3-5
俺からバルドルへと交代した自警団への訓練の後には、倒れた人間が死屍累々としている。
「体ばかり立派なのはいいけど、もうちょっと粘れよ」
「いや、無理だろ元近衛騎士」
連戦の疲れから回復した俺は、最後に自分用に鉄芯入りの木刀を持って立ち上がる。
対するバルドルも先ほどまで自警団相手に大暴れしていたのに疲れた様子すら見せない。
「ほら、最後に鍛錬してやるよ。掛かって来い」
「ホント、半分人間辞めてるよな。――《オーラ》!」
俺は、そう言いながら、身体強化の《オーラ》を体に巡らせ、バルドルとの距離を一気に駆け抜け、身を低くして下から跳ね上げるように木刀を振るう。
体格で劣る俺が放つ切り上げは、相手の視界の意識外からいきなり現れるように感じるはずだ。
だが、そんな小手先の一撃をバルドルは何気ないように受け止める。
「ほぅ、中々にえげつない攻撃するな」
「やっぱり、近衛騎士のような人間に小手先は効かないか」
「分かってるなら、堂々で打ち込んで来い!」
そう言って、受け止めた木刀に力を込めて俺の体ごと弾くバルドル。
力を込めると共に体に立ち込める青いオーラが勢いよく噴き出し、身体強化に使う魔力でこちらを威圧してくる。
弾かれる勢いのままバックステップで距離を取るが、バルドルは、その隙を逃さず追撃してくる。
シンプルな横薙ぎを木刀で受け止めるが、力で押される。
その後、何合と木刀同士で打ち合う度に、木刀ではあり得ない音を周囲に響かせ続ける。
次第に木刀同士の打ち合いで手が痺れるために、俺はバルドルとの距離を取り、動きを止める。
「お前……その木刀に何仕込んでる?」
「ただの鉄の芯入りだよ。鍛冶屋のロシューって人に騎士の装備一式溶かされた鉄のな」
「お前もその口か!」
「そういうバルドルの木刀は、どうなってるんだ。柔らかくしなるのに、鉄の剣より重いぞ」
「こいつか?」
ニヤリと笑うバルドルは、丁寧に油を馴染ませて手入れのされた濃い茶色の木刀を自慢するように掲げる。
「こいつは、トレントの極太の木材を大剣サイズに加工したものを俺の【重圧の魔眼】で圧縮して密度を上げて作った圧縮木刀だ」
「マジで!? そんな事できるのか!」
「どうだ。すげぇだろ!」
その話を聞いて俺は、珍しく声を上げる。
もしもそんな夢のような木刀があるなら、鉄の芯の周りにトレントの木材を圧縮した重量と強度を確保した鍛錬用の木刀ができるかもしれない。
そんな新しいおもちゃを見つけた子どものような反応を見せ、隙を見せた俺は、一瞬で距離を詰めてくるバルドルの本気の振り下ろしを受ける。
「ぐっ!」
「その圧縮木刀の一撃味わって、沈め! ――《重圧の魔眼》!」
更に、【重圧の魔眼】が振り下ろされた圧縮木刀に掛けられ重さが増す。
先程の打ち合いで痺れた手がまだ回復していないために、受け止めた木刀を手離してしまい、圧縮木刀が俺の肩の上で止まる。
「……参りました」
「ふぅ、中々に楽しめたな」
「こっちは手が痺れて上手く動かせないぞ」
震える手で取り落とした木刀を拾おうとするが、上手く掴めないが、とりあえず腰のベルトに挿すことはできた。
「よーし、今日の自警団の訓練は終わりだ。次は二週間後に脱走した畜産魔物の捕獲の訓練をするから捕縛用の道具の使い方をおさらいするぞ!」
一方的に次回の予定を告げたバルドルは、俺に近づいてくる。
「やっぱりお前強いだろ。ホントなんで左遷されたんだ?」
「俺は弱いさ」
「嘘つけ。普通の新米騎士だったら俺と三合も打ち合えないぞ。まぁ、その話は追々聞くか」
それだけ言って俺や倒れている自警団の人たちを置いて一人牧場町へと戻っていく。
俺は、倒れている人たちを放置して帰る気にはなれずにしばらく、平原で横たわり、手の痺れの回復を待っていると牧場町の方から見知った女の子がバスケットを持ってやって来る。
「コータスさん、訓練お疲れ様です。お昼ご飯と飲み物持ってきましたけど、食べられますか?」
「レスカ。すまん、今は食事を取れそうにない」
平原に横になる俺の顔を覗き込んでくるレスカが、驚きに目を見開く。
またレスカの足元には、オルトロスのペロもおり、俺は上体を起こす。
「本当に大丈夫ですか!? どこか怪我でも! よく見れば顔に土が!」
