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6-2

6-2


 見上げた先にいたのは、翼を羽ばたかせその場に留まる巨大な竜。

 真紅の鱗を全身に纏い、頭部に生える片方の角がない竜だ。

 その竜は、頭上を通り過ぎる際に、こちらを細長い瞳孔の瞳で一瞥すると旋回して俺たちの前に降りてくる。

 巨体に似合わず、柔らかな着地をする一方、俺たちに向けて大口を開き――


『GYAOOOOOOOO――』


 レスカは、真紅の竜の咆哮を受けて腰を抜かし、俺はレスカを支えるように腰に手を回す。

 真紅の竜の咆哮により、リスティーブルは怯え後退り、オルトロスのペロは尻尾を抱えるようにして縮こまり、俺の頭にしがみ付いた暗竜の雛は、尻尾を俺の首に回す。


『迎えに来たぞ、暗竜の幼子』


 頭に直接響く声は、低い男性の声でこちらに語り掛けてくる。


『まさか生まれているとはな。早く連れて帰るか。だが、その前に腹ごなしをするか』


 目の前の紅の真竜は、おもむろに右手を上げる。

 その右手には、鋭い爪が生えており、人間など軽く引き裂き、貫くことができそうな爪に唾を飲む。

 そして、その振り下ろされようとする先には――


「あっ、ダメ!」


 レスカのか細いながらもしっかりとした声が俺の耳に届く。

暗竜の雛をレスカに預けて敷物の上に下ろして駆け出す。

ゆっくりと振り下ろされる爪とその先に向けられたリスティーブルの間に入り込む。


「…………」

『なぜ止める人間。貴様も食べてしまうぞ』

「……悪いが、こいつはこの町の人間の大事な財産で家族だ。食べられるわけにはいかない」


 最強生物である真竜の前に無防備に両腕を広げて立っていることで、口の中が緊張から渇く。

 だが、レスカの悲しむ顔を見せないために、俺は譲れない。


『ふん、それは人間の道理であろう。我ら真竜には関係ない』


 そうして、警告とも取れる一言と共に、今度は俺ごと爪を振り下ろそうとするが――


『キュイキュイ! キュイ!』

『む、止めろと言うのか。暗竜の幼子よ。なに? その男が暗竜の親だと?』


 俺を援護するようにレスカの腕の中で鳴く暗竜の雛に目を向ける。

 同族同士でなら意思疎通ができるかもしれない、そんな淡い期待を抱きながら俺は紅の真竜と暗竜の雛の様子を見守る。


『キュイキュイ!』

『その家畜は、お主の姉で乳をくれる存在だから食べるな、だと? おかしなことを言う。そやつは、竜でもないのだぞ。それを姉などと。それに乳が欲しければ、子育て中の竜の乳を借りればよかろう』

『キュイキュイ!』

『なに? こやつの乳でなければ嫌だと? ……幼子は竜の宝。多少の我儘を聞こうとしよう』


 一縷の望みが繋がった。紅の真竜の言葉に期待し、次の一言に絶望する。


『ならば、幼子と共にこの家畜を我の巣に連れ帰るとしようか。さぁ、こちらに来るがいい!』

『キュイキュイキュイキュイ!』


 言葉は分からないが、強い拒否感を示す暗竜の雛に紅の真竜がたじろぐ。


『むぅ、何が気に食わぬと言うのだ。貴様の言うようにそこの家畜は殺さずに連れて行くことで妥協しておるに』

「リスティーブルを連れて行くのは止めてくれ。それに、そんなことをしたらこいつは長生きすることができない」


 リスティーブルは、ストレスを溜め込むと暴れて発散しようとする性質を持つ。人間が魔物牧場で伸び伸びとストレスを溜めないように管理しているが、その管理者が最強生物の真竜に変わればどうなるか。

 何時、食べられるかもしれない恐怖、圧倒的な存在感、合わない環境や食事など様々な要因でストレスを溜め込み、一度暴れれば、面倒だと感じた真竜によって引き裂かれるだろう。

 その性質を語りながら、懇願する俺の言葉に耳を傾ける紅の真竜。


『死んだらそこまでだろう。弱肉強食の世界を知るいい教材となった。残った血肉は我らが頂こう』


 真竜に全く話が通じず、頭が痛い。

 その間にレスカが少しだけ正気に戻り、逆に真竜に尋ねる。


「あの……なんで早くに暗竜の雛を迎えに来なかったんですか?」


 レスカの率直な疑問に真竜は、溜息一つ吐き出して答える。


『本来ならどこかの里に送られた暗竜の卵だが、精霊経由で人間に卵を保護されたことを知った。なれば、各竜の長老がどの里で暗竜の雛を育てるかという話し合いになったのだが、どの里も暗竜の卵を育てることの議論が長引き、先日、孵化したと聞き、一番近くにいた我がこの場に来た』


