4-4
「コータスさん、大丈夫ですか? クレバー・モンキーに斬られたり、殴られたしましたよね」
「平気だ。俺には【頑健】の加護があるのを知っているだろ」
「そうですか……」
クレバー・モンキーの襲撃を退けた俺たちは、そのまま無事に町まで戻ることができた。
大人たちは、慌ただしく対策を準備する中で俺たち若い世代はすぐに家に戻され、今はレスカの牧場で二人っきりだ。
肩、足、そして脇腹の怪我も完治しているが、レスカはそれでも心配そうにしている。
だが、表情は晴れないレスカにその理由を訊く。
「なぁ、レスカは何を心配しているんだ?」
「え、ええっと、それはですね……コータスの怪我が膿んだり、腫れ上がったりしないか心配で!」
「……嘘だな。今までもリスティーブルの突撃後に傷を見せたが、問題ないことは知っているだろ」
「あぅ……」
レスカは、嘘吐けない性格のようであたふたとしている。
しばらくして、観念したように項垂れる。
「クレバー・モンキーのことで気になることがあるんです」
「クレバー・モンキーのこと?」
「クレバー・モンキーは、群れを作る種類の魔物ですけが、単独で動くのは考え辛いんです。だから、他にも何匹もいるかもしれないと思いまして」
「なるほど。それらが魔の森にいるとなると、冒険者や狩人だけだと少し手が足りないな」
「だから、牧場に被害が出る前に冒険者ギルドに依頼を出した方がいいのかと思って」
そう言ったレスカの言葉には、納得できるものがある。
「心配するな。そうしたものは、バルドルや町の大人たちが考えていることだ。それに俺たちより経験が豊富だ。こういうことは、頼る方が良い」
「……そうですね。今日は、早めに休みます」
そう言って、力なく笑い自室へと戻っていくレスカ。
レスカは思いの外、心配性だ、と思いながら俺も調査後の疲れを癒すために自室に戻る。
そして自分のベッドで横になるが、戦闘の後の興奮からか中々寝付くことができない。
【頑健】の加護で自然治癒力は高く精神への影響も押さえてくれる。
疲労の蓄積を減らしてくれるために極論、数日間不眠不休で活動できるが、それでも休める時に休んだ方がいい。
だが、妙な胸騒ぎを感じる俺は、ふとベッドから起き上がり、ランタン片手に水を飲むために台所に向かう。
そして、水を飲み一息つき、与えられた部屋に戻ろうとしたところで俺は、ふととある部屋から光が漏れているのに気が付いた。
「あの部屋は……」
レスカの部屋ではない。だから気にも留めていない部屋から光が漏れているのを見て、足音を殺してランタンの光を落とす。
忍び足で扉の前に近づけば――
「……やっぱり、どうしよう。コータスが危ない。でも、どうしたら」
(レスカ?)
何かに向かって呟いているレスカの声が聞こえる。
「明日、バルドルさんに話そう。その後、コータスさんを牧場町から遠ざけなきゃ」
そう結論付けたレスカは、この部屋から出てくるので、俺は近くの空き部屋に隠れ、レスカが去るのを待つ。
足跡からレスカが自室に戻ったのを確認し、俺は先程までレスカが何をしていたのか確認するためにその部屋に侵入する。
鍵などは掛けられていない部屋は、壁一面に本棚が並んでおり、そこに埋め尽くす蔵書に一瞬、圧倒される。
そして、先程までレスカが何を見ていたのかすぐに見つけた。
「レスカは、この本を読んでいたのか……【畜産魔物とそれにまつわる魔物図鑑】……」
それも直前まで読んでいたページや重要な箇所に栞を挟んでいたためにすぐにどの場所を読んでいたのかすぐに分かった。
「クレバー・モンキーの項目か」
群れを作る魔物、人間の子ども並の知能と狂暴性、残虐性を持つ猿の魔物。
軽い体で森の木々を渡り、果実を握りつぶせる強靭な握力を持っており、集団での脅威度はDランク。
人間の集落を襲うこともある害獣魔物であり、群れの規模は数十匹から時に数百匹になる。
だが、こんな表面上の話はレスカから聞いた、俺が知りたいのはより深い知識だ。
何をそんなにレスカが心配するのか、俺をこの町から遠ざけようとするのか、その理由を知るために、クレバー・モンキーの項目に目を走らせるが、それらしい記述はない。
だが、別の栞に挟まれた内容に食い入るように見つめる。
「……ハグレ。そう言えば、レスカはあの時、ハグレって」
