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3-3


 朝食の席、レスカがまだ怒っているのか力強くパンを千切り、口に放り込んでいく姿を見てビクビクするジニー。

 ぶちぶちっと小気味のいい音を立てる美味しそうなパンを俺も食べるが、どうも今日は味を感じないのは、雰囲気が悪いせいだろう。


 原因である俺とヒビキは、互いにアイコンタクトを取るが、直後、レスカが盛大な溜息を吐き出す。


「もう、そんなに牧場の地面をボコボコにする労力があるなら二人とも後で働いてくださいよ」

「分かった。頑張る」

「え、ええ、任せてレスカちゃんの頼みなら何だって聞いちゃうわ!」

「とりあえず、ヒビキさんは、魔の森で救助された身寄りのない方ですから一度コータスさんと一緒に、バルドルさんに挨拶しましょう」


 そう言って、午前の予定の段取りを決めるレスカ。

 そこでやっと怒るのを止めたのか、普段の食事の雰囲気が戻り、食べているパンを味わう余裕が出てきた。

 そんな中でふと心の中から染み出すように後ろ向きな感情が湧き出す。


「やっぱり、俺は、魔法を教えるほどの人間じゃなかったのか……」

「あー、その、ヒビキさんから事情は聴きましたよ。コータスさん、負けちゃったんですか」


 同年代のそれも女性に一方的に負けた。互いに手を抜いていたとしてもその事実が俺を落胆させる。


「大丈夫ですよ! コータスさんの凄いところは、そんなところじゃないことは私が知ってますから!」


 俺を励ましてくれるレスカにすっと手が伸び、その頭を撫でる。今日は、俺の隣に座って食べているので手が届く位置だ。


「だ、だから、なんで私の頭撫でるか!」

「いや、つい……」


 俺たちのそんなやり取りを冷たい目を向けるジニーと何故か悔しそうにしているヒビキ。


「コータス兄ちゃん、またレスカ姉ちゃんに触ってる……」

「なに、この甘い雰囲気は、甘々どころの騒ぎじゃないじゃない。レスカちゃん、天然さんの甘やかし装置なの!? 私も甘やかされたい!」


 そんな意味の分からないことを呟くヒビキ。

 だが、思い当たる節はある。左遷されて騎士としての将来性のない俺に優しくしてくれるのだ。

 左遷されて名誉も立場もなく、給料だって安い。更にBランクの災害魔物襲来の時に大怪我した時、働けずに食事や治療などの負担をレスカに掛けてしまったのだ。

それなのに優しく接してくれて、居候までさせてくれる。優しいを超えて甘やかしているとも言えるような気がする。

十分にダメ男になる条件が揃っている。


「はぁ~」

「ああ、コータスさんがまた落ち込んでる!? 大丈夫ですよ! コータスさんは沢山頑張ってますから!」


 肩を落としたために自然と下がる頭を今度は逆にレスカに撫でられる。ついでにオルトロスのペロも俺の足にポン、と前脚を置いて慰めてくる。


 とりあえず、前向きになろうと思えた俺の前に、ヒビキが一つの提案をして来る。


「まぁ、コータスは、私に負けてること気にしているなら、私と一緒に魔法の練習でもする?」

「魔法の練習」

「そうそう。私は、魔法は色々できるみたいだけど、魔力操作? とかそう言うのまだダメダメなのよねぇ。だから、私は、コータスの魔力操作を手本にしたいわ」

「俺なんかが手本になるのか? 俺みたいな身体魔法しか使えないただの左遷騎士が……」

「あんた、自己評価低過ぎよ! 付け焼き刃の魔法を使う私に比べたら全うに練習してきたんだから、胸を張りなさい!」


 ヒビキは、出会ったばかりであるのにレスカと同じように強い励ましを俺にくれる不思議な人間だ。


「それにしても左遷騎士って言うけど、あんた本当に左遷されたの? 左遷させた奴見る目ないわねぇ、こんなお人よしに」

「……俺は、お人よしか?」

「はい。コータスさんは優しいですよ」

「うん。コータス兄ちゃん、無償で剣術を教えてくれる。普通、お金払って通うものだから十分お人よし」


 そうか……とレスカとジニーに言われて、俺は腕を組む。


「最初は、朝っぱらからジニーちゃんみたいな女の子に木刀振らせて、こいつ脳筋かぁ! とか思ったけど、ちゃんと意味があることをやっていたのね」

「その……脳筋ってのはなんだ?」

「頭の中の脳味噌まで筋肉に置き換わっちゃってる熱血馬鹿とか、考えるより体が動く人よ」

「ああ……」


 思い当たる節があるぞ。前に所属していた重装騎士団など、その典型的な人間の寄せ集まりだ。更に、そこにプライドの高い貴族騎士まで加わり、新人の俺としては過ごしづらかったの思い出し、遠い目をする。


