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「すみません、騎士団の駐在所を探しているん……です、けど」
俺は、近くにいた人に道を尋ねるために近づき、その手元の作業を見て、徐々に言葉に勢いがなくなっていく。
そこにいたのは――蟲だ。
鮮やかな二匹の巨大な芋虫が糸を吐き出し、その糸を女性が糸車を使ってより紡いでいる。
その芋虫は明らかに魔物であるが、特に害がある様には見えず、鼻歌交じりで糸を紡いでいる女性は、鼻歌を止めて顔を上げてこちらを見て、声を引き攣らせる。
「ひっ!? あ、あの、どうかしましたか?」
すすすっ、と目が泳ぐ女性に対して、やってしまったと思い、俺はそっと視線を外して、礼儀正しく尋ねる。
「え、ええっと……騎士団の駐在所を探しているんですけど……」
視線を外し、再び要件を口にすると、女性はほっと息を吐き出し、落ち着く。
また、俺の目付きの悪さが威圧してしまった、と内心自己嫌悪で自然と下を向く俺の視線は、糸を吐き出し続ける芋虫の魔物に釘付けになる。
ある程度の糸が集まったところで芋虫は、糸を吐き出すのを止め、近くの箱から大量の青々とした葉っぱに向かって動き始め、むしゃむしゃと食べ始めた。
「騎士団? ああ、外から来た人かい。なら、こうした光景は珍しいんだろうね」
そう言って、糸を吐き出した後、葉っぱを食べていた芋虫の魔物の一匹を躊躇いなく鷲掴みにして俺の方に見せるように掲げる。
柔らかそうな体をくねらせて手から逃げようとする芋虫に対して、ちょっと扱い雑じゃないか? と思う反面、間近で見る緑色に黒い眼玉のような模様の蟲を見せられて腕に鳥肌が立つ。
「こいつは、シルキーワームって言うんだい。上質な餌を与えて吐き出させる絹糸は、貴族にも売れるんだよ」
「シルキーワームって、あのエルフ絹で有名な? じゃあ、さっきまで吐き出していた糸は、エルフ絹の?」
ごく稀に上流階級の人間の間で取引される鮮やかな翡翠色の絹は、エルフの里で作られるためにエルフ絹と言われる。
そんな超高級品を生み出す魔物が目の前にいることに生理的な嫌悪感は薄れ、少しだけ興味が湧く。
「はははっ、兄さん詳しいね。けど、シルキーワームって魔物は、わりとどの魔の森にでも存在する弱い魔物さ」
「そうだったのか」
「エルフ絹ってのは、シルキーワームが特別な餌を食べたためにああいう鮮やかな緑の糸を吐き出すんだい。普通のシルキーワームの吐き出す糸は、普通の絹糸と代わりはしないよ」
そう言って、見せつけていたシルキーワームを大きな竹籠の中に入れて、その中に葉っぱを入れながら答えてくれる。
「あんた魔物に関して詳しいんだね」
「うーん。親父から知識としては叩き込まれたからなぁ。害獣になる魔物を倒す以外でこうした魔物を見るのは初めてだ」
「そうかい。なら、この町に拒否感がないようだね。さて、聞きたかったのは騎士団の駐在所の場所だね。それならこの通りを進んだ通りにあるよ」
「あ、ありがとうございます」
俺は、魔物牧場の一端を垣間見て、少しだけ放心状態になる。
魔物は、基本的に人間たちに害をなすために討伐する対象である。
騎士団の仕事でも治安維持活動として増えすぎた魔物や凶悪な魔物の討伐があるし、冒険者の仕事として有用な素材を持つ魔物の剥ぎ取りがある。
だが、こうして魔物と共存している存在は、それこそごく少数。
獣系魔物を扱う調教師や飛竜に騎乗する竜騎士、悪霊などを使役する死霊術士なんかが魔物を使役する人間として有名だ。
だが、この牧場町は、軽く見回しただけでも様々な種類の畜産魔物が存在している。
「ちょっと、これは予想外だ」
