3-1
ランドバードの暴走事件も、無事に事態を収拾することができ慣れない牧場生活で平穏がやって来た
レスカから日々の必要な仕事を教わりながら、空いた時間に騎士としての自己鍛錬を積む日々が続く。
そんな中、俺は、気になることが一つある。
「……なんか、見られているんだが」
早朝の自己鍛錬として薄着に鉄芯入りの木刀を素振りしている。
前に俺の騎士の装備一式で作り換えられた農具の中で、唯一バールに作りかけだった鉄の棒を中心にした木刀だ。
重さは本物の鉄の剣より軽いが、そこは木刀に重りを巻き付ければ木刀ではなく、鈍器のようになるが、素振りをするための重さにはちょうどいい。
そんな物を振り回している俺の背中に、ここ数日、熱い視線が注がれている。
「……なぁ」
「ひっ!?」
俺が素振りを止めて振り返れば、ジニーの赤茶けた髪の毛が建物の角からチラチラと覗いているのが見える。
本人は上手く隠れたつもりだろうが、バレバレである。
「隠れてるのは、分かっているんだぞ、ジニー」
「き、ふしゃぁぁっ!?」
俺は、木刀を下ろしてジニーのいる建物の角を覗き込めば、大きな猫目を見開いて髪の毛を逆立てながら、威嚇して逃げていく。
その途中で、足元の石に躓いて転ぶが、よろよろと立ち上がってまた逃げていく。
逃げるってことは、やっぱり俺の目付きが怖いのか、だけど別に嫌われているような感じでもないし……と内心悶々としながら後ろ姿を見送る。
「……やっぱり、何なんだろうな?」
「コータスさん、またジニーちゃんが来たんですか?」
牧場の様子を見回っていたレスカが、自己鍛錬を中断して突っ立っている俺に声を掛けてくる。
「俺、ジニーに嫌われてるのか?」
「それはないと思いますよ?」
そう言ってレスカは、干し草置き場に集まって小さい手足を生やしたキノコの魔物であるコマタンゴがバケツリレーのように運んでいく。
夜の内に降った雨により湿った畑や空気の所為なのか、キノコの魔物のコマタンゴはいつも以上に数を殖やしているように思える。
「さて、午前中の仕事も終わりましたね」
「そうだな。だけど、今日は夜のうちに雨が降ってやる仕事が少なかったからな」
「それもありますけど、コータスさんのお陰で仕事が捗りますから。これで前々からやりたかったことができます」
朝の内に終わった仕事の後に自己鍛錬していた俺はレスカに尋ねると、レスカは嬉しそうに答えてくれる。
「実は、別の魔物牧場の見学をしようと思うんです」
「魔物牧場の見学?」
「そうです。私の牧場の魔物は、リスティーブル1頭とコマタンゴ、ピュアスライムしかいません。そして、それから採れる畜産物も少ないんです。だから、牧場を発展させるために他の種類の畜産魔物が欲しいんです」
「だから、魔物の見学か」
「前々から頼んでいたんですけど、中々時間がなかったんです」
そう言って、俺たちは、レスカの作るお昼を食べてから二人で他のこの町にある牧場を訪問することになった。
「いらっしゃい、レスカちゃん! うちの畜産魔物を見てってくれよ」
「はい。お邪魔します」
にこやかに俺たちを出迎える牧場主にレスカが丁寧に頭を下げ、慣れた様子で牧場の柵の中に入っていく。
「おい、騎士の兄ちゃん」
そんな俺を案内していた牧場主が低い声で呼び止める。
「あんた、レスカの嬢ちゃんところに世話になってるんだってなぁ」
「あ、ああ、そうだが……」
レスカに対してにこやかだった牧場主が、俺に対してドスの利いた声で話しかけてくるので、思わず身構える。
「王都の人間だか、騎士の人間だか知らんが、うちらはあんまり外の人間信用しちゃいねえんだ」
「それは……どういうことだ」
「そのまんまの意味だよ。俺たちのように畜産魔物と共存関係を築いて暮らしてる。一応調教魔法で縛っているがそれも大半が魔物主体の《仮契約》だ。その関係が生理的に受け付けねぇって奴らはどこにでもいる」
「聖創教か。一応、俺は、余り信心深くないが、親父が多神教なんだ」
元は一つの宗教だが、幾つもの宗派に別れた宗教があり、牧場主の男が警戒するのは、光の神を崇める聖創教である。
光の神を創造神とする聖創教の教義の中には、生まれながらに【加護】を持てない生物全ては悪であり、死か隷属が真なる救いだと説いている。
そのために、その宗教の信者であることを警戒されたのかもしれない。
宗教観としては、聖創教は、光の神と五人の従属神が世界を創造したとしているが、その他多数の宗派や宗教では世界は、六柱の神が創造しその下には複数の従属神が付き従い、世界を回しているとされている。
聖創教以外は、わりと緩い宗教で六柱の神や無数の従属神、精霊信仰や土着信仰、竜神信仰など様々な信仰を認めているのが多神教である。
ちなみにこのアラド王国は、多神教を国教と定めており、王家は竜を守り神として信仰している。
一人思考の渦の中にいたために、俺を品定めするような牧場主の言葉を聞き流し、ふと気づくと話は終わっていた。
「まぁ、この牧場町の流儀に早く適応できるようになれ、ってことだ。いくら人と共生関係にある畜産魔物でも魔物だ。どこでドラゴンの尻尾を踏んで失敗するか分からねぇからな」
そう言って、鼻を鳴らしてレスカの後を追う牧場主。
俺は、何も言えずに、その後を付いていく。
ジニーが入り込んだランドバードの小屋で起った事件のようなことが俺自身も起こすことがあるのかもしれない。
確かに、それは肝に銘じておかねば、と思う。
そして、先に入っていったレスカに追いついた俺が見た物は、人間ほどの大きさのトカゲがレスカを囲んで集まっていた。
「っ!? レスカ!?」
「あっ、コータスさん! ここは、コルジアトカゲの牧場なんですよ!」
「囲まれてるけど、大丈夫なのか!?」
人間ほどの魔物など、普通に人を噛み殺せるだけの力があるのだ。
それに一人で囲まれただけでも普通の冒険者なら死を覚悟することもあるのに、レスカは平気そうに頭を向けて来たコルジアトカゲの頭を撫でている。
「大丈夫ですよ。コルジアトカゲは、湿地帯に生息する草食の魔物ですから食べられたりしませんよ。それに可愛いですよ?」
そう言って、大きな口を開けて欠伸をする一匹のコルジアトカゲの鋭く短い歯を見て、思わず身構えてしまう。
そんな俺を見て、隣に立つ牧場主がクