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俺たちは、テレーズ王女たちが帰った後、食堂のテーブルに座り脱力していた。
「三日後に俺とテレーズ王女の婚姻を結ぶって、それにアラドも呼び出すのか……どうやって回避するか。いや、それか逃げるか」
もういっそ、このままレスカたちを連れて遠くに逃げるか、と考える。
幸い、先日テレーズ王女から頂いた魔物討伐の金貨があるので逃亡資金には、問題ないだろう。
そんなことを考える俺だが、ヒビキがやめた方がいいと告げてくる。
「無理じゃないかしら。チェルナを守るために牧場に防犯用の魔法を張り巡らせているけど、その外側から監視する騎士たちがいるみたいよ。絶対に婚約成立までコータスを逃がすつもりはないみたいよ」
「マジかぁ……」
椅子の背もたれに寄り掛かり、天井を見上げる。
先程からアラドとの契約を介する念話を行なうもアラドからの返事がなく、また先日の念話の内容を思い出すとアラドすら中立かテレーズ王女寄りな立場だろう。
「うーん。正直、テレーズ王女の目的とかそれらを全部潰せれば、婚約を結ぶ必要性はなくなるんだけど……」
その目的が分からずに俺たちは、頭を悩ませる。
その雰囲気を感じ取り、ペロやチェルナが不安そうにこちらを見上げてくる中、母屋の窓辺から中にいる俺たちに声が掛けられる。
「コータス兄ちゃん、レスカ姉ちゃん、ヒビキ姉ちゃんいる?」
「ジニーの声だ」
俺たちは、立ち上がり、軒先に立っていたジニーの許に向かうとそこでは、ジニーが珍しくコマタンゴ・リトルフェアリーのマーゴを抱えて待っていた。
「ジニー、どうしたんだ? なにかあったのか?」
「マーゴから全部聞いた。コータス兄ちゃんがテレーズ王女様から婚約を申し込まれたことを。それとレスカ姉ちゃんとヒビキ姉ちゃんも何であたしに教えてくれなかったの」
不機嫌そうに半目でこちらを睨んでくるジニーに俺たちは、逆に尋ねる。
「誰から聞いたんだ。その話、外部に漏れないことだろ」
「マーゴが知らせてくれた。あと、ヒビキ姉ちゃんが教えてくれたコックリサンって【降霊術】ってやつで火精霊と対話して知った」
そう言ったジニーは、折り畳んだ大きな紙とつるりと磨かれた熱量の抜けた黒い炎熱石を取り出す。
大きな紙には、文字記号と数字記号、『YES』と『NO』の記号が書かれていた。
ジニーの話とそれらの道具を見たヒビキは、あー、と遠い目をして視線を逸らす。
「ヒビキ。ジニーに一体何を教え込んだんだ」
「いや、えっと、そのね。物に霊を憑依させて聞きたいことを聞く、っていうオカルトがあるのよ~。ってことを前に話したことがあるのよ」
「ヒビキさん! ジニーちゃんになんて危ないことを教えるんですか! ゴーストとかの魔物が出てきたらどうするんですか!」
俺は、無言でヒビキを批難し、レスカは本気でヒビキを怒っている。
「いや、精霊魔法の一部にはそういうものがあって、類似したものがあるのよ~。くらいな雑談で本当にやるとは思わなかったのよ!」
「ところでジニーは、なにか問題とかなかったか? 体調に異変とかゴーストとかが現れたとか」
「ううん。ミアたち火精霊たちが近づけないように守ってくれたらしいから大丈夫」
そう言って、問題ないことを告げるジニー。
流石【火精霊の愛し子】の内包加護を持つ少女だ。
火精霊たちが危害を加える存在から全力で守っているんだろう。
そして――
「ヒビキ姉ちゃんが精霊と対話するように、って言ってたから用意した道具だけど、今回のことは本当に役立った。コータス兄ちゃんたちが知りたいことを調べられたよ」
「役立つ? 調べられた? どういうことだ?」