 疲れたような溜息を吐き出す紅の真竜を見て、竜の事情は分かった。

 だが、国の側の動きが分からないのが怖いところだ。


『さて、話は済んだな。しばらくの間は、我の住処で暮らし、その後に火竜の里に移る。さぁ、来るのだ!』

『キュイキュイキュイキュイ!』


 またしても強い否定に、何度も否定されたことで不機嫌になる紅の真竜。


『いい加減にせんと我も怒るぞ!』

「この子はまだ生まれたばかりなんですよ! 怒鳴らないでください!」


 思わずだろうか、強い口調で言い返すレスカは、暗竜の雛を守るように抱き締める。

 まさかレスカに、人間に言い返されるとは思わなかった紅の真竜は、ぽかんと口を開けて、そして、大きな声を笑い出す。


『ははははっ、こいつは愉快だ! 我に言い返す人間など数百年ぶりだぞ!』

「えっ、あの……ごめんなさい」

『気に入ったわ。その家畜と共に連れて帰る。これで暗竜の幼子も寂しくないであろうし、その家畜を世話する人間も確保できる』

「ちょっと待て!」


 俺は、紅の真竜のさもいいことを思いついたというような案を止めるために言い返す。


「今度は、レスカを攫って行く気か! それも止めろ!」

「そ、そうですよ! 困ります! 私にも生活があるんですよ」


 紅の真竜から、面倒だ、という思念が俺たちに届き、こちらを睨んでくる。


『我は、ただ暗竜の幼子を連れて行くだけだ。だが、幼子自身が離れたがらない。なれば、離れたがらない原因ごと連れて行くしかあるまい』

「なぜそうなる! 暗竜の雛を説得し、納得させろ! 説得に協力するから!」

『面倒だ。真竜は、生まれながらにして強者だ。その考えを変えさせるのは並大抵ではない。更にそれが頑固な幼子だから、ぶつかり合う前に妥協するのだ』

「その矛先を俺たちにするな!」

『貴様らが妥協すればよかろう!』

『キュイキュイ! キュイ!』


 俺を援護するように鳴く暗竜の雛だが、紅の真竜は、適当にあしらう。


『こちらは妥協案を出した。その家畜は食わぬし、そこの人間も連れて面倒を見させる。これは決定だ』

『キュイ!』

『今のままを欲するか。――ならば、そこの小僧!』


 暗竜の雛に何かを言われた紅の真竜が俺に尋ねてくる。


『貴様は、我に意見したな。家畜を殺すな、人間を連れて行くなと。だが、我は真竜。この世の頂点に立つ生物! それに意見するということは、全てを失う覚悟があるのだろうな!』


 思念を叩き付けると共に牙を剥き、吼え、その風圧で倒れそうになる中で、何とか押し留まる。


『さぁ、貴様の全てを失うか、貴様らの望む全て得るか! それとも諦めて生き延びるか!』

「レスカとリスティーブルは連れて行かれるわけにはいかない! だが、暗竜の雛を引き渡したくない訳ではないし、真竜とも争うつもりはない!」

『戯け! 暗竜の幼子が我と共に行かずこの場に残ることを望んだ! ならば、幼子を守れる意思を見せろ! そして、理不尽を払い退ける力を示せ!』


 叩き付ける威圧感が一瞬高まり、上空に向けて、炎の吐息を吐き出す。

 離れていても伝わる熱気と眩しさに腕で顔を覆う。


『一日の猶予をやろう。この炎を掻い潜り、我に一撃を入れてみせろ。一撃、たった一撃だ。それを行うことができれば、我は貴様の言い分を受け入れてやろう』


 一方的な物言いと共に飛び立ち、空に真竜の咆哮を響かせる。

 そして、町の方も降り立ち、再び飛び立つ紅の真竜の姿に慌ただしくなり、ヒビキが魔法で空を飛び、俺たちのところに降りてきた。


「ねぇねぇ! 今のドラゴンよね! 竜よね! 暗竜の雛を迎えに来たの? って、なんで暗竜の雛が居るの? それになんでコータスもレスカも顔色悪いの?」


 ヒビキに言葉に、紅の真竜との接触の衝撃が大き過ぎてすぐには答えられず、俺たちは、無言で一度牧場に戻るのだった。

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