7-1
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真竜の襲来を乗り越え、再びやって来た穏やかな朝。
俺は、愛用の圧縮木刀による素振りを行い、剣術の型を確かめる。
軽く汗を掻いてタオルで拭った後、軒下で精神統一の瞑想を始める。
(体に魔力を巡らせ、それを効率よく運用できるように魔力の精密操作の精度を高めていく)
真竜の炎のブレスを乗り越えて起きた身体の変化による齟齬の修正も兼ねたこの鍛錬も大分、違和感が無くなってきた。
「おはようございます。コータスさん」
「おはよ~」
両腕でリスティーブルのミルクの入ったバケツを抱えるレスカとその隣には、暗竜の雛であるチェルナを両腕で抱えながら欠伸をするヒビキが挨拶をし、オルトロスのペロがこっちを見上げている。
「おはよう。リスティーブルの様子はどうだ?」
「ここ数日、アラドさんとの遭遇で大分精神的に参っているようです。暴れる気力すらないほど。だけど、その気力が回復したらまた突撃すると思うので相手して頂けたらと思います」
「わかった。その時が来たら相手をしよう」
リスティーブルのストレス発散は、危険を伴うので、女の子のレスカたちには任せられないために、請け負う。
瞑想の姿勢のまま話をする俺の所に、ヒビキの腕の中にいたチェルナが飛び出し、俺の頭にしがみ付き、定位置に収まる。
「それじゃあ、私は、朝食の準備をしてますね」
「なら、朝食ができるまで少し魔法談義して待っているわ」
レスカとペロが牧場の母屋に入っていくのを見送る俺とヒビキ。
そして、レスカが見えなくなったところで俺に尋ねてくる。
「あんた? 魔力が増えた?」
「よく分かったな」
「【賢者】の加護を貰ったのよ。それくらい分かるわ」
言うことも気が付くのか、と【賢者】の加護について感心する。
「とりあえず、コータスの今わかること全部話なさい」
「全部か。そうだな……【頑健】の加護については、環境や驚異に対する自己適応を促進する加護というところだな」
「それで、今回得たのが、耐熱性能、再生能力、固有魔法の魔力武器?」
ああ、と俺は頷くが、何もこれはあの瞬間に全てが揃っていた訳では無い。
今までの人生の中で、少しずつ蓄積された経験が一定を越えると起きる適応進化のようなものに感じる。
最近では、ジニーの魔法の練習で暴発に巻き込まれて少しずつ耐熱性の適応進化の下地はできていた。
再生能力もBランクの魔物との一件で命に関わる怪我や禁術による内側からの身体崩壊を得て、回復能力のその先、再生能力まで進化した。
固有魔法も魔力の籠手である【デミ・マテリアーム】から一歩踏み出し、守りの形から武器の形に変化した。
そのことをヒビキに伝えれば、いくつかの疑問点があるようだ。
「私の【賢者の書庫】だと禁術による肉体の自己崩壊? を乗り越えたみたいだけど、それって再生速度が追い付いているから?」
「それもあるが、少しだけ体全体が禁術に耐えきれる強度を得た。まぁ、完全とは言えないけどな」
それに……と続けながら、他に変化したことを伝える。
「あと、ヒビキが指摘した通り、魔力が増えた。今なら《オーラ》の上位魔法の《ブレイブエンハンス》も使えるだけの魔力がある」
「魔力が増えたんなら、あの魔法は? 武器生み出すやつ」
「ああ、あれな」
俺は、自身の魔力を手に集めて、半物質化した魔力の短剣を生み出す。
「正直言えば、蓄えた養分を魔力に変換したから剣や盾なんかの形ができた。それに、体から離れるほど生み出すのに魔力を多く使うから今だとこれが限界だ」
「なら、あの時、その剣を投げれて一発当てれば終わりじゃなかったの?」
「残念だけど……」
俺は、自身の生み出した魔力の短剣をなにもない方向に投げれば、10メートル離れたところで砂のように先端から崩れて行き、半物質化した魔力が空気中に消える。
「俺の魔力の精密操作があるから剣の形に維持できるんであって、手離せば、維持できずに消える」
「なら、もっと魔力を増やせば、あの時みたいな一時的な強さじゃなくて本当の強さを手に入れられるの?」
「理論上はだが、魔力なんて滅多に増えないだろ」
魔力の保有量は、一般人は一生を掛けて緩やかに増えるが誤差程度と言われている。
ヒビキのような元々膨大な魔力を保持していたり、魔力のある魔法使いが生涯を鍛錬に費やした結果、上昇することは可能だが、一般人程度の魔力を精密操作でやりくりしていた俺とでは状況が違う。
「私の【賢者の書庫】でも魔力を増やす方法は、幾つかあるわ」
「そうなのか?」
「一つは、魔力の密度が濃い場所で生活すること。もう一つが、魔力を含む食べ物を摂取することね」
外界からの魔力摂取は、魔法使いの修行法の一つだ。聖域と呼ばれる場所での修行は有名だ。そして、もう一つが、魔力を含む食べ物・魔物を喰らうことで強くなることも冒険者の間では有名だ。
「なら、大量の魔力を求めることによる【頑健】による適応進化とトレントフルーツの影響か」
禁術を使うために体内の貯蔵した養分が底を着くほどに魔力を欲し、使用するために、魔力の保有量が増え、また直後にトレントフルーツという養分や魔力を十分に含んだ魔物由来の食べ物を喰らったために変化した。
これならBランク魔物襲来後に進化すればよかったのに、と考える。
そして、ふと思い思ったことを口に出す。
「戦った直後に、求める姿に適応進化する――まるで魔物の進化みたいだな」
自分は人間なのに、まるで魔物みたいに段階ごとに強くなるなんて、と自嘲気味に笑えば、ヒビキに頭を小突かれる。
「あんたは、ちゃんとした人間でしょ! この程度、人間辞めたみたいなこと言ったら人間を本当に辞めたような人たちに失礼じゃない」
俺は、ヒビキの言葉にはっとさせられた。
確かに、俺の元々の自力など一般人に毛が生えた程度だ。それが加護の力で強くなったからと言って英雄や勇者などと言われる正真正銘の人外相手に失礼だった。
「そうだな。悪かった、変なこと言って」
「別に気にしないわよ。例え、あんたが化け物になっても私は態度を変えるつもりはないわよ」
そう笑顔で言い切るヒビキに、異世界人と言うのは不思議な人が居るものだ、と思う。付き合いが浅いのに情が深い。
「コータスさん、ヒビキさん。朝食ができましたから来てください」
「わかった。今、行こう」
「はーい。ヒビキお姉ちゃんも行くわ」
俺たちは、母屋のレスカの声に返事をして朝食の席に着く。
今日は、ジニーが鍛錬や魔法談義の場に来なかったな、と思いながら、レスカとヒビキの今日の予定を聞いていると、食事の終わり際にジニーが尋ねてきた。
それも、町の外に連絡役として出ていたバルドルを連れてだ。
「コータス、話は聞いている。そして、俺は、この辺境の牧場町の駐在騎士じゃなくて、王宮の連絡役の先触れとしてここにいる」
酷く疲れたような顔のバルドルの姿は、旅装のまま若干汚れているように見える。
まるで、町を出てからずっと働きまわっていたみたいだ。だが、その目は、力強く俺を見据える。
「分かった。話を聞こう」
俺は、レスカに目でお茶を用意してくれるように頼むと、頷き返され、バルドルと対面する。