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7-3

7-3


 先触れを受け取ったその日から三日後、俺は変わらぬ日々を過ごしていた。

 牛舎を掃除し、畑の野菜に水を遣り、町の巡回警備に加わり、そして問題が起れば駆け付ける。


 そんな中、俺を呼ぶ一人の町人と町の入り口に並ぶ騎兵の姿が確認できた。


「我らは、アラド王国重装騎士団、第三部隊長のカルロス・エンディゴだ! コータス・リバティンは居るか!」


 代表として高圧的な態度で声を上げる部隊長は、重装騎士団で見れば、五番目に位の高い騎士だ。

 騎士団長、副団長に次、第一から第十部隊長に分かれており、それぞれの部隊長が騎士たちを率いていた。

 俺が配属されたのは、新人たちが集まる第十部隊であったが、その第十部隊長やその時期の入団した同期たちは、貴族派の騎士であり、俺を左遷した元凶の一人が貴族派閥の目の前の部隊長だ


「ふん、何故我らがこんな片田舎の獣臭い場所に来なければならんのだ!」

「あんたら、コータスを迎えに来たんだろ? もう少し静かにしたらどうだ?」

「ふん。左遷された能無し騎士の指図など受けぬわ」


 飄々とした態度で部隊長を諫めるバルドルだが、その額に青筋が浮いており、表情が引き攣っている。

 集まった町人たちも不快を隠さない表情でこの騎士たちの姿を見る中で、レスカたちを見つける。


「あっ、コータスさん」

「……レスカ」


 ここ数日、表面上は普段通りだが、俺が何か言おうとすると避けられたので、こうして真正面から話しかけるのは、久しぶりな気がする。


「その……コータスさん、いってらっしゃい」

「ああ、いってくる」


 俺は、ここ数日間の反動か自然と手を伸ばし、レスカの頭を撫でてから俺の頭にしがみ付くチェルナをレスカに預け、騎士団の前に出る。


 遅れて、ジニーやヒビキも集まり、リア婆さんたちも集まり、俺たちの様子を見ていた。


「アラド王国辺境警備所属のコータス・リバティンだ」


 俺は、軽い敬礼と共に、バルドルと部隊長の男の前に立つと、部隊長の男は鼻を鳴らし、こちらに告げてくる。


「コータス・リバティン。貴様は、これより王都へ向かい、竜騎士団に転属の後、竜騎士と貴族位の授与を行う。また、貴殿の竜を我らで保護するために引き渡しを要求する」

「――拒否する」

「はぁ?」


 俺の拒否の言葉に上擦った声で返して来る。また、背後に控える部隊の重装騎士たちもざわつく。


「き、貴様! 命令違反だぞ!」

「俺は、既により上位の者から任務を預かり、遂行中だ。任務の引継ぎや撤回は指示されていない」

「国からの命令以上の命令などあるわけがないだろ! 平民が俺を愚弄する気か!」


 顔を真っ赤にして激高する部隊長は、腰の剣に手を掛ける。

 対する俺は、完全に無手だ。

 左遷される前だったら、部隊長は格上のように感じていたのに、今では脅威に感じないのは、【頑健】の加護で体や能力が変化したからだろうか。


「貴様! 成り上がりの息子だか何だか知らんが、平民の癖に口答えしおって! どうしても命令が聞けないと言うなら、騎士団からの除名処分をして、貴様の親類縁者も同様の処分を下すぞ!」


 実際、部隊長クラスの人間には、除名させる権限はない。あるとすれば、上への掛け合いを行い面倒な手続きを行う必要がある。

 それに俺の親類縁者など、養父しかおらず、自由騎士団という元冒険者上がりの者たちで構成された独立部隊の団長であるために、騎士団から除名しても名誉貴族位を返却してまた冒険者に戻るだろう。

