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1-1


 Bランクの災害級魔物が辺境の牧場町に襲来して早一週間と数日。

 奇跡的な被害の少なさから早くも日常を取り戻した牧場町の町外れにあるとある牧場で俺は、仕事をしていた。


「流石に、一週間寝込んでいたからな。しっかり働かないとな」


 俺は、そう言って、ピュアスライムの浄水装置に井戸水を汲んで運んでいた。

 全治三カ月の大怪我を【頑健】の加護の力によって一週間で治した俺は、その間、滞っていた牧場仕事を一気に手伝う。


「コータスさん、そんなにやらなくて良いですよ」

「だが、俺の看病もしていたんだ。少しくらいレスカは、休んだ方が良い」

「確かに一週間できなかった仕事や管理を確かめる必要がありますし……お任せしていいですか?」

「ああ、任された」


 素直にレスカに任されて俺は張り切って仕事をする。

 俺が行うのは、ピュアスライムの浄水装置への水の運搬とリスティーブルの牛舎の掃除と餌の干し草や濃厚飼料などを準備するのだ。

 その間、レスカは、オルトロスのペロと共に、町の共有地と定められている魔の森と牧場町の間にある牧草地で牧草を食べさせるために牛舎を後にする。

 俺は、若干の傾斜の設けられている牛舎内部にある排水溝にどんどんとオガクズなどの敷材を一緒にデッキブラシで押し込むように投げ捨て、今ある物を捨てる。

 その後、清掃のための水をぶちまけて、敷材のしたに広がっていた糞尿も排水溝に流し込み綺麗にして、水気が無くなるのを待つ。

 最初は、レスカのような年頃の女の子が魔物の糞尿を相手にしていると聞いた時は驚いた。

 だが、人間と同じで食べたらその分出すのだ。汚い話かもしれないが、それが自然だ。

 それに、騎士団でも騎馬の管理も仕事の一環だ。

「あいつら、元気でやっているかな」


 ポツリと呟く俺のあいつらとは、決して同僚の騎士の事ではなく俺が世話した騎馬たちのことだ。

 軍馬として慣らされているために俺の目付きの悪さにも怯えない良い子たちだ。

 そんな騎馬の世話は、俺みたいな新人騎士や下っ端の騎士に押し付けられることが多い仕事だ。

馬の糞の処理などが中心であり、誰もやりたがらないために目の仇にされていた俺に押し付けられていたが、一人でゆっくりとできる時間であるためにあの仕事は好きだった。

そんな騎馬の世話を頻繁に行っていたので、この牧場の仕事に忌避感はない。

 そして、牛舎が乾いたところで俺は久しぶりに、牛舎に敷くオガクズの置き場を開けるのだが……


「……少ないな。後でレスカに聞いてみるか」


 俺は、一週間以上ぶりにリスティーブルの寝床に使う敷材を確認したがかなり少なくなっている。

 流石に一週間、俺の看病を平行していたので、毎日消耗するものの補充が十分にできていなかったのかもしれない。


「コータスさん、終わりましたか?」


 ちょうどレスカが平原から戻って来たので、聞いてみることにした。


「レスカ。牛舎に敷くオガクズが少なくなっているんだけど、どうする?」

「あっ!? そうでした。全然、買いに行ってませんでした」

「他にも足りないものがあるんじゃないか?」

「はい。そうですね。日々の仕事で手一杯で忘れてました」


 自分の至らなさに眉を下げているレスカだが、すぐに前向きに戻る。

「とりあえず、まだ敷材を敷いていないなら手伝います。その後で確認しましょう」

「そうだな。そうするか」


 リスティーブルには、しばらく牛舎前に待って貰って、俺とレスカは手分けして残りの仕事を行う。

 牧場の敷地内でのんびりと過ごすリスティーブルだが、今日も寝床が綺麗に保たれているのを見て、満足そうに尻尾を揺らし、敷地内を歩いてストレスを発散している。


「それで、レスカ。足りないものは何かあるか?」


 俺とレスカは、一通りの牧場の消耗品などを確認した後、朝食の席で向かい合っている。


「朝にコータスさんがピュアスライムの浄水装置に水を入れてくれたので、そっちはいいんですけど、リスティーブルの餌と敷材が足りないんです」

「それは、どれくらい足りないんだ?」


 俺は、リスティーブルへの餌が足りずに暴れ出す可能性を考えて、自然と眉間に皺が寄るが、レスカは朝食のパンを握り締めたまま、パタパタと手を振って俺の考えを否定する。


「その、今すぐになくなる、って程じゃありませんし、牧場町なので、すぐに餌は調達できます。でも、その量が……」

「量?」

「はい。リスティーブルの一日に食べる餌の量なんですけど……」


 そう言ったレスカの次の言葉に、俺は、驚き、小さく口を開けてしまう。


「青い牧草で60キロ、干し草に換算すると15キロです。大抵、濃厚飼料と合わせると30キロの餌を食べるんです」

「30キロ……」


 それを一週間分用意すると考えると、200キロを超える。確かに一度に集めるのは大変だ。


「でも助かっているんですよ。コータスさんがピュアスライムの浄水装置を毎日満杯にしてくれるお蔭で楽しているんです。リスティーブルは、一日に80リットルもお水を飲むんですから」


