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3-6


 しばらく俺の手を引いていたレスカは、思い出したように俺の手を離す。


「っ!? コータスさん、ごめんなさい! いきなり手を掴んで!」

「いや、それはいいんだ」

「…………」

「…………」


 俺はただ短くそう告げると、互いに無言になってしまう。

 俺もなんて言えばいいのか分からずに、痺れの治まった手で首裏を撫で、レスカは、両手の指先同士を合わせて、もじもじとしている。

 いつまでもこうしてちゃいけないと思い俺は、レスカに声を掛ける。


「なぁ……」

「ひ、ひゃい! な、なんですか!」


 俺の声掛けに驚き、声が裏返るレスカ。

啖呵を切ったことを気にしているのか若干挙動不審になっているが、とりあえず提案する。


「その、帰って昼飯食べようか。折角作ってくれたんだし」

「あっ……」


 レスカは、自分の腕に掛けているバスケットに視線を落とし、本来の目的を思い出したようだ。

 恥ずかしくて赤くなったり、自己嫌悪で暗い感じで俯いたり、表情がコロコロ変わる。

 それに先程の啖呵を切った時の凛々しい表情も作れるのか、と感心もしてしまう。


 そして、レスカの牧場へと戻る間、再び無言になる俺たちだが、今度はレスカから声を掛けてくる。


「さっきのこと、聞かないんですね」

「あー、まぁなんか関わり合いたく無さそうだからな。無理には聞かないさ」


 オリバーのレスカへの求婚に驚きはしたが、最近来たばかりの俺には何とも言えない。

 ただ――


「ただ、レスカが困ったことがあれば、俺に相談してくれ。一応、地域住民の安心と安寧を守るのが、騎士の務めだからな」


 そう言って、自分でも慣れない不器用な笑みを浮かべれば、レスカは小さく噴き出す。


「コータスさん、ありがとうございます。なら、私の愚痴を聞いてくれますか?」


 イタズラっぽく笑うレスカに対して俺は頷き、それから一方的にだがレスカの身の上話を聞くことになる。


「私の両親が町から町へと荷物を運ぶ調教師だってこと。それでこの町にいた叔父に私を預けたって話」

「ああ」

「だけど、もう一つ理由があって両親は、魔物同士を戦わせる大会にも出場していたんです。色んな場所で開催される魔物闘技場の大会の戦いは過激だけど格好いいんです。だけど、両親は、魔物同士を戦わせる調教師の姿を見せないために私を叔父の魔物牧場に預けたんです」


 魔物同士を戦わせるというのは、ごく稀にその戦いの余波が調教師にも及ぶ。それを危惧したのかもしれない。

 そして、レスカはこの魔物牧場で成長していき、レスカは牧場主として最近独り立ちした。


「それで今に至るのか。でも、レスカの叔父は?」

「叔父は、魔物牧場をやりながら魔物研究もやっていたんです。だけど、魔物研究の論文が評価されて講師として研究機関に行くことになって、ほとんどの魔物を連れて出ていって、残った牧場を私が貰い受けて牧場主をやっているんです」


 過去の思い出を語るレスカは、懐かしそうな表情で自分の歴史を教えてくれる。

 昨日は、レスカの言葉遣いについてだけだったが、レスカの語る魔物の知識などは、魔物研究家の叔父の影響なのか、と納得する。


「私は、小さい頃に一度見た父さんと母さんが従える魔物たちが戦う光景を忘れられないんです。それに私の様子を見にくる両親と二人の連れる魔物の温かさ……」


 一度、言葉を区切り、俺の顔を真っ直ぐに見る。


「私の夢は、叔父から譲り受けた牧場を一番の魔物牧場にすること。そして、もう一つの夢が――私が調教した魔物で父さんと母さんの魔物とぶつかり合いたいんです。昔見た調教師たちと同じ場所に立ってみたいんです」


 レスカの根底には、魔物牧場がある。

だから、そこで魔物からの採取物で糧を得るのは絶対条件だ。

 また調教師たちの指揮する魔物たちと戦えるという条件と両立する魔物としてリスティーブルという畜産魔物を選んだようだ。


「多分、私じゃあ父さんと母さんには勝てません。なにより、魔物牧場には、そうした戦闘専門の魔物牧場もあるから片手間でやろうとする私なんてそんな人たちに勝てません。負ければ大切な魔物が死んじゃう可能性もあります。だから、私は戦えて、体が頑丈な魔物を自分の牧場に加えたいんです」

