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4-3


 夜、狩猟小屋の前では野営のテントが広げられ、その中心に焚火が焚かれる。

 森で拾った乾いた枝を圧し折り、薪としてくべる俺たちは、既に初日の調査を終えて、夕食を食べ終えた後だった。


 女性や年齢の高いの参加者は優先的に休み、特に女性が狩猟小屋を使っている中、残った牧場主、冒険者、そして俺、オルトロスのペロが順番で見張りをしている。


 そんな中――


「……左遷の兄ちゃん」

「ジニー、もういいのか?」


 俺が気絶させたとは言え、魔物に襲われたばかりのジニーが起きてきて俺に声を掛けてくる。


「お祖母ちゃんに説教された。魔物避けの匂い玉も持たずに歩いたことや火魔法を暴発させそうになったことを」

「当然だ。いくら比較的安全でも対策もなしに魔の森を歩くのは危ないし、火魔法の暴発も下手したら森林火災を引き起こしていた」

「うん。説教の時、同じこと言われた」


 頷くジニーに対して俺は、座るように指示すれば、ジニーは、焚火の反対側に静かに座り、互いに黙る。


「左遷の兄ちゃんは、あたしを説教しないのか?」

「もう何度も叱られてるなら俺から言う必要はないだろ」


 何度もくどくどと説教されると逆に反発心を生むか、それとも萎縮してしまうかだ。

 それにそういうことは下手に口出しすると拗れる可能性があるために口出ししないで黙ることに決めた俺は、夜の不寝番のお供である眠気覚ましのお茶を口にする。


 すると、目の前で膝を抱えたジニーがポツリと語り始める。


「あたし、才能ないのかな? 【剣術】や【火魔法】の加護があるけど、全然だめなんだよ」

「加護に関しては、その方面を大まかに示しているだけで本人の適正でいう内包加護ってのは一見して分からないからなぁ。何に適正があるか試すしかないんじゃないのか?」

「あたしの内包加護ってなんだろうね」


 内包加護、例えるなら俺の【頑健】の加護には、自然治癒促進、もしくは、高速自然治癒、などと表現できる。

 また俺の親父の場合は、ジニーと同じ【剣術】と【火魔法】の加護があるが、【剣術】は特に長剣術、大剣術に高い適正を持ち、【火魔法】も武器へと火属性付与や爆炎魔法などに適正がある。

 だから、同じ種類の加護でも武器の選定、特に魔法の種類などまるで違うかもしれないのだ。


 ただ、ジニーの魔法の暴発は、まるで本人の意思に関係なく発動される防衛反応のように感じる。

それこそジニーの意思とは別の意思によって発動しているような――いや、気のせいだと思おう。


「あたしも剣術や魔法の勉強をしたいんだよ。そうすれば、内包加護ってやつが分かると思うんだ」

「一足飛びで高望みしても意味はないぞ。何事も基本が大事だ。体力作りに、魔力の操作」


 そう言って、俺はジニーに見せつけるように体内で練り上げた魔力を体の各所に動かす。

 臍を中心に練り上げた魔力が右手に動き、次に、左手、、右足、左足と動かすのだが、ジニーはそうした魔力を捉える感覚がまだないのか無反応のまま火を見つめ、近くに寄って来たオルトロスのペロの双頭の頭の顎下を撫でる。