 そんなに飲むのか、と内心驚いている。

 毎日、井戸水を汲んで確かめると、バケツ10杯分、約100リットルは、消費していた。

 俺は、バケツ二つを持って往復5回で済ませているが、レスカ一人だけの頃は大変だっただろうと考える。


「それで今日は、どうする?」

「そうですね。濃厚飼料は、注文すれば届けてくれますので、干し草を購入した後で、オガクズの注文をしましょうか。オガクズは木材所で生産されるので敷材用に用意して貰いましょう」


 色々と準備して金が掛るなぁ、と俺は今日も彩り豊かな朝食の席に着きながら思っているとふと思い至る。

 それらリスティーブルの飼育に関わる金は、何処から出ているんだ?

 レスカは、自分で使う分のリスティーブルのミルク以外は、多少は流通させているが、それでも一般家庭で買えるくらいの値段だ。

 更に、コマタンゴの出荷やピュアスライムの浄化水の配達、育てた動く野菜などの販売なども細々とやっているが、それほど大きな収入では無かったはずだ。


 じゃあ、どこにそんな金があるんだ、まさか、この牧場は赤字経営ではないのか、と目の前で美味しそうにご飯を食べるレスカを見ていると不安になって来る。


「……なぁレスカ。お金は大丈夫なのか?」

「ふぇっ? お金ですか?」

「ああ、そんなに濃厚飼料や敷材とかを買って、経営大丈夫か?」

「コータスさん、失礼ですよ! 私の牧場は、健全な黒字経営です!」


 頬を膨らませて、怒るレスカだが、迫力はない。それに俺にとっては、その主要な収入源が分からない。


「だけど、リスティーブルのミルクやコマタンゴ、ピュアスライムの浄化水だけじゃ、それほど大きなお金はないんじゃなかったか?」

「確かに、それらは余り牧場経営のウェイトは大きくないです。私の牧場だと一番大きいのが堆肥です」

「堆肥?」

「リスティーブルが毎日排泄する糞尿を発酵させた牛糞堆肥ですよ。だいたい半年かけて掻き混ぜたりして発酵させたものです」


 俺たちが毎日牛舎を掃除して、排水溝に落としていく糞尿が堆肥になる。

 排水溝に落とした後のことを考えていなかったが、その先で処理されて堆肥になっていたことをこの場で初めて知った。


「ちなみに、それっていくらなんだ?」

「えっと牛糞堆肥は、1キロ銅貨2枚くらいですね」

「そうか。銅貨2枚……」


 俺のような左遷された新米騎士の月給が銀貨20枚だ。年間で銀貨240枚。

 銅貨100枚で銀貨1枚のレートを考えれば、それほどでもない。銅貨2枚は、子どものおやつが買えるくらいの安さだ……と考えて、一日のリスティーブルの食事量を思い出す。

 一日約30キロを食べ、80キロの水を飲むリスティーブル。

 何時も、排水溝に押し出す糞尿の重さを思い出し、堆肥の使われる畑の広さに安さではなくどれくらい生産できるのか、と思い至る。


「レスカ。リスティーブルの排泄量ってどれくらいだ?」


 正直、食事の席での話ではないが、俺もレスカも気にしないために、はっきりと尋ねる。

 そして、レスカは、ちょうど食べていたベーコンエッグをリスティーブルのホットミルクで流し込み、立ち上がる。


「それなら、叔父の本の中にその記述があったそうです」


 そう言って、食事中だが、バタバタと書斎の方へと走って行き、一冊の本を持って戻って来た。

 それは畜産魔物の様々な農業の情報を統計的に纏めたものであり、リスティーブルではなく乳牛魔物全般の排泄量の情報だ。


「えっと、乳牛魔物の年間の排泄量は一頭平均、約22000キロですね。ただ、堆肥にする場合、水分などの分量が変わるので16000キロくらいでしょうか」


 俺は、レスカの話を聞きながら、16000キロの堆肥と言うことは、銅貨に直すと32000枚。銀貨で320枚だ。

 俺の新米騎士としての年収が銀貨240枚だとすると、俺はレスカよりも稼ぎが悪いことになる。


「お、俺は、負けたのか」


 むしろ、リスティーブルの糞尿にすら負けたような気がする。

 何故か、言いようのない衝撃を受けた俺は、とりあえず、レスカと共に朝食を終え、干し草とオガクズの購入しに出かけるのだった。



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