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3-4


 普段通り、牧場の周辺の確認、放牧、餌となる牧草や干し草の回収、魔物化した野菜の畑の管理などの朝の牧場仕事をレスカと分担しながら行い、慣れて来たのか少しだけ時間が短縮されたその日の朝。


 レスカが朝食の準備をしている間、俺は鉄芯入りの木刀を軒先で素振りをしていると見知った人が朝早くに尋ねてくる。


「よぉ、なんか俺より早くに牧場に慣れたな」

「……バルドル」

「さんを付けろ。一応、俺の部下だろ」


 そう言って、朝食の時間を見計らったように先任騎士のバルドルがやって来た。

 そして、朝食ができたために俺を呼びに来たレスカと鉢合わせする。


「あれ? バルドルさん、今日はなにか用でもあったか?」

「いや、今日が牧場町の自警団の連中に定期的に訓練を施す日だからコータスを借りようと思ったんだ」

「そうですね。コータスさん、やっと騎士らしい仕事ですよ!」


 俺よりも嬉しそうにしているレスカ。

 この牧場に来てから剣を振るより鍬を握る時間の方が長くなっている。

 一応は、朝晩の空いた時間に木刀で素振りをしているが、殆ど牧場の手伝いを続けていたために自分が騎士だということを忘れそうになった。


「それで、その自警団の訓練は具体的に何をやるんだ?」


 町の自警団の訓練と言っても、騎士団や町の衛兵の訓練をそのまま適用はできないだろう。


「一応、有事の際の対策が中心だな、例えば、魔の森から危険な魔物が現れた場合や町中の魔物牧場から畜産魔物が脱走した場合、他にも基本的な武器の扱いだな」


 バルドルの言葉に、むしろ俺がその訓練に参加したいとさえ思う。

 この牧場町に左遷され、この牧場町に適応できるようになるために必要だった。


「必要な物はあるか?」

「一応、訓練用の武器や簡単な革鎧とかの道具はこっちで用意するからそのままで来てくれ。場所は、町と魔の森の間にある平原だ」

「わかった。なら、レスカの手伝いが終わったら――『大丈夫です! むしろ、そっちが本業なんですから、私の方は気にしないでください!』――朝食を食べた後に行く」


 レスカに声を被せられ、俺はそう答える。

 その後、バルドルも一緒にレスカの朝食を食べて、共に町の郊外の平原へと出かける。


「コータスさん、あとでお弁当を持っていきますから、楽しみにしていてください!」


 レスカとオルトロスのペロに見送られるのを気恥ずかしく感じながら、農作業用のラフな服装に訓練用の鉄芯入りの木刀だけを持って、自警団の訓練に参加する。


 平原に辿り着いた俺とバルドルだが、まだ参加者が集まっていないので俺は一人訓練のための準備運動を始める。

 柔軟運動で足を180度に開いたり、足を高く上げる姿が牧場町の自警団の人たちに奇怪に映ったのか、変な顔で見られる。

 怪我の予防や運動時の急な動きに対応できるような柔軟は、元近衛騎士のバルドルも分かっているのか同じようにやるが、俺は更に入念に行う。


「ほら、やる気がある奴は、俺たちの柔軟運動をマネしろよ!」


 そう言ってバルドルが声を張り上げると来る人から少しずつ柔軟を始める。まぁ、この行動の意味が分からないために身が入っていない様だが、まずは形からでいいだろう。


「俺は、前から一人でやってたんだけど、誰もやらねぇんだよ。なんか、一人変なことやってるなぁ、って感じで」

「そうだったのか?」

「けど、それが二人だと、渋々ながらでもやるもんだな」


 クククッと笑うバルドルに対して、それは周囲への同調圧力という奴なのではないだろうか、とも思う。

 今は来る人が少人数の時間帯で上手く柔軟運動に参加させて少しずつ集まって来る人たちに柔軟運動をやらせて最終的には、参加者の半数近くが運動前の習慣になれば、とか考えているのかもしれない。


