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6-5

 6-5


 その日は、多くの牧場町の住人がざわついていた。

 数日前よりテレーズ王女から発せられた真竜アラドが来訪して、町の外の平原に降り立つと宣言された。

 そこには、真竜と王族との大事な契約を結ぶことも代替的に告げ、以前牧場町に降り立った圧倒的な存在と対話できることにテレーズ王女は、尊敬を受けていく。


 その一方で牧場町に暮らす魔物たちは、アラドの威圧を再び受けるのか、と怯えるようなどこか挙動不審な姿がここ数日見られることになる。


 そして――


『GYAOOOOOOOOOOOO――』

「アラドも来たか」

『キュイ! キュイ!』


 テレーズ王女が言っていた俺との婚姻を結ぶ日に昼前にアラドが平原に降り立つのを見た。

 久しぶりに真竜・アラドの姿を見たチェルナは、アラドの巨躯を見上げて嬉しそうに声を上げる。

 そんな俺の隣には、ジニーが並び不安そうに見つめてくる。


「コータス兄ちゃん……大丈夫?」

「ああ、大丈夫だろ。ちゃんと話を付けてくる。だから、俺たちがいない間のレスカの牧場を頼むな」

「うん。任せて!」

『ウニャッ!』


 俺に頼られて小さく拳を握るジニーと火精霊のミアの鳴き声を聞き、レスカの牧場にやってくる一団に目を向ける。


「コータス殿、テレーズ王女殿下と真竜アラド様がお待ちです」

「ああ、わかった。すぐに行く」


 俺は、正装を身に纏い、腰にミスリルの長剣を差して、チェルナを肩に乗せて牧場町の北側に広がる平原を目指す。

 その場所は、奇しくも俺とアラドが対峙して、真竜の試練を乗り越えた場所だ。


「コータス様、お待ちしておりました」


 そう言って微笑むテレーズ王女は、持ち込みのテーブルの上に婚姻契約の書類を揃え、その周囲には、パリトット子爵や親父であるラグナス・リバティン、その他護衛の騎士たちが揃っている。

 その中でアラドの覇気に当てられるワイバーンなどの魔物たちは近寄らずになるべく離れて、こちらの様子を見ている。


「レスカさんとヒビキさんは、コータス様の大事な日なのに不在のようですね」

「ああ、二人は、こっちよりも大事な用があるからな」


 そう、レスカとヒビキは、正確にはオルトロスのペロもリスティーブルのルインもマーゴ率いるコマタンゴたちも全て引き連れてレスカたちは不在である。

 そのことに訝しむ様子のテレーズ王女たちの様子は、不可視と化した火精霊のミアによる偵察のお陰で様子は筒抜けである。

 逆に俺だけが残り、俺の婚約者として先に立つレスカが不在であるために婚姻成立の妨げが減ると考えて、放置したようだ。


「それでは、先日お話した通り、真竜アラド様の前で婚姻契約を成立させましょうか」

『我は、久方ぶりに幼子のチェルナに会いに来ただけだ。人間が我の前でどのような宣誓をしようと魔法的な意味も拘束力も存在はせんぞ』

「ふふっ、分かっております。ですが、人間とは、目に見えない権威などに弱いもの。それが例え、無意味かも知れなくとも『真竜アラド様を立会人として契約が成立した』という言葉は、真竜様が認めたとお墨付きを貰ったようなものですわ」

『ふん。そこのコータスにも言ったが、人間が誰と番おうが、契りを交わそうが我にとってはどうでもいいことだ。ただ、チェルナさえ健やかに育つのであれば、問題はない』

「そのことについては、私が責任を持って育てる障害を排除いたします」


 そう言って、綺麗なお辞儀をしたテレーズ王女だが、アラドは欠伸を一つしてその場で寝そべる。

 テレーズ王女は、続いて俺に向き直り、契約のためのペンを手に取る。


「さぁ、全てはお膳立てしております。後は、この書類にコータス様のお名前を書けば、問題ありませんわ」


 婚姻契約の書類には、既に必要事項が書かれており、その署名には親父であるラグナス・リバティンの名が書かれている。

 あとは、当主のみならず当人の同意のサインがあれば、テレーズ王女は俺の婚約者となるが、俺はペンを受け取らずに、俺は尋ねる。


「――テレーズ王女殿下は、ちゃんと睡眠を取れているのか?」

「……っ! ええ、ちゃんと睡眠は取れていますが、関係はありませんよ」


 その瞬間、テレーズ王女の表情が驚きに変わり、取り繕う。


「……誰からそのお話を聞いたのですか」

「情報を集めて、推理と考察をして導きだした答えだ。聞いてくれるか?」

「……いいでしょう。ですが、結果は変わりません」


 常に微笑みを浮かべ続けていたテレーズ王女から表情が無くなる中、俺はこの三日でレスカたちと共に導き出した答えを語っていく


「まず、全て確固たる証拠はない。だが、テレーズ王女殿下は、【予知】や【未来視】などの【加護】を持っているんじゃ無いのか? そして、その加護は、夢を介するもので、視た未来は、回避や変化させることができると俺は考えている」


