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6-3

 6-3


 結局、テレーズ王女からの婚約に対して、明確な目的も理由も分からず、時間と日常だけが過ぎていく。

 そして――


「先日教えて頂いたお土産はとても素晴らしいものでしたので、そのお礼を」

「い、いえ……お気になさらず……」


 レスカの牧場の母屋には、テレーズ王女とその護衛や文官、侍女が訪れた。

 にこやかに微笑みを浮かべるテレーズ王女に対して、レスカは引き攣った笑みを浮かべ、その隣には、俺も強張った表情で対峙していた。

 そして、ヒビキも少し離れたところからこちらの様子を伺うように待機している。


 先日の婚約に関して、時間を置いてからと言うので、俺たちを呼び出すのかと思いきや、わざわざ王女直々にやってくるとは思わなかった。


「とても質のいいカーバンクルの宝石とシルキーワームの生地を手に入れることができました。また、シルキーワームの生糸は、チュール生地にも加工して下さるらしいのよ」


 ただの世間話のようだ談笑であるが俺の背中からは、嫌な汗が滲み出る。

 どんな会話になるのか、不安になってくる。


「今日は、幾つかの確認の話ですから気楽にしてください」

「は、はい……」


 不安そうなレスカを前に、テレーズ王女は質問を始めた。


「まず始めに、レスカさんの使役する魔物には、町の建物を移動させる力があるのですか?」

「……? は、はい。たぶん、マーゴのことだと思います」


 振られた話は、俺への婚約の関係ではなく、普通に牧場町の視察の内容らしい。


「不都合がないようならば、そのマーゴと呼ばれる魔物の特徴や能力を教えていただけますか?」

「えっと、マーゴは、コマタンゴと言われる菌糸魔物が妖精化した魔物で――」


 レスカは、マーゴの菌糸による土地の持ち上げや運搬などの能力などを伝え、後ろに控える文官がそれを記録する。


「とても便利な能力ですね」

「はい。ですけど、一定以上の重さなどになると流石に運搬は難しいと思います。巨大な風車や建物は、流石に重すぎると思います」

「ですが、一軒分の家の運搬と地表の交換、有機物の腐敗と発酵の促進は、非常に有用な能力だと思いますわ」


 テレーズ王女は小声で、これなら町の発展計画が前倒しにできる、と呟いているのが耳に残った。


「もしも、牧場町を発展させる場合、レスカさんにも協力をお願いしたいのですが、引き受けて下さいますか?」

「……可能な限りは手伝いたいと思います。ですけど、マーゴたちの活動領域は、菌糸核を中心とした菌糸の広がる範囲なので町の外までの活動は難しいと思います」


 レスカの答えに、今はそれで構わないのか、表情を崩さずに頷く。


「レスカさんに聞きたいことは、以上です。続いてですが、コータス様」


 ついに、あの話か、と身構えるがテレーズ王女の話は違った。


「先日、ラグナス夫人を来訪した時、持ち込んだ守護の効果が籠められたお守りについてです」

「お守り……」

「はい。【鑑定】持ちの文官が、先日確認されたお守りに使われる付与魔法は、一流と同等かそれ以上だと判断されました」


 王城で扱われるそうした魔道具などを目にする文官だったのか、話をテレーズ王女にしたのだろう。

【賢者】のヒビキのことは、対外的に【魔女】の加護持ちとしているが、それでも権力者との接触を遠ざけていたために迂闊だったと思う。


「この牧場町には、それだけの技量がある方についてはよく分かりませんでしたが、付与魔法を使えるのは、この牧場で暮らすヒビキさん、と言う方だとも判明しまして伺いました」