 だから、脅しにすらならない脅しに対して――


「何度も言わない。引き渡すつもりはないし、ここを離れるつもりはない」


 俺の言葉に完全に堪忍袋の緒が切れたのか、剣を抜いて斬り掛かって来る。

 それに悲鳴を上げるレスカやジニー、ヒビキたちを含む町人に、止めようと慌てる背後に控えていた重装騎士団の騎士たち。


 そして、俺は――


「ふっ!」

「グハッ!」


 相手の動きに合わせて腕に力を籠めれば、半物質化した魔力の籠手と身体強化された右腕で顔面を狙うようにカウンターを放つ。

 体重数百キロで突撃してくるリスティーブルのストレス発散に付き合っていたために、上手い具合にカウンターが決まり後ろに吹き飛ぶ。


 生身の人間相手に予想外の結果に驚き、目を瞬かせる。


「「「カ、カルロス部隊長!?」」」


 驚きの声を上げる周囲の人間が部隊長を介抱するが、完全に伸びている。

 そして、俺は内心やってしまった、と思った。

 いくら、所属が違い、相手が剣を抜いたからと言って貴族派閥の騎士を伸してしまったのだ。これは完全に騎士を止めさせられる。

 そうなれば、収入が無くなくなるなぁ、と安いながらも安定収入だけが魅力だった騎士という仕事への未練がちょっとだけ湧き上がる。


 その後、部隊長の男は、他の騎士団に介抱されながら牧場町を離れて行った。最後に、重装騎士団では珍しい細身の男性が謝るように会釈したのを見て、俺は、これも貴族間の駆け引きの一つだったんだろうか、と思う。


「……コータス」

「バルドル。すまん、殴ってしまった」


 本来なら、暴力に訴えるようなことはするべきではないのだが、いつかのように俺の背中を力強く叩き、ゲラゲラと笑うバルドル。


「コータス、お前最高だ! あのいけ好かない奴をまさか殴り倒すとはな! 俺がやる所だったぜ!」

「一応、バルドルは、貴族じゃないのか?」


 バルドル・アハルドという家名を持っており、近衛騎士にまでなった男だ。貴族だと思っていたが……


「貴族だけど、六男坊だ。それに、俺が着いていたのは、第一王子派閥だ。そして、あの部隊長は、第二王子派閥。第一王子派は、王太子だから暗竜の雛の状況を静観する様子に対して、第二王子派は、暗竜の雛を連れ出して自身の王位の正当性を訴えようとした」

「それ、先触れの時に教えてほしいんだが……」


 バルドルがネタ晴らしに対して、俺はそう答えると、バルドル自身困ったような表情を浮かべる。



「俺は、一度政争で切り捨てられて左遷された身だ。だから、どっちの派閥の味方もすることはしないし、できないんだよ」


 そういうバルドルに対して、貴族とは面倒だ、ならなくて良かったと思いながら、それでも貴族騎士を殴った事実は変わらず、多分職を無くした。

 とりあえず、考えるのを止めて、レスカの元に戻る。


「……ただいま。それと、これから世話になります」

「……はい。これからよろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げるのでその頭に手を伸ばして撫でるが、レスカは抵抗せずに受け入れてくれる。

 そんな俺を冷たい目で見るジニーとほっとしたような表情のヒビキ。


「コータス兄ちゃん、町を出て行かないならそれを先に言ってよ」

「悪い。言おうと思ったけど、言える雰囲気じゃなかった」


 レスカは避け、ジニーは俺のことを冷たい目で見るし、ヒビキは俺に食ってかかってくる。

 何と言うか、世のお父さんは、あんな感じで肩身の狭い思いでもしているのか、と思った。と言えば、レスカは苦笑いを浮かべ、ジニーにはそれは違うと思うと言われ、ヒビキは視線を逸らされる。


「それとレスカ。たぶん、無収入になったから牧場の手伝いをさせて下さい」


 俺が頭を下げると、レスカは嬉しそうな微笑みを浮かべている。


「ふふふっ、コータスさん。大丈夫ですよ、みんなのために頑張っていることを知っていますし、私これでも意外と蓄えあるんですよ。コータスさんくらい軽く養えます」

「あたしもポーション作れるから稼げるよ」

「私も革細工に魔法を付与する仕事でお金あるから養う程度は、余裕だけど、ヒモになる?」

「いや、そこは普通。猶予を渡すから働け、定職しろ。とかなる場面じゃないのか? と言うか、女性が男性に向かって養うとか言ったダメだろ。俺が悪い男だったらどうする?」


