3-2
レスカに手伝ってコルジアトカゲを引き剥がしてもらい、牧場の外に出た俺たちは、今回は逃げる気の無くしたジニーに対して、問いかける。
「ジニーちゃん。なんでまた人の牧場に勝手に入るような真似をしたんですか」
優しいが、しっかりとした口調のレスカにジニーが視線を合わせずに俯く。
一度、ランドバードの牧場で騒動を起こしたのにまたすぐに似たことになる可能性があることをするなんて、と俺は呆れてしまう。
そんなジニーは、俺の方を見上げて意を決したのか、言葉を口にする。
「兄ちゃん、あたしに剣を教えてくれ」
「駄目だ」
「なんで!」
俺が反射的に否定する。
一応、レスカからジニーの家庭環境は聞いている。俺も、冒険者になりたいという気持ちを持っていたので否定はできない。
だが――
「お前、向こう見ずな性格だから駄目だ。みすみす命を落とす可能性を高めることをさせるわけないだろ」
先任騎士のバルドルだって、一応左遷されたこの町で定期的に自警団の人間に対して剣術や集団戦闘の訓練などを施しているらしい。
それに、話には、見込みのある子どもや少年に片手間だが武器の扱い方の基本を教えている。
もしも、ジニーに見込みがあるならバルドルが先に教えているはずだ。
「なぁ、もしかして、バルドルに断られたのか?」
「な、なんで分かったの!」
無理して男言葉を使っているジニーの素の発言に対して、レスカが苦笑いを浮かべながら、そっと耳打ちしてくれる。
(ジニーちゃんは、【火魔法】を使えるんですけど、勝手に暴発して危険だからバルドルさんも教えられないんです)
なるほど、周囲の安全上か。と内心呟く。
魔法使いの名家と言われるような家柄では、極稀に魔法の適正が高すぎる乳幼児が魔法を暴発させるような話は聞くが、この年でこんな歩く危険物のような人間、聞いたことがないぞ、と半ば溜息を吐く。
「それで、ジニーは大人しく家に帰る気は――「ない! 絶対に剣術を教わる」――はぁ」
「まぁまぁ、ジニーちゃんも折角来たんです。私たちと一緒に魔物牧場を見学しませんか」
「ん、分かった。レスカ姉ちゃん」
素直に頷きレスカと手を繋ぐジニーを見て、少し意外に思った。
周囲全てに対して、自分の意見を押し付けるのかと思ったが、ちゃんと子供らしい一面があるのだ。
そして、俺たちは、コルジアトカゲの牧場主に挨拶してから次の見学先へと向かう。
「レスカ、次はどの牧場に向かうんだ?」
「次は、家畜化されたボア種の牧場です」
「ああ、あのベーコンの肉か」
俺は、サンドイッチの具や朝のベーコンエッグの味を思い出しながら、レスカとジニーと共にその牧場小屋へと向かう。
あれだけの肉が取れると言うことは、ボア種の畜産魔物は、それほど知能は高くなく屠殺しても反逆される危険性は少ないということだろう。
そして、辿り着いた牧場では、レスカは同じように歓迎されたが俺は軽く威圧されてから中に通された。
そして、小屋に入れば、鉄の柵と藁の敷かれた小屋の中では、ピンク色の生き物が煩い鳴き声を響かせている。
「これが家畜化されたボア種なのか……随分と思っていたのとは違うな」
円らな瞳と魔物としての生存競争などできそうにない闘争心の無さ。何より外敵を倒すための牙も攻撃から身を守る剛毛もない姿に危機感は覚えない。
そんな俺の発言にレスカが苦笑いを浮かべ、ジニーが呆れたような目を向けてくる。
「コータスさん、それはボアじゃなくて、ブタです」
「……うん? 豚? 魔物のボアじゃなくて……」
「はい。家畜として飼育される豚です」
豚かぁ……と呟きながら餌を貰えると思ったのか、柵越しに俺の手に若干湿っぽい鼻先を押し付けてくる目の前の豚の頭を撫でる。
「でも、なんでここに豚がいるんだ? ここは魔物牧場だろ」
「魔物牧場と言っても全部が全部魔物で構成されているわけじゃないですよ」
そう言って、レスカが案内する場所は、より厳重に管理された柵の中に横たわる一頭の大きな生き物だ。
茶色い剛毛と下顎から上に向かう牙の切り取られた跡、そして、周囲を睨む魔物らしい荒んだ瞳――俺の想像していたボアの姿そのものだった。
「ボア種の魔物を家畜化する方法って分かりますか?」
「いや、分からんが、野生の魔物を調教して慣らす、とかか? リスティーブルみたいに」
レスカの牧場にいる暴れ牛のリスティーブルも野生の魔物を調教して育てている。
だが、それとは違う方法らしい。
「ボア種の家畜化と言うのは、近親種との交配によって魔物の血を薄めるってことなんです」
「血を薄める」
「魔物の血は、知能の高さもあります。だから、《従属契約》を結んだボア種の魔物と家畜の豚との交配を繰り返して、理想の肉質の家畜魔物を生み出します」
魔物のような病気や怪我に強い肉体を持ちつつ、家畜のような温和な気質で美味しい肉質の生き物を生み出す。
魔物としての優良な性質を受け継ぎつつ、家畜としての反逆を行わない存在――魔物と家畜のハイブリットを生み出すのが、この牧場の目的だ。
「いや、その、そんなのはありえるなのか? 魔物と普通の動物だぞ」
「グリフォンと馬が交配して生まれたヒポグリフが魔物の一種として成立していますから。一応交配は既に何世代も続いていますよ」
まだまだ品種改良は必要ですけど……と言うレスカに案内された先には、ボアと豚が交配した家畜の小屋が並んでいる。