 母ワイバーンの危機を知り、必死で止めようとした結果、母ワイバーンは任務に出かけることなく卵を産み落とし、子ワイバーンが誕生した。

 そして、もしもその未来を変えることができないのなら、わざわざ王族の姫が癇癪を起こしてまで母ワイバーンを飛び立たせるのを阻止しようとはしなかっただろう。


「そして現在は、危機的な未来を見たためにそれを防ごうとしているんじゃないか?」


 なにか大きな災い――そう大規模なスタンピードが起こることが予知できたから自身がその発生地点である辺境の牧場町の周辺を領地として賜り、対魔物に優れた自由騎士団の団長である親父を引き入れるために俺との婚約を結ぼうとする。


 そこまでの予想を話したところ、概ね間違ってはいないようだが訂正が入る。


「確かにコータス様の言う通り、私には【夢見】という加護があり、それも目的の一つですわ。ですが、表向きの目的としては、王家の威光によりコータス様とチェルナ様を守るのは変わりません。その過程で来たる未来に備えて優秀な人材を集めていただけの話です」


 それは、俺だったり、魔道具を作れるヒビキだったり、元近衛騎士のバルドルだったり、親父たち自由騎士だったりする。


「その危機的な未来は――魔物のスタンピードだな」

「っ!? あなたはどこまで知っているのですか! まさか、アラド様からお聞きになったんですか!」

『ふん。我は何も言っておらん』


 面倒くさそうに答えるアラドに変わり、俺たちがどうしてそう考えたのか、推察する。


「テレーズ王女が視たスタンピードの特徴は、単一種族やその派生や進化した魔物ではなく複数種類の魔物が混成するスタンピードで合っているか?」

「……はい。間違いありません」

「通常のスタンピードは単一種の魔物の群れで起こる。もし、複数の魔物が押し寄せる場合には、多くの場合はダンジョン内で飽和した魔物が外部から出てくるダンジョン由来のスタンピードになる。つまり、【魔の森】には手つかずにダンジョンがある可能性が高い」


 そのためにそのダンジョンを捜索するために飛行能力を持つワイバーンたちに上空からの偵察を頼んでいたのだろう。


「テレーズ王女の視たスタンピードがいつの事象なのか分からない。だが、もしも10年、20年単位で準備をすれば退けることも可能だ。それか早期に発見することができれば、多種多様な魔物が生息するダンジョンを管理する――【ダンジョン都市】の設立が最終的な目的じゃないのか?」


 表向きは、真竜アラドと契約した俺とチェルナの保護するために婚約し、裏の目的は、【魔の森】からのスタンピード対策とその発生原因であるダンジョンの周辺の開拓、そして【ダンジョン都市】の成立だと考えている。


 例えば、ダンジョン深部に出現する討伐難易度の高い魔物の有用部位。

 他にも高濃度の魔力が集約することでダンジョン内壁に生成される各種金属類や宝石、結晶などの魔法触媒。

 またダンジョンは時として魔物に適した疑似環境を作り、そこでは様々な薬草なども手に入れることができる。

 レスカに言わせれば、ダンジョンと言う名の超巨大生物の体内を利用した――【超巨大魔物牧場】である。


「そうですね。ほぼ正解とも言えますね。ただ、一つ言うとすれば、コータス様はスタンピードの発生が予見される中で、多くの国民を守る騎士として、それに備える私の手を振り払うことができますか?」


 俺一人では、どう考えても将来的に起こるダンジョンのスタンピードを抑えることも、ダンジョンを討伐することも不可能だろう。

 だから、もっとも確実と思われるテレーズ王女と手を組み、チェルナを守り、辺境の牧場町を守り、アラド王国を守る。

 ひいては、レスカを守ることに繋がるのだろうが――


「ダンジョン都市が完成するまで何人の騎士や冒険者から犠牲が出る? ダンジョンから利益を得る過程で何人の冒険者が死ぬ?」

「……コータス様、私もそれを考えました。ですが、それらの人たちは、その可能性を認識してその道に来ています。そうした人たちのことを考えるのは不毛です。ですが、そうした人たちが一人も出ないようにやっていくつもりです」