俺たちが尋ね返すが、ジニーは、マーゴを抱えたまま、着いてくるように言った。
「コータス兄ちゃんたちが知りたいこと、全部ミアとマーゴが調べてくれた」
『イヤダッタケド、レスカノタメ、ガンバッタ』
『ニャニャッ!』
牧場町の広範囲に菌糸を張り巡らせ、様々な情報を集めるマーゴ。
実体化と精霊状態での不可視な姿に切り替えられる火精霊のミア。
互いに反目していた両者が協力してくれたようだ。
「コータス兄ちゃんたち、着いてきて」
俺たちは、マーゴとミアを連れるジニーについて行く。
そして向かった先は、牧場町の東側に用意された竜騎士のワイバーンたちのための寝床である。
そして、ジニーが指差す先には、三頭の中で一番若いワイバーンだった。
それは、テレーズ王女が母ワイバーンを救ったことで生まれ、テレーズ王女にとって特別なワイバーンである。
「みんな話をアレとかソレとかで具体的なことは避けてた。でもマーゴとミアたちが言うには、あの子だけが全部教えてくれる。それに助けを求めてるって――」
そして、ジニーの腕の中で抱えられていたマーゴは、ジニーの手から抜け出し、レスカの胸元に飛び移る。
『グルルルルルッ――』
牧場町に訪れてから顔見知りとなったレスカたちを見て嬉しそうにするワイバーン。
そして、近くにはワイバーンのために待機している竜騎士がいるが――
(少し、幻影使って、普通にお世話しているように見せるから会話して良いわよ)
ヒビキは、指をパチンと鳴らすことで幻影結界を張る。
それは、何時ぞやの元密偵でバルドルの婚約者であるシャルラが使用した魔法である。
「はい。普通に喋っていいわよ」
『グルルルルルルッ――』
『ワタシガ、コトバ、ツタエル。ソレデ、ゼンブ、ワカル』
「マーゴ、お願いしますね」
レスカはマーゴに翻訳して貰うことで、様々な事実を知ることができた。
『テレサ、タスケテ。テレサ、コワイオモイヲシテル。ソレフセグタメニ、ミンナデ、サガシタ。デモ、ミツカラナイ』
テレサ、とはテレーズ王女の愛称なのだろうか。
怖い思いとはなんだ? 多くの人に守られるテレーズ王女が怯えることはなんだ? それに大勢の人が探して見つからない恐怖の対象とは――
マーゴの翻訳にレスカが頷き、ワイバーンに疑問を伝える。
「テレーズ王女は、何を怖がっているんですか?」
『グルル、グルルルッ――』
『テレサ、タクサンノマモノ、アラワレル、コワイ、イッテタ』
「魔物のスタンピード現象。でも、春先に小規模なスタンピードが起きましたし、牧場町の狩人や専属冒険者が【魔の森】を調べていますけど、その兆候は……」
レスカは、独り言を呟き、何かを感じ取り、別の質問をする。
「その現れる沢山の魔物とは、単一種族ですか? それとも混成ですか?」
『グルルルッ――』
『ワカラナイ。デモ、テレサ、イウ、ゴブリン、オーク、サル、ヘビ、トリ、タクサンノマモノ、オシヨセル』
「わかりました。私がきっとなんとかしますよ」
『グルルルルッ――』
ワイバーンの話を聞いたレスカは、そう言ってワイバーンの鼻の頭を撫でると、嬉しそうに喉を鳴らす。
マーゴの翻訳がなくても多分だが、ありがとう、と言っているのだろうことが雰囲気から感じ取れる。
「レスカは、何か分かったのか?」
「はい。多分ですけど、一度牧場に戻って叔父の本を調べます」
ただ、魔物の知能とマーゴの片言の翻訳能力の低さからその内容の精度は低い。
またテレーズ王女も若いワイバーンに全てを教えるように語ったわけではなく、ふらりと訪れた時に、自身の胸の内を吐露するような断片的な内容。
だが、それでも十分に情報を得られることができた。
そして、俺たちは、テレーズ王女との婚姻契約の日に向けて動き出した。