8-2
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テレーズ王女の視察団が牧場町から去って数日が経ち、夏の暑さが少しだけ和らぎ始めた頃――
俺は、日々の牧場の手伝いを行なうと共にアラドによる望まぬ空中遊泳でストレスを感じたルインに突撃をその身で受け止めていた。
『ブモォォォォォォッ!』
「――《ブレイブエンハンス》《デミマテリアーム》!」
身体強化と半物質化した魔力の籠手を覆って突進を受け止める。
受け止める際に、鈍い音がレスカの牧場に響き渡り、ルインの突進が止まる。そして、気付く。
「また、俺の魔力が増えてる」
『ブモモォ~』
きっとアラドから膨大な魔力供給を受けた際に、体が内側から軋むような痛みを覚えたが、保有する魔力を無理矢理押し広げられ、【頑健】の加護がそれに適応して魔力上限が上がったのかも知れない。
「とりあえず、使える魔力が増えたのは便利だな。もう、何も驚かない」
そう呟き、とりあえずは今日の分は満足したルインの背中を叩き歩き、ルインと共に歩く。
「ようやく落ち着いたが、これで終わりじゃないんだよな」
レスカが俺の婚約者になり、横槍も入る可能性がなくなった。だが、それで終わりではない。
これからが本当の始まりであり、レスカと心を通わせるためにどうしたら良いか考える。
そんな呟きをルインが、まぁ頑張れと言うように鳴き、地面からマーゴが姿を現わし、声を掛けてくる。
「コータス、レスカニ、キク?」
「贈り物を聞いた方がいいが、たまには驚かせたいからな。それにみんなには内緒にしてくれないか?」
『ウン。ワカッタ』
そう言って、マーゴに口止めするとコクリと頷いて他のコマタンゴたちと合流してくる。
こうして口止めしないと、牧場町のどこにでも菌糸を張り巡らされるマーゴに知られてしまうと思った。
そして俺は、思い立ったためにすぐに行動に移すことにした。
「レスカ。俺は、少し出かけるけどいいか?」
「はい。気をつけて行ってきて下さいね」
俺は、レスカに断りを入れて一人牧場町に向かう。
「確か今日は――」
俺は、牧場町の北側にある元騎士団の駐在所であり、現在は自警団の休憩所に向かう。
「そう言えば、あの場所から始まったんだよなぁ」
しみじみと呟きながら自警団の休憩所に入ると【魔の森】を監視する当番である先任騎士のバルドルと自警団のオリバーを見つけた。
バルドルは、オリバーに身体強化の魔法を教えているところらしいが、俺に気付き振り返る。
「バルドル、オリバー。少し相談があるんだけど、いいか?」
「「俺(様)たちに相談?」」
バルドルとオリバーが振り返り俺の方を見つめるので素直に答える。
「ああ、レスカに贈り物をしたいんだが、その相談をな」
俺が素直にそう答えると、二人は渋いものでも食べたように表情を歪める。
「なんと言うか、他人の惚気話を聞くのは、やっぱりしんどいな」
「バルドルさん。あんたもコータスと同じ程度で惚気てるのに気付いてるのか?」
特段、レスカとの関係で惚気たつもりはないが、二人にはそう感じたようだ。
「すまん」
「いや、別に良いんだが――そうだな。レスカ嬢ちゃんへの贈り物かぁ、実用性があるものでいいんじゃないか?」
包丁、まな板、食べ物、動物用の新しいブラシ、とバルドルが指折り数えるが、それに対してオリバーが待ったを掛けた。
「そんなん婚約者や恋人に贈る物か? もっと花束とか指輪、ドレスとかだろ」
「あー、まぁ貴族や商会の婚約者の贈り物ならそうだよな。けど、ここは田舎だしな」
意外とロマンチックなことを言うオリバーに、一応貴族の子どもなのに完全に平民に染まっているバルドルが表情を顰める。
確かに、バルドルの言う通り実用性も大事だが、オリバーの言うことも一理ある。
「……ドレスかぁ」
そう言えば、テレーズ王女の話を聞いていた時、ウェディングドレスを憧れてる、と言っていた。
「いや、コータス。待て、落ち着け。レスカ嬢ちゃんにドレスなんて贈ってもそれで農作業させるわけじゃないだろ」
「流石に、俺もそこまで馬鹿じゃない」
俺は、バルドルに胡乱げな目を向けるが、それでもいい話は聞けた。
「ありがとう。参考になった」
「あー、まぁ参考に鳴ったらな、いいさ。……俺も帰りにシャルラのために何か菓子でも買って帰るかな」
「コータス。もし聞くなら、リア婆さんに聞け。あの人は頼りになるからな」
「ありがとう。早速当たってみる」
俺は、オリバーの助言を受けて早速リア婆さんの薬屋に向かう。