 そう言って、忠告するが、ただ微笑むだけで信用していますよ、と言われてしまう。

 まぁ、騎士団を追い返してしまったのは、正直問題の先送りでしかないような気がするが、今はこの穏やかな牧場町での生活を続けるとしよう。

 そして、その前に俺には、ケジメを着けなければいけないようだ。


『ヴモ~ッ』

「リスティーブル」


 レスカの牧場に戻って来た時、俺を待ち構えていたのは、リスティーブルだ。

 後ろ脚で地面を蹴って、土が抉れている。何時でも突撃できる準備をしていたらしい。


 いつものようにストレス発散に付き合うために両手と両足に《デミ・マテリアーム》を発動させ、待ち構える。


「――来い!」

『ヴモォォォォォッ!』


 咆哮のような鳴き声を上げると共に、リスティーブルの体が青白いオーラを噴き出し、頭部を中心として全身を覆う。


「なっ!?」


 それは、魔法。身体強化の魔法を魔物が使うことに驚き一瞬、体を硬直させた直後、本来の強靭な肉体とそれを強化する身体強化魔法により、一瞬にして俺との距離を詰め、勢いある頭突きを叩き込んでくる。


 咄嗟に受け止めるのではなく、両腕を交差するように守り、残りの魔力を使って体全身を強化するが容易に吹き飛ばされる。


 それも真横では無く上空に弾かれるように錐揉みしながら弾き飛ばされ、地面に落ちる。

 【頑健】の加護で体が強化される以前だったら、錐揉みしながら両手足の骨が折れていた可能性があるほどの衝撃だった。


「ぐぅ……」

「……すごい」

『モォ~』


 両腕の半物質化した魔力の籠手が壊れ、全身が痛みに悲鳴を上げて動けなくなる中、当のリスティーブルは満足したのか、レスカに甘えるように近寄る。


「おー、すごい。魔物も魔法を使うんだ」

「そんな、の、ごく、一部……」


 痛みに呼吸が絶え絶えになりながら、呑気なことを言っているヒビキに対してツッコミを入れるが言葉が続かない。


「でも、どこで身体強化の魔法を覚えたのかしら」


 ヒビキがそんな疑問を口に出す一方、俺の背中を摩るジニーは、ぽつりと呟く。


「毎日、あたしたちの魔法の練習を見ていたからそれで覚えたんじゃない?」

「そんなまさか、相手は牛よ。まぁ魔物って知能の高い生き物らしいけど……まさか、ね」


 そんな、俺たちの視線を受けたリスティーブルは、再び見せるように体から青い魔力のオーラを発露して見せる。


「すごいです。この子に目を付けていましたけど、魔物との戦いをさせることができます!ペロと同じように、私の夢のために戦ってくれますか?」


 レスカの夢、調教師として魔物同士の戦いを行いたいという夢。

 一番の魔物牧場を作るという夢と同時では困難な夢に光明が差したようだ。


『モォ~』


 レスカの問い掛けに答えるように同意するような鳴き声を上げるリスティーブル。


「それじゃあ、ただの畜産魔物としては扱えませんね。名前を決めないと、そうですね――ルインなんてどうでしょうか?」

『モォ~』


 嬉しそうに鳴くリスティーブルのルイン。

 オルトロスのペロや暗竜の雛のチェルナのように名前を貰えてうれしいようだ。


「それじゃあ、コータスさんには、これからリスティーブルを決闘魔物として調教するお手伝いもお願いしましょうか」

「レスカ姉ちゃん、手加減してあげて」

「まぁ、今回のこれはコータスが私たちを心配させた罰ってことね」


 そう言って、笑い合うことができる。

 俺もリスティーブルの身体強化の魔法を使った本気の突撃を何度も受けられる気はしないが、【頑健】の加護の本質の一端を知り、更なる高みを目指すための鍛錬になることを感じ、引き受ける。


 色々な問題が残り、色々な心配がある。

 だけど、今日も辺境の牧場町は、穏やかで賑やかな日々が過ぎていく。




第三部以降に関しては、プロットが固まり書き溜め分が貯まり次第、更新を再開したいと思います。

どうか気長にお待ち頂けたらと思います。

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