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3-3


 レスカは、牧場の手伝いで貰った骨付きの豚肉の調理をするために台所に立つ間、俺は帰らずにレスカの家に居座るジニーと向かい合って座っている。


「なぁ、もう遅いんだ。俺が家まで送るから帰れ」

「嫌だ。あたしは、冒険者になる。剣術を教えてくれるって言うまでは帰らない」

「はぁ、だからなぁ……」


 何度目かのやり取りに深い溜息を吐き出す。

 冒険者の両親に会うために自らが冒険者となりたいのは分かるが、今日一日ジニーの様子を見ていて思ったのは……


「絶望的に体力が足りてないぞ。それに冒険者になるための知識も」


 そう言って反論すると、自覚があるのか黙ってしまう。


「なんで、なんであたしには教えてくれないの! バルドルのおっちゃんも左遷騎士の兄ちゃんも!」

「いや、一応住民の安全を守るために危険なことさせられないだろ」


 子どものお遊びの騎士ごっこじゃないんだから、と答えると余計に口元を不機嫌そうに歪ませる。


「ジニーちゃん、いつまでもここにいるとリアお婆ちゃんが心配するんじゃないですか?」

「……それは、そうだけど」

「今日は、うちで夕飯食べたら、お婆ちゃんを心配させないために帰りましょう。特別にデザートも付けてあげますから」

「……ん。わかった」


 男の俺が否定するよりもやっぱりレスカが優しく諭した方が効果あるようだ。

 ただ、一瞬だけ、デザートという単語に意志がぐらついていたジニーがいたような気がする。


「今日の夕飯のメインは、ジニーちゃんが手伝ってくれた牧場から貰った骨付きの豚肉を使ったスペアリブとデザートの煮リンゴのヨーグルトソース掛けです」


 火でカリカリになるように炙ったパン、タレに浸してオーブンで焼いた豚の肉、砂糖と弱火で煮たリンゴにリスティーブルのミルクから作ったヨーグルトを掛けた物が食卓に並び、ジニーは、小さい口で骨付きの豚肉を少しずつ食べる。

