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リスティーブルの餌を持ち帰るためのリアカーを引きながらレスカの案内で牧場町のとある一角を訪れていた。
「コータスさん。リスティーブルの餌は、二種類に分けられているのは分かってますか?」
「ああ、牧草とあとは麦やトウモロコシなんかが混ぜ合わせたものを餌でやってるのは分かる」
牛舎の掃除の手伝いなどでそうした食べ零しなどを見つけたことが多々あるためにすぐに分かった。
「はい。牧草などを粗飼料。飼料作物を混ぜたものを濃厚飼料って言うんです。今回は、牧場で足りない干し草の方を買いに行きます」
「干し草って牧草だろ? その辺りの平原に生えているのじゃダメなのか?」
「うーん。あそこは牧場町の共同牧草地なので畜産魔物の運動中に少し食べさせたりするなら問題ないんですけど、余り大々的に使うと注意を受けますよ」
そう言って、だからみんなで正しく使いましょうね、と俺に同意を求めてくるために頷く。この辺は、牧場町特有のルールという物なのだろう。
そして、レスカの話はまだ続く。
「それに牧草の刈り取り時期になったら、平原の牧草も刈り取って、全部干し草に変えるんです」
「それが今回買いにいく干し草か?」
「今回は、荒野のクローバーの干し草です」
「荒野のクローバー?」
クローバーというと野原に生える植物だと知っているが、荒野など植物が育ちにくい環境だ。その二つがどうしても俺の頭の中で噛み合わずに首を傾げていると、こちらに気が付いたレスカが補足してくれる。
「えっと、荒野のクローバーって言うのは、実際にクローバーではなくて、魔法薬などに使われる魔草の一種なんです」
「魔草?」
「あの、聞いたことありませんか? 冒険者が森で薬草の採取依頼が常時貼られているのに」
「ああ、薬草の群生地からの採取依頼があることは知っている」
時には、町の近くの平原にも群生地があり、町の小さな子どもなどが大人の付き添いでそうした薬草を採取して小遣い稼ぎをすることもある。
俺も親父たち元冒険者の騎士団の人たちに訓練の一環として薬草の採取とそれを使った応急処置方法を教わった。
「じゃあ、疑問に思ったことはありませんか? 常時張られる依頼なのに、なんで薬草が枯渇しないのか、と」
「それは……」
ごく当たり前のことだから、今まで考えることがなかった。
薬草は、採取した翌日に何事もなかったかのように生え変わる。
それを使って作られた薬には、使用期限があるために、作られて使われずともまた新しい薬草を取ってくれば、作れる。
延々続くそのサイクルの工程には、無限とも思える薬草供給があるからなり立っているだ。
「じゃあ、その【荒野のクローバー】も同じ翌日には……」
「はい。そうなんです」
頷くレスカに俺は、その言葉に耳を傾ける。
「私は、薬草の専門家じゃないので分かりませんが、そうした薬草は何種類か存在したり、薬草として使われなくても翌日には元通りの植物も存在するんです。その中で、荒野でも育つクローバーに似た牧草を私たちは【荒野のクローバー】って呼んでいるんです」
レスカの説明を聞いている間に俺たちは、干し草を売っている場所までやって来た。
そこには、巨大なガラスハウスがあり、その内側では、青々と茂るクローバーを草刈り鎌で刈り取り、熊手を使って掻き集め、それを大きな籠に詰め込んでそれを子どもに運ばせている。
家族経営なのだろう。慣れた一連の動作を目で追っていく、大きな風通しの良さそうな建物があり、その中には、キューブ状の荒野のクローバーの干し草が詰み上がっていた。
「これは壮観だな」
「そうですね。このキューブ状の干し草は相当圧縮しているので、大体300キロ以上ありますよ」
今も、乾燥した干し草を一つの規格の鉄の穴開き箱に詰め込み、上から人の体重を掛けて踏みつけ、また干し草を詰めて、踏むを繰り返して一個のキューブ状の干し草を作っている。
大体リスティーブルの10日分の干し草。いや、濃厚飼料と合わせると、15日から20日分くらいだろうか、と考えてしまう。
「それじゃあ、リアカーに乗せて行きましょうか」
レスカは、近くのキューブ状の干し草を注文し、積まれた干し草の一つを干し草生産所の従業員の人にリアカーに載せて貰う。
俺一人では流石に運ぶのは厳しいために、少しずつ農業用フォークで崩して保管場所に運ぶことになるんだろうな、と予想する。
「どうでした? 酪農を支える牧草の生産場所なんですよ」
「なんというか。凄いんだが、今までに比べたらそれほど衝撃を受けていない感じだな」
ガラスハウスには驚くが、今までの畜産魔物の牧場や動く野菜などに比べたら普通にクローバーを刈り取って、干して、箱に詰め込んでいるようにしか思えない。
「まぁ、地味なんですけど、実際この牧場町には欠かせない施設なんですよ。それに一応、薬草の一種なので、リアお婆さんも関わっているんです」
「リア婆って、ジニーの祖母さんが?」
「はい。リアお婆さんは、町の薬屋さんですけど、その実、研究者でもありますからね。この土地に定着するまで監修していたらしいんです」
「この牧場は、いろんな事に力を入れるなぁ」
牧場町の人々の並々ならぬ情熱のなせる業なのだろう。
そんな感じでキューブ状の牧草がリアカーを引いて次に辿り着いた場所は、町のどこからでも見える風車塔だ。
煉瓦造りの高い風車には、帆が張られ、風を受けて回転を続けている。
「どうですか? 牧場町自慢の風車です!」
「ここがオガクズを売っている場所なのか?」
「そうですよ。左の風車塔は、製粉に使われたりしますけど、もう一つの方は、木材の加工に使われています」
俺たちは、人通りの邪魔にならない場所でリアカーを置き、木材の加工所の中に入っていく。
そこで見た物は圧巻だった。
風車が風を受けて回転する車軸が風車塔内部に動力を伝え、巨大な斧の刃のようなものが振り落とされて、その下に置かれた木材を切断していく。
内部には、乾燥させた木材が並べられた他、今なお木材加工で鋸や鉋を使って表面を削り滑らかにしたりもしている。
舞い散る細かな木材の粉がチラチラと光を反射し、切られた木材の濃厚な香りに圧倒されるのだった。
「お前ら、何やってるんだ?」
そして、圧倒される俺たちの背後から掛けられた声に俺は振り返る。