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1-4


「凄いなぁ。ここがオリバーの牧場。規模が全然違うじゃないか」

「そうですね。やっぱり、牧場町一番の魔物牧場という点は認めます」


 レスカの牧場の数倍の広さに、ズラっと並ぶ家畜小屋だ。

 覗き込めば、黒い毛の太く捩じれた角を持つブラックバイソンや茶色や白色の長い毛が体を覆っているロングゴートなどの畜産魔物が飼育される他、白や茶色、緑色の羽毛を持つアヒルやカモなどの魔物とは言えない動物も飼育されていた。


「お前ら来たか! とりあえずこっちに来い!」


 ちょうど、バーベキューの設営も終わっており、座って炭火を起こしているバルドルが手を上げて手招きする。


「私の牧場のチーズやキノコを持ってきました」

「悪いな、それなら母屋に持って行ってくれ。今、焼肉や燻製の準備をしているはずだ。コータスは、ここで待ってろ」


 レスカは、軽く会釈して離れると、母屋で準備をしている女性たちの中に混ざる。

 そして、この場に居るのは、牧場主たちやその息子たち、他に子どもが集まって先に果物を絞ったジュースや酒を飲んで、バーベキューの炭火を見守っている。

 そして、その中にじっと俺を見ている子どもが一人。


「コータス兄ちゃん、元気なら早くあたしに訓練付けてよ」

「……ジニー」


 俺は、渋い表情をしながら睨むように目を細める少女の名前を呼ぶ。

 薬屋の孫娘のジニーは、牧場町の防衛力強化の名目で冒険者志望の住人に俺やバルドルさん、町の専属冒険者が訓練を付けるという話が上がっていた。

 その中で、冒険者志望のジニーは、その訓練が待っていたようだが。


「俺が寝込んでいる間、手が回らなかった牧場の確認をしてからな。それにレスカには看病で世話になったんだ。恩返しをしないとな」

「むぅ……」


 唇と尖らせて不満そうにするが、すぐに仕方がないと溜息を吐き出す。


「なら、少しでも早くにあたしを冒険者にしてよね!」

「そうだな」


 俺は、ジニーに付けるべき訓練のメニューを考える。

 俺が子ども時代に養父やその仲間の元冒険者の騎士から学んだことは、冒険者ベースの技能だ。

 だが、その訓練は、【頑健】の加護を下地としつつ、魔法系の乏しい俺のために調整された訓練だ。

ジニーの場合は、【火魔法】の加護であり、火精霊の召喚に適正があることが分かっているために、まるっきり同じとはいかない。

だが、基礎の部分を流用するなら――


「今度ちゃんと訓練付けてやるから待ってろ」

「ホントか!?」

「ああ、とは言っても朝早くに牧場の仕事を手伝うまでの短い時間に極々基本的なことだけどな」

「やる! 絶対に朝早く起きる!」


 そう言って、不機嫌だった顔が一瞬にして上機嫌になるために、俺もバルドルも苦笑いを浮かべる。


「あんな約束して大丈夫なのか?」

「平気だ。やることと言えば、まずは走り込み、次に素振りだ。冒険者の基本は、体力と逃げ足だからな」


 騎士という身分では口にすることすらあり得ない言葉にバルドルが喉を鳴らしながら笑う。


「一応お前、騎士だろ? 国のために時には戦わなきゃいけない人間が、逃げ足なんてな」

「だが、冒険者としては、それが当たり前だ。臆病なくらいがちょうどいいと何度も教えられた」


 騎士なら命を捨てても戦うことを尊いとされている風潮があるが、冒険者の場合は、勇気と無謀を履き違えるな、と口を酸っぱくして言われた。

 まぁ、【頑健】の加護を過信して何度も模擬戦で訓練を付けてくれた養父たちに攻めて行き、何度も叩きのめされたのは、懐かしい思い出だ。

 それでも無謀な部分は表面的には修正され、【頑健】の加護のお陰か痛みには耐性を得てしまった。


 まぁ体の基礎的な部分と体力ができたところで、無属性魔法の身体強化系の魔法である《オーラ》などを手ほどきすれば良いと考えている。


 その他にも何人かの酔っ払った牧場主たちに絡まれながら待っていると、バーベキューの準備をしていた女性陣たちによって色取り取りの採れたて新鮮野菜と赤身の牛肉が交互に刺された串が運ばれた端から炭火の上に置かれて焼かれ始める。


