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その日も朝早くのレスカの牧場の手伝いを終えたあと日課の鍛錬をしていた。
「はぁはぁ……あたし、もう走れない」
「もう少し頑張れ。限界超えたら、その分、自分のできることが広がる」
「コータス兄ちゃん……頑張る」
唾を飲み込み、俺の後に食らいついてくるのは、冒険者志望の少女のジニーである。
辺境の牧場町の防衛力を高めるために、戦闘向きのジニーに少しずつ冒険者として必要なことを教えているが、現在は、基礎中の基礎である走り込みをしている。
最初の頃は、すぐに限界に来ていたジニーも毎日、走り込みを続けた結果、冒険者に必要な持久力が少しずつ備わってきた。
「はぁはぁ……もう無理……」
「ジニー、お疲れ。俺は、もう少し走り込みするから休んでいていいぞ」
レスカの牧場の外周を更に走り続ける俺に対して、ジニーは、疲れて重い体を引き摺る様に軒先まで移動し、水を飲んで、汗を拭っている。
「コータスも早く終えなさいよ~。私とジニーちゃんと一緒に魔法の訓練やるんだから!」
追加の走り込みをする俺の背中に声を掛けられ、手を上げる形で反応する。
「わかった! それなら早く走り込みのノルマを終えよう!」
それは、そう言ってジニーに合わせていた走る速度を更に速め、牧場の外周を走り出す。
彼女は、召喚に巻き込まれて放逐された【賢者】の加護を持つ異世界人のヒビキだ。
この牧場町では、ヒビキは対外的に【魔女】の加護持ちとして名乗り、レスカの牧場に居候しつつ、牧場の手伝いや革細工職人が作った道具に魔法を付与したりして生計を立てている。
そして、俺とジニーの鍛錬に混じり、身につけたばかりの【賢者】の加護を使いこなせるように試行錯誤を繰り返しているのだ。
そんな俺は、走り込みを続ける。牧場で放牧した魔物の牛であるリスティーブルのルインとオルトロスのペロ、暗竜の雛のチェルナの三匹の魔物と一緒にいるレスカが牧場の建物に戻る時に、すれ違う。
「コータスさん、お疲れ様です! 先に朝食の準備していますね」
「ありがとう、レスカ! ジニーとヒビキとの鍛錬が終わったらすぐに手伝う」
「ゆっくりしていても大丈夫ですよ」
微苦笑を浮かべるレスカは、そのままリスティーブルのミルク入りのバケツを持って、建物の方に戻っていく。
オルトロスのペロは、暗竜の雛であるチェルナを背中に乗せ、リスティーブルのルインは、牧草を食べてのんびりと歩いている。
そんな穏やかな朝の空気を吸い込みながら全力で走り、ジニーとヒビキのところに戻ってくれば、走り込みで疲れたジニーは少しだけ落ち着いており、ヒビキは、何やら本を読んで待っていた。
「ただいま……ヒビキは何を読んでるんだ? レスカのところから借りた本か?」
俺が首を傾げて尋ねると、ヒビキは、イタズラっぽい笑みを浮かべてその本を俺に差し出してくる。
「はい。気になるならどうぞ」
「お、ありが……っ!?」
俺がその本を受け取ろうと手にした瞬間に、本が青白い光の粒子となって崩れて消える。
それを見ていたジニーが不機嫌そうに口元を歪ませている。
「あたしもヒビキ姉ちゃんに魔法が使えるようになる教本って言われて手に取ったら、引っかかった」
「いやぁ、ジニーちゃんのちょっと慌てふためく姿を見るの、ってレアじゃない! あの時の泣きそうになった顔は忘れられないわ」
そう言って、楽しそうに再び青白い魔力の光で本を生み出すヒビキに趣味が悪い、と胡乱げな視線を向ける。
「それで、結局その本は何なんだ?」
「うん? 前にも言った【賢者】の加護にある【賢者の書庫】って内包加護を覚えてる? そこに収められた歴代の【賢者】たちの知識を本の形に具現化させた魔法なのよ」
そう言って、右手を振るうとポンポン、と何冊もの本が飛び出してくる。
「これがジニーちゃんに教える魔法の基礎の本、こっちが精霊魔法に関する本、それでこっちが私の仕事で使う付与魔法の本ね」
そう言って、取り出した本をジニーが興味本位で再び触れれば、光の粒子となって消える。
どうやら【賢者の本】は、ヒビキ以外には触れられないようだ。
「だが、今まで本なんて出してなかっただろ?」
