3-1
隕石が落ち、魔の森の境界線は監視が続いているが、町中は若干の緊張感はあるが表面上は落ち着いている。
そして、朝早くから日課の牧場の仕事を手伝う俺だが、今日は久しぶりのあれが来た。
『ヴモォォォォッ――』
「もうそれは見切った! ――《デミ・マテリアーム》!」
魔力で半物質化した籠手でリスティーブルの突撃を受け止め、地面を数メートル押し込まれるが、それでも受け止める。
突撃を終えたリスティーブルは、後退り、そして距離を取るように走り出し、今度は大きく旋回と加速をして突撃してくる。
「よし! 来い!」
『ヴモォォォォッ――』
先程よりも強烈な突撃を正面から受けてガッチリと組み合い、押し込まれるが、今度は足の膝先にも半物質化した魔力を覆い、身体強化して逆に押し返す。
『ヴモッ!?』
驚きの声を上げるが、二度の突撃でストレスが発散できたのか、溜息のような鳴き声を上げて、牧場の敷地内に生えている草を食べ始める。
「こりゃ、町中の雰囲気とか感じ取っているのかな?」
こんな町の端っこの牧場に居ても町全体のピリピリとした雰囲気が伝わって来るようだ。二回突撃するなんて相当にストレスが溜まっていそうだ。
ここ数日、魔の森の境界にある平原まで安全のために散歩に行かせていないのが問題か、と思った。
そして、日に日に牧場作業の時間が短く終わるのは、この生活に適応できているような気がし、空いた時間に木材加工所から貰って来た手頃な太めの木の枝を手に取る。
「うん。良い感じに乾燥しているな」
俺は、その太めの木の枝をナイフで荒めに削り、油を染み込ませた布で表面を拭いて手元に滑り止めの布を巻いて完成させる。
それが大小二本の木刀は、一本は俺のものでもう一本は、ジニー用の物だ。
本来使っていた鉄芯入りの木刀よりも簡素な作りで、これまでの鍛錬漬けの毎日の中で何度も作ったためにそれなりの出来である。
「よし、久しぶりに素振りをするか」
できた木刀で素振りを始めるがすぐに、軽すぎて手応えがないことを覚える。
魔物との戦いの中で鉄芯だけは無事であるためにもう一度作り直したいが、その余裕もない。
そうこうしている間にも、ジニーが朝早くにやって来る。
「コータス兄ちゃん、訓練を付けて貰いに来た。あたしを冒険者にしてくれ」
「分かってるよ。けど、幾つか話をしないといけないけどいいか?」
俺が前置きをすると、力強く頷くジニーに俺が教える時の前提を話し始める。
「まず、俺は騎士だが、冒険者としての心得や基本的な技術は学んでいる。その知識を基にジニーに教える。ここまではいいか?」
「うん」
「次に俺ができる魔法ってのは、ジニーの使いたい火魔法は一切使えないんだ。俺が使えるのは体内に作用する身体強化魔法だけだ。だから、教えることができるのは、魔法の発動段階の直前までの技術だったり、小技だ。それ以上を学ぶ場合は、完全に独学か誰かに師事する必要がある」
「うん。祖母ちゃんとも相談した。けど、誰かから教わるために町を出ることは許されないから、多分独学になる」
「そうか。最後に、ジニーは、火魔法の中でも【火精霊魔法】に適性があると思うが、精霊魔法に関しては、完全に門外漢だから期待はしないでくれ」
「コータス兄ちゃんにそこまで期待するのは、酷だよ」
なんだろう、これから俺に学ぶのに、ジニーの俺に対する評価が辛辣な気がする。
だが、ここで凹んでいる暇はないのでジニーに基礎中の基礎を教える。
「それじゃあ、怪我をしないように柔軟。それとこれがジニーの訓練用の木刀だ。絶対に人の居るところで振り回すなよ」
「うん。分かった」
俺は、怪我をさせないための体の筋の伸ばし方などを教えたが、女の子のジニーは、女性らしいしなやかさがあるために特に苦には感じていないが、少し息が上がっている。
「ジニーが最初にやることは――俺に打ち込んで来い」
俺は木刀を横に持ち、撃ち込みやすい高さで構える。
もっと煩わしいことでもされるのかも思っていたようで驚いた表情を浮かべるが、すぐに表情を引き締める。
「いいのか?」
「ああ、ただし打ち込む場所は木刀で常に全力だ。そして、俺がいいって言うまで続けることだ」