 しばらく撫で続けて満足したジニーは、立ち上がる。


「うん。話聞いてくれてありがとう、左遷の兄ちゃん」

「一応、コータスって名前があるんだけどな」


 俺は、そう呟くがジニーは、気にした様子もなく自分の寝床へと戻っていく。


 それから俺たちも不寝番の順番に行い朝を迎えた。

 狩人が森の中に入り込み、定期的に調査を行う魔の森の浅い部分――普段なら何の異常もなく終わるものだが、その時ばかりは異変を見つけることになった。


「みんなぁ! オリバーさんがなんか見つけたんだ! 見に来てくれ!」


 同じ若い世代の参加者であるオリバーの取り巻きが翌日の調査で何かを見つけたらしく年嵩の牧場主や冒険者たちを連れて出ていく。

 残った俺やレスカは、彼らが戻って来るのを待ち、しばらくして出ていった全員が一頭の鹿の死体を担いで戻って来る。


「緊急事態だ。こいつを見てくれ」


 そう言って、狩猟小屋の前に置かれた鹿の死体を見て、俺は顔を顰める。

 若干腐り始めた鹿の死体は、体に幾つもの傷があり、内臓を引き摺り出され、流れた血が茶色い毛皮を黒く汚している。

 その足や首は、直角に折れ曲がっており、角も片方が圧し折られている。

 そんな異様な鹿の死骸を見たレスカは、真剣な表情で分析していた。


「これは、ソード・レインディアですね」

「ああ、この辺じゃあ、狩人も手を出さない温厚な魔物だ。最初にオリバーが見つけた時は、普通の鹿かと思っていたが、狩人の奴が前から見つけていた個体だ」


 狩人を兼業する冒険者は、悲痛な表情でソード・レインディアの死骸を見下ろしている。


「酷いことしやがる。命を粗末にする扱いだ。毛皮はダメだし、肉も腐って食えない」

「だが、ソード・レインディアの一番高価な角だけは切り取ってある。密猟者か? だが、片方だけなんてあり得ない」


 そう口々に予測する牧場主や狩人兼冒険者たちだが、全員が自分の言った言葉に自信が持てない。

 その中でレスカは、ソード・レインディアの遺骸の分析を続けた結果――


「体の各所にある傷は直接的な死因では無い。直接の死因は、頭部への強い衝撃。それと殺す前に脚を折って機動力を削ぎ落していることから狡猾」


 レスカの呟きを繋げるなら、これを行なった相手は、足を折って動けないソード・レインディアを嬲るように傷つけ、そして最後には頭部を狙って殺害。


「角の切り取り方が雑だから、多分専用の解体道具はない。無理に力を掛けたのか角の断面が荒い。それに腹を裂いて内臓だけを食べているとなると狡猾で残虐性のある魔物……」


 レスカの言葉に、全員が耳を傾け――


「調査どころじゃないな。相手は、亜人系の魔物か、それに準ずる知能がある可能性がある! 今日は中止して、町に戻るぞ! その後対策と山狩りの準備だ!」


 リーダーを務める牧場主が号令を上げると全員が速やかに行動を始める。

 最初は、若い世代に経験を積ませる予定の調査だったが、思いがけないものを見つけてしまった。


 亜人系の魔物。特に、ゴブリンやオークなどと呼ばれる種類の魔物は、群れを作り、独自の社会を形成する魔物である。

 そんな存在が近くの魔の森に住処を作った場合には、非常に危ない。

 騎士団の魔物討伐任務の六割以上はその二種類とも言えるのだ。


 そして調査を中断して牧場町へと戻る最中、レスカは思案気な表情を続けている。


「レスカ。どうした? 何か気になることでもあるのか?」

「……コータスさん、さっきの分析ですけど、亜人系の魔物の可能性もありますけど、足跡の確認だけはした方がいいと思うんです」


 そう言って困ったような表情をするレスカ。

 確かに、足跡を確認できれば、ソード・レインディアを襲った魔物の種類や規模がより判別することができたかもしれない。

 だが、既に現場では色んな人が踏み荒らして判別できない状態だと思う。

 そんな俺たちの話に聞き耳を立てていた第一発見者のオリバーがそれとなく近づいてきた。


「足跡なら俺様が探したさ。親父にそういう時の調査の基本って奴を教えて貰った。だが、落ち葉が周囲に落ちていたし、踏み荒らした様子は見当たらなかった」


 そう言って、俺たちに教えてくれるオリバー。


「ふん。町が危機に晒されるんだ。左遷野郎は頼りないし、次代の町一番の牧場主がしっかりしないといけないだろうに。それに、レスカが知りたがってるんだ。教えるのは当然だろ!」


 そう言って鼻を鳴らすオリバーだが、レスカは既に一人で思考の渦に入り込んでいる。


「……足跡がないくらいに死骸が放置されていた……それはない。だとすると、死骸周囲には少数だったとすると、体が軽いゴブリン程度なら……でも、それだとソード・レインディアに力負けする」