「お邪魔します」
「いらっしゃい、ってコータス兄ちゃん。どうしたの?」
『にゃっ!』
奥の調合室で簡単な薬を作っていたジニーが火精霊のミアを連れてやってきた。
「少しリア婆さんに相談があってな」
「わかった。応接室でいい?」
俺は、ジニーの案内で応接室に通され、ジニーがリア婆さんを呼びに行く。
その際、遅れてついて行こうとするミアを手招きして呼び止める。
「ちょっとレスカへの贈り物の相談なんだ。ジニー経由で伝わらないように少し内緒にしてくれないか?」
『にゃっ』
俺の相談にとりあえずわかったような返事をしてジニーを追い掛けるミア。
これで伝わりそうなところには口止めしたが、まぁ伝わったら仕方がないと笑おう、と思う。
そして、ジニーがお茶を用意してくれた後、リア婆さんがやってくる。
「どうしたんだい? この前にレスカと一緒に婚約の報告に来たばかりじゃ無いか」
「その、レスカに贈り物をしたいと思ったんだ。それでいい知恵を借りたい」
「なるほどね。殊勝な心掛けじゅないか」
ニヤニヤと笑うリア婆さんは、早速俺に尋ねてくる。
「それでどういう物を贈りたいんだ」
「そのウェディングドレスの意匠を含んだ小物なんかを贈りたい。ドレス全部を贈っても迷惑になるだろうから実用性がありそうなものを」
それにウェデイングドレスに憧れると言っていたので、その気分だけでも……と尻すぼみにある言葉を説明するとリア婆さんはニッコリと笑う。
「なるほどねぇ。ちゃんと考えてたね。これで全部、あたしに任せようとしたら叩き出してた所だよ」
カラカラと笑うリア婆さんは、そうさねぇ、と顎に手を当てて悩む。
「ウェディングベールなんてのはどうだい?」
「ウェディングベール?」
「そうさ。この牧場町の紡績業では柔らかなシルキーワームの布も作るんだけど、その使い道を調べたら、貴族の日除け帽やウェディングベールに使われてる。その時、簡単な構造も覚えているから用意できるはずだよ」
構造は、薄手の柔らかな生地と髪留めを組み合わせて作る。
サラサラと手近な紙にどういう物か、書き記し俺に渡してくる。
「使い終わったら、生地を外せば髪留めに使えるし、布も別の使い道があるさ」
「なるほど、良さそうだ。早速ロシューと服屋に相談に行ってみる」
「気をつけて行くんだよ。それと成功を祈ってるよ」
リア婆さんに見送られ、ウェデイングベールの作り方の紙を折り畳んでポケットに仕舞い、次はロシューの工房に向かう。
「ロシュー、いるか? すまんが作って貰いたいものがあるんだ」
「なんじゃい? 剣は作らんぞ。ワシは農具を作りたいんじゃが」
夏の暑さの中、更に炉の熱気が店舗まで広がっているのか余計に熱く感じる店内でロシューが煤けた顔で出てくる。
「ウェディングベールを作るために、こんな髪留めを作って欲しいんだ」
先程、リア婆さんから貰った紙をロシューに見せると、ふむ、と顎髭を撫でる。
「レスカの嬢ちゃんへの贈り物か。まぁ、ドワーフとして彫金も嗜んでいるからこれなら二日で用意してやるわい。この前、質のいい金属が誰かさんのお陰で手に入ったからの」
そう言ってジッと俺の顔を見てくるロシュー。
「お前さん、ダンジョンの魔物を相手にしおったじゃろ」
「なっ!?」
唐突にそう話を振られ、ロシューがふぅと溜息を吐き出す。
「テレーズ王女殿下が牧場町に使うために格安で魔物の持つ武具を卸して下さった。その武器の質を見れば、ダンジョン産の鉱石かダンジョン産の高品質武具だと分かるわい」
そう言って、まさかダンジョンの存在をそんなところから気付く相手がいるなんて、と驚く。
「まぁ、誰かに言うつもりはないわい。もう、終わったことじゃろう。それに、その武具で質の良い農具が作れるからの!」
農具が作れて楽しいわい、と厳めしい顔付きから一転、笑みを浮かべる。
そして、妙に緊張した空気が消え、どっと背中から汗が噴き出すのは、緊張からの安堵か、それとも工房が暑いためか。
「それにレスカ嬢ちゃんのためなら、嫌とは言わんわい。髪飾りにも使えるものは、装飾品。つまりは趣向品じゃから銀貨5枚になるぞ」
「ありがとう、その値段で構わない。レスカへのプレゼントをケチるつもりはない」
「全く、果実酒よりも甘ったるいことをことを言いおって」
そう言って、早く帰れと追い出すように手を振り俺はロシューの工房から出る。
そして、しばらくして工房から炉の火を強くしたのか工房の煙突から立ち上がる陽炎の揺らめきが強くなり、工房で金槌を叩く音が聞こえ始めた。