「それに畜産魔物であることが条件、と……」


 小さく俺が呟きに、レスカが恥ずかしそうに頷く。

 食べ物を生み出し、更に牧場に飼えるだけの資質を持ち、体が丈夫で死ににくく戦える畜産魔物という厳しい条件に俺が苦笑いを浮かべる。


「確かにそういう条件で選び、難しいのは分かっています。でも、私の周りの障害ってそれだけじゃないんです」


 今度は、レスカが苦笑いを浮かべる。


「さっき、コータスさんと一緒に居た自警団の人たちの多くは、牧場の次男や三男なんですよ」

「そうなのか?」

「大体が継ぐ魔物牧場を持っていません。だから、家族で経営する牧場で働き続けるか、娘しか跡取りのいない牧場に婿にはいるとか、色々な道を探していかないといけないんです」

「そうなのか。やっぱり、どの家も下の子どもには家や土地は分配されないのか」


 農村でも家や土地は、長子相続という考えがあるのは知っている。

 それに牧場の場合には、土地や財産を等分しても無駄に牧場の規模を縮小させるだけになる。だから、長子相続が根付いているのだろう。


「そうした家を継げない男性は、自分で魔の森近くの土地を新しく開拓して牧場を興すか、年齢や跡取り、資産の関係で手離した牧場を引き継ぎ上手く自分の牧場を持てる場合もありますが……」


 だが、それも牧場町の子どもの全てを満たせるものではない、とレスカが言う。


「それじゃあ、その他の子どもたちは、どうしているんだ?」

「他の大きな規模の牧場やお店に雇われたり、この町での仕事を見つけたり、町を出て別の仕事を探したりするんです。人によっては冒険者になりますけど、やっぱり、自分の牧場を持ちたいんです。そうした人たちは、私と結婚、もしくは私がどこかの牧場に嫁入りした方が都合がいいんです」

「なぜそこでレスカが結婚?」

「私がどこかに嫁入りすると私の牧場を管理する人がいなくなるからその土地と建物で誰かが新しい牧場を興せます。または、私に婿入りすれば、畜産魔物の少ない牧場だから今からでも自分好みの魔物を飼育することができるって考えているんだとおもいますよ」


 だから、私なんかそれくらいしか価値がないんです。他にも素敵な女性が……と一人不貞腐れるレスカは、次々と町に居るらしい女性の名を口にするが、俺としてはレスカも十分魅力的な女性だ。