 内心、歯噛みする俺に対して、一歩引いて様子を見ていたヒビキが立ち上がり前に出てくる。


「それで、そちらの方がヒビキさんで会っていますか?」

「ええ、はじめまして。テレーズ第二王女様」


 ヒビキは、堂々とした態度でテレーズ王女と向かい合う。


「とても素晴らしい技量をお持ちのようですね。他国から来た方だとか」

「ええ、色々とありまして。この国に流れてこの町の騎士に保護していただき、レスカのご厚意でこの牧場に居候させてもらっています」


 猫を被って対応するヒビキにテレーズ王女は単刀直入に切り出す。


「その素晴らしい付与魔法の技術をアラド王国に使いませんか? 是非とも、宮廷魔術師になりませんか?」

「この国に流れた理由も、加護や技術の所為で望まぬことも強要されたためです。なので、お断りさせていただきます」


 異世界人という事実が話せないために、それっぽい理由を言っていたなぁ、などと俺が忘れていたことを思い出す。

 そして、テレーズ王女は、その話を聞き及んでいたのか、あっさりと引き下がる。


「そうですか。その話を伺っていましたので、ダメだと思っていました」

「ご理解いただけて、嬉しく思います」

「では、私が付与魔法の注文を注文する場合は、どうでしょうか?」


 テレーズ王女にそう尋ねられたヒビキは、いい笑みを浮かべる。


「それは、商売としてならば、引き受けます」

「では、先日購入したインペリアル・カーバンクルの宝石に付与をお願いします。嫁いだお姉様と義姉たちへの贈り物にしたいのです。付与する効果は、お任せします」


 そう言って、テレーズ王女が侍女に指示してお金を取り出す。


「前金は、金貨10枚。完成した暁には、金貨10枚を支払います」


 そう目の前でお金を積み上げるテレーズ王女にヒビキは、前金1000万をぽんと出すとか流石王族、とその報酬を見て小さく呟くのが見えた。


「……わかりました。では、契約書を結び、引き受けましょう」


 ヒビキは、テレーズ王女の注文を引き受ける姿に俺とレスカは、困惑している。

 おかしいなぁ、てっきり俺の婚約についての話をしに来たのかと思ったが……と困惑する。


「ところで、王族ならば、私を無理に召し抱えることもできたのではないですか?」


 ヒビキが文官から渡された契約書を書き、魔法を付与するためのカーバンクルの宝石を渡されたところで、談笑の続きのように尋ねれば、テレーズ王女も答えてくれる。


「無理には勧誘はしませんよ。そもそも今、引き抜いてしまったらあなたは王都へ行ってしまう。私が領地を賜った時には、領内にいませんもの。優秀な人材は、なるべく手元に確保したいのですよ」


 それに商売としてなら、こうした付き合いができますよね、とテレーズ王女は一言付け加える。


「まぁ、利益が出る真っ当なお仕事なら私は、引き受けますよ」


 自分が忙しくならない範囲なら、とヒビキも言葉を返して、取引は終了する。

 そんなヒビキをテレーズ王女は、楽しそうに見ている。


「さて、長々としたお話をしたところで、お待たせしてしまってすみませんね。コータス様は、気持ちの整理が着きましたか?」

「…………まだです。レスカと婚約したんです。それに、平民の騎士として生活していたがいきなり貴族になったと言われても、受け入れられません」


 俺がずっと考えていたことを素直に口にするが、テレーズ王女は、怒ることなく頷いている。


「混乱するのは分かります。ただ、私との婚約は、名ばかりで構いません。コータス様とレスカさんの婚約について認めますし、愛し合い続けても構いません。今の生活を可能な限り維持することもご協力します」


 そのテレーズ王女の好意とも呼べるような提案。

 だから、余計に分からない。


「テレーズ王女殿下は、なにが目的なんですか」

「なにが、とは随分な言い方ですね。私は、アラド王国のために動いているだけですよ」

「……それが信じられない。俺と婚約して辺境の牧場町を賜れば、エルフの交易で得られる財力、王族としての影響力、俺や親父たち自由騎士団の武力が容易に揃う。他にもレスカやヒビキとの会話の中で人材を集めているような節がある。テレーズ王女は、何をしたいんだ」

「あら、そこまで考えていたのですね。素晴らしいですわ」


 まるで悪びれもしないテレーズ王女の言葉に、俺たちの間に緊張が走る。


「まさか、国盗り……」

「まさか、そんな面倒なことはしませんわ。ですが、私との婚約を受け入れて下さるなら、今この場で私の目的をお教えしてもよろしいですよ」

「姫様……」


 侍女の一人が咎めるが、テレーズ王女は構わず語る。


「あら、正式な婚姻契約を結んだ後に話すのが少し先になるだけですわ」

「行けません。姫様の目的が無闇に広がれば、無用な混乱が起きてしまいます」


 諫める侍女に少しふて腐れたような表情をするテレーズ王女は、この時ばかりは年齢よりも幼く見えた。


「まぁ婚姻契約の調印は、三日後に行ないます。その時には、立会人として真竜のアラド様の前で契約を結んだ後、全てをお話しますわ」


 アラド王国の守護竜であるアラドの立ち会いの許で婚約契約が成立すれば、国内のどんな貴族も反対することはできない。

 そのことをただ一方的に話したテレーズ王女に、ここには用はないとばかりに立ち上がり、レスカの牧場を去って行く。


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