5-1
5-1
暗竜の卵を預かって早3週間が経過した。
その間、真竜族が卵を迎えに来る気配がないまま俺たちの日常は過ぎていく。
一応、バルドルが騎士団の本部経由で王宮に対処方法などを求める手紙を出したらしいが、その返事はない。
もしかしたら、王宮の方で、この国の崇める真竜と交渉中かもしれないので俺たちは暗竜の卵の管理に集中する。
まず、レスカは、牧場の空き部屋の一室に柔らかな毛布などを敷き詰め、その周りに牧場町で集められた炎熱石を置いて暗竜の卵の環境を作る。
普段と変わらない牧場町での生活だが、食卓に並ぶ食事の中でジニーとヒビキたちが貰った森の幸が出るようになった。
次に、ジニーは、毎朝とはいかないが朝早くに俺の所に来て、俺から剣術の稽古とヒビキから魔法の講義を受けて、レスカと共に台所で朝食の準備をするのが日課になった。
また、魔法の練習がてら、暗竜の卵を温める炎熱石に込める熱を魔法で集めようとしたのだが、その時何度か暴発していた。
その原因としては、小さい魔法は火精霊が嫉妬せずに妨害しないが、大きくなればなるほど火精霊が嫉妬するらしく、暴発の威力が跳ねあがり、何度かその失敗に巻き込まれた。
今は、精霊との交信手段を考えながら、ヒビキからの座学を受けている。
最後に、ヒビキだが、暗竜の卵の部屋に結界やらなにやらを準備したりして、防備は万端にしていた。
牧場町での仕事の手伝いも受け、変わった服装だが俺よりも愛想や外見が良いためにすぐに町の人に受け入れられた。
何より、無限の鞄を作り上げるほどの魔道具作りの能力を持つヒビキは、自ら【魔女】の加護持ちと公表して、牧場町の革細工職人たちと連携して魔道具の生産を始めたのだ。
完成した道具に魔法で簡単な効果を付与してお金を得るというこの世界での地盤を作り始めていた。
そして俺は――
「今日も終わりだな」
硬くなった動く野菜の畑を耕し、井戸からの水をやって、最後に地面に埋まった動く野菜たちに霧吹きで天然の農薬である木酢液を吹きかける。
「臭いよなぁ。一度、湯屋に寄ってから牧場に戻るか」
俺は、それぞれの野菜たちの様子を確認しながら、木酢液を掛ける。
前までは、短い芽を生やして動いていたゴツゴツしたジャガイモは、今では、大分茎を伸ばし、食用部分のジャガイモは、養分を吸われてしおしおになっていた。もうしばらくすると、自立して動くことは無くなるはずだ。
同様に、最初は、動いていた野菜たちも更に大きくなり、自重を動かす労力が養分確保より大変になって来るとその場から動かなくなり、やっと普通の野菜っぽくなる。
それでも不用意に近づく害獣などは、地面から伸びる植物の根で締め上げられて、地中で養分にされていく。
「だけど、寄って来る害獣だけじゃ養分が足りないらしいからな。今度、レスカに相談して追加の肥料を撒こうか」
今も風呂に浸かるように気持ち良さそうに木酢液の霧を浴びる野菜たちを見ながら、今後の農業計画を考えていた。
「さて、とりあえずやることも終わったし町の巡回でもしながら戻るかな」
レスカの牧場の手伝い、畑の管理、その後、他の牧場の臨時の手伝い以外では、町ならを適当に歩きながら、見回りしている。
喧嘩があれば仲裁、犯罪が起これば捕縛、問題がなくても注意勧告、そうした兵士的な業務もこの辺境の町の仕事だ。
「おー、お前さんかい! 鍬の調子はどうだい?」
「鍬やスコップは前と殆ど変わっていない。さっきも畑を耕したけど問題はなかった」
「がはは、そうかい! そうかい!」
町中を歩いていると俺と多少会話のある人間が軽く声を掛けてくる。
今も、鍛冶師のロシューが声を掛けてくるし、子どもたちも偶によって、前に聞かせた俺の親父たちの冒険譚をせがむ。
まだ俺の目付きの悪さや外部から来た人間ということで少し距離間があるが、それでも来た当初よりは俺の人柄が分かったのか、距離感はあるものの目付きの悪さで怖がられたりしない。
「そういやぁ、あのヒビキの嬢ちゃんが持ち込んだ錆びたゴブリンジェネラルの大剣は、結構な量の金属になったぜ! また農具作りが捗るぜ!」
「そりゃよかった」
「あと、リア婆さんが呼んでいたぞ。なんでもお前に話があるとかな」
