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4-1


「すみません。一人で興奮してました」

「あまり驚かせないでくれ」


 オルトロスのペロが空腹を訴え始めた頃、やっと正気に戻ったレスカと共にサンドイッチを食べながら、【魔の森の調査】について話を聞く。


「【魔の森の調査】って言うのは、定期的に冒険者や狩人、牧場主たちが数日間、森に入って調査をすることなんです」

「それで調査の目的はなんなんだ?」

「目的は、森の異変の早期の発見ですけど、それと同時に新しい畜産魔物候補の捕獲もあるんです」


 なんとなく理由は分かるが、レスカの詳しい話を聞く。


「魔物の多く棲む【魔の森】は、少し見ない間に魔物の縄張り争いで分布が変化することがあるんです。だから、定期的に浅い範囲を調査して危険な魔物が近づていないか調べると共に、生存圏を追いやられた弱い魔物を捕獲するのが目的なんです」


 生存圏を追いやられた魔物は、森の外周に移動する。そのはぐれた魔物はランクが低く人に調教し易い。それが有益な魔物なら新たな畜産魔物の可能性がある


「なら、【魔の森での魔物の捕獲】が正しいんじゃないのか?」


 レスカに説明に、疑問を口にするとレスカは苦笑いを浮かべてその部分を説明してくれる。


「魔物の分布の変化は、そう頻繁に起こることじゃありません。大抵は空振りするんです。それにやってくる魔物が畜産魔物とも限りません。時には、害獣となる魔物である場合もあるんです。そうした魔物の調査と間引き、場合によっては駆除、他にも森林資源の状態の確認なんかもやっています」


 だから、新しい畜産魔物なんか稀なんですよ、と答えてくれる。


「色々とこの町の勉強になった。ありがとう」

「そ、そんな! 感謝されることじゃありませんよ! 私が一方的にしゃべってるだけですし!」


 慌てるように言葉を口にするレスカ。そして、しばらく沈黙し、再び語り出す。


「それにですね。私もこの調査に参加するの憧れてたんです。魔物研究家の叔父も毎回この調査に加わっていたから今回認められて、やっと一人前の牧場主になれたようが気がするんです」

「そうか」

「それにですね。私のリスティーブルもこの近くに迷い込んだハグレの個体を前の調査の時に叔父が見つけて連れ帰った魔物で、牧場を任せる餞別に預けてくれたんです。だから、余計に調査には思い入れがあるんです」

「そうなのか。それは良かったな。だけど、大丈夫なのか?」

「なにがですか?」


 小首を傾げて不思議そうにするレスカ。

 実際、あの場所に場所に集まった牧場主の殆どは男性であり、調査に同行する冒険者も男性の割合が若干多い。

 そんな中で女性のレスカを同行させるのは少し危険ではないだろうか、と思うのだが――


「大丈夫ですよ。冒険者といってもこの町に根差した専属冒険者ですし、狩人と兼業している女の人もいます。それに騎士団からはバルドルさんも毎回参加して魔物の駆除とかを手伝ってくれますし」


 そう言って明るく答えるが逆に俺としては不安の方が大きい。


「それより私が留守の間、魔物の世話を頼みますね! リスティーブルの放牧と餌やり、牛舎の掃除、コマタンゴの出荷、ピュアスライムの浄化水の配達、動く野菜の畑の水遣り。色々ありますから!」


