺はもう近衛騎士じゃないんだし、お前が国にとって危険な加護の可能性があるって言ってもお前の体一つしかないんだから、どうとでもできるよな」


 バルドルは、そう言って軽く謝って来る。

 俺は、バルドルの謝罪を止めようとしたところ、ぐぐぐっ、と大きな音が鳴る。

 その発生源は、俺の腹であり、丸一日食べずに寝ていたために体が栄養を求めているのだ。その場面を見られた俺は、無表情ながら恥ずかしさに視線を逸らす。


「……すまない」

「ほぼ一日寝ていましたからね。ご飯はできていますから食べましょうか!」


 レスカが何でもないように満面の笑みを浮かべる。


「俺の腹が減っているのは、丸一日寝ていたんじゃなくて、加護で傷付いた体を治すために、一度に沢山の栄養が必要になるからで……その、だな」

「魔物牧場だから食べ物は沢山あるんです。私が腹いっぱいになるまで食べさせてあげますよ」


 聖母のような慈愛の微笑みを浮かべるレスカだが、その視線の先にいる俺は居心地が悪く感じる。

そんな俺とレスカのやり取りを見てバルドルがニヤニヤとした笑みを浮かべているのがムカつき、無表情で睨む。


「怖っ! おまえ、その目をこっちに向けるな!」

「なにも、俺はただ普通にしているだけだが」

「嘘つけ!」


 俺とバルドルのやり取りにレスカがくすくすと笑いながら退室し、俺は少し落ち着いたところで用意された着替えに着替えて、食事をすることにした。



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