騎士団の駐在所を目指す間にもそこかしこに魔物が居るが、そのどれもが冒険者ギルドで制定されている討伐ランクが一般人でも討伐できるEランク以下の魔物が多いためにそれほど危険はないのだろうが、それでも町中にこんなに多くの魔物が居ることに、少しだけ落ち着かない気分になる。
だが、それが目の前の区画だけでなく歩いた先でも同じように、いや、より広い柵に囲われた牧場スペースではよりランクの高い魔物が飼育されているのだ。
「どうなっているんだ? 名前も知らないような辺境の町に何故、こんなに魔物が飼育されている。そもそもこんなに多種多様な魔物との共存は異常じゃないのか?」
この非現実的な事実に苦しみながら教えられた道を進み、騎士団の駐在所に辿り着く。
辿り着いた騎士団の駐在所は、頑丈な石造りの建物だった。
だが、その建物の入り口は開けっ放しにされており、不用心に思いながらも中を覗けば、小奇麗な駐在所の内部が見て取れる。
所々に生活感の漂う駐在所だが、騎士が常駐している様子はなく、今は魔物の出現する魔の森でも監視しているのだろうか、と考える。
「けど、本当にここに騎士がいるのか? まさか、居ないってことは……」
段々と不安になり始める俺は、背負った荷物を地面に下ろして、駐在所の奥を伺えないか、入り口から覗き込む。
「おい、坊主。お前、ここに何の用だ?」
駐在所の中を見回していた俺は、背後から近付いてきた男性の声に驚き、慌てて振り返る。
首に手ぬぐいを巻いて麦藁帽子を被った髭を生やした男性が立っていた。その肩には農作業の道具である鍬が担がれ、腕や体、顔は日焼けで浅黒くなっている。
その男性は、こちらを警戒しながら手ぬぐいで汗を拭いつつ更に語気を強める。
「ここは騎士の駐在所だ。見たところこの町の人間じゃないだろ。他所から来た冒険者か? それで何の用だ」
目付きの悪い俺の顔をじっと見つめてくる男は、俺を不審者だと決めつけた態度で接してくる。
だが、俺にはなんら後ろ暗いことはないので普通に対応する。
「えっと……ここの駐在所にいる騎士を知らないか?」
「お前の探している騎士ってのは、目の前にいる俺だ」
ぶっきら棒に告げる農夫にしか見えない自称騎士。だが、改めてその体を見れば、農作業では鍛えられない筋肉と薄着の腕から見える古い切り傷の跡。
そして、よくよく感じ取らなければ分からない見事な魔力の隠蔽能力。
俺は、理解すると同時に背筋を伸ばして敬礼する。
「はっ! 私は、アラド王国重装騎士団所属のコータス・リバティンであります! 本日をもってこの地に着任となりました! つきましては、前任者の騎士殿から職務内容の伝達を受け、以後この地での任務に当たるようにとの命令を受けました!」
騎士としての形式的な伝令と共に、荷物の一つを紐解き、仕舞ってあった重装備騎士団の紋章が押された蝋封の指令書を目の前の騎士の男に渡す。
ちなみに、重装騎士団とは、騎士の中でも一番に死亡率が高く危険な最前線で敵の突撃を食い止める部隊のことだ。
全身を分厚い鎧で守り、大きな盾を構える無骨な部隊の人間は体格や筋力に優れた騎士が多い中で俺の体格は、若干見劣りする体格だった。
「お前のような体格の人間が重装騎士団?」
その騎士団に所属する一般的な騎士の特徴と俺の体格の体格差に訝しげな目を向ける男は、駐在所の中に入ると、レターナイフで指令書の封を切り、手紙に目を通す。
目の前の男性は、指令所を読み終えた後、すぐに表情を引き締めて俺と同じように、いやそれ以上の洗練された敬礼を返して来る。
「俺は、アラド王国辺境警備所属のバルドル・アハルドだ。重装騎士団所属のコータス・リバティンを辺境警備所属の一員として受け入れを受理する。貴殿を歓迎しよう」
今までの所属していた騎士団から正式に抜け出せたこと、そして髭を生やしながらも目元が優しくなる農夫染みた先任騎士の目を見て、俺は、小さな喜びを感じた。
俺は、改めてこの左遷先の町に着任できたことに感謝するのだった。