5-4
背中から壁に投げ飛ばされ、壁を崩しながら激突した建物の中で俺は、血反吐を吐き出す。
(頭から血、それに叩き付けられた衝撃で肋骨が何本か折れたが、一番は背骨だ)
体を支える骨の一部に熱のような痛みを感じ起き上がれないが、ここがどこかすぐに理解できた。
(――騎士団の駐在所か。また穴を開けちまった)
石造りの建物の壁を突き壊して、崩した石材の中に倒れ込むようにして自分の開けた穴を見る。
「まぁ、左遷された騎士にとっては……最良の結果、だろ」
優に十メートル近く投げられ、体が上手く動かない中、血を吐きながら呟く。
歩く災害とも呼べるBランククラスの魔物相手に僅かでも傷を付けられたんだ。十分だろう。
それに今、奴は、冒険者たちから奪った武器は全て破壊されて素手の状態だ。
俺の投げたマチェットも傷から引き抜いた後、苛立ちを解消するためにそのまま拳を叩き付けて、叩き折り、足に食い込んだスコップも柄をぽっきりと二つに折る。
そんな絶望的な光景を前に俺は、不敵な笑みを浮かべて呟く。
「……さぁ、来い。俺に復讐してみろ、一分、一秒でも生き延びて、死んでやるから相手しろ」
俺の小さな呟きなど聞こえないはずなのに、苛立ちに息を荒くしたハグレ個体は顔を上げて建物の中に倒れる俺に向かってゆっくりと歩いてくる。
怒りで激しく肩で呼吸を繰り返し、顔を真っ赤にして俺だけを真っ直ぐに見ている。
(ホントは、あと一分ほど時間があれば、背骨だけは治るんだが――)
重要な部分に【頑健】の加護の治癒力を集中させているが、それは俺が嬲られるまでには間に合わないだろう。
背面の拳を硬く握りしめたハグレ個体は、前脚を地面に着けて、四足歩行の獣のようにして駆け出してくる。
そして、騎士団の駐在所の壁に空いた穴の中に跳びかかって来る時――
「コータスさんは、私が守る!」
騎士団の駐在所の建物の中にいたために死角になっている真横からハグレ個体を横から突き飛ばす何かが現れる。
『ブモォォォッ――』
それは、白と黒の斑模様に角を生やした魔物・リスティーブルだ。
「コータスさん、大丈夫ですか!」
「……レスカ。どうして、戻って来た」
全部、他の牧場主や救援が来るまで避難しろ、言いたいが仕切りに俺の心配をする。
「またこんな大怪我を! 大丈夫なんですか! ちゃんと治りますか!?」
「……今は時間がない。すまないが、肩を貸してくれ」
レスカと話している間、何とか背骨だけは治り体が動かせる。
レスカは、血で汚れることも躊躇わずにそんな俺の肩を貸して、騎士団の駐在所に開けた大穴から外に出る。
そこで見た光景は――
「なんだ。これは」
「コータスさんのお陰です。みんなが集まるための時間を稼げました」
俺とレスカの目の前には、様々な魔物が集まっていた。
リスティーブルと種豚としてゲージに入れられていたボア種の魔物が起き攻めとばかりに連続でハグレ個体をどつき回し、足に鉤爪と鎌のような武器を取り付けたランドバードが駆け抜け様に剛毛に覆われた体に浅い傷を何本も作っていり、その中にオルトロスのペロが同じように駆け抜け様に引っ掻き傷を残していく。
植物の魔物が地中から根を伸ばし、ハグレ個体の足首を捉えて足止めし、その他にも様々な魔物が集まり、ハグレ個体と交戦している魔物が疲れた後に戦う準備をしている。
「魔物は、巣を守るために協力します。例え、半分が死んでも残り半分を生き残らせるために……」
「ランドバードたちは、一度引け! 鎌に毒を塗り直す!」
「こっちは、シルキーワームの捕縛網の準備出来てるぞ!」