「はい。バーベキューの串ができていますから、それを焼き始めて下さいね!」


 その内の一つを俺たちの前に置いたレスカは、そのまま俺の隣に腰を下ろし、炭火の上に串焼きを置き、反対側ではジニーがジュースを飲みながら焼けるのを待っている。


「これがあそこの牛舎の牛肉か」

「はい。ブラックバイソンの牛肉ですよ。脂肪は少ないですけど、柔らかいですよ」


 既に塩コショウでシンプルに味付けされた串焼きが焼けるのを待つ。

 炭火で炙られ、表面から滲み出る肉汁が垂れて炭の上に落ちるとジュッと白い煙を上げて、肉の香りが辺りに立ち込める。


じっくりと炭火で焼いている間に俺がとある疑問を尋ねれば、レスカは、炭火で炙られる串焼きから目を話さずに教えてくれる。


「魔物の屠殺は、反逆の危険性があるんじゃなかったのか?」

「基本はそうですけど、例外もあるんですよ」

「例外?」

「はい。群れを維持するために守護者に群れの一定数を生贄にする取り決めです。これなら、年間の屠殺数は制限されますが、安定した食肉を得られるんですよ」


 いつもより説明が少ないことに寂しさを覚えつつも、レスカの視線は目の前の串焼きに釘付けになっており、その横顔を見て可愛いと思ってつい頭を撫でてしまう。


「ま、また頭撫でた!? なんで!?」

「いや、幸せそうだと思って……って痛っ!?」


 何故か、じっとレスカの顔を撫でたら、隣のジニーが俺の足を蹴り飛ばして、ふんと反対方向にそっぽ向く。

そして、ちょうど焼き上がった串焼きをレスカから受け取る。


「はい。コータスさん、ジニーちゃん、焼けましたよ」

「ありがとう、いただこう」

「レスカ姉ちゃん、ありがとう」


 俺は早速、赤身の牛肉が刺さった串焼きに喰らい付く。

 脂身が少なく、厚切りで噛み応えがあり、噛み締めると中から肉汁が出てくる。

 狩猟される牛の魔物などの野性味溢れる肉とは違い、食べるために育てられた魔物の肉は、元々赤身の多い品種だがその赤身の間にほんのりと脂肪が乗っており、肉も噛めば噛むほど味が出てくる。

 また交互に串に通してある野菜は、牛肉の味が広がった口の中を野菜特有の苦みや甘味で変えてくれるので常に飽きずに串焼きを食べ続けることができる。


「はぁ、美味しいですねぇ。流石、王室献上の畜産魔物。毎年、その年で一番いいブラックバイソンのお肉がローストビーフになってパーティーに並ぶんでしょうねぇ」


 レスカも自身の焼き上がった串焼きを食べながらそんな感想を漏らす。

 確かに、元々赤身の多い種類の牛肉ならピッタリのような気がする。

 レスカが美味しそうに野菜や肉を頬張る一方でジニーのような子どもにはやや重たかったようで焼き上がる串を二本食べたらあとは少しずつジュースを飲んでいる。


 そんな中、燻製器も持ち込まれ俺たちの目の前で牛肉や豚肉が燻製器の中に吊るされ、卵やチーズ、キノコなどが皿の上に乗せられる。熱源となるサラマンダー・ルビーが鉄皿の下に置かれ、その上に置かれた果樹のチップが炙られ煙を吐き出して、食べ物を燻す。