 俺としては、この少女に着いていきたいが、こうも笑顔で頼られてしまえば、首を振ることができない。

 そして、当日までの間、俺はレスカからみっちりと留守中の仕事を仕込まれると共に、森での調査の準備を手伝う。

 その際に、リスティーブルに一日一回、突撃の標的にされるがそれさえ乗り越えれば、特に攻撃してくる様子はないので、問題なく牧場の仕事を手伝うことができた。

 まぁ、一日一回、空を見上げることになるのだが……

 他、一泊二日の調査に使う宿泊道具や魔物の捕獲用のネット、ケージ、保存食などの準備も手伝う。


 そして当日になり――


「コータスさん、行ってきますね!」

「気を付けて行くんだぞ。【魔の森】は何があるか分からない。危険と感じたらすぐさま逃げてくるんだぞ」


 まるで旅立つ息子を見送る母親だな、と内心自嘲しながら、それでも不安は隠せない。


 今回、調査に参加する牧場主は、レスカを知っている牧場主数人とその息子たちに、狩人、牧場町の魔物捕獲に特化した専属冒険者のパーティーたちが集まっている。

 その牧場主の息子としてあのオリバーも一緒にいて、勝ち誇ったようにこちらを見て、鼻を鳴らしている。

 そんな【魔の森の調査】には、それぞれの参加者の知り合いが集まっている中、町のもう一人の駐在騎士もそこにいた。


「バルドルさん、こんにちは。よろしくお願いします」


 騎士団の駐在所に用意してあるのか、背負い鞄に1人分の調査道具一式と簡単な革鎧と長剣を持つバルドルは、俺たちに近づき声を掛けてくる。


「残念だが、今回、俺は不参加だ」

「えっ? どうして?」

「今回は、若い衆に牧場町の経験を積ませるためだ。だから、レスカも参加を認められて、オリバーも親父さんの参加に同行する。それに、コータス。お前も俺の代わりに行け」

「だが、レスカの牧場の留守が……」


 俺の言葉を遮るように、野営道具一式と長剣を渡して来る。


「こいつが、騎士団の調査道具一式だ。それと、レスカの嬢ちゃんの牧場は俺が代わりに留守見てるから行って学んで来い。元々、お前が左遷される前は俺が留守の世話や手伝いしてたんだ」