 やや上品さに欠けるが俺もレスカもスペアリブの肉を素手で食べて、甘辛タレの染み込んだ柔らかい豚肉の食感を楽しむ。

 少し脂っこい味付けの肉も食後のデザートの甘さとヨーグルトの酸味が吹き飛ばしてくれて、食後の満足感に浸る。


「それじゃあ、ジニー。家に送ってやるから帰れ」

「むぅ……」

「一応、レスカに説得されて頷いたんだから、駄々を捏ねるなよ」


 俺がそう言えば、ジニーは諦めたように帰る支度をする。

 こういう素直なところを見ると、何とも放っておけなくなるんだよなぁ、と乱暴に髪を掻く。


「レスカ姉ちゃん、夕飯ありがとう」

「気にしないください。また来てね」


 社交辞令ではなく本心からのレスカの言葉に、ほんのりと顔を赤らめて頷くジニーを連れて俺は日の暮れた牧場町を歩く。

 農作業中心の町であるために、夜になれば多くの魔物や生き物は、牧舎に戻され、植物は眠りに着く。

 俺は、レスカから貸して貰った不思議な形のランタンを掲げてジニーを家まで送り届ける。


「それにしてもこのランタンは、変な形だけど、凄い明るいな」

「それ、小さな畜産魔物が入ってるよ」

「えっ、本当か?」


 俺は横から観察するためにランタンを掲げて目を細めて見れば、水で満たされたガラス製の筒の中に半透明な何かが発光しているのを確認できた。


「それは、ライコウクラゲって小さい魔物。光や雷を溜め込んで夜に光を発する。牧場町のどの家にも明かりとして置いてある」

「ああ、そう言えば、ロウソクとか余り見なかったな」


 ここ数日忙しかったから気が付かなかったが、昼間は窓明かりなどがあるが、夜はランタンの強い光が部屋の中を満たしていたのを思い出す。

 それが全てこの魔物のお蔭だったとは、と身近な魔物の存在に感心する。


「ふふっ、あたしの方が牧場町では先輩」

「そうだな。また一つ勉強になったよ。ありがとう」

「あと、もう一つ」


 得意げになったのか俺の前で初めて笑顔を見せたジニーは、俺の持つクラゲ魔物の発光ランタンを指差す。


「そのクラゲ、栄養なしで一カ月ほど生きる。それがランタンの寿命だから、中のクラゲの交換時期。だけど、クラゲは捨てずに乾燥させて食べることがある」

「……そういうことは聞きたくなかったな」


 げんなりしながら、交換したばかりの綺麗な水の中で発光しながらゆらゆらと浮かんでは沈む発光クラゲを見つめながら、歩く。


 その途中、俺はふとした疑問をジニーに投げかける。


「ジニーは、なんでレスカに懐いているんだ?」

「……レスカ姉ちゃん、カッコイイから」


 カッコイイ、と首を傾げる。どちらかと言うと可愛らしい部類の女の子だ。

だが、確かに牧場の仕事に熱中する姿はカッコイイかもと考える俺に対して、ジニーがどれだけレスカを尊敬しているのか語ってくれる。


「だって、他の人と話す時、堂々としている。それに、前に他の男の人に啖呵切っていた。私が今まで見てきた冒険者はあんな感じの人が多いから、だから憧れる」

「そうなのか」


 レスカが啖呵を切る姿がどうしても想像できないが、ジニーの様子からレスカに対する憧れが本物だと分かった。

 言うなれば、しっかりとした女性冒険者に近い存在への憧れだろう。

 基本、魔物退治などを行う冒険者は、荒事が多く、男性の中に混じる女性冒険者などは、堂々としている。

また、同時に依頼主などの目上の人に対する丁寧な話し方などの礼儀正しさも時には必要であり、レスカの丁寧さにそれを感じたのかもしれない。


 だが、実際の女性冒険者を知っている俺としては、レスカの言動から女性冒険者みたいとは思わない。

 本物は、よりガサツで凶悪で依頼主の前では、何重にも猫を被っているのだ。

 それに比べてレスカは、常に自然体でコロコロ表情が変わる魅力的な女性だ。


 俺は、ジニーの隣でそんなことを考えていると、何故か脇腹を軽く殴られた。


「左遷の兄ちゃん、なんかいかがわしいこと考えてた」

「それはないと言いたい」


 とりあえず、ジニーにそう反論した俺たちは、無事にジニーの家の前に辿り着く。


「ここがジニーの家か」

「うん。うちのお祖母ちゃんの家」


 話には聞いていたが、掲げられている看板や所々に染みついた血や植物の混ざった匂いは、魔法薬の店だろうと当たりを着ける。


 魔法薬は、力を持った薬であり、一瞬で傷を治すポーションや身体能力を底上げする薬など様々なものが存在する。


 そんな薬屋の扉をノックすると中から人の気配がする。


「こんな日が沈んだ頃に誰だい?」

「先日、この町に赴任した騎士のコータスと申します。お宅のお孫さんであるジニーを送りに来ました」

「わかったわ。お入り」


 そう言って、扉を開けると腰のしっかりとした女性が立っていた。

 髪の毛は若干白髪が混じっているが、その肌のハリなどはまだ四十代と言っても通用しそうなほど若々しい。


