7-2
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俺とバルドルの様子を心配そうに見るレスカとジニー、ヒビキに対して、バルドルはお茶で一息ついてから話し始める。
「まず、コータス、ご苦労だった。そして、なんで真竜の雛の保護者になっちまうかなぁ」
最初に真っ先に愚痴るバルドル。
「案の定、王宮での対応が荒れに荒れてたぞ。そしたら、今度は、王祖との契約竜・アラドが降り立ち、お前を名指しして竜の保護者にしたことを伝えて、更に協議を重ねた」
「……そうか」
「それでお前の扱いとしては、辺境の牧場町から王都への移動。竜騎士団への所属、男爵位と竜騎士の称号の授与が予定されている」
「…………」
「俺は、その先触れとしてお前の所に来た。三日後、迎えの騎士団がこの町にやって来る」
俺は、黙りその意味を吟味する。
親父は、一代限りの名誉貴族で俺は平民扱いだ。そんな俺がいきなり貴族になり、王都に移動、そして、竜騎士になる。
巷の人間たちが好みそうなお話だが、竜騎士と言うことは当然、チェルナを連れている必要がある。
また、幼い暗竜の雛を国のいう竜騎士と同じ役割を割り振るかと言うとそうではない。多分、お飾りだ。
政治的な意味合い、王祖竜・アラドとの契約者、その他色々あるだろう。
そんなことを考えるために目を瞑っている俺たちの横では、ヒビキがバルドルに食ってかかった。
「あんた! それ本気で行ってるの! 真竜の次は、王国がここから引き離す気! なんでコータスがあのクソ竜と戦ったと思っているのよ!」
「俺は、王宮からの先触れだ。なんとも言えない」
「レスカちゃんも何か言うのよ! チェルナは、リスティーブルとレスカちゃんと一緒がいいって! それに牧場を都会に移転させるなんて現実的に無理でしょ!」
ジニーは、先にこの先触れの話を聞いていたいのか、ヒビキほど大きな反応はないが、それでも無言の俺に対する視線が厳しい。
「……まさに、栄転って奴か」
「コータス、あんたまさか!」
ヒビキが、俺の呟きに驚いた声を上げる一方、レスカは嬉しそうに微笑む。
「コータスさん。良かったですね。これで左遷先の牧場町から王都に戻れますよ」
「……そうなるな」
「ちょっと寂しくなりますけど、これが本来の形なんですよ。それに国からの命令は逆らえませんよね」
そう言って困ったように笑うレスカ。
「レスカ――「それに真竜と違って会えない訳じゃないですから。それじゃあ私、リスティーブルのお世話してきますね」……」
俺の言葉遮るようにして立ち上がり、外に出ていくレスカ。
何と声を掛ければ良いのか分からずに、俺は、黙って考えるが、ジニーとヒビキの視線が厳しくなり、次にこの話を持ってきたバルドルが女子の視線に晒される。
「仕方がないだろ。俺は、上の方の命令で動いたんだから」
「そうだぞ。まぁ今はこの話は終わりだ。さぁ、今日の仕事を始めるか」
チェルナは俺たちの話の雰囲気を感じ取ったのか不安そうにしているために顎下を撫でる。
俺は、何時ものラフな格好に鍬を担ぎ、腰のベルトにマチェットを吊るして歩き始める。
そして、町中を歩けば、俺に向けられる様々な視線を感じる。
困惑、怒り、羨望、歓喜、色んな町人の視線に、バルドルの話がもう町中に伝わったのか、と思った。
「やぁ、今日は畑の手伝いを頼むよ」
「それは構わない。ここは町全体の共同畑だからな。収穫した作物を食べさせてもらえればいい」
「ははっ、騎士の兄さんは、その頃には町に居ないだろうに口が上手いね」
そう言って今日の作業を管理する男が笑い、その話がここまで広がっているのか、と考えてげんなりする。
そして、俺や他の男たちが鍬を振るい、地面を耕し、畝を作り、後から手伝いに入った非力な子どもたちが、その畝に種を植えて、水を撒く。
俺の農作業が詰まらないのか、畑脇のあぜ道で花を観察したり、昆虫を見つけては前脚で抑えこむチェルナを横目に作業し、午前一杯まで作業が掛かった。
「……終わったか。チェルナ、町の巡回をしながら帰ろうか」
太陽光の温かさを黒い鱗で集めるチェルナは、そのままその場で尻尾を抱えるようにして丸くなっているので、俺が抱き上げる。
すると、もぞもぞと体を動かし、眠そうな目のまま俺の後頭部に張り付くように攀じ登る。
「さて、行くか」
「おい、待て。左遷野郎」
そんな俺を呼び止めるのは、畑の手伝いに参加していても話しかけてくることのなかつたオリバーだ。
作業中、視線は感じていたが、このタイミングで話しかけてくるのか、と思い振り返る。
「おめぇ。王都に戻るって本当か?」
「先触れが来たらしいな」
「けっ! 散々、俺たち町の住人が良くしてやったのに! 出世となるとすぐに出ていくんだからな! これでレスカの周りに目障りな男が居なくなるんだ。清々するぜ!」
憎まれ口を叩くが、その声色はどうしてか無理矢理なようにしか見えない。
「オリバー、心配してくれるのか?」
「バ、バカ言ってんじゃねぇよ! 誰がお前なんて余所者心配するか!」
そう言って、強い否定をするが、キュッ!? と驚くチェルナを見て声を落とす。
「その、すまん」
「いや、なんか、色々悪いな」
「へっ、何を言うんだ。ただ元に戻るだけだろ! まぁ、俺様がこの牧場町を守ってやるさ!」
そう言って、自身に満ちた風に答えるオリバー。
この牧場町に来て、一か月と少ししか経ってないけど、いい友人ができたものだ。と思ってしまう。
俺とオリバーが別れて町の巡回して、レスカの牧場に戻って来る。
そろそろお昼時であるために土や汗で汚れた体を綺麗にしようと裏手にある井戸に向かうと、そこには隠れるようにしてレスカがリスティーブルとオルトロスのペロに語り掛けていた。
「駄目ですよね。私」
『モ~』
『『クゥ~ン』』
「本当は、コータスさんに行ってほしくないって思っちゃいました。前に私がお世話したことや住み込みの家賃、食費とか全部請求して引き留めようとも考えちゃいました。ずるいですよね。私」
俺は、物陰に隠れて黙ってレスカの独白を聞いている。
「貴族って凄いですし、竜騎士の称号もこの国で上の位の人だって分かります。でも、私は、コータスさんがそんなのにならなくてもいいんですよ」
『『クゥ~ン』』
レスカを元気づけるように頬を二つの頭で舐めるペロ。そして、仕方ない子、と言った感じの溜息のような鳴き声を上げるリスティーブル。
そして、ちらりと物陰に隠れる俺と目が合う――『後で覚えていなさい』とでもいうような鋭い視線のリスティーブルだが、レスカは気付かない。
「コータスさんは、表情動かないのに分かりやすいですし、変な撫で癖があって困りますけど、真面目で私の畜産魔物の話を真剣に聞いてくれる。私の夢を守ってくれた人なのに、何もお返しできてないです」
レスカがそんな風に思っていたことに気付き、別に見返りなど求めたわけじゃない。
元々王都への栄転に魅力を感じていなかった俺だが、今はっきりと分かりレスカに気付かれないようにレスカの牧場から町の方に戻る。
既に俺の中で考えは決まっているのに、レスカの言葉を聞いてしまったら、面と向かって話すことができそうになかった。
まるで逃げるように、町を巡回する俺は、自分でも心が弱いと内心自嘲するのだった。