既に、第七世代、第八世代とやって繰り返し、種族として安定させる段階に入っているらしい。
そして、今いる豚の家畜の存在は、万が一いまある交配した家畜化したボアが全滅した時の種の保存のため、そしてもう一つの理由は――
「ブランド肉としてこれから売り出すらしいんです! ブランドの豚肉です! 歩く野菜を乾燥させた飼料を与えて肉質を良くしているんです!」
多くの農村にある豚は、たいてい残飯処理のために存在しているが、ここの豚は、食事を徹底的に管理され良質な肉が取れるように考えられているようだ。
「ブランド豚とボア種の肉の食べ比べとかしませんか? 味の違いが分かるはずなんです」
そして、そんな豚肉に関して期待しているレスカは、言った数秒後に、気恥ずかしくなったのか頬を染めている。
(可愛いんだよなぁ。だけど、その内容が肉の食べ比べ……いや、別に悪いとは言わないが)
俺は、一人照れるレスカの様子になんと声を掛けていいか分からずに、自分の口元に手を当てて抑える。
「痛っ!?」
不貞腐れたような表情のジニーが軽く蹴って俺を正気に戻す。
また、俺の声にレスカも正気に戻り、自分の言動を思い出して何事もなかったかのように動き始める。
「それじゃあ、牧場の手伝いをしましょうか! まずは、藁や糞を片付けましょう!」
そう言って、俺とレスカは、牧場主の指示を受けて小屋の掃除を始める。
その際、ジニーは汚れや臭いを嫌がって掃除の手伝いはしないが、家畜のための水の入れ替えや綺麗な藁を運ぶのは手伝ってくれた。
「お疲れ様。レスカちゃんは、本当に働き者だよね。どうだい? うちの息子の嫁にならない?」
「ごめんなさい。私には、私の牧場がありますから」
「そうだよね。立派な自分の牧場を作るんだよね。ごめんね」
そう言って、ニコニコと笑う牧場主の冗談を軽く丁寧な話口調で流すレスカだが、俺とジニーはそれを見て、決して冗談ではないと思った。
「レスカ姉ちゃん、美人で料理も上手。それにおっぱいも大きいから自警団の男の人は、みんな鼻の下を伸ばしてる。騎士の兄ちゃんもそうでしょ」
「それに関しては、発言を拒否させてもらう」
ジニーの子どもらしくないどこか冷めた目から視線を逸らしながら、レスカの背中を見る。
そこで俺は、レスカに騎士を辞めて牧場に就職しないか、ということを言われた時のことを思い出す。
今、牧場の嫁に来てくれ、というアピールをされるレスカと同じ立場だったんじゃないのか? これってもしかして裏の意味としてプロポーズと言うやつ……いやいや、自惚れるな、あれは従業員として欲しいと言うだけだ、と頭を振って邪な考えを排除するが、その間もジニーに冷めた目で見られ続ける。
「ごめんなさい。少しお話をしていて待たせちゃいましたか?」
「い、いや、気にしなくてもいい」
「そうですか。今日の手伝いで少し豚肉を分けて貰いましたからこの骨付き肉を使った夕飯にするから楽しみにしてください!」
そう言って、俺たちの先頭を歩き出すレスカ。
「それとコータスさんは、今日付き合ってくれてありがとうございます」
「まぁ、牧場町の仕事の手伝いも騎士の仕事の一つに組み込まれているからな」
「また今度、別の牧場の見学をしたい時は、また手伝いを頼むと思います」
今日は、二軒の牧場を見学したが、他にも色々な種類の畜産魔物がいることをここ数日で知っている。
その中でレスカは何故、先程の牧場を選んだのだろうか?
非力な女の子が経営する牧場で新たに導入する畜産魔物で今日見た二種類の魔物は少し荷が重いのではないか、と思う。
「なぁ、レスカは、どうしてコルジアトカゲとボアの家畜化の牧場を見学したんだ?」
「えっ?」
「いや、他にも、もう少し設備や場所が少なくても飼育できる魔物が良さそうなのに、どうして飼育の大変なところを見学したのかと思って」
「それは……」
レスカは、顔を俯かせながら少しの間、黙る。
その間にも俺たちはレスカの牧場に辿り着き、放牧していたリスティーブルを牛舎に戻す準備をしている。
妙な沈黙が俺たちの間に広がる中、レスカがポツリと答えてくれる。
「……くが、……から」
「ん? なんだって」
「だから……お肉が食べられるからなんです! 選んだ理由!」
今にも顔から火を噴きそうなほぼ真っ赤にしているレスカに、俺は思わず可愛いな、と頭を撫でてしまう。
「えっ、あっ!? な、なんで今、頭撫でる!?」
「いや、なんかレスカらしいなぁ、と思っただけだ」
「私って、コータスにそう思われてたの!?」
なんか、レスカと出会ってから料理の上手で美味しそうに食べる女の子だと思っていたが、彼女には『腹ペコ』という単語が良く似合いそうだ、と思った。
だが、そんなレスカの頭を撫でる俺は突如として、横っ腹に衝撃が走り、体が宙を浮き、地面に叩き付けられる。
「ま、またお前か……」
脇腹への衝撃を何度も受けて、【頑健】の加護が成長しているのか、段々と強い衝撃に対する耐性が上がっている気がする。
俺は、リスティーブルによる突撃を脇腹に受けたのだ。
痛みに脂汗が浮かぶ中、リスティーブルは、鼻を鳴らせて、尻尾を鞭のように風を切る音を響かせながら自分で牛舎の中に入っていく。
後に残された俺は、レスカそしてジニーに心配されつつ、家の中に戻るのだった。