「わかった。何ができるか分からないが、やってみる」

「お前は、真面目すぎだろ! 肩の力を抜け!」


 俺がそう答えると、バルドルは俺の背中を容赦なく叩く。今回は魔力でうっかり強化した一撃ではないが、それでも思いのほか響く一撃に顔を顰める。


「ほら、周りに二人で挨拶して来い」

「なんか予定と違いましたけど、よろしくお願いします。コータスさん」

「ああ、改めてよろしく頼む」


 レスカと共に他の調査の参加者に挨拶していき、細かな調整を受ける。

 夜の野営の順番や女性であるレスカの扱い、その他、注意点を受け、俺は頷きながら真面目に聞く。


 そして、挨拶の先には、同じ若い世代として参加するオリバーの前に立つ。


「駐在する騎士として参加することになった。よろしく頼む」

「ちっ、魔の森は、危険な場所なんだぞ。レスカや他の女に現を抜かしてると死ぬぞ!」

「……わかった。心しておく」

「ったく、なんだよ、お前。俺様にこうも言わせて反発心はないのかよ」


 不機嫌そうなオリバーが更に不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。

 俺としては、オリバーの指摘は真っ当であるので否定はできない。


 レスカへの求婚の時は驚いたが、その実、レスカを心配して扱おうとする魔物は、危険度が高いために辞めさせるような忠告には、常識の範囲として同意はできる。

 それでもレスカは、そうした危険を跳ね返して夢を叶えてくれそうな雰囲気があると俺は思ってもいる。


「まぁいい。それと俺様や親父たちの足を引っ張るんじゃないぞ! おめえは、騎士って立場だが、魔の森の素人だ。しゃしゃり出るんじゃねぇぞ!」

「今回は、学ばせてもらうつもりだ」

「あー、スカした野郎だぜ。気に食わねぇ」


 吐き捨てるように言って、オリバーは、自分の野営道具を担いで他に参加する若い世代の所に集まる。

 そして、俺も一通りの挨拶を済ませた出発間際に、駆け込んでくる人物が居た。


「すまないねぇ。孫娘が駄々捏ねて遅れるところだったよ」

「リア婆さん」

「リアお婆さん」


 背筋の伸ばした姿に道具を背負い、その後ろには不貞腐れたようなジニーを連れてやって来た。

 ジニーの格好も森歩きがしやすいようにズボンの格好だが、リア婆さんよりも更に軽装だ。


「あたし、牧場に残ってバルドルのおっさんに剣術教えてもらおうと思ったのに」

「あんたまだそんなこと言ってるのかい! 剣術や魔法を覚えるにしてもあたしの後継者を名乗れるくらいになってからだよ! それまではあたしが認めないからね!」


 全く、娘夫婦はこの子に何を教えていたのかねぇ、と溜息を吐くリア婆さん。


「あたしたちも【魔の森の調査】に便乗させてもらうよ。と言っても、森の浅い場所で薬草採って日帰りの予定だけどね」


 だから、二人とも身軽なのか、と思いながらジニーはリア婆さんの影に隠れてこちらを睨むように見てくる。

 そんなジニーに対してレスカがしゃがみ、目線を合わせて語り掛ける。


「ジニーちゃん、今日一日よろしくお願いしますね」

「……ん」


 小さく頷き、そのままリア婆さんからレスカに隠れる対象が変わり、周囲が苦笑いを浮かべる。


「それじゃあ、狩猟小屋を起点として調査するからそのために移動するぞ!」


 冒険者の男性が先頭に立ち声を掛け、俺たちも歩き始める。

 魔の森は、魔物の生息し易い魔鏡の一種だ。

 本来なら一切気を抜けない場所だが、ここは、人間の手が入っているのか木々の間隔が広く歩きやすい。

 それに真っ直ぐと伸びた木の残しているのか、見通しも悪くない。


「こいつが、傷薬の薬草、こっちが火傷の湿布薬、こっちは喉の粉薬だよ」


 リア婆さんが道中で摘んだ薬草をジニーに見せて覚えさせながら、採取したそれらの薬草を適切な処理をして仕舞う。

 そんなジニーを守るように俺とレスカもこの森を進んでいく。


「祖母ちゃん、それ知ってる」

「ほう、そういうんなら、こいつはどうだい?」


 そう言って新たに摘み取るキノコに俺もレスカも覗き込むが、俺はギョッとする。


「おい、それ毒キノコだぞ!」

「なんだい、あんたこいつの正体が知ってるのかい?」


 親父たちに森での野営訓練で一人放り出された時、食う物分からずに手に入れたキノコを食べたら、激しい腹痛と吐き気に数時間のた打ち回った記憶がある。

 まだ【頑健】の加護もそれほど成長しておらず、治癒能力も高くなかった時期に永遠とも思える苦しみを味わったのは苦い思い出だ。


 その後、親父たちの中で毒薬に精通する冒険者からごく少量の様々な毒を定期的に摂取して毒に慣れて行ったために今では、かなりの種類と強さに毒に耐性を持っている。


 ちなみに味は、悪くなかったのがさらに性質が悪い。


「確かにこいつは毒キノコだが、調合さえ間違えなければ、ちゃんとした薬になるよ」

「……筋肉を緩ませる薬。あまり量が多いと心臓も止まるけど、少量なら使う。あと、吐き気の毒は熱を加えると消える」

「筋弛緩剤で正解だよ。あと処理の方法も知っているなんてホント、可愛げのない孫娘だねぇ」


 そう言って、つまらなそうな顔をするリア婆さんだが、ジニーの知識は本物のようだった。

 一般的な薬から始まり、魔法薬の原料とその処理法、中には先程のような条件が限定されるような際どい薬の知識を持っている。


「ジニーちゃん、すごいです」

「お父さんとお母さんが教えてくれた。行く先々の森で見つけた薬の材料を冒険の話と一緒に話してくれる」

「あの、馬鹿夫婦が。冒険譚と一緒に話したからこの娘が冒険者目指したんだろうに、普通に知識だけ仕込んでくれればあたしゃ楽だったのに」


 そう言って、褒めるレスカと呆れるリア婆さんの後姿を見ながら、進みしばらくして森の中に立つ狩猟小屋に辿り着く。


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