「リア婆さんが?」
何故、俺にジニーに関してのことならジニーを同席させるべきだが、今は確かレスカの牧場でレスカのお菓子作りの手伝いをしているはずだ。
俺は首を傾げながら、リア婆さんの薬屋へ向かおうと思ったが、木酢液が少し服に掛かっているので、一度、牧場に戻り、着替えを取りに行って湯屋に寄ってから向かうことにした。
「すまない。騎士のコータスだ。話があると聞いてきた」
「入ってきなさい。空いているよ!」
身嗜みを整え、薬屋の扉をノックすれば、奥から声が店の中に入るように声を掛けられる。
「いらっしゃい。そろそろこの牧場町に慣れた頃だと思ってね。話を聞きたいんだ」
町の顔役の一人であるリア婆には、ジニー経由で一番顔を合わせているために、そういう話を聞く役目が回って来たのかもしれない。と呼ばれた理由に納得しつつ、素直な考えを述べていく。
「慣れた。と言えれば良いが、毎日が新鮮な気持ちだ。植物もどんどん成長するし、魔物も日々変化して日々勉強の毎日だ」
「あんた、若いのに年寄りみたいなこと言うねぇ。まぁ、いいさ。ここでの生活には不満はないんだね」
「不満を言えば、罰が当たる。毎日、美味しい食材で料理を食べさせてもらっているし、時々珍しい物も食べられる。魔の森関係の事件はあったが、人間の引き起こす問題は少なく、平和と言える」
人間性と言うやつだろうか。牧場町は、朝早くから働き、夕方以降は、休む。夜の酒場に繰り出す人も少なく、そのために酔っ払いの喧嘩が偶にしかない。それも自警団の自浄作用が強いために正直、俺のような左遷騎士の立場がないくらいだ。
だが、兵士や騎士は基本金食い虫だ。平和な時ほど疎まれ、争いが起こる時に尊ばれる。だから、このくらいの平和が人間に取って一番だと感じる。
そんな俺の内心の考えを思い浮かべている間も、うんうんと頷くリア婆さんが俺に最後の質問を投げかけてくる。
「それじゃあ、このままこの牧場町で所帯を持って生きることも考えてるかい?」
「はい? それは……」
「どうせ、左遷されて何年かして戻っても居場所なんてないんだろ? なら、この町で完全に居場所を作って定住すればいいさ」
「…………」
確かに、その考えはなくはない。
元々、貴族系の騎士に疎まれて左遷されたんだ。なら、何年か経った後に王都に戻されてもきっと居場所など無いし、左遷されたという事実から出世の道は絶望的だ。
なら、この町で騎士兼農家の手伝いをしながら生きる道もありかもしれない。
「そうだな。そろそろ牧場町にも慣れてきたことだ。レスカの牧場の居候を止めて一人暮らしする頃かもしれない」
「なんであんたそう言う話になるんだい」
「違うのか?」
確かに、どこかで一人暮らしするのは家賃や生活費など自分で支払わなきゃならない。それに俺が怪我した時に使っただろう薬などの治療費などもレスカに払わないといけなかった。
「あたしが言ってるのは、あんたが町の誰かと結婚してこの町に居場所を築くってことだよ。自分の結婚相手とかのことを考えたかい? だけど、安心しな。あたしは、この町で仲人を長年やって来たんだ。いい人を紹介できるよ」
そう言って、俺は、考えが一瞬固まる。
自分自身が誰かと結婚するなど、想像できないし、何より結婚した相手を養うことができるのか、という話だ。
「結婚するにも左遷された俺の収入は、低い。結婚するにしても貧しい生活になる。そうなれば、どちらも不幸になる」
「あんた頭硬いねぇ。こんな田舎なんて一応は、お金を使ってるけど、その気になれば、自給自足や物々交換でも生きていけるよ。それに、安心しな、婿入りの場合は、大抵、家族経営の牧場仕事を手伝わされるからそれに比べたら良物件だよ」
「俺は、自分で言うのもあれだが、目付きが悪くて怖がられもするからご破算になる可能性もあるぞ」
左遷前に、町中の巡回をした際に助けた女性に目付きが怖くて泣かれたことがあるくらいだ。顔に自信はない。
だが、そんな俺の抵抗に対して、リア婆さんは、ニヤニヤとした笑いを浮かべている。
「そんなのあんたを平気な年頃の女の子を選べばいいだけじゃないか? ほら、いるだろ? レスカが」