 俺たちが程よく体が温まった頃、自警団の人たちが集まり始めた。

 その中には、俺を見てどこか敵意や不信感にも似たような目を向けてくる人が居るので、まだ牧場町に受け入れられていないんだなと感じ、自警団の訓練が始まる。


「今月も自警団の訓練だ。前回は、魔の森から魔物が現れた場合の訓練だったが、今回は、盗賊などに町が襲われた時の対人戦闘の訓練をするぞ!」


 そう言うバルドルの言葉に多くの参加者が嫌そうな顔をする。

 おい、盗賊からの自衛の訓練は騎士団でもやるがこんなに嫌そうな顔をする人たちは初めて見たぞ。


「安心しろ。そのために新米の騎士を連れてきたんだ! 今回は、俺が相手じゃねぇよ」

「って、前回はあんたが相手をしてたのか!? あんた元近衛騎士だろ!」


 近衛騎士なんて半分人間辞めたような人を相手に訓練させられるんだ。

 Aランク冒険者みたいな英雄目指す以外のただの町の小さな平和を守りたい人間にとっては苦痛でしかないだろ。


「お前だって元は騎士団だっただろ? それにこういう対人戦闘の訓練はやってあるだろ」

「まぁ、やったことあるけど……」


 俺は、嫌そうな顔をバルドルに向ける。

 この手の訓練は、左遷前にやらされた。

だが、体格が一般人並で更に【頑健】の加護で他の人より打たれ強い、それに輪を掛けて目付きが悪いために盗賊役にはちょうどいいと頻繁にやらされた苦い記憶がある。

 基本、あの手の役割は、損な役回りだ。

 訓練と言えど、盗賊退治に国の騎士が失敗するわけにはいかないので最終的に騎士を勝たせなきゃいけない。だが、あまりに手を抜き過ぎると訓練にもならない。

 そうしたことに気を使うくらいなら、素振りをしていた方が色々と有意義だ。


「そう嫌そうな顔するな。相手は、騎士じゃない普通の町人だ。お綺麗な騎士道よりも命優先の戦い方を仕込んでる。それにこれは人間相手の訓練だが、同時に亜人系の魔物の訓練も兼ね備えてる」


 そう言って俺に耳討ちしてくるバルドルの言葉に納得して頷く。

 それなら俺も変なことに気を使わなくて済むし、俺への訓練にもなる。


「それじゃあ、参加人数が多いから半分は、コータス相手の対人訓練。残り半分は、町の外周の走り込みだ!」


 そう言って、ノロノロとグループに分かれ始める。

 騎士団ほど、キビキビとした動きはないがちゃんとグループ分けがなされ、片方のグループが走り込みを始める。

 そして、残ったグループが事前に用意された訓練用の武器を手に取る中、俺も残った道具の中から適当に何種類かの武器を選ぶ。

 どういうわけか、全て木製なのに、どれも本物の武器並の重さをしていることに不思議に思う。下手したらそのまま鈍器としても使えるものだ。


「おい、コータス。その武器で良いのか?」

「いや、盗賊相手ならこの辺なら全部使うだろうからな。一応、それなりに扱える」


選んだのは、大振りのナイフやショートソード、ショートスピア、丸盾、ハンドアックスの形をした木製の訓練道具だ。

 今回は、食い扶持を詰めた農民が盗賊になったと仮定した装備だ。

 どの農民家庭にもありそうな道具や農具に近い種類の武器であるために使い方はそれほど変わらないはずだ。


「マジかよ。いや、複数の武器を扱える意味ってあるのか? 大抵一つか二つを極めるだろ」

「俺に合った武器の種類を探すために一通り試したけど、特別上手く扱える武器ってないんだよな。けど、苦手な武器もないけどな」


今は、ロングソードを多く使っているが、俺の親父たちに訓練施された時に行われた武器選びは、スタンダードな物からキワモノの武器、日常生活で扱う道具すら武器に転用する使い方を面白半分で仕込まれた。