 その果樹の煙の甘めの香りがこちらにまで漂ってくる中で俺とレスカは一定のペースでバーベキューの肉を食べる。


 ジニーはある程度食べれば、満腹になったのか、少し苦しそうにしながらジュースをチビチビと飲んでいる。

 俺とレスカは、変わらずお肉の良し悪しや魔物牧場のうんちくなどを聞きながらのんびり食べ続ける。


 俺は、消化速度は一般人とあまり変わらないが【頑健】の加護の養分貯蔵があるので人より多くの食べ物を食べることができる。

 また、レスカ自身も牧場の仕事で日々体を動かし、また食べることが大好きであるために、ニコニコと串焼きを食べ続ける。

 その笑顔を見ているのが意外と好きになっている自分がいる。


「お前さんたち、ちゃんと食べて……ってもう串焼き十本以上とか食い過ぎだろ」


 俺とレスカでそれぞれ十本近くの串焼きを食べており、それを見た若干酔っ払っているバルドルが辟易としたような表情を浮かべている。


「ああ、美味しくいただいている」

「はい。こうした催しができるだけの規模の牧場を持てるように改めて決意を固められました」


 俺とレスカの発言に呆れたように溜息を吐き出すバルドル。


「なんて言うか、おめえら若さ足りねぇな。熟年夫婦じゃねぇんだから、もう少し何かねぇのか? 酒を飲ませて酔わせて、色っぽい姿を見たいとか」


 そんな酔った勢いでの性的な発言をするバルドルの赤ら顔には、品行方正な騎士の姿は存在しなかった。

 その発言に幻滅して冷ややかな視線を送るジニー。

 そして、俺とレスカは――


「そもそも、俺は加護のせいで酔えないからな。それに酒を飲んでもあんまり美味しく感じないからな」

「私もお酒を飲んで明日の仕事に支障が出たら困りますから」

「なんて言うか、ホント若さが足りないよな。現実的って言うか」


 そう言って断る俺たちに困ったように眉を下げるバルドル。


 その後も酒の力で盛り上がったバーベキュー会場では、大食いや酒飲みに俺が巻き込まれ、大食いと酒飲みで絡んできたオリバー含む牧場主たちを返り討ちにした。

 レスカもほんのり気分の乗った婦人衆に捕まり、あれやこれやと夫婦間の愚痴にニコニコと相槌を売っている。


 日も暮れて、果樹のチップで燻された燻製が用意できた頃にはみんな食べる余裕はなく、死屍累々といった状況の中、俺は、途中で眠ってしまったジニーを背負い、レスカはお土産としてまだ切り分けていないブロック状の牛肉や手を付けていないベーコン、卵、野菜の燻製を貰ってほくほく顔で牧場への道を歩いていく。


