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4-1


「ああ、これ私の服と鞄。コータスたちが預かってくれてたんだ。汚れてたから捨てちゃったかと思ってた」

「一応、鞄に凶器が入って居たら困るからな。取り上げたが、昨日の段階で返して良いと思ったんだ。服はレスカが洗ってくれたんだ」

「そっか。レスカちゃんありがとね。お姉さん、もう大感謝だよ!」


 そう言って、レスカの頭を撫でようとするヒビキだが、それを見越して避けるレスカ。

 だが、その逃げた先で俺が代わりに頭を撫でる。


「はぁ、あれ? 私避けたのに、何でコータスさんが撫でるんですか!」

「いや、つい」

「つい、じゃないです!」


 怒るレスカだがそれが本気じゃないと分かるので、撫でる手を止めて黙って一歩下がる。

 だが、名残惜しさに一瞬だけ、悲しい気持ちになりそれを感じ取ったレスカは、少しだけ罪悪感を感じるような素振りを見せるが……


「そんな顔したって撫でさせませんからね!」

「駄目か」

「駄目です」

「あらあら、お姉さん。置いてきぼりで目の前でラブコメ見せられているんだけど、壁を殴りたいんだけど、やってもいいかしら」


 ニコニコ笑顔だけど、苛立ちからか表情に影がある。

 そんなヒビキをとりあえず落ち着かせた後、その服に着替えるために自室に戻るのを見送り、レスカの朝食の準備を手伝う。


「レスカ。今日は何をするんだ?」

「今日は、果樹園のお手伝いですよ。今の時期は、すももや杏、ネクタリンなどの果物が収穫できますよ」

「そう言えば、果樹園があったな」


 俺は寄ったことはないが、果樹園の木々が遠くからでも見れるために場所だけは知っている。


「収穫した果樹を水寒石の入れた水に浸けて冷えたものを食べてもいいですし、ジャムにしてパンに付けても美味しいですよ。他にも、干しフルーツにして少し季節をズラして食べてもいいですし、細かく刻んでパンケーキに混ぜ込むのも美味しいんです」

