4-2
町は、騒然となった。
Bランクの魔物の襲来、魔の森に落ちた隕石、そして、トレント果樹園から使役していた魔物が人間を攫い逃走。
今までにない出来事に町の重役は、頭を悩ませ、肉親を攫われたリア婆さんは――非常に冷静だった。
「あんたらの話を聞く限り、別にあたしの孫娘は、連れ攫われたけど、別に傷つけるつもりはないようだね」
「そんな悠長なことを言っていていいのか?」
町の重役が一堂に会し、バルドルもその場に居てリア婆さんに聞くが、仕方がないと溜息を吐き出す。
トレント果樹園の牧場主の言うことが正しいならね。
そう言って目を向けるのは、顔を真っ青にした背の高い年若いトレント果樹園の牧場主が震える声で答える。
「こんなことは今までになかったし、親父の代でもないし聞いたことがないって言ってた。それに俺と繋がっていたトレントとの繋がり(パス)が途中、何者かに介入されて、逃げた一体は、その何者かの命令を受けていた」
「ってことだ。なら、もう相手は、トレントよりも更に上位の存在ってことになるねぇ」
あの場で目撃者である俺たちもこの場に同席している。
だが、その中での会話に分からない部分が存在する。
「レスカ。すまんが、どういうことだ? 普通、調教して使役した魔物は、調教者の命令が優先だよな」
「そうですね。基本的にそうですけど、例外はあります」
前置きして語り始めるレスカの話に耳を傾ける。
「魔物が命令を聞かない場合は、調教師と魔物との関係に不和が生じた場合です。この場合は、環境が劣悪だったり、契約内容が違う場合になりますけど、ララックさんは、そう言うことはないですよね」
「それは、酪農の神に誓ってそんなことはしていない!」
レスカの言葉に激しく頷き、自身の信仰する神にすら近いを立てるトレント果樹園の牧場主。
そして、レスカはもう一つの可能性を口にする。
「もう一つの可能性は、その魔物が逆らえない圧倒的な上位者や上位種。例えば、ゴブリンだったなら、ゴブリンキングやゴブリンエンペラーと言った存在。トレントの場合は――」
「エルダー=トレント。もしくは、エルダー=トレントと親交の深い木精霊か」
そこまで話を聞ければ、ジニーとヒビキを連れ去ったものの正体が見えてくる。
「確か、ジニーは、火精霊召喚の内包加護があったはずだ。なら、精霊関係でジニーが呼ばれたのか? そうなるとヒビキは巻き込まれただけになるのか」
今すぐに命の危機がないからと言って、魔の森は危険な場所だ。
少女二人が連れ攫われたままではいけない。
そんな時、俺のズボンのポケットの中身が微かに震えているのを感じ、それを取り出す。
「なんだ?」
これは、ヒビキが連れ攫われる直前、俺に投げて寄越した服のボタンだ。
家紋のような物が刻まれた鋳造らしき軽い金属のボタンが震えていた。
そして、そのボタンに触れてどこか遠い場所にパスが繋がっているのを感じ、俺も自身の魔力をボタンに込めてパスの先にぶつけるように流すと、ボタン全体が震えて声が聞こえ始める。
『あ、ああー、マイクテスト、マイクテスト。そっちに声聞こえる~』
「ヒビキ! ヒビキなのか!?」
突然、目の前のボタンが人の声を発して驚きの声を上げると、ボタン自体が小刻みに振動し、甲高い鳥肌の立つ音を上げる。
『うるさいわね。ちゃんと繋がったみたいね』
「これはどういうことだ? 通信の魔道具なのか?」
魔道具。それも通信をするものなど、王族や軍属に少数配備されているだけで個人が持っているような物ではない。
『そんな大層な物じゃないわよ。ただ、私の声を音の振動にしてあんたの持ってるボタンに伝えているだけよ。まぁ、細かな制御とかできないし、特定の人物に対して発生させる場所も難しいからそのボタンに繋がり(パス)って奴を込めておいたわ。だから、そっちの状況も分かってるわ』
俺たちの会話の状況がこのボタンを通じて分かっているようだ。
この場にいる全員は、唯一の情報源であるヒビキとの会話を邪魔しないように、黙ってくれている。
『それじゃあ、こっちの情報を伝えたいけどいい?』
「ああ、頼む」
『今は、私たちは、トレントたちに守られているわ。それとどうやらトレントたちに命令している存在がいるみたい』
「いるみたい?」
『ちゃんと姿を見てるわけじゃないわよ。ただ、片言で言葉を使うトレントに『タマゴ、アタタメロ』『タマゴ、シヌ』『シンダラ、ココヤカレル』って言葉を必死に繰り返しているのよ』
話を繋げると、トレントやその上位の精霊が守る大事な卵が存在し、それを温めないと中が孵化せずに中の生き物が死んでしまう。そして、卵の中身が死んでしまったら、卵の親にでもトレントたちが殲滅させられるのか?