――ハグレ。それは、群れを作る魔物の中から単独で行動する魔物のこと。その理由は、魔物ごとに多岐に渡る。と書かれており、クレバー・モンキーのハグレに関して個別に書かれていた。
「人間の子ども並の知性を持つクレバー・モンキーのハグレは、単独で強力な個体である場合が多い。その理由は、群れの長の立ち場を脅かす可能性が高いために追放された強力な個体と言える。そのために復讐心・敵対心が強く、一度敗北させた相手を執拗に狙ってくることがある。その脅威度は、ランクD-であるが、その個体が群れの長に復讐し、新たに群れの長となった場合には、復讐を果たすために凶悪な群れを動かすようになる。
群れの規模が数十匹で最低C-となり、百匹を越えると脅威度の予測は困難とある……」
俺を読み、レスカの言いたいことが大体分かった。
つまり、俺が退けたハグレのクレバー・モンキーは、復讐するために俺を確実に狙う。
それにハグレの個体は、群れの長の立場を脅かす可能性があるというなら、きっと森の奥の方には、本体となる群れがある。
「ハグレが群れの長の座を奪い、群れ全体で俺を狙うために牧場町を襲う」
その可能性があるからレスカが心配していたのか。
なら、俺が騎士として町を守るためには――
「――っ!?」
廊下に足音が近づく。
俺は咄嗟に、ランタンの灯りを落として、窓を開け、そこから外へと飛び出す。
まるで暗殺者にでもなった気分の俺は、窓下に身を顰め、部屋の中の様子を窺う。
「あれ? 窓が開いてる。それにこの本開きっぱなし……」
流石に元通りに偽装する時間がなかったが、俺が部屋に入り込んだことに気が付くレスカが慌ただしく足音を響かせて家の中を走り出す。
隠れる必要はないのだが、これからやることを伝えれば、絶対に止められる。
これは時間との勝負なのだ。
俺は、着の身着のままレスカの牧場を飛び出し、町外れの騎士団の駐在所に向かう。
殆ど修理の完了した外壁の駐在所の中にこっそりと侵入し、備品を漁る。
武器を納めた武器庫は鍵が掛かっているが、俺の身分は一応騎士だ。鍵の隠し場所を知っており難なく武器庫から武器を持ち出すことができた。
「……長剣二本に短剣二本。あとは籠手と寒さを凌ぐ外套。これで行くか」
長期戦を予想して武器を大量に仕込みたいが、機動力も失う訳にはいかない。そのバランスを取った武器を装備し、【頑健】の加護を信じ身軽さを得るために防具は持たずに森の中に入る。
きっと、レスカは心配しているだろう、と思いながらも俺を追って魔の森の中に入ることはないと思っている。
レスカは理性的で、もし魔の森の中に入ろうとしても他の牧場主たちの準備が整うまで止められるだろう。
俺は一直線に、森の奥深くへと向かい、太い木の窪みに寄りかかりそこで目を瞑り待ち続ける。
朝日が昇り、太陽が沈み、夜が来る。
ほぼ一昼夜飲まず食わずで過ごしたが、【頑健】の加護のお蔭で体の状態は良好に保たれる。
もしも、クレバー・モンキーが復讐に現れなかったら、自分の行動はとんだ間抜けだ、と若干不安になりながらも待ち続けた。
だが、きっと奴は来るだろう。
それは、自分の戦士の勘などというものは信じていない。
俺が信じるのは、レスカが感じた最悪の予測だけだ。
【魔物図鑑】
【シャベル・モール】
モグラ型の小型魔物。本来は、臆病で大人しく、地中深くで虫やワーム型魔物の幼体、植物の根などを食べて生きている。
その生態は、モグラと殆ど違いはないが、地面を効率的に掘るための鋭い爪が特徴であり、生物としては、ゴブリンと同程度に弱く臆病とされるが、爪の有用性は、加工してツルハシや鍬などに利用されることもある。
日光や太陽光などの強い光を受けて、そのショックで気絶することがある。
【ソード・レインディア】
トナカイの魔物。草食で木々の新芽や若葉を食べる大人しい魔物。
だが一度怒らせれば、その鋭い角は容易に人や動物を切り裂き、差し貫くほどの鋭さを持つ。
森の守護魔物として時折、古い童話や民話の中で描かれることが多く、一部の地方や民族によっては神聖化している魔物である。
角は、加工することでククリ刀のような湾曲剣や小さく折り、小刀に利用される他、地方によってはブーメランに加工されることもある。
大人しい魔物であるが、緑の多い森林の中でなければ、その温厚な性格は維持されず狂暴化するので、ソード・レインディアの住む森を開拓する場合には、注意が必要であり、またそうした気質から畜産魔物には向かない。