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不評な部分の前後を書き直しました。
よろしければ、読んでいただけたらと思います。
『『ウゥゥッ――ワンッ!』』
見つめ合う俺とレスカとの間に入り込んでくる黒いもの思わず、後ずさりする。
「ダメですよ、ペロ。慣れない人にじゃれついちゃ」
レスカに注意を受けるが、その存在は、俺の周りをグルグルと回り、尻尾をパタパタと振って、愛嬌のある顔を見せてくる。
大きさは、中型犬と大型犬のギリギリ中間のサイズだが、普通の犬ではなく、その正体に声が震える。
「オルトロス……」
双頭を持つ魔犬として有名なオルトロスだ。
魔犬として有名なケルベロスには一歩劣るが、それでも有名な魔犬種の魔物だ。
目の前の双頭のオルトロスは、中型犬サイズだが、間違っても少女と一緒に居るような魔物ではない。
オルトロスの魔物としてのランクには個体差があるが、成長するとB-ランク、中型犬の今でもC-ランクの力はある。
何より知恵を持ち、人語を理解する魔物など、従えるのは困難だ。
「リスティーブルといい、オルトロスといい、大丈夫なのか? 管理できるのか?」
EやFランクの魔物ならまだ納得できるが、流石にCやDランクの魔物となると問題に感じる。
そんな俺の呟きに、むすっとした表情で俺を真っ直ぐに見返してくるレスカ。
余計なことを言ってしまったか、と少し後悔し、レスカは胸を張って答える。
「このオルトロスは、私が生まれたばかりの頃から育てています。だから、躾けは問題ありませんし、この子がいるから他の魔物たちは大抵言うことを聞いてくれます!」
我が子を自慢するように胸を張って宣言するレスカ。
そして、オルトロスのペロがレスカに近づけば、しゃがみ込んでオルトロスの双頭をわしゃわしゃと撫でる。
オルトロスのペロも満足したのか、レスカの隣に並ぶようにお座りして躾けの良さをアピールしてくる。
「レスカのオルトロスの安全性は、俺が確認しているから安心しろ」
バルドルもレスカに助け船を出す一方で、今度は別件で厳しい表情を向ける。
「レスカ嬢ちゃん。最近捕獲したリスティーブルがなんで暴れたのか教えて貰えるか? 一応、仕事だからな」
そう言って、俺たちの自己紹介が終わったところで声を掛けて来たバルドル。
バルドルは、崩れかけた騎士団の駐在所から無事な紙とインクを取り出し、レスカに尋ねる。
町の治安維持を行う時のトラブルの調書を作成するようだ。
今は大人しいが、先程まで暴れて騎士団の駐在所を破壊したリスティーブルを見て、レスカが顔を俯き、語り始めた。
「この子が暴れた原因なんですけど……足にあるんです」
「足?」
俺がすっと目を細めてレスカの言葉をオウム返しに尋ねれば、そうです、と頷き返される。
俺の悪い癖なのだが、疑問に思ってしまうことに対して、自然と目を細めるために余計に目付きが悪くなる。
そのために、対面した人には怖がられ、騎士業務で尋問する際には、俺を立たせて調書を取りやすくするのに良く同席させられた。
そんな余談は置いておくとして、レスカは、騎士団の駐在所の表に待たせてあるリスティーブルの足元を指差す。
前足の蹄は綺麗に整えられているが、後ろ足の蹄が斜めに傾いているのを俺とバルドルは確認する。
「これは……」
「リスティーブルという魔物は、本来この近辺には生息していないんです。多分、遠くの山岳地帯から何らかの理由でここまで逃げて来た個体だと思います」
「つまり、元々斜面に面したところで生活していた。って事か」
俺の言葉に、そうだと思います、と相槌を打つレスカ。
斜面という不安定な足場に適応するために蹄がそれに適した形に削れ、斜めになっていた。ということか、だが、それだけの理由じゃないはずだ。
「魔物牧場では、基本平地で育てます。だから、平地に適さない蹄の形をしている場合には、体型が崩れたり転倒の危険性もあるんです。それが原因での怪我を防ぐために蹄の形を整える必要があります」
そう言って、腰のベルトから一本の大振りの刃物を取り出したレスカは、その刃物で蹄を削ったことを示した。
年頃の少女であるレスカがこんな刃物を持っていること自体に違和感を覚えながら、話の続きを聞く。
「最初は、順調に前脚の蹄を整えられたんですけど、まだ調教中でしたから、蹄を整える作業にストレスを感じたらしく……」