 それと、そうしたことを虎視眈々と狙っている他の男たちに、なんと他力本願なんだ、と呆れて呟けば、レスカは何も言わずにただ微笑むだけだ。


「こればっかりは仕方がないですよ。でも、私は絶対に牧場を手離しません!」

「……そうか」


 そう言って、力強く宣言するレスカ。夢に向かって進んでいくレスカの姿が眩しく見える。

 自分は、冒険者になって記憶を失う前の両親を探す、という夢を諦めたから余計にそう思うのだろう。


 このままレスカの牧場の発展を間近で見ていたいという気持ちはあるが、騎士団の駐在所が直れば、レスカの牧場を出なくてはいけない。

 そうなれば、こうした近しい関係ではなく騎士として公平な立場に立った付き合いが必要になるだろう。


 そんな俺たちの前に年嵩の牧場主たちが歩いているのを見かけ、軽く会釈する。

 その中には、ランドバードやコルジアトカゲ、ボア種の牧場主たちも集まっていた。


「おう、レスカの嬢ちゃんも来たのか」

「どうしたんですか? 何かありましたか?」


 小首を傾げるレスカに対して、レスカに親しい牧場主たちが一瞬、困ったような表情を作る。

 何やら牧場主たちとレスカの間で認識の齟齬が生まれているようだ。


「私は、コータスさんにお昼を持って行った帰りなんですけど……」

「おー、そうだったか。うちの息子たちはしっかりやってたか? こっちは、新しい畜産魔物を捕まえるための相談をしとったんじゃ」

「それって【魔の森の調査】ですか!」


 目を輝かせるレスカは、牧場主たちに詰め寄る。


「お、おう……レスカの嬢ちゃんは、今まで若い世代だからあえて呼ばれなかったが、これもいい機会だ、話を聞いていけ」

「はい! ありがとうございます!」


 お昼の入ったバスケットを俺に押し付けて、他の牧場主たちの詰める建物の中に入っていくレスカ。

 そして、後に残された俺とオルトロスのペロが、他の牧場主たちに囲まれる形で取り囲まれた。

 その際、レスカの牧場に居候する俺への視線は、やはり厳しい物であるが――


「こやつがレスカの嬢ちゃんところに転がり込んだ男か。ダメ男なら町から叩き出しているところだが、仕事の評判は悪くないそうじゃのう」

「ランドバードのところやコルジアトカゲ、ボア牧場の手伝いもしてくれたが知識や技術がないだけで体の基礎もできておる」


 じろじろと見られる居心地の悪さをジッと我慢して耐えるが、ふとした瞬間から牧場主たちの雰囲気が変わる。


「これは、ジジイ共の一人言だ。レスカの嬢ちゃんをホントは儂らの息子たちの嫁に欲しいが、あの子はあの子で知識や洞察力が凄いからのう」

「あの子が牧場主になれば、きっと今までにない魔物牧場の特産品を作ってくれる期待がないわけじゃない」

「今はレスカ嬢ちゃんの牧場に魔物の品種も少なく、人手も足りておらん。これもいい機会だから今回の【魔の森の調査】に参加させるかのう」


 そう言って、俺を囲んでいた魔物牧場の牧場主たちが、集まっていた建物の中に入っていく。

 今の話は、若い世代と牧場主の世代で若干の意見の違いであると言うことだろうか、それに【魔の森の調査】とは一体……

 俺が首を捻り待っていると、建物に入っていったレスカが嬉しそうにしながら戻って来る。


「コータスさん、やりました! 【魔の森の調査】に私も加わることができました!」

「そうか、それは良かったな。けど、その調査って一体……」

「そうだ、そのための準備もしないと! 急いで牧場に戻らなきゃ!」


 俺は、勢いづいたレスカに圧倒されて黙って付き従うことになった。

 レスカが落ち着いたのは、魔の森への調査の準備を終えて、オルトロスのペロが空腹を訴えた頃だった。



【魔物図鑑】


 コルジアトカゲ


 コルジア地方の平原や岩場などに生息する草食系のトカゲの魔物。

その肉質は、淡泊で鶏肉に似ていることから鶏肉の代用品として畜産魔物として飼われている。

 知能は比較的高く、また温厚であるが群れの仲間意識が高いために、あまり殺し過ぎると人間を警戒して敵対行動を取るようになる。

 そのために畜産魔物として飼育されるコルジアトカゲは、一定の大きさになった個体から再生可能な尻尾を切り落として食肉として得るという方法が取られる他、寿命で亡くなったコルジアトカゲの死体からトカゲの革などを得ることができる。

 最大で全長4メートルを越えることがあるが、定期的に尻尾から食肉を得ている魔物牧場の個体は尻尾の分の大きさを差し引いた、約2.4メートルが最大サイズと言える。

 コルジアトカゲは、比較的温厚とは言え魔物であるために口にはギザギザの鋸状の歯があり、指を切断される事故などが発生することもある。


 ボア種


 広い地域に分布するイノシシの魔物。

 地域ごとの環境に適応して進化した魔物は、通常のイノシシに比べて、体格が大きくなり、強靭な肉体を持つために放牧などの方法が困難である。

 そのために、種豚となるボア種の魔物は、子どもの頃に捕獲し、牙などを切除した後に頑丈な鉄のケージの中で管理して育て、野生のイノシシや豚などの魔物以外の生物と交配することでその子どもに魔物としての血を薄れさせて品種改良を行なっている。

 現在主流になっている砂漠や荒野地域原産のデザートボアを種として十世代以上の時間を掛けて交配し、安定化させた【砂山七号】という品種で、少ない水分と乾燥穀物で育つ家畜魔物として広く飼育されている。

 この【砂山七号】は、飼育のしやすさと硬い肉質のために広く冒険者の干し肉に需要がある。

 レスカの住む牧場では、そうした飼育性重視の品種ではなくフォレストボアを種とした新品種によるブランド戦略が打ち出されている。


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