「おいしそうだな。朝食前には、少し辛い話だ」


 今もカリカリのベーコンが上手そうに焼けているのにそれ以外にも美味しそうな話をするのは、先程俺が撫でたことに対する意趣返しなのだろうか。と思ってしまう。


 そうこうしている内に朝食の準備が整い、俺は一足先にリスティーブルのホットミルクを口にしている。


「やぁ、お待たせ。どうかな?」


 着替えから戻って来たヒビキを見て、どうと言われても少し困る。

 ヒビキの元々来ていた不思議な服を着ているが、その上から更に茶色いマントを羽織り、頭には、唾の広い三角帽子を被り、肩掛け鞄をしている。


「わぁ、ヒビキさん、これから暑くなって日差しも強くなるから日焼け対策ですか?」

「いや、違うと思うぞ」

「一応、レスカから借りた服の中で魔法使いっぽい姿にしてみたんだけどどうかな?」


 若干、イラっと感じるような笑みを浮かべるヒビキに対して俺ははっきりと告げる。


「なんというか、奇妙な感じだ」

「そっかぁ。まぁ確かにコスプレっぽいもんね。まぁ、気にする人いないでしょ。それに部外者だって分かるわよね」


 コスプレ、の意味がよく分からないが、確かにこんな格好をしていれば、ヒビキだとすぐに分かる。

 そうして、俺たちは朝食後、果樹園の収穫を手伝うために出かけ、ペロは放牧したリスティーブルと一緒に留守番だ。

 果樹園に向かうために牧場を出る直前、牧場の前でジニーが待っていた。


「ジニー。今日は、訓練はないぞ」

「うん。でも、訓練以外でも牧場の手伝いをすれば体力が付くと思うから手伝う」


 確かに、最下級のFランクの冒険者は、最初は冒険に出るよりも薬草採取や町中の荷物運びなどの仕事で体力などを付けて行く。

 そういう意味なら、牧場の手伝いもあながち間違いではなく、レスカも歓迎している。


「それじゃあ、ジニーちゃんには、果物を運んでもらいましょうか。高い場所にある果物を採るのは危ないですからね」

「ジニーちゃん、ほんと健気! お仕事終わったら私が特別に魔法を教えて上げるわ!」

「やめろ、近寄るな、変質者」


 そう言って、じりじりと寄って来るヒビキから逃げるように俺の陰に隠れる。


「ヒビキ。ジニーであまり遊ぶな。嫌がっている」

「なによ! あんた、さりげなくジニーちゃんの頭を今、撫でて!」


 ちょうど、俺の陰に隠れるジニーの頭がいい感じのポジションに来るので自然と撫でてしまっていた。


「ああ、私にはデレてくれないジニーちゃんが目を細めて気持ち良さそうにしている! なんか猫っぽい! いいわね! 懐かない野良猫っぽくて!」

「ヒビキ、いい加減にしないと……」

「なに、魔法でコータスを封殺できる私に何かできるの?」

「お前のことをこれから姐さんって呼ぶぞ」

「さー、果樹園のお仕事しましょう! そうしましょう!」


 レスカやジニーにお姉ちゃん呼びを要求するヒビキだが、俺の言葉のニュアンスの違いを感じ取ったのか、無駄口を叩くことなく歩き始める。

 このネタでしばらく黙らすことができそうだ、と思いつつ、牧場町の果樹園にやって来た俺は、またもや自分の常識が崩れる音を感じる。


「ここが牧場町の果樹園ですよ。凄いですよね」

「……これが、果樹園か」

「そうですよ。あれ? 一度見ませんでしたか?」


 俺の目の前に広がる、木の洞が人の顔のようになっている樹木が立ち並び、その木々の洞から、オォォォッという人の呻き声のような風音が聞こえる。

 それも全部だ。はっきり言って異常であり、不気味な光景を見ている俺だが、レスカは思いがけない言葉を掛けてくる。


「コータスさんも一度見ているはずですよ」

「見ている?」

「ほら、Bランクの魔物が襲って来た時、足止めしてくれましたよ」

「……あの時か」


 つい最近、突然変異の推定Bランクの魔物が襲って来た時、地面から根が生え、その魔物に絡み付いて足止めしたことがあった。

 その時は、次々と変わっている戦況に考える余裕がなかったが、根を自在に操り、人の顔に見える洞を持つ存在は、一つ思い当たる。


「トレントか」

「はい。それも、五十年までの若いリトル=トレントの果樹園ですよ」


 そう説明しながら、トレントの木々の間を歩いていくレスカ。

 牧場主を探そうと左右を見回すレスカに対して、近くのトレントが、枝葉を動かして、居場所を教え、その先にいるトレントたちが見えるように自身の根を動かして左右に退き、道を作る。

 芽吹き、一生その場所に留まる通常の樹木とは違い、自我を持ち、多少なりとも動くことのできるトレントたちに囲まれた状態であるために、俺は少し居心地が悪くなる。


「おおっ、不思議な光景ね。それにあの果物おいしそう」

「うん。甘そう」


 ヒビキの言葉に同意するように頷くジニー。

 俺たちは、トレントの果樹園の牧場主を見つけ、挨拶と仕事の割り振りを聞く。


「それじゃあ、収穫を手伝いましょうか。私は、腰にこの籠を付けて、梯子の高い場所の果物を収穫しますからコータスさんは、梯子を支えて下さいね」

「全部収穫するのか?」

「いえ、手でもぎ取れるくらいの果物だけを選んでください。もぎ取れない奴は、まだ時期ではありませんから」

「レスカちゃん、それじゃあ私とジニーちゃんは何すればいいの?」

「ジニーちゃんは、コータスさんが集めた果物を運んでください。ヒビキさんは、私の収穫の終わった後のトレントの樹の根元に肥料を撒きましょう」


 農場仕事を受けて頷き、早速作業に取り掛かる。

 レスカは、梯子を借り受け、梯子を上り果物をもぎ取っては、一つずつ腰に付けた籠の中に入れていく。

俺は、そんなレスカの乗った梯子が倒れないように支えながら、トレントの樹を観察する。


『『『オオオオオッ――』』』


 どこもかしこもやや高い声が漏れ聞こえる中で、不思議に思う。


「トレントは、魔法使いの使う道具として良く使われると聞くが、何種類もの果物を実らせるのは初めて聞いたな」

「違いますよ。これは、若い頃の接ぎ木の結果です」

「接ぎ木?」

「はい。リトル=トレントの樹に一般的な植物の枝を接ぎ木するんです。普通の接ぎ木だと中々定着しませんが、トレントは非常に生命力が強いですからかなり安定して接ぎ木が定着するんです。そうなれば、トレントの養分を吸って、果物も育つんです」

「だから、複数の果物を実らせるのか」


 梯子を抑えながらよくよく観察すれば、今レスカが収穫している果物の伸びる枝と大本の台木とでは樹木の色が違う。

 また別の場所でも色や枝の質感が違う場所があり、そこがトレントと果物の接ぎ木の境界なのだな、と分かる。


「便利なものだな」

「そうですね。ですけど、接ぎ木は、トレントを傷つけますのでそう頻繁に行うこともできないですね。それに、トレントの果樹園にも期限がありますから」

「やっぱりトレントの寿命か?」

「どちらかと言うと成長ですね。トレントの枝の挿し木によって生まれたトレントの苗木から樹齢50年までがリトル=トレントと言ってこの期間だけがトレントの果樹園ができるんです。それ以上だと進化して接ぎ木もするのが大変なので、その前に接ぎ木をした枝を全て切り落として自然に返すんです」