そんな状況はわけ分からんが、ヒビキが向こう側の状況をボタン越しに聞かせてくれるのか、呻き声のようにそれらの声が確かに聞こえる。
『今、私とジニーちゃんが卵を炎で温めているところよ。でも、この卵、なんか凄いものらしくてこの卵を狙って、色んな魔物が集まって来るんだけど、今はトレントたちが守っているところよ』
「なら、俺たちは、どうすればいい?」
『とりあえず、迎えに来てくれる? トレントたちは卵を手離したがっているみたいだし、トレントに命令している何かも持ち帰ってほしいみたい。ああ、でもあまり大人数だと驚いちゃうから少数で迎えに来て』
「わかった」
「それじゃあ、こっちも卵を温めるのに集中したいから、切るわ」
そう言って、テーブルに置かれたヒビキのボタンは振動が止まる。
だが、ボタンの魔力的な繋がりはまだ微かに残っており、それを辿っていけば、ヒビキたちのいる場所に辿り着けるかもしれない。
「聞いたな。なら、俺たちは、これまで通り魔の森を警戒しよう。そして、ジニーとヒビキ嬢ちゃんを迎えに行くのは、コータス。お前だ」
バルドルが音頭を取り、これからの予定を決めていく。
「それなら魔の森を行くなら、俺の牧場のランドバードを使ってくれ、足は速いし、魔の森だって進んでいくことができるぞ!」
「なら、武器はまだないが、マチェットなら出来てる。武器代わりに持っていけ」
ランドバードの牧場主と鍛冶師のロシューが口々にそう言ってくる。
「こっちは、卵を温める炎熱石を集めておく。トレントが守って手離したい卵がどんな魔物のものなのか気になるぜ!」
「コータス、あたしの孫を頼むよ!」
一人の牧場主は自身の好奇心を抑えきれずにそう言葉にし、リア婆さんが立ち上って俺の手を握って、真剣な表情で頼んでくる。
「分かった。ジニーとヒビキは、ちゃんと迎えに行く」
「さぁ、動け! これから日が暮れるぞ!」
バルドルの声に俺は、この集まりからすぐに離れて、魔の森に入る準備を整える。
レスカの牧場に戻り、厚手の服とブーツを履き、次にロシューの工房より持ってきたマチェットを受け取る。
その際、バルドルも一緒に、ある物を渡して来る。
「ほら、コータス。前にお前が欲しかったものだ」
そう言って渡して来たのは、木刀だった。
「作るの苦労したぜ。お前の鉄芯を回収して、ロシューに歪みを直してもらった後、俺が木材貼り付けて圧縮したんだからな」
受け渡された木刀は、ずっしりと重い。
中心に鉄の棒が入れられ、その周りにはトレントの木材が張り付けられ、バルドルの加護である【重圧の魔眼】によって極限まで押しつぶされて作られた特殊な圧縮木刀だ。
その場で軽く素振りをしてみたが、空気を切る音の違いやしなり具合を確かめる。
ただの鉄より硬く、下手な鈍器よりも性能がいいものができてしまっている。
「ありがとう。使わせてもらう」
バルドルに一礼して、次にランドバード牧場の牧場主がランドバードに鞍を付けているところだ。
「さぁ、こいつに乗ってジニーちゃんたちを迎えに行きな!」
そう言って手綱を手渡ししてくる牧場主から受け継いだランドバードの嘴を撫でると、クルルッと嬉しそうに鳴き声を上げる。
そのまま嘴や頭、顎下などの撫で心地ちの良さに思わずやるべきことを忘れそうになったが、煩悩を振り払い、ランドバードの鞍に足を掛けて乗る。
一応、乗馬の訓練などはしたことがあるが、馬よりも賢いランドバードは、すんなりと俺を乗せてくれる。
そして、ランドバードに乗った俺の前に現れたレスカの姿は――
「さぁ、コータスさん、ジニーちゃんとヒビキさんを迎えに行きましょう!」
「レスカ!? 何してるんだ!?」
その姿は、牧場で待たせているはずのリスティーブルの背に乗り、リスティーブルの足元には、オルトロスのペロが腰を下ろして共に出発の準備をしている。
「ランドバードに乗せられても二人までですから。私も同行します。それに食料や薬なども万が一の時に必要ですから!」
そう言って、俺の装備とは別でリスティーブルの背の荷物が付けられた鞄を指差し、確かに必要な物資だ。と理解する。
だが、その役目がレスカである必要はないだろう、という言葉が出そうに出そうになるが、レスカの力強い目に言えなくなる。
「……魔の森は危険だ。安全は保障できない」
「でも、コータスさんは守ってくれますよね。それに私には、ペロが居ますから」
『『ワンッ!』』
任せろ、と言わんばかりに鳴き声を上げる双頭の魔犬は、盛大に尻尾を振って、やるぞ、やってやるぞぉ、と意気込みを見せる。
「わかった。ならいくぞ! 先頭は俺が進む!」
俺は、ランドバードの手綱を繰り、ゆっくりとだが魔の森に進んでいく。
トレントが移動した跡が色濃く残る地面、そして、ヒビキの残した魔力の繋がりが残るボタン、ペロの嗅覚がジニーとヒビキのいる場所に辿り着く道しるべとなる。









