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そう言って、一連の形式的伝達が行われ、その後数秒間の沈黙が辺りを支配する。
そして、互いに敬礼を解き、先任騎士のバルドルが体を小刻みに震わせて戦慄いている。
「やっと、だ! やっと、新しい人員が来た!」
俺が口を開く前に、バルドルが勝手に歓喜の声を上げて、俺の肩をバシバシと叩いていく。
騎士だけあって力強いスキンシップに顔を顰めながら、黙ってバルドルの言葉を聞く。
「この辺境の町に飛ばされて早五年! 辺境警備所属って言っても俺一人だし、騎士の仕事なんて殆どない、田畑を耕す日々!」
色々な思いを吐き出すように俺の肩をバシバシと強く叩く前任の騎士。
隠蔽した魔力と鍛え抜かれた筋力が感極まり、制御が甘くなっているために、ハンマーで殴られるような重量が両肩にドスドスと響くので歯を食いしばり、我慢する。
「うぐっ……」
「俺はなぁ。元は、近衛騎士団に所属してたんだぁ! だけどな、貴族の派閥争いで所属していた派閥が政争に負けた。そんでその派閥維持のために俺は切り捨てられたんだ! それから並の騎士じゃ勤めれないこの辺境の地に飛ばされた!」
バキッと肩の骨が割れる音が聞こえる。
目の前のヒゲを生やした騎士は、精鋭中の精鋭である王族警護の近衛騎士団ということでその実力を文字通り、骨身に感じたが素早く距離を取る。
「ああ、こんな嬉しい日はない! これまでの仕事を分担できるんだからな! さぁ、兄ちゃんも飲め! 飲むんだ!」
やっと、俺の肩から手を離した前任騎士のバルドルは、俺の脇を抜けて騎士団の駐在所から酒瓶を持ってくる。
一方俺は、両肩の骨が砕けた痛みを堪え、額に脂汗を流し、両肩に意識を集中させる。
(――《自然治癒》! 痛いの、痛いの、飛んでいけ)
子供だましの呪文のような言葉を心の中で何度も繰り返していると自然と痛みが薄れてくる。
十数秒後には肩の骨が何とか繋がり、痛みからの解放に安堵の吐息が漏れる。
俺の加護に備わる治癒能力がなければ、着任早々長期の療養が必要になっていた。
「冗談じゃないぞ。元・近衛騎士が力加減間違えて両肩粉砕とか……」
「おい、兄ちゃんもこっちに来いよ!」
持っていた鍬を下ろして、椅子と酒瓶を持ってくるバルドルに呆れる。
「まだ昼間だろ。昼間から酒は飲むもんじゃないだろ」
「なんだと!? この田舎の牧場町なんて、酒と食い物と毎日のトラブルしか刺激がねぇんだよ!」
「いや、トラブルあるなら、酒飲むなよ」
「あはははっ、五年前まで騎士すらいない町なんだし、トラブルくらい住民や自警団の連中が自分で片付けるさ!」
口元から酒を零しながら、陽気に酒を煽り始めるバルドル。
これが新しい上司か、と頭の痛みを堪えながら、一応バルドルの前に腰を下ろす。
「さぁ、お前……じゃなくて、コータスだったか? コータスも酒を飲むか? 辺境警備に受け入れたけど、まだ職務を教えてねぇんだ。騎士の仕事がないなら非番も同じだろ?」
「い、いや、俺は……」
「なんだ? 理由でもあるのか?」
「俺、また酒を飲む歳に達してないんだ」
そう言って断ると、すっとテンションが一気に下がるバルドル。
「悪い。なんか、押し付けちまったな。ホントすまん」
「い、いや、いいんだけど……」
凄くしおらしくなったヒゲの男を見て、ああ、鬱陶しいなぁ、と内心で叫び声を上げる。
「ちなみに、だがコータスの歳を聞いていいか?」
「俺の? 一応、十七歳のはずだ」
「十七歳のはず?」
「俺は、元々孤児なんだ。拾われた時も他国との紛争中の町中で正確な歳も記憶も分からない」
「そっかぁ、辛い人生だったんだなぁ!」
突然泣き出したバルドル。
涙やら鼻水やらでぐしゃぐしゃの顔を首に巻いた汗まみれの手拭いで拭いているために非常に近づきたくなくて一歩引く。
「それなのに、折角騎士になったのに、そんなに若くして左遷なんてぇ! この町に居るってことは、このままこの地で骨を埋める覚悟なのかぁ!? 戻れる可能性はないんだぞぉ!」
親身になって話しているのか、それとも絡み酒になっているのか分からないバルドルをどうやって寝かしつけるか考え始める。
ウザったいから荷物にある鞘に納めた俺の剣で殴ってしまえばいいんじゃないだろうか。とか思い始めた頃、足裏に地響きを感じる。
「すみません! 誰か止めてください!」
徐々に大きくなる地響きと誰かの悲鳴に何事か、と動きを止める俺だが、目の前で酔っぱらっていたバルドルは、近づく地響きに酔いを覚まし、目を見開く。
「この声、まさか! コータス、備えろ!」
その直後、目の前の先任騎士のバルドルが俊敏な動きを見せて、俺の腕を取って騎士団の駐在所の外に投げ飛ばして来た。