「レ、レスカ!?」
まさか、ここでその名前が出るとは思わずに、狼狽える。
「いや、だがまだ会って一か月とちょっとだぞ」
「レスカは、あんたを居候させ続けるだけの信頼はしている。それに、あんただって無体なことをしていないし、真面目に牧場の手伝いをしてくれるから推しているんだよ」
俺は、黙り込んでしまう。レスカと結婚という場面を想像すると、容易に想像できてしまうが、今の生活と余り変わらない日々を過ごすような気がする。
「レスカは、器量よしで料理も上手な働き者さ。それに、あれは安産型だから、きっと子宝にも恵まれるよ」
「いや、後半の部分は俺にするべきじゃないだろ」
だが、レスカは安産型だったか……っていや、そんなことを意識するな。と頭を軽く振るう。
「なんだい。レスカは嫌かい?」
「そういう話じゃなくて……」
「なら、新しく来たヒビキって子かい? まぁ、町の外から来た者同士でこの地に定住してくれるなら文句はないよ。あの子みたいな特別な技術を持つ子は町の産業的に重要だからね」
魔女であると大々的に告げたヒビキは、革細工などに魔法を付与する技術と牧場の手伝い。なにより、黒目黒髪という神秘的な容姿とその人懐っこい性格や明るさで目付きの悪い俺以上に牧場町に受け入れられている。
レスカとは、別の方向性の美しさや憧れを抱く女性だろう。
「なんだい。同じ屋根の下で暮らしているレスカやヒビキも駄目かい! それなら、うちの孫娘かい!? まぁ、師弟関係が恋愛関係に発展するのは古今東西でもあることだけどね」
「いや、歳の差があるだろ。って言うか、自分の孫娘に俺との結婚を勧める気か?」
まだ12歳だぞ、と口から言葉が出そうだが、その前にリア婆さんの言葉に遮られてしまう。
「5歳の歳の差なんて普通にあるさ。まぁ、あたしの孫娘だからね。将来美人になることは決まってるんだ。それなら将来性って意味でも十分にあり得るよ。それに、ジニーがこの町に早々に結婚して所帯を持てば、冒険者なんて馬鹿なこと言い出さなくなるだろうってね」
前半は孫自慢か、と思ったが、後半部分はリア婆さんの本音だろう。
だが、そう提案されるほどには、俺は信頼されていると見ていいのだろうか。
「さぁ、レスカ、ヒビキ、ジニーの誰を選ぶんだい?」
「だから、なんでもう選ぶこと前提なんだ」
「なんだい。決められないのかい! それともまさか全員って訳じゃ……」
「そんなわけあるかい!」
珍しく俺が大きな声で返したのでリア婆さんは、目を見開いて驚くが、すぐに破顔する。
「冗談だよ。けど、なんでそんなに嫌がるんだい」
「いや、嫌がってる訳じゃなくてな。まだ自分自身結婚など考えられそうにない。それに一応、上司のバルドルを差し置いて結婚は気まずいと思う」
「まぁ、いきなり過ぎたのは確かだったね。まぁ、こっちも牧場町の発展のために考えて欲しいんだよ。あと、バルドルに紹介するのは、控えてるんだよねぇ」
そう言って、俺を茶化していたリア婆さんだが、バルドルの話題になると気まずい表情になる。
「何故?」
「何故って、まぁ来た当初のバルドルを知らないなら仕方がないかぁ。左遷された当初は荒れていたのさ。まぁ暴れるとか暴力的って感じじゃなくてとにかく無気力だったんだよ。それに牧場仕事の手伝いも嫌々やっていてねぇ」
元近衛騎士だったバルドルとしては、華やかな王城の警備が中心だったために畑の土弄りや生き物の糞尿などは慣れるまでがキツかっただろう。
「だから、精神的に弱さがあったから見送りだよ。だけど、そうさねぇ、そろそろバルドルにもいい人見つけないとねぇ」
そうなると、二十代前半から後半当たり。いや、三十代前半の姐さん女房でしっかりと手綱握って貰った方がいいか、と物々と呟いているリア婆さん。
「まぁ、とりあえず結婚について考えておくれ。なんなら、あたしの仲人なしで告白してもいいから」
「……考えてみる」
「なんだい、やる気のない返事だねぇ」
不満顔のリア婆さんに見送られて俺は、薬屋を後にして、レスカの牧場に戻る。
なんだか無性に疲れたが、今の精神状況でレスカたちと会うのも気まずいが、行く場所もないので大人しく帰ることにする。