「えっ? いや~、頭の中で本とか情報を読むと、ちょっと危ない人に見えるからね。それに、本を読んでると、できる人って感じしない?」
そう言って、次々に手品のように本を取り出しては、消しを繰り返す。
確かに虚空に向かってブツブツと本の内容を呟く姿は怪しいために、偽装という意味では必要だが、ヒビキは、形から入る人間なんだろうか。
「あたしが、魔法を使えるようになるための本が……」
そう言ってヒビキの本の性質を確認し、ジニーが寂しそうに呟く。
「まぁ、私以外に本は使えないけど、口頭で教えることができるから落ち込まないでよ。あー、でも不便よね~。いっそ【賢者の書庫】とリンクしたタブレットでも作ろうかしら」
そう言って、ヒビキだけが分かる内容をブツブツと呟きながらも、ジニーの魔法の鍛錬に付き合うヒビキ。
今日は、これまでの復習としてジニーの魔力操作を教えつつ、その次の段階である魔力感知に関する本を取り出している。
俺は、真剣に指導を受けるジニーと普段の言動がややおかしいヒビキだが、しっかりと指導する場面では指導するのを確かめて俺も自己鍛錬に励む。
「――《オーラ》」
無属性の身体強化の魔法である《オーラ》により体全体に青白い魔力を行き渡らせる。
「――《ブレイブエンハンス》」
続いて、《オーラ》より上位の身体強化の魔法である《ブレイブエンハンス》を発動させる。
暗竜の雛であるチェルナの保護者として認められるために真竜族のアラドと戦い、その後、増えた魔力でなんとか発動できるようになった。
だが、魔力量が増えて発動できると言っても、発動時間が長いわけではないので、常時発動のような贅沢な使い道はできずに、何度も《オーラ》から《ブレイブエンハンス》、そして《オーラ》と繰り返して瞬間的な強化に慣れながら、鍛錬用の鉄芯入りの圧縮木刀で素振りをする。
「次だな。《デミ・マテリアーム》……うぐっ」
身体強化の《オーラ》と合わせて、腕に半物質化した魔力の籠手を生み出す。
禁術を基礎にして独自に派生した固有魔法である《デミ・マテリアーム》は、魔力量が増えたために、更に籠手とは別に脛当ても生み出し、素振りに合わせて拳や蹴りも織り交ぜた体術を加える。
そして、最後に――
「ふぅ――」
まだ、名前らしい名前はない。
だが、全部の魔法を解き、自分の中にある魔力をその魔法に集中させて、なんとか発動させることができる。
形は、短剣。青白い魔力が手の中に集まり、物質化して顕現する。
「固有魔法による魔力武器かぁ」
俺がそう呟き、現状予備武器の作製くらいにしか使えない固有魔法の使い道を考える。
「コータス。あなた、相変わらず魔力武器の使い方を思いつかない見たいね」
「一応、イメージとしては、ある。けど、難しい」
ジニーの魔法の指導を続けるヒビキに、こちらは、目を向けずに魔力武器の形状を少しずつ変化させていく。
青白い短剣状の物質化した魔力が、細く、長く、解れるようにして糸状に変化させていく。
魔力武器は、肉体から離れると維持できなくなり、消えてしまう。
それを解消するために、俺の体と紐付き状態にするために糸状の物質化した魔力を作ろうとするが、細くて均一な魔力糸の魔力操作が難しくすぐに構成の甘い場所から千切れて、崩れていく。
「ふぅ、今日もダメか」
俺は、そう溜息を吐き出して、日課の鍛錬を終える。
そして、ちょうど頃合いを見計らった様に、レスカが俺たちを呼びに来る。
「コータスさん、ジニーちゃん、ヒビキさん。朝食の時間ですよ~」
「わかった、今行く」
俺が返事をすると、ジニーとヒビキも魔法の鍛錬を終えて立ち上がる。
ジニーの方は、魔力操作が少しずつできるようになり、次は魔力感知の能力を鍛えるようだ。
それがある程度進んだら、【火精霊の愛し子】という内包加護で火魔法を使おうとすると嫉妬する火精霊と交信して、火精霊と契約……という段階を踏む予定だが、今は朝食に急いだ方が良さそうだ。
本日より2日に1話ペースでの予約投稿を予定しております。
現在、15話分のストックを確保しております。
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