「なら行く」
引き締まった表情のまま木刀を構えて、真っ直ぐに振り下ろす。
足元は少し覚束ないが、上半身の振り下ろしは、少し様になっている。
適正に合わない武器だろうが、そこそこ打ち込めるのは、剣術の加護があるからだろうか。本当は、【内包加護】にもあった武器を選んでやりたいが最初は自分の限界を知ってもらおう。
――カン、カン、カンと断続的に木刀同士がぶつかり合う音が牧場に響き、ジニーは一回一回を真剣に打ち込んでいる。だが、20回を過ぎることに上体がぶれ始め、そこから徐々に勢いは失われ、30回を超える辺りで最下級の魔物すら殴り倒す威力はない。
それでも俺が辞めさせるまでという条件で木刀を振らせ続けているので根性で木刀を持ち上げる。
そして40回で木刀を根性だけで持ち上げて、54回目で木刀を取り落とす。
だが、目でまだ続けることを木刀を杖代わりにして立ち上がり、再び振り下ろすが、その時点で駄目で再び取り落とす。
「やめていいぞ」
俺のその一言を聞いて、木刀を手離し、その場に座り込んで息を荒げる。
「ジニー、想像してみろ」
「はぁはぁ……ん?」
「お前は、何回振れた?」
「54回」
「仮にその全てが一撃で魔物を倒すことができても、55匹目で殺されている」
そして、この55匹を相手にするのはあながち間違いではない。俺が相手にしたクレバーモンキーの群れは、100匹を超える特大級の大きさだが、魔物の種類が違えば群れも違う。ゴブリンなどは、平気で50匹を越えて繁殖する。
「今時にジニーに必要なことは、剣を振るう力以前に体力だ。それともし50匹以上の群れが居た場合に逃げるための逃げ足だ」
先程も言ったように仮に一撃で倒せたとしても他の魔物とも遭遇する可能性がある。また逃げるなら敵性魔物も追い掛けてくる。その場合に、逃げながら攻撃する体力も必要だ。
だから、ジニーには、最低素振り1000回できるだけの体力。他にも、冒険者となれば、昼夜を問わず歩き続けなきゃいけない場合もあるだろう。その場合を想定して最低10時間は歩き続けるだけの体力が欲しい。
言わば、生き残るための最低ラインだ。
それが満たせてやっと戦えるための最低ラインに上げると俺は思っている。
「ジニー戦うことは誰でもできる。だけどな。戦って生き残ることができるのは準備をした奴だけだ。夢を持って魔物に戦いを挑んで死んでいくFクラスやEクラスの冒険者は大勢いるんだ。それを忘れるな」
だから、バルドルは町の自警団に走り込みをさせ、打ち合いで武器の扱い方などを教えている。また、様々な状況を想定して冷静に動けるように訓練も施す。
ジニーの場合は、女の子が冒険者をやることを考慮した教え方をしないといけないだろう。
「それじゃあ、次は――」
「はぁはぁ、走り、込み?」
体力のなさを自覚しているジニー。冒険者になりたい、と言っていただけのことはある。憧れだけじゃなくて冒険者の本質は、ちゃんと分かっている。
それに冒険者になりたいという感情が先走っただけで素直な面もある。
「いや、疲れた状態で走らせるなんて危ないだろ。休みながら座学、と言うか魔法の勉強だな」
そう言って、その場に座らせる訳にもいかず、牧場の縁側に座らせて魔法の基礎を解説する。
「どんな生き物でも体内に持っている力の源のが魔力だ。それを自覚し、自在に操り、時に現象として使いこなすのが、魔法だ」
極々当たり前のことだが、ジニーは頷き聞いている。何故か、リスティーブルまで近寄って俺の話を聞いている。
「どんな生物って例えば、動物にも?」
「そうだな。動物にもある。そして、その中で魔力が強い個体や魔法を生得的に使える存在が魔物とも言えるな。あとは、魔力とは似て非なる力で生体エネルギーの【闘気】ってものがあるが置いておくぞ」
「ああ、バルドルさんが使うやつだ」
闘気は、自然現象を生み出す魔力とは違い、自然回復強化、身体強化などの身体に作用する力が強く、その応用で武器に闘気を纏わせて剣の切断力を高めることができる。
魔法の場合には、魔法の炎や氷を纏わせる魔法剣などというものも存在する。