「祖母ちゃん、ただいま」

「ジニー、夜遅くに帰るんじゃないよ。あたしは心配したんだからね」


 そう言って、怒るでもなく優しくジニーの頭を撫でるジニーの祖母。


「あんたもご苦労だったね。この子に付きまとわれたんだろう」

「ええ、まぁ、その……」


 祖母の隣に立つジニーが軽く睨んできており、俺が言葉を濁すとジニーの祖母が苦笑している。


「あたしは、オーフェリアっていう。みんなからはリア婆って呼ばれているよ」

「リア婆って……」

「なんだい? 婆さんっていうほど年を取ってないように見えるってかい? そりゃ、あたしは魔法薬を作る薬屋さね。お肌を若々しく保つ薬なんかも自作するんだよ」


 そう言って冗談めかしてウィンクするリア婆になんと返して良いのか分からず困惑する。

 その言動や立ち振る舞いから婆さんと言うよりは、ベテランの冒険者を相手にしている気分になる。


「まぁ、今日のところは遅いし、左遷された騎士の兄さんもレスカ嬢ちゃんの家に戻りな」

「……周りの人はなぜ、俺がレスカの家にいることを知っているんだ?」

「田舎の情報網を舐めるんじゃないよ。それとあんたに一つ忠告だ。若い男衆には気を付けな」


 家先でリア婆との話の中で何故か、忠告を受ける。

 その忠告の意味が分からずに首を捻る俺は、そのままクラゲ魔物の発光ランタン手にレスカの牧場に戻る。

 町自体に夜の店が少ないために暗闇が多く締めるが、見上げれば燦然と輝く星々が見える。

 王都の灯りと喧騒、鍛冶や生活で使われる竈の煤が少ない分、夜空が綺麗に見える。

 そんな夜道を一人で歩き、牧場に辿り着けば、玄関前にオルトロスのペロとレスカが一緒に待っていた。


「コータスさん、おかえりなさい」

「……レスカ。夜は危ないんだ、いくら玄関の前でも出ない方がいい」


 笑顔で出迎えてくれたレスカに対して、俺はそう注意するが、苦笑を浮かべて家の中に入り、二人分のお茶を淹れてくれる。


「ジニーちゃんは、どうでした?」

「ちゃんと家に送って来たよ。それとジニーのお祖母さんのリア婆さんに少し挨拶もできた」


 ベテラン冒険者のような気のいい人に思えたことをレスカに伝えれば、それに関して同意してくれる。

 この場合のベテランとは、冒険者としてのランクが高いという意味ではない。

 戦う能力などは頭打ちか徐々に身体機能の低下によって下がってきているが、それでも今までの経験や実績などがあり、一定の信用を勝ち得ている人たちのことだ。


 そうした意味では、リア婆さんは牧場町のベテランと評することができるだろう。

 その時の、リア婆さんの雰囲気の話から、思い出したことをレスカに尋ねる。


「そういえば、ジニーがレスカに懐いていた理由が分かった」

「えっ? それってなんて言ってたんですか!?」


 テーブル越しに身を乗り出して話を聞いてくるレスカ。その際、テーブルに付いた腕で胸が寄せられるのを見て、俺はそっと視線を外しながら答える。


「……レスカがカッコイイらしい」

「カッコ、いい?」

「なんでも他の人と話す時、堂々として他の男の人に啖呵切っていたかららしい」


 俺がそう答えると、数瞬沈黙したレスカは、再び腰を下ろして盛大に溜息を吐き出す。


「そんな風に思われてたんですか~。それに啖呵を切る姿を見られた~」

「レスカは、嫌だったのか?」


 困惑した様子のレスカに尋ねれば、うーん、と悩んだように唇を尖らせて、ちらちらと俺の方を見てくる。


「多分、啖呵を切った時の話し方が変だったんだと思います」

「変だった? ああ、たまに口調が変になったな」


 具体的には俺が撫でて驚かせたりした時のような感情が高ぶった時だ。


「たまに、男の子っぽい言葉が出るは、家庭環境のせいなんです」

「家庭環境……はっ、まさか!?」


 両親の姿も見えず若くして牧場を一人で経営しているために、何らかの重い過去が……と考えると、コータスの考えるようなことはないから、と否定され、そしてレスカが自身の身の上話を語り出す。


「私の両親は、町から町へと魔物を使って物を運ぶ調教師なんです。だから、一所に居ませんし、今も色んなものを運んでいるんです。それで物心付く頃からこの牧場町に住んでいた叔父に預けられていたんです」


 話していたために冷めたお茶を淹れ直しながらレスカは、続きを話す。


「だから、ズボラな叔父一人と子ども一人ですから、どうしても女性らしい話し方ってのが身に付かなかったんです。それに、同年代と遊ぶよりも叔父に付いて他の牧場主たちと交流していたから目上の人との会話は、丁寧言葉にしていたんだ」


 一度入れ直したお茶で喉を潤したレスカが再び言葉を紡ぐ。


「でも、やっぱりある程度の年齢になると男の子っぽい口調が変だ。って分かってからは意識して丁寧言葉を使っていたんです。でもちょっとしたことでその時の言葉遣いが出ちゃうんです。変ですよね」