それ以上の樹齢に達するとトレントと呼ばれ、300年を超えるとオールド=トレント。更に1000年以上を越えるとエルダー=トレントという風に進化していき、知能や能力も飛躍的に伸び魔法を使う個体も現れてくる。

そうした循環サイクルがあり、リトル=トレントの果樹園は一定数を保ったまま運営されているらしい。


「だが勿体無いな。50年しか維持できないなんて、さらに接ぎ木の成長を考えると果物が収穫できる年数は40年前後か」

「でも人間の寿命を考えるとそのくらいの方が管理しやすいですし、何よりそれ以上だと知能を増して危険なんですよ」

「そうか。やっぱり、そういう考えか」

「それに、トレント種の魔物が一番弱いのは、力がなく、移動も自由に利かない若い樹の頃ですから、その時期に牧場で管理して育ち、大きく安定したら、巣立つ。一種の共生関係も成り立っているんです」

「ああ、そういう見方もあるのか」

 レスカの魔物の話を聞きながら俺たちは作業する。

 一つのトレントの果樹から収穫を終えたレスカは、一度集まった果物の入った籠を地面に下ろし、それをジニーが運び、ヒビキが肥料を乗せた猫車を押し、スコップで肥料を適当に撒く。

 その時、オオオオオッ、と嬉しそうな声が響き、どこか風呂に浸かり極楽の声を上げる人間のような反応に少しおかしく感じる。

 レスカが次の果樹の収穫に向かうので俺が梯子を持ち運び、再び設置して抑え、レスカが梯子に登る。

 その中で事件が起きた。


『オオオオオオオオンッ――』

「きゃぁぁっ!?」

「おっ、なになに? なんか始まるの?」


 今目の前で、ヒビキが肥料を与え、ジニーが籠に入った果物を回収しようとしているところで、近くのトレントが叫びを上げ、地面から太い根が生え、二人の体を捕まえて持ち上げる。


「ジニーちゃん! ヒビキさん! えっ、きゃっ!?」

「レスカ、危ない!」


 レスカの乗っていた梯子に掛かるトレントも叫びを上げ出し、梯子が後ろに倒れる。

 梯子の上から落ちてくるレスカを咄嗟に受け止め、地面に倒れ、その拍子に籠の中に収穫した果物が辺りに転がる。


「コータス兄ちゃん、レスカ姉ちゃん! このっ!」

「ジニーちゃん、止めなさい! ここで火を使うのは!」


 倒れた地面から見上げた先にいるジニーとヒビキは、トレントの枝で作られた檻の中に入れられ、その拍子にジニーに抱えていた籠も横倒しになり、檻の隙間から転がり落ちている。

 なんとか脱出するために火魔法を使おうとするジニーだが、まだ暴発の危険性があることを感じ取ったヒビキによって止められる。

 そして、完全に果樹園の地面に埋まっていた地面から根を引き摺り出し、少しずつ動き始めるトレント。


「待て! ジニーとヒビキをどうする気だ!」


 俺は、受け止めたレスカを地面に優しく下ろし、トレントを止めるために、近くで横倒しになった梯子を拾い上げて、その幹に叩き付ける。

 だが、木の魔物であるトレントにはその攻撃は効かずに、逆に梯子が砕けて周囲に木片が飛び散る。


『オオオオオオンッ――!』

「ぐっ、がはっ!」

「コータスさん!」


 トレントの振るう枝木が俺を弾き飛ばし、別のトレントの樹に叩き付けられそうになる。だが、弾き飛ばされた先のトレントは、地面から抜き出した木の根を螺旋状に構えて俺を受け止め衝撃を押し殺したために、怪我らしい怪我は負っていない。


「なんなんだ。こいつらは」


 確かに、ジニーとヒビキを奪われないように邪魔はされたが、俺たちに危害を加えるつもりはないようだ。

 他のトレントたちも俺たちの邪魔をするように枝葉で視界を遮ろうとするが、攻撃をする素振りは見せない。

 だが、ジニーとヒビキがトレントに捕まえられたままではいけないが助ける術がない。


「コータス! ちゃんとこれを拾いなさいよ!」


 ヒビキは、自分の服の何かを引き千切りこちらに投げ投げてくる。

 鈍い光を放つそれを空中でつかみ取るとそれはヒビキの服のボタンということが分かった。


「絶対に無くさないでずっと持ってなさい! ジニーちゃんは私が何とかするから!」

「ジニーちゃん、ヒビキさん!」


 レスカが二人の名前を呼びかけるが、勢いづいて走り出したトレントは、町中を疾走してそのまま自警団の警戒網を敷く魔の森の境界を突破して、魔の森に突入していった。

 まさか、町中の方から異常事態が発生すると思わなかった自警団は、唖然とした状態のままそのトレントとトレントによって捕まったジニーとヒビキを見送ったようだ。


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