 確かに騎士は、職業軍人であるために死の危険性はあるし、冒険者とはどこまで行っても自己責任の世界だから仕方がないのかもしれない。

 仕方がない部分であるがテレーズ王女は、それで片付けずダンジョン都市と言う利益のために人に死を命じる人ではないと知り、やはり心優しい少女なのだと思う。 

 それに――


「一つ聞きたい。テレーズ王女殿下は、いつ頃から魔物のスタンピードの夢を見始めたんだ?」

「8歳の時からです。その時から今日まで色々なことを準備してきました。発生地点の予測や規模を抑えるための対策や人材。最初は、アラド王国の国土の半分が蹂躙される夢でしたが、私が動くことで規模は小さくなり、先日この町一つの被害まで小さくすることができました」


 そう言って、視たこともないだろう北側のダンジョンを幻視するように【魔の森】に目を向けて語る。


「そして、コータス様と婚約が成立し共に歩むことができれば、私は大きな力と影響力を持ち、きっとこの悪夢から解放させるはずです」


 凜と胸を張る年下の王女の気高さを見た。

 だからそこ言いたい。


「テレーズ王女殿下、何故遠くの国に嫁ぐようにして逃げない。それにあなたは、悪夢的な未来を見るために、満足に眠れていないはずだ」


 テレーズ王女の病弱説とは、【夢見】の加護による悪夢によって満足な眠りを得られないのが原因だろう。

 スタンピードの被害が届かない遠くに逃げれば、穏やかに暮らせるはずだ。


「民を守ることが私の王族としての矜持です。この【夢見】の加護と王族に生まれた宿命から逃れるつもりはありません」


 本当に気高い王族なのだろうと思う。

 俺のような左遷された騎士が婚約するには勿体ないほどの人物だ。


「テレーズ王女殿下に一つレスカからの伝言を――」

「何ですか? 突然コータス様との仲に割り込んできた私への恨み言なら甘んじて受けます」

「レスカから――『ダンジョンを壊すことになり、ごめんなさい。ですが、代わりにダンジョンにも負けない世界一の魔物牧場を作り上げて見せます』――だそうです」

「あなたは、なにをするのですか! コータス・リバティン!」


 声を荒げるテレーズ王女だが、俺は、落ち着いた気持ちで答える。


「ダンジョンを破壊する。ただそれだけです」


 そして俺は、アラドに向き直り、見上げる。


「アラド! ダンジョンを破壊するのを手伝え! 代価は、酒樽五つと大皿の料理が十のはずだろ!」

『くははははははっ! ここでそれを持ち出すか! 良いだろう! あの場所まで貴様とチェルナを運んでくれるわ! 早く背中に乗れ!』

「ああ、頼む」


 俺は、身体強化を発動させて、チェルナを抱えてアラドの巨体を駆け上がり、ちょうど翼の付け根に乗る。


「――っ!? 護衛の騎士とラグナス団長は、コータス様を止めなさい!」


 婚姻契約のために距離を取っていた親父や自由騎士たち、護衛の騎士たちが剣を取るが、その前にアラドの羽ばたきによって、突風が舞い起こり、真竜の巨体が上昇する。


「……本物の竜騎士! 真竜の騎士!」


 きっと竜騎士としてこの場に来ていた誰かの言葉なんだろう。

 その声は、感動に震えているように聞こえたが、それもアラドの上昇によりすぐに遠くなる。


『貴様とチェルナは、我の魔法で風を防ぐが、それでも振り落とされぬように貴様は禁術の身体強化でも使え』

「いや、だがアレには、魔力が足りない」


 禁術マテリアボディ超々高密度の魔力による身体の強化だが、それを長時間発動させるだけの魔力はない。


『足りない魔力は、我との契約を経由して渡してやる。それも手伝いの内だ』


 そう言って強引にアラドは、真竜が持つ膨大な魔力を俺の体に流し込んでくる。


「うぐっ!? いきなりか!」


 たちまち暴れる赤い魔力をそのまま放置すれば、逆に体が内側から弾け飛びそうな魔力を操り、禁術マテリアボディを纏う。

 そして、禁術は、体が耐えられずに崩壊するために禁術と呼ばれる。

 だが、【頑健】の加護によって肉体が禁術の負荷に適応することができ、完全にこの身体強化を物にすることができた。


『さぁ、すぐに辿り着くぞ! コータス!』


 アラドに呼び掛けられ、俺とチェルナは、上空から真っ直ぐに爆音の響いた地点に目を向ける。



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