「コータスさん! しっかりしてください! 大丈夫ですよ!」

「あー、なんかブラック企業に努めてたリーマンみたいな疲れた顔してるわね。お疲れ様」

「ほら~、ペロ、あたしのソーセージ分けてやるぞ」

『『ワンッ!』』


 今日も賑やかな朝食が過ぎていく。

 そして、俺は、ヒビキを連れて、バルドルへの挨拶を済ませたが、流石に魔の森境界に警戒態勢も三日目になり、ヒビキの出現以外に発生した出来事はなく穏やかなものだ。


「バルドル。彼女が魔の森を遭難していたヒビキだ」

「どうも、よろしくお願いします!」


 明るい声で答えるヒビキは、艶やかな綺麗な黒髪に血色のいい白い肌、美人と言っても差しさわりのない姿だ。

 初対面から変な言動をしていたが、黙っていれば、美人には間違いないので、魔の森から泥や土に塗れて出てきた姿からは一致せずにヒビキを見た自警団の人たちは、驚きに口を開けている。


「おう、コータス。調書は取ってあるか?」

「こっちにある」


 俺は、ヒビキから聞き出した事情を纏めた資料をバルドルに渡せば、読み易い、と一言口にして目を通していく。


「事情は大体わかった。一応、捜索願が出ていないかこっちで探しておこう。それまでは、この町の住人として仮の身分証を発行できるようにする」

「よかったぁ。それじゃあ、とりあえず生活するためのお金稼ぎたいんだけど、どうしたら稼げる?」

「金かぁ。ここは牧場町だし、肉体労働が多いからな、それ以外となると宿屋

か、飯屋、商家の手伝いだなぁ」


 そう言って、何日も魔の森の境界を監視続けていたバルドルは、無精ひげの生えた顎を撫でながら一文無しのヒビキに合う仕事を考えるが、俺はバルドルに耳打ちする。


(ヒビキは、魔法が使えるんだ)

(それは、ほんとうか?)

(ああ、実力は分からないが、俺の知らない知識を持ち、無詠唱で魔法を使う。範囲も俺が埋まるくらいの土を操り掘り返すことができる。というか、埋められた)

(……お前、何をやってたんだ)

(何もしてない。ジニーにした魔法の話がヒビキの知識と合わなかったから勝手にジニーの魔法の講師役を掛けて戦いを挑まれたんだ)


 俺たちがこそこそとヒビキの事を話していると本人は、小首を傾げて俺たちの方を見て微笑む。

 だが、バルドルの報告書には、ヒビキが魔の森で生き延び、魔物を倒しながら町に向かって来たことが書いてある。

最初は狂言だったが、無詠唱で魔法を操れるのなら、その可能性が現実味を帯びている。

 バルドルは、少し悩むように眉間に皺を寄せて、考えを出す。


「ヒビキ嬢ちゃんだったな。今、この町は、森に隕石が落ちて少し男たちは魔の森の監視をしなきゃいけない。そこで、コータスやレスカ嬢ちゃん、ジニーたちと一緒に他の牧場の手伝いに回ってくれないか? もちろん、その魔法を使ってだ」

「任せなさい! 魔法で牧草の刈り取りから畑を耕し、作物の収穫まで何でもやってあげるわ!」


 自信満々のヒビキにバルドルは、安堵したような吐息を漏らす。

 ヒビキ自身が魔の森を監視するような状況だと聞いて、自分の力を過信して勝手に調査に出向くとか言い出す気配もなく、魔法も平和的な利用に留めてくれるのだ。


「二人は、今日は帰っていいぞ。」

「それじゃあ、帰りますか! 我が愛しの妹たちの待つ牧場に!」

「レスカもジニーもお前の妹じゃないだろ」


 俺は、胡乱げな目でヒビキを見つめる。

 去り際にヒビキは、男たちに手を振って愛想を振りまきながら、牧場に戻るのだった。


 ヒビキと牧場に戻り俺たちは、レスカの牧場の管理を手伝った。

 ジニーやヒビキは、魔物の排泄物の処理などは匂いや汚い仕事が苦手なために、動く野菜畑や小麦畑、そしてジニーの祖母のリア婆さんが個人的に作った化粧品用の素材畑の手伝いに自主的に動いたようだ。