 冒険者や騎士にならなかったら、キワモノ武器を操る曲芸師の方が向いているという始末に一人苦笑いを浮かべる。

 その反面、どの武器を扱っても戦技と呼ばれる技を覚えなかったのだから、俺の才能の無さがよく分かる。


 そして俺は、最初に木刀にバックラーで自警団の一人と向き合って構える。

日々のいい食事を取り、農作業で鍛えられた太い腕が、長剣サイズの木刀を小枝のように素振りしてこちらを威嚇してくる。

流石に訓練時に身体強化の《オーラ》は、不公平であるために使えわずに素の身体能力で対峙するが、体格では俺は大きく劣っている。


「それじゃあ――はじめ!」


 バルドルが審判を務め、手を振り下ろした瞬間――


「死ねや、オラァッ!」


 いきなり物騒なことを言いながら繰り出される木刀。

 流石に盗賊相手に初っ端から殺意全開で攻撃することに目を剥くが、これも辺境の牧場町特有の気風なのかと考えながらバックラーで木刀を受け流す。

 元々、訓練程度でしか剣を扱わない人間であるために簡単に体が流されつんのめる。

 その隙に自分の武器で軽く脇腹に当てれば終わりだ。


「よし、次!」


 バルドルの審判を聞き、次の相手が来る。

 何度も自警団相手で訓練するが、俺が睨みつけると目が泳ぎ挙動不審になる奴、始まる前から俺に敵意がある奴、のらりくらりとやり過ごそうとする奴など、騎士団にはない面白さがあった。

 それから怪我をさせないように休みなく相手をするのは、疲れてくる。

【頑健】の加護は、怪我や病気などに強い耐性と回復力を見せるが疲労の蓄積やそれに類する怪我に対しては、即効性のある加護ではない。

 また疲労が蓄積し続ければ、回復力も大幅に鈍る。

 それでも精神で疲れを押し込め、何週も自警団の男たちを相手にする。

俺が武器をコロコロ変えて、怪我をさせないように訓練をしているのを手を抜いていると感じたのか、俺に対する厳しい視線が更にギラギラとした物に変わって来る。


「お前、目障りなんだよぉぉっ!」

「……ぐっ!」


 今度の相手は、穂先のないショートスピアを構えた青年だった。

 俺は、二本の木製ナイフというリーチの差がある武器で相手をして、一方的な距離感から突きを放たれ続ける。

 流石に、相性の悪い武器として二本のナイフでショートスピアを相手にするのは難しかった。

 こちらは疲れで少しだけ動きが鈍い中で相手は、偶然にも最高の一撃を放つ。

 俺は体から力を抜いて倒れるようにして横に避けるが、それでも肩に丸められたショートスピアの先端が押し付けられ痛みで平原に倒れる。


「そこまで!」


 通算何十回連続で戦っただろうか。

 町の外周を走った自警団の人とも途中で交代したために覚えていない。


「お前、見てて呆れるぞ。よくそんなに連戦できるな、それとホントにどの武器も扱えるんだな」

「はぁはぁ……それなりだから、二流もいいところだ」


 俺は倒れたまま息を整え、疲労回復のために【加護】への意識を割く。

 疲労は溜まれば溜まるほど【頑健】の加護による自然回復が遅れる。

 また疲労が原因の怪我の治癒も遅れるというので、無茶はできないのだ。


「それにしてもお前、見た目によらずタフさだけはあるな。タダの新米騎士の持久力じゃねぇぞ」

「そうか? あんまりそう言うのはわからん」

「まぁ、とりあえず休め。お前は俺が思ってる以上に優秀だった」


 俺は、疲れを癒すために目を閉じて集中しているが、バルドルの声色が笑っているように感じる。

 そして、俺を置いてバルドルが自警団に人たちに言い放つ。


「よーし、交代して、次は俺が相手してやる! 何人でも掛かって来い!」

「やめろよ! あんた相手にするのは、人食いオーガを相手にするのと同じだぞ!」

「はははっ、安心しろ! 人も食わんし、殺しもしねぇよ!」


 自警団の誰かが抗議の声を上げたが、バルドルはその意見を素気無く却下する。

 そして、次に響くのは自警団の男たちの悲鳴だ。


 そこで目を開けば、及び腰になりつつ訓練用の武器を構える自警団の人たちと、木刀を振り回すバルドルが見えた

 どの打撃も寸止めしているがその風圧が凄いらしく、なけなしの勇気を振り絞ってバルドルに攻撃を仕掛けても、上位の身体強化である《ブレイブエンハンス》で底上げされた体はビクともしない。


「おー、いい打撃だ。これがホントのオーガなら刃先は食い込んでた。だが!」


 そう言って、再びスイングする木刀。

 風圧で尻餅を着く自警団の一人に喝を入れる。


「一撃入れただけで終わると思うな! コータスに挑んだ時のような殺気を見せろ!」


 いや、これが原因で対人戦の訓練やりたくなかったんだろうなぁ、と俺は一人遠い目をする。


次話から投稿時間を深夜0時に変更させていただきたいと思います

次話の更新は、25日の深夜0時を予定しております。

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