「なるほど、それで暴走して、レスカ嬢ちゃんが止める間もなく、だな」
そう言って、手慣れた手付きで調書を纏めたバルドル。
対するレスカは、ややビクビクしながら、強い目でバルドルを見返して言葉の続きを待っている。
騎士団の駐在所を破壊してしまったために、どのような罰則があるのか、待ち構えている。
ここは、魔物牧場の町という比較的大きな規模だが、個人でも似たような魔物を保持していることがある。冒険者だったり、騎士だったり、学院の研究室だったりなど。
通常、魔物の飼育・調教・育成に携わる者は、その魔物が引き起こした被害に責任を追う形になる。
「一応、被害の範囲だが、騎士団の駐在所。まぁ、正確には、居住区だな。幸い、酔っ払いや犯罪者をぶち込む牢屋は壊されていないし」
「いや、酔っ払いと犯罪者を同列に扱うなよ」
「だって、こんな田舎の町だぜ? みんなが身内みたいな場所で犯罪者なんて出てこねぇし、あっても酒場で盛り上がり過ぎた酔っ払いの頭を冷やす場所だぞ」
そう言って、ヒゲを撫でるバルドルは、どうするか、と呟き、その声にレスカの方がビクッと跳ねる。
「正直に言っちまうと、騎士の俺たちには持て余っちまう案件なんだよな。町の貴重な財産である畜産魔物を屠殺するわけにもいかないし、レスカ嬢ちゃんを罰すると駐在している騎士の俺たちの肩身が狭くなっちまう。その辺は田舎ならではの結束力だよな」
「公平、公正な騎士はどこに行った」
「そんなもんは、左遷された瞬間から死んだっての。まぁ、今はこれを片付けるか。俺は、駐在所の修復を頼める場所に回っているから、コータスはリスティーブルと一緒にレスカ嬢ちゃんを送ってくれ」
バルドルは、リスティーブルに関する調書を仕舞うと今度は、町の方へと歩いて行ってしまう。
その頃には、俺の右肩の骨折も【加護】の力により問題なく動かせるまでに治る。
「その、早速だが、リスティーブルを牧場に送り届けるか」
「私一人でも誘導できるんですけど、折角だからお願いします」
レスカに渡されたロープを見れば、リスティーブルの鼻に通された鼻輪と繋がっており、それを優しく引っ張ると自然と俺の方へと着いて来てくれる。
「……なぁ、リスティーブルってストレスを感じると暴れるんだよな。鼻を引っ張るのってストレスにならないのか?」
「それは、古い学説ですね」
俺の質問に慌てて振り向くレスカ。古い学説、と言うことは新しい学説があるのだろうか。
「最近の魔物研究だとリスティーブルは、ストレスを感じて暴れるんじゃなくて、ストレスを解消した時の快感を得ようとする魔物らしいんです」
「ストレス解消で快感を得る? どういうことだ?」
「ストレス解消には色々ありますよね? 食べる、寝る、動くのなんてストレス解消の定番ですよね。ただ自然の魔物だと、安定した食料や安全な寝床がなく、ストレス解消方法は、動くに限定されるんです。極論的にリスティーブルの狂暴性は、動くことによる快感を得ようとする行為の一環なんです。そして、暴れることで外敵も排除できるっていう野生の合理性でもあるんです」
中々に興味深い話にじっとレスカを見つけていると、レスカは、続きを話したそうにうずうずしている。
「うーん。そこまでは何となく分かった。続きを頼めるか」
俺は、続きを頼むと目で頼むと、ぱっと表情が明るくなり、表情がにやけている。
「と、特別ですからね。そうした特性のあるリスティーブルを魔物牧場で飼育する場合、理論上私たちがそのストレスをコントロールすることで畜産魔物とすることができるんです。言ってしまえば、暴れる以外のストレス解消法の提供なんです」
レスカの説明に、なるほど、と思いながらも魔物研究ってのは普通の動物を扱うのと違うんだな。と思う。
ただ、魔物研究は、普通の動物研究と違って命の危険性の度合が大きい。
「なぜ魔物の研究家は、そんな研究を始めようとしたんだろうな?」
素朴な疑問だ。その行動の意味や理由がどうあれ、経験則的に正しければ問題ない、と感じるのは、俺の魔物に対する知識は、冒険者視点の物だからだろうか。
冒険者や騎士などは、その研究結果が違うからと言って、その魔物との戦闘に大きな支障があるわけじゃない。
そんな俺の呟きに対して、レスカは苦笑いを浮かべながら答える。