 夕方になり、ジニーは家に帰り、三人だけの夕飯は、意外と賑やかだった。


「いや~、あれは凄いわね。こう、トロ~っとした感じの液体を集めて化粧水にするんだから」


 牧場町の様々な不思議な物を見たヒビキだが、現在の常識が崩されてただ唖然とするしかなかった俺とは違い、興奮気味にその凄さを語るヒビキ。

 俺もこんな風に楽しめればよかったのか、とも思い、レスカがヒビキの語る体験に関して細くする。


「あれは、ペッポゥです。大きなウリのような実を付けて、煮物や汁物の具にすると美味しいんですよ。それを収穫し終えた後の茎を切って地面から吸い上げた水分が化粧水になるらしいんです」

「へぇ~。そうなんだ。あれって化粧品を作るためじゃなくて食べるためなんだ」

「そうですよ。他にも実は、栄養価は高くないですけど、肌のハリが良くなりとか、体の調子を整えるとか言われてます」

「なにそうなの! なら早速食べなくちゃ!」

「残念ですけど、この時期のペッポゥは、食用というよりは、完熟させて繊維を取り出すためのもので旬は、夏ですから」


 そう言って、楽しそうに語るレスカとヒビキの会話に耳を傾けながら、今日の夕食を食べる。

 そのまま話が発展し、ペッポゥなる野菜で作る料理を夏バテ対策料理などを口頭で説明するが、何故だろう、食事を食べているのに、無性に腹が減って来るという謎の現象に見舞われ、不思議に思いながら食後のお茶を飲み、一息吐く。


「ふわぁぁっ、私もう寝るね」

「はい。今日一日お疲れ様でした」

「色々大変だろうが、明日のためにもう休んだ方が良い」


 大きな欠伸をして背伸びをするヒビキが部屋に戻るのを見送る俺とレスカ。

 そして、二人っきりになった時、一つの事を相談する。


「今日一日ヒビキの様子を見てどうだった?」

「真面目でいい人ですよ。ただ言動がちょっとあれですけど」


 苦笑いを浮かべるレスカだが、俺もおおむね同じ評価だ。

 そして、危険な人柄ではないだろうと思い、俺は取り上げていたものを返す決心が着いた。


「明日の朝、ヒビキの肩掛け鞄を返そう」

「そうですね。私も泥や土で汚れていた服が綺麗になったので返したいです」


 今はレスカの予備の服を着ているが、元々着ていた服はかなり変だ。

 白地のシャツに膝上のスカート、そして、露出した足を隠すような長い脚袋だ。


「不思議な服でした。汚れていたので、汚れを落とそうと水に浸けたらすぐに汚れが浮き上がって新品のようになったんです」

「こっちも肩掛け鞄が汚れていたが、少し見ない間に綺麗になっていた」


 俺たちの見たことのないデザインの服だが、何よりその性能だろう。魔の森を歩いていたのに、解れたり裂けたり穴が開いた様子がない。

 まさに魔法の服のように思える。


「まぁ、分からないし、明日ヒビキに尋ねるか」

「そうですね。私たちも寝ましょう」


 俺たちは、それぞれ自分の部屋に戻り眠りに付く。


 魔の森に対する警戒も下げられ、少しずつ牧場町に平穏が戻って来る。後は、冒険者が魔の森を調査してあわよくば、隕石から回収できる特殊な鉱石を手に入れることができれば、今なお冒険者の武器や騎士団の武器の補充、俺の農具の修理などで動きを封じているロシューを満足させることができるだろう。


 だが、そんな俺の考えの裏側では、予想もしない事態が忍び寄っていた。


【魔物図鑑】


 ゴブリン

 繁殖力が高い亜人系の魔物。地方によっては、亜妖精、邪妖精などと扱われている。

 寿命は、最下級で10年ほどだが、進化をすることで寿命や能力が伸びて行き、非常に効力な個体になっていく。

 その強さは個体によってF-~B+以上になるとも言われているが、それは単独個体であり、群体として考えるならば、未知数である。

 神話や伝承の世界では、ゴブリンの軍勢が一つの王国を飲み込むという話がある。

 そして、若い年頃の女性がゴブリンによって犯される、という話もあるが、そもそも異種族間で子どもを作れるのは、人種として定義されている人々だけであり、全くの事実無根である。

 これは、森に一人で若い女性が入り込むと危険であり、その危険を分かりやすく伝えるために醜悪なゴブリンという存在を作り出した可能性がある。

 また強くなっていくことで魔物としての存在から人種としての魔人に昇格する存在があると言われているが、事実不明。

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