「いや、変じゃないと思うぞ。確かにたまに、変な口調は出るが、むしろレスカの個性の一つで魅力的だと思う」

「じょ、女性的!? 魅力っ!? お、おま! そんなこと言うな!」


 何故かレスカに怒られた。それも男の子口調が出たために気が動転させてしまったのだろう。

 普通に励ますつもりが怒られた俺は、しょんぼりと俯くと、レスカは、仕方がないですね、と溜息を吐き出す。

また、俺を慰めるように寄って来たオルトロスのペロの頭を撫でる。


「一応、昔口調について同年代の男の子にからかわれて気にしていたんです。その……ありがとうございます」


 ぽつりと呟く言葉に、レスカの頭を撫でたくなるが、テーブルという距離間がもどかしく感じる。

 それに気づいたオルトロスのペロが俺の手からするりと抜け出し、今度は、レスカを慰めるためにレスカに甘える。


「さて、この話はお終いです!」


 そんな様子の俺を見て、調子を取り戻したレスカは、次の瞬間少しだけ悩むような表情を作る。

それは、新しく牧場に加える畜産魔物を決めかねているようだ。


「実は、今日見学した魔物牧場って稼ぎの面で考えると規模が大きいから採算が取れるんです」

「稼ぎの面?」

「食べ物のための魔物牧場だと、食材をそのままこの町で流通させるか、遠方に売り出すにしても一度加工しなきゃいけないんです」


例えば、興味見たボア種の肉などは、干し肉やベーコン、燻製などにして加工しなければならない。


「本当は、女の人が牧場主の場合だと規模を小さくして飼育やすい畜産魔物を育てるんです。そして、それらの魔物からの採取物を加工して価値の高いものを作り出して交易品として流すんです」


 こちらは、俺が牧場町の初日でみたシルキーワームが代表的だ。

 シルキーワームの吐き出す糸を紡ぎ、布にすることでその価値は糸自体の何倍や十何倍にも高まり、行商人などに売り出すことができる。

 本来、非力な女の子であるレスカは、こちらの方向性の牧場の方が向いているはずだ。


「だけど、やっぱり肉が食べたいのか」

「お肉だけじゃありませんよ。魚や野菜、それに果物とかバランスよく……あっ」


 俺の言葉に対して弁解しようとするが更に墓穴を掘って顔を赤くするレスカ。


「コータスさんがそんなにイジワルな奴だとは思いませんでした」

「いや、そんなつもりはないんだが……」


 ジト目を向けていじけ出すレスカは、温かいお茶をきゅぅっ、と一気に飲み干す。

 そんなレスカの反応に便乗して俺を悪者にしようとオルトロスのペロが再び俺の所に戻って来るが、今度は俺の手を甘噛みするが、魔物であるために甘噛みでも万力で潰されるように痛い。


「私が食べ物系の牧場中心なのは否定しませんけど、それだけじゃありません」

「それって……」

「イジワルなコータスさんには、まだ教えません。それじゃあ、おやすみなさい」


 唇を尖らせて不機嫌そうにして立ち上がるが、去り際に、ふふっと機嫌の良さそうな笑みを浮かべたことからレスカ自身は、本気で怒っていないように感じる。

 そして、その後に付いていくオルトロスのペロ。

 ただ、俺に教えないという小さな意趣返しに自分自身で満足しての笑みなのだろう、非常に可愛らしいイジワルであり、レスカが部屋に戻ったところで、ふっと俺も表情を緩める。


「さて、俺も軽く体を動かしてから寝るか。牧場の朝は早いんだ」


 自分の木刀を持って軒先で軽く素振りを始める。

実家にいた頃は、本当に夜遅くまで素振りをしていても【頑健】の加護で睡眠時間が短くても体調には影響はない。

そんな俺がレスカの家のベッドで寝るようになって、素振りの時間を減らして眠りを優先するのだから、相当なものだ。

 きっと、あの寝具たちも畜産魔物由来の素材を使っているんだろうな、と思いながら今日もベッドに入るのだった。


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