「なんでもリスティーブルの牛乳の生産量向上のための研究らしいです。どのくらいのストレスを与えてどんなストレス解消法をすれば、お乳の出が良くなるのか、って研究の副産物らしいです」
「……ちなみに聞くが、一番の生産量が増した場合ってなんだ?」
「それは、適度に食べて、適度に寝て、適度に運動した場合です」
そう言われて、俺は、ロープを引いているリスティーブルの円らな瞳を見つめる。
育て方は、人間と同じなんだな。と思いながら、町外れにあるレスカの牧場にリスティーブルを引き入れる。
そして、途中でレスカにロープを手渡すと、慣れた手付きでリスティーブルを牛舎の中に案内する。
「それじゃあ、私は、もう少しリスティーブルの世話をします。ですから少し待っててくれますか?」
「わかった」
俺は、そう言って、閉まる牛舎の扉を見送り、町外れの魔物牧場を眺める。
王都育ちの俺だが、遠くに見える魔の森と牧草地を撫でる風を見ながら、ぽつりと呟く。
「王都から離れたんだよなぁ」
記憶のない孤児の俺が養父に拾われ、騎士になったのに左遷された。
王都の暮らしに比べれば、生活には不便があるかもしれないが、不便なことなど騎士の野営訓練でいくらでもあった。
むしろ、目付きの悪さから生じる対人能力の低さから発生する煩わしさに比べれば、別にこの地での暮らしに悲観する理由はない。
それでも一人になれば多少は感慨に耽ることもある。
「まぁ、煩い貴族騎士がいないだけマシか」
俺は、そう呟くと、牛舎の中でバタバタと激しい音が聞こえ、オルトロスのペロらしき鳴き声が聞こえる。
『ヴモォォォッ!――』
「落ち着いて! 大丈夫、大丈夫だから!」
先程まで大人しくロープに引かれていたリスティーブルの鳴き声とレスカの懸命な呼び掛け。ただ事ではないと思い、牛舎の扉に手を掛け、横に開くと――
「駄目! また逃げます!」
「なっ!?」
扉を開けた直後、その向こうには、レスカから逃げるように走り出すリスティーブルを見た。
咄嗟に逃げ道を塞ぐようにリスティーブルの進行方向に割り込み、腰を落とす。
「――《オーラ》!」
《オーラ》は、無属性の【身体強化】の魔法だ。
元・近衛騎士のバルドルが使った《ブレイブエンハンス》ほどではないが、生来持っている魔力を全身に巡らせて体の強度を引き上げる。
こうした魔法や戦いのために編み出された奥義である戦技は、適正があればだれでも覚えることができる。
だが、加護を持ち、更に才能を持った人間は、更に上位の戦技――上級戦技を習得する可能性があるのは、閑話休題。
「うぉぉぉぉっ――!」
俺は、リスティーブルの頭部に生えた二本の角を素手で受け止め、全身に万遍なく魔力を体に纏わせ、衝撃に備える。
リスティーブル越しに見るレスカは、暴れ牛を止めようとする俺を見て目を見開く。
「――嘘っ。リスティーブルの突撃を素手で受け止めた」
一瞬だけ、突撃の勢いが弱まり、これは抑えることができた。
そう思ったのだが、駄目だった。
「――あっ、無理だ」
完治まであと少しの両肩がリスティーブルの突撃を受け止めた所為で再び壊れた。
《オーラ》を施していた体でも壊れた肩から先では、支える力はない。
そのまま角に両手を添えるようにして、リスティーブルの頭部が腹部にめり込むと同時に十数メートル押し込まれ、そして、強く突き飛ばされる。
いくら魔力で全身を強化して底上げしたからと言って、推定500キロの体重を持ち、駿馬並の速さの魔物を素手で受け止められるわけがなかった。
全身の骨がバラバラになるような感覚と激痛に数秒間意識を失うことができなかった。
そして、地面に落ちるまでの数瞬の間、時間の流れが遅く感じ、さっきまでの暴れていたリスティーブルの顔つきが、徐々に穏やかなものに変わるのを見た。
綺麗に決まった俺への頭突きでストレス発散できたようだ。
穏やかな表情を浮かべて機嫌の良さそうに尻尾を振っているのを見ながら、地面に叩き付けられた。
「えっ? ……きゃぁぁぁっ! だ、大丈夫ですか!? し、しっかりしてください!」
「――っ!?」
俺の意識を確認するために全身を揺するレスカだが、全身打撲にあちこちの骨が折れている人間を揺するために全身に気が狂うほどの激痛が走る。
そして、遠くからレスカの悲鳴を聞き付けて走って来るヒゲの騎士を見上げながら、俺は、意識を手離した。