「いや、怪我はないし、ちょっと泥が跳ねただけだろ。そうじゃなくて、手が痺れてな」
レスカが慌てたように昼食を入れたバスケットから水で硬く絞ったお絞りを広げて、少し強引だが優しく俺の顔を拭うのが気恥ずかしくなる。
その間にも、バルドルとの訓練の結果、手が痺れていることをきちんと伝えたら――
「だから、昼食はちょっと待ってくれないか」
「そうですか」
ちょっと残念そうにするレスカは、しゅんと小さくなった姿に可愛いなぁ、と思ってしまう。
ふと俺は、そんな俺たちを見る自警団の男たちの視線が険しいものになっているのに気が付く。
その中で、俺と対峙した自警団の中で一際体格の大きな青年たちがこちらに近づいてくる。
「なに、レスカに鼻の下伸ばしているんだ! 左遷野郎!」
「まぁ、左遷されたのは事実だが……すまない、名前をまだ知らないんだ」
「俺様は、オリバーだ! この魔物牧場の町で一番の牧場主の息子だ!」
そう言って自らの筋肉や体格を誇張するように胸を張る特徴的なトンガった前髪を見せるオリバーに対して、俺も自己紹介をする。
「一番の魔物牧場か、凄いな。俺も自己紹介をしよう、新人騎士のコータスだ」
「お、おう、俺様の凄さが分かればいいんだ、分かれば……」
やや厳つい表情を緩めて、嬉しそうにニヤニヤと笑っているが、オリバーの後ろに付き従っている他の青年に軽く肩を叩かれて再び表情を引き締める。
「って、そうじゃねぇ! 騎士団の駐在所が壊れただか何だか知らねぇが、いきなり現れてレスカの牧場に居候して!」
「まぁ、それに関しては宿屋に泊まろうとも考えたんだが、流石に新人の給料だと直るまで泊るお金がないんだ。生活費と食費も掛かるし」
「なんだ、地味に自慢か! 朝から晩までレスカと一緒で食事も用意してもらえる、ってか!」
なにやら怒り出すオリバーに対して、レスカは恥ずかしさから顔を赤らめ、俺もその反応を見て、つい意識してしまう。
「ぐぅっ、なんだその反応は! まぁ、左遷野郎が、居候しているがレスカに手を出せないことは知っているぞ!」
ほぼ初対面の人間から下品なことを言われて顔を顰める俺に対して、オリバーの取り巻きがこそこそと話し合っているのが耳に届く。
(と、いうか、あのオルトロスの警戒心が強すぎてレスカちゃんにアプローチできないんだよなぁ)
(無理に迫ろうとすると、盛大に咆えられるし)
そう言っているオリバーの取り巻きたちに見せつけるようにオルトロスのペロは俺の足に甘えるように纏わりついてくる。
やっぱり、オルトロスは、魔物としての高い知能があるんだなぁ、と思いながら、ペロの頭を撫でると、その行動が予想外なのか、あんぐりと口を開けるオリバー。
「ば、馬鹿な。あのオルトロスが甘えるなんて」
「コータスさん、あまり話しても意味がなさそうですから帰りましょうか」
にっこりと微笑むレスカだが、その表情に少し寒気を感じる。
俺もペロも背筋を伸ばして頷き、レスカの後に着いていこうとするが――
「ま、待て! レスカ! レスカは、牧場を更に大きくするのが目的なんだろ! なら俺様と結婚しろ! そうすれば、将来的に町一番の牧場主の妻になれるぞ!」
その言葉にレスカの足が止まる。
背中を向けているためにこちらからでは表情は伺えないが、肩が微かに震えている。
「それに、女で牧場主をやるにも、あの野生だったリスティーブルやレスカの選ぼうとする畜産魔物は、元々どれも危険度の高い魔物だ! そんな牧場やめて俺様のところに来い!」
言い切るオリバーに対して、俯き加減のままレスカは振り返る。
自分の言葉に足を止めたと思ったオリバーは、喜悦の表情を浮かべている。
次の瞬間までは――
「――断る」
静かに、だがはっきりと響くレスカの声にオリバーやその取り巻きたちが動きを止める。
「私は、自分の牧場を大きくしたいんです。他人の牧場で一番を名乗りたいんじゃない。それに私の夢を叶えるために、オリバーの言う危ない魔物の力が必要なんです」
レスカの言葉にレスカよりも体格の大きな青年たちが息を呑む。
「だから、あなたとの結婚は断ります」
そう告げて、レスカは、俺の手を取り、少し早足で牧場町の方に戻る。
その時、レスカの普段見せない芯の通った姿に見惚れて、痺れた手を握られた鈍い痛みを忘れていた。