「俺たちは、ライコウクラゲの蓄えた魔力を抽出した雷撃爆弾の用意も出来てるぞ!」
後方で牧場主たちが一匹のクレバー・モンキーの異常個体を倒すために動き始める。
捕縛網を持った鳥の魔物が上空から投下し、何重にも網の掛かったハグレ個体が逃れようと捕縛網を引き千切るが、それを上回る速さで捕縛網が重ねられ、ランドバードの爪や鎌に塗られた毒が体に周り動きが鈍る。
「全員、投擲しろ!」
そして、号令と共に投擲される黄色く発光する瓶がハグレ個体の前に落ち、中の液体が周囲に散る。
それと共に発生する強い光が地面を走り、ハグレ個体の体を駆け上がり、夜に眩しいばかりの雷光の柱が空に登って行った。
「やったぁ……」
「まだだ! 第二次攻撃準備!」
ハグの異常個体は、あの雷撃の中を剛毛で耐えたようだ。
少なくない場所が焼けただれているが、雷撃を防いだ剛毛は健在であり、まだ命には届いていない。
雷撃と共に消滅した捕縛網や足を捉える植物の魔物の根が消えたことで反撃に打って出ようとする。
「くそっ、反撃が間に合わない!」
雷撃の被害が受けないように一度引いたリスティーブルたちが再び駆け出そうとするが、今度は不意打ちではない。
それらの攻撃は易々と避けられ逆に、レスカのリスティーブルに爪を伸ばし、貫手を放とうとするが――
「――《闘刃砲》!」
「――《フレアショット》!」
離れたところより赤い収束砲が放たれる。魔法より上回る速度で到達したそれがハグレ個体の左目に突き刺さり、動きを止める。
その後、俺たちの後方から駆け抜ける炎の塊がハグレ個体を突き飛ばし、その身を包み焼いていく。
『GYAAAAAAAAAAA――』
ただ、その炎は、明らかに炎弾ではない。輪郭は朧げであるが、明らかに特徴的な角を持つ四足歩行の魔物ソード・レインディアの姿を象っていた。
「【闘気】を利用した戦技! それに、炎の精霊!?」
俺は、その攻撃を行った人物たちを確かめるように降り返れば、オリバーに肩を支えられ全身を包帯で包まれながらも、短剣の先端をハグレ個体の向けていたバルドル。
そして、全力を振り絞ったのか、サラマンダー・ルビーを握り締めて肩で息をするジニーの姿が見えた。
「ちっ、少しは役立つと思ったけど、俺の【闘気】に耐えられる武器がねぇのは辛い」
「……はぁはぁ、コータス兄ちゃん、レスカ姉ちゃん」
バルドルの加護である【闘気】を刃から打ち出す戦技により、短剣の刃先はボロボロになっており、ジニーの握り締めたサラマンダー・ルビーも役目を終えて崩れていく。
今なお燃え盛るソード・レインディアの炎の精霊が焼き鏝を押し当てるように炎の角で傷口を抉り、剛毛の高温で焼いていく。
風に流れて肉の焼けた嫌な臭いが鼻を突く中、それでもハグレ個体の目は力強くその瞳に宿る憎悪の色ばかりが濃くなる。
「あのままだと手当たり次第に暴れ出す」
俺だけではなく、目に止まる全てを破壊するために憎悪と復讐に任せて暴れ出すだろう。そうなれば、今戦っている牧場主やその畜産魔物たちだけでなく、避難しているだろう女子どもにまで危険が及ぶ。
何としてもこの場で倒し切る。
「……レスカ。少し、離れてくれ」
「えっ?」
俺の言葉に理解が追い付いていないレスカだが、俺は、支えられているレスカから離れるように数歩歩き出し、腰に残った唯一の武器の木刀を抜いてその場で膝を着く。
【頑健】の加護による傷の治癒は後回しだ。
俺の体に纏っていた身体強化の《オーラ》を木刀の持つ両手と駆け出すための両足に集中する。
今ある魔力だけでは足りず、体に蓄えられている栄養を消費して、どんどんと魔力を生み出し、部分強化する部位に魔力を集め出す。