「まさか、リア婆さんからジニーを預かってくれ、って言われるとは思わなかった」

「まぁ、あの様子だと明日の朝早くに呼び出されるよりその場にいた方が慌ただしくないだろう、って判断したんでしょうね」


 そう言って相槌を打つレスカ。

 ジニーの保護者である祖母のオーフェリア祖母さんもバーベキューに参加していたのだが、酒で酔いつぶれた男衆の明日の二日酔いを予想してそのまま泊るとは思わなかった。

 夜道を照らすのは、月と星と手元のランタンの光だけだ。

 それでも静かで穏やかな牧場町は、ホントに騎士二人しかいない治安のいい田舎町なのだ、と分からせられる。

 そんな夜道を俺たちが歩いている中で、ジニーが俺の背で目を覚ます。


「ふぇっ!? あ、あたしなんで!?」

「起きたか。まぁ、疲れて寝てたようだな。リア婆さんは酒飲みたちの二日酔いを予測して泊っていくみたいだから、俺たちがジニーを預かった」

「だから、今日は私と一緒に寝ましょうね。それに明日の朝は貰った燻製で美味しいご飯を作りますよ」


 そう言って、ジニーの目の前で貰った燻製を掲げるレスカ。

俺たち三人が夜道を歩いていると、ふと一際輝く星を見つけた。


「おっ、流れ星だ」

「えっ!? 願い事、願い事! えっと――冒険者になりぇますように!」


 途中で舌が回らず変な喋りになったが、最後まで言い切る。そして、その後に続く沈黙に恥ずかしそうに俺の背中の服を強く握りしめる。

 ジニー、服が伸びるから止めてくれ、と内心思う俺の隣では、レスカも流れ星を見上げて――


「私の牧場がもっと大きくなって、素敵な畜産魔物たちと出会って、毎日牧場で取れる美味しいものを食べて日々を過ごせますように」

「レスカは、随分欲張りだな」

「ううっ……」


 全部レスカの願いだ。だが、普通は、もっと短い願い事ではないだろうか。


「だけど、ちゃんと流れ星が消える前に全部言えましたよ! だから、願い事は有効ですよ!」

「いや、そう言われても……って」


 普通、流れ星などすぐに消えてしまう存在なのに、あれだけ長い願い事を口にしても消えていないだと……

 俺は、改めて流れ星を見上げれば、赤い光を強めながら落ちてきている。

 そう、徐々に近づいてきているのだ。


「あの流れ星おかしくないか。徐々に近づいてくるなんて……」


 更に赤い光を強めた流れ星は、更に迫り、そのまま魔の森への赤い炎を上げながら落ちていく。

 空を駆け抜ける流れ星の風圧と地面に落下した衝撃音が夜の牧場町に響く。


「また大変なことになったなぁ」


 俺は呟き、とりあえずレスカとジニーを牧場に送り届けてから対策を練るために奔走する。


 【魔物図鑑】


【ブラックバイソン】

 オリバー家の魔物牧場で飼育されている水牛系の魔物。

 体が大きく、湿地でも活動することが多いために足腰が非常に丈夫な魔物。だが、ランクで言えば、E+の魔物であり、魔物の食物連鎖の下位に存在する。

 そのために、圧倒的上位者である竜などという存在の庇護下に入る一方毎年、一定数の個体を庇護者に捧げることで生き延びてきた遺伝子に刻まれるレベルの畜産魔物。

 そのために非常に扱いやすく、更に徹底した飼料管理により品質は高くなり、オリバー家のブラックバイソンは、王家に献上されることもある。

 主要な酪農品は、牛肉、時折、水牛の乳。角などの素材。またそれらを加工して作られる干し肉、燻製肉、水牛のチーズ、角の工芸品などがある。

 革は、剥ぎ取ることも可能だが、基本魔物は穏やかな種類でも同種同士でぶつかり合うことがあり、革の品質は、運の要素が強い。


ロングゴート

 オリバー家の牧場で飼育されている長毛種の羊系の魔物。

 長い毛を纏い、外敵である狼などの爪や牙を防ぎ、身代わりとすることで生き延びることに成功した魔物。

 こちらもE-ランクと低く、攻撃よりも守りに特化したために事故などの割合は低い。知能レベルも通常の羊と大差変わらず、肉の味も余り変わらないが、長毛種であるために年間の羊毛生産量が非常に多く年4回の毛刈りで通常の羊の1.5倍の量が生産される。

 主要な酪農品は、ラム肉、羊の乳、羊毛などであり、それらを加工した羊のチーズや毛糸などが主要な交易品。

 基本的に、襲われることを前提としたロングゴートであるために、5年間一切襲われずに体毛を一切失うことがなかったロングゴートは、自らの体毛の重さで動けず餓死しているところを発見されるなどという逸話が存在する。

 

 アヒル

 広く世間一般で飼育されている通常の生物。

 小柄な鳥類なので飼育し易く、野生でも生息しており、卵などを産み落とすために一般の農家にも重宝する存在。

 時折、変異種として魔物化する個体が存在し、その変異種は、一切の生殖能力を持たず、一代限りの存在として生まれ死んでいくアヒルとされている。

 広く魔物研究の学説では、特定種のアヒルやカモを掛け合わせ、もしくはその因子を持った個体のみが魔物に変異するのではないか、という研究結果が存在する。

 また、勇者の生きていた世界では、肥え太らせたアヒルの肝臓が珍味として重宝されており、最もその味に近いのが、生殖能力を失った魔物化したアヒルであるために、魔物化したアヒルのみを狩るアヒルハンターなる冒険者も存在する。

 主要な酪農品は、鴨肉、卵、羽毛などである。


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