 幾つもの予想を口にして却下を繰り返し、徐々にレスカの考えが纏まっていく。


「場所は森、相手は足跡を極力つけないために木の上を移動する。そして、足跡が付かないほど身軽で単独……狡猾で残虐……それで道具を使う知性がある魔物は――」


 そうレスカが呟こうとした瞬間、頭上の木々の上から影が濃くなる。


「っ!? レスカ!」


 俺は反射的にレスカを庇うように覆い被さると肩に何かで斬られたような熱さを覚える。


「くそっ、なんだこいつは!」

「――っ!? ハグレ!?」


 近くにいたオリバーは、木々の上から降って来たそいつに手斧を振るい吹き飛ばそうとするが、身軽なそいつは軽々と木の幹に飛び移り、逃げてしまう。

 逃げる直前、そいつが黒い毛に覆われた猿に近い魔物だと分かった。

その片手には、ソード・レインディアから切り取った角をククリ刀のようにしており、ケタケタとした不愉快な笑いを木の上から響かせる。


「コータスさん!」

「……大丈夫だ。それより……あいつは」


 傷に対して意識を集中させ、加護による自然治癒を高める俺はレスカに魔物の正体を尋ねる。


「あれは、クレバー・モンキーです」


 その魔物の名を聞いている間にも木々の上に立つクレバー・モンキーは、挑発するようにけたたましい鳴き声を上げる。

 そんなクレバー・モンキーを憎々しげに狩人が弓で狙うが、軽々と避けられ次の木へと移る。


「やろう! 挑発してやがるな! だが、相手は一匹だ! とっとと仕留めるぞ!」


 冒険者と狩人たちが一匹のクレバー・モンキーを追い始めるが――


「待ってください! 集団から離れたら!」


 レスカが止めようとしたが、少し距離の離れた瞬間に、木の上にいたクレバー・モンキーは、追っていた冒険者と狩人たちの頭上を飛び越えて守るべき人の少ないこちら側に着地し、そのまま駆け出す。


「くそっ! このエテ公が! ――《破斬》!」


 オリバーの父親の牧場主が自衛用の剣を抜いて戦技を振るう。

 若い頃に覚えた戦技だろうか。若かりし頃は、魔物を易々と捉え、一刀の下に斬り伏したであろう戦技も年を取ったことで剛剣の一撃には衰えが見られる。

そんな衰えた剣は、クレバー・モンキーの速さを捉えることができず、脇をすり抜けるようにして通り抜けた。

脇を通り抜けた瞬間、撫でるように足にククリ刀を沿わせて、振り抜かれる。


「くっ!?」

「親父! コイツが!」


 一人が怪我を負ったことで他の牧場主たちが及び腰になる中、クレバー・モンキーは一直線に、レスカとジニーという集団での弱者を狙う。

 魔物の本能か、弱い相手から狙う、ということが分かっているのだろう。

 今度は、俺が長剣を引き抜き、その進路を塞ぐ様に立ち塞がる。


「――《オーラ》!」

『ギャギャッ!』


 ジニーを狙うための最後の障害である俺と対峙するクレバー・モンキーは、地面を蹴って落ち葉と土を俺の顔目掛けてぶつける。


「……っ!?」

「「コータスさん(左遷の兄ちゃん)!」」


 レスカとジニーの悲鳴が響き、視界を潰され、反射的に目を閉じる。

直後に右足に焼けるような痛みを感じるが、痛みを感じた方向に倒れるように肩から体当たりをする。

 すると、ドスっと鈍い音を響かせ、もつれ込むように軽いクレバー・モンキーの体を地面に倒す。


「眼が見えなくても――」

『ギャギャッ!?』

「これなら捉えられる!」


 土や葉っぱで潰された視界だが、クレバー・モンキーのマウントポジションを取り、逆手に持ち替えた長剣をそのまま地面に振り落とす。


『グギャァァァッ、ギャギャギャッ!、ギャァッ!』

「か、はぁ!?」


 確かな手応えと共に、盛大に暴れはじめるクレバー・モンキーのフッグが俺の脇腹に突き刺さり、横に吹き飛ぶ。

 軽い体に人間以上の膂力を持つ魔物に脇腹を殴られた衝撃でよろめき、退いてしまう。

 その頃には、視界が元に戻り、見上げた先には、ククリ刀を取り落とし、左肩に突き刺した長剣が貫通したのか、激しい流血をしながら肩で息を繰り返していた。

 あと少しズレていれば、心臓やその周囲の太い血管を傷つけ、致命傷を与えられたことに悔しく思う。


 そのクレバー・モンキーの表情は、最初の優位性を持っていた挑発的な表情ではなく視線だけでこちらを殺そうとする怒りや憎しみの顔をしていた。


『ギャッ!?』

「おい、逃げたぞ!」


 取り落としたククリ刀を拾うことなく、近くの樹に飛び移り、逃げ始めるクレバー・モンキー。

 その逃げる後姿に狩人が矢を放つが、それを躱して森の奥に消えていく。


「居なくなったか……」


 俺は、終わった後にやって来る疲労感にしばし呆然としている。


「怪我した奴の治療をしろ! いつ戻って来るか分からん」

「ソード・レインディアの仇がわかった! 今は帰って山狩りの準備だ!」


 慌ただしくなる周囲、怪我人はリア婆さんの薬で処置が施され、レスカとジニーは互いにクレバー・モンキーの標的にされた所為か、顔色悪く、互いに慰め合っている。



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