「コータス、なにを……」
魔力の集めた部位は、許容の限界量を超えて魔力の青い光を発する中、俺は更に体内の魔力を収束させて密度を高め、青い燐光が零れ出す。
俺が目指すのは、身体強化の《オーラ》やその上位の更に上――超越者たちに対抗するために作られた身体強化の禁術――《マテリアボディ》。
常人が発動することすらできない濃密度の魔力で身体を強化すれば、超越者を圧倒する力が理論上は得られる。
その際、超々濃密度の魔力が生身を鋼鉄のような硬度に引き上げる。
だが、その反動として常人の体は耐えられず、生き残っても大きな後遺症を残す。
魔力を部分的に集約することで限定的に再現させた禁術を完成させ、ハグレ個体を見据える。
今、ソード・レインディアの火精霊を相手に暴れているが、触媒であるサラマンダー・ルビーによって呼び出した精霊は、触媒で引き出せる力以上の力は振るえない。
次第に弱まる精霊の炎に対して、ハグレは炭化した腕を振り回して、炎の体を引き裂き、精霊を散らす。
火精霊を撃退する代わりに腕の一本が炭化し半ばより千切れて落ちる。
炎に焼かれて突っ張るのかぎこちない動きを見せるハグレ個体に向けて駆け出す。
「うおおぉぉぉぉぉっ!」
右足に溜め込んだ《マテリアボディ》が爆発的な勢いで地面を抉り、木刀を振るうよりも突きに重点を置いた構えでハグレ個体に迫る。
『GYAAAAA――』
俺の接近に気付き反射的に鋭い爪の貫手を放って来るが、《マテリアボディ》を纏った腕を掠めるも鋼より硬い腕には傷付かず、滑るように動いた貫手が禁術に覆われていない肩と耳の一部を抉り、切り裂くも俺は止まらない。
「――喰らえ! 人間の一撃だ!」
マチェットで傷を開き、炎で焼けただれた肩の刀傷に突き刺す。
勢いを持って深く突き刺さる木刀だがまだハグレ個体の命に届かず、両腕に溜め込んだ《マテリアボディ》の練り込まれた魔力をそのまま木刀に通し、相手の体内に直接叩き込む。
「――《練魔刃》!」
バルドルがやったような《闘刃砲》のような収束した発動ではない。
俺は、相手の体内に直接常人では耐えられない濃度の魔力を送り込み、爆発させる。
ズン、と鈍い音と共に、木刀の持ち手と鉄芯以外が弾け飛び、ハグレの個体に突き刺した場所を起点に大きな風穴が空く。
それは心臓や主要な血管を巻き込み、消滅させ、その断面から噴き出す流れ出す血が俺の全身を濡らしていく。
「……はぁはぁ」
ゆっくりと後ろに倒れ、絶命するクレバー・モンキーのハグレ個体を見ろしつつ、俺は禁術を使った反動でそのまま倒れ込んだ。
【魔物図鑑】
クアトロ・クレバーモンキー(亜種)
群れの強さよりも個体としての強さを選び、進化した突然変異の個体。
元々はハグレのクレバー・モンキーだったが、群れの長となり、集団の力で復讐の対象者に挑むが敗北したことで、同族殺し・同族喰らいを行い罪業を重ね、進化した狂気の存在。
通常のクレバー・モンキーよりも体長が大きくなり、それに伴って体重や腕力も増加し、腕も新たに生え、四本腕になった。
剛毛は、耐刃性、耐衝撃性、耐魔法性を有しているが、本来、クレバー・モンキーは炎に強い種類の魔物ではないために、炎が弱点となっている。
二本の腕で木々にぶら下がり他の腕で攻撃をする他、他者から奪った武器を器用に使う姿が目撃された。
元の魔物の脅威度がD-から2ランク上がったB-と暫定評価を下されたが、人間が使う武器が魔剣などの装備だった場合には更に上がる可能性がある。