「それじゃあ、コータス兄ちゃんは、左遷騎士だけど、魔法使いでもあるのか?」
「左遷は余計だ」
俺は、溜息を吐きながら、その部分を詳しく教える。
「まぁ、広域的には身体強化の魔法も魔法なんだが、世間一般では、魔法使いとは言わないな。無属性やその他の魔法を使う人以外が大体、魔法使いだ。俺みたいな身体強化魔法やレスカの調教魔法がその魔法使いじゃない魔法だ」
大体、無属性の魔法は、人工の九割以上の人が扱える可能性があるために魔法使いとは定義していないのだ。
「へぇ、そうなんだ。魔法は魔法なのにね」
「……ヒビキ、聞いていたのか」
「うん。朝っぱらからカンカン音がなって眼が覚めちゃった」
窓を全開に開けて、俺の話を聞いていたヒビキは、ニコニコしながら俺とジニーの様子を見ている。
「ほんと不思議よね、魔法って」
「ヒビキは、魔法を見たことがあるのか?」
「そりゃ、森の中で緑色の小人の中で何人か使ってたわよ。驚いたわ」
それは、ゴブリンの中でもゴブリン・シャーマンと呼ばれる階級を持った存在だ。
弱小の魔物であるゴブリンは、数が多いために多く死ぬが多く生まれ、その中からそうした階級持ちが誕生する。
「あれは、才能と後天的な習得を典型とする魔物だな。人間は、ちゃんと魔力を知覚し、魔法の呪文や魔法名を唱え、現象や効果を強く意識する必要がある」
だから、その前段階として魔力を自覚する必要がある、とジニーに説明するが、ヒビキが口を出して来る。
「でもさぁ。そのゴブリンは、言葉を使ってないよ。ギャギャッとかの鳴き声」
「……あれは、特有のコミュニケーションや言語だろう」
「でもさぁ。そうなると私とゴブリンが似た効果の魔法を使うとすると言語が違うよね。そうなると、呪文とか魔法名って意味あるの?」
「…………呪文や魔法名は、魔法の発動を補助するために必要だ」
「でもさぁ。現象や効果を強く意識するんだから最初から変な癖を付けないで想像力とか妄想力? それだけで良いんじゃない?」
なんだろう、ヒビキの、魔法の素人に論破されたような気分になる。
確かに、言われてみればそうだ。
気合いの掛け声共に身体魔法が発動することもあるし、固有魔法の《デミ・マテリアーム》だって最初は魔法名などなかった。ただイメージしやすいように名付けただけだ。
「俺は、俺の知っている魔法は間違っていたのか?」
「うーん。間違ってないんじゃない? 最初の天才一人が魔法を自在に使えたとして、次の秀才が同じように学ぶけど、覚えきれない物に対しては、何かと理屈を付けて何とか再現した。それを繰り返して劣化したのが今の魔法じゃない?」
ジニーは、俺とヒビキのやり取りに付いていけないのかキョトンとしている。
「なんだその話は、まるで見て来たような言い方じゃないか」
「見てきた……とは違うかなぁ。まぁ魔法なんて、想像でいくらでも作り出すことができるのよ。まぁ勿論、本人の資質って奴に大きく左右されるらしいけどね」
「かな、とからしいって随分曖昧だな。どこかの学校の生徒だからそう言う授業でも受けたのか?」
「それとは違うわ」
苦笑いを浮かべるヒビキは、一度パンと手を叩いて、ジニーに尋ねる。
「それじゃあジニーちゃん、実験しましょう。炎を想像して生み出しましょうか」
「炎?」
「うんうん」
「無詠唱で炎を? 初心者が出せるわけがないじゃないか」
魔法は、詠唱を覚え、次第に短くして生き最終的に魔法名の詠唱破棄に辿り着き、最後に無詠唱になる物だ。俺の常識だとそうなっている。
「む、むむっ、おっ? できた」
真剣な表情で掌を見つけていたジニーの手から炎が生まれる。
確かに、魔法の火だ。今まで無理矢理に魔力を知覚せずに影響も唱えようとせずに火魔法を発動させて暴発させていたジニーが、無詠唱で小さな炎を生み出した。
「コータス兄ちゃん、本当にできたよ!」
「馬鹿な……」
驚き炎を見せるように突き出すジニーに俺は、その炎をジッと見つめるが、少ししてジニーの集中力が切れたのかふっと消えてしまう。
「ヒビキ、お前何者だ?」
「だから、放り出された遭難者よ。まぁ、ちょこっと魔法が使えたっぽい感じの?」
そう言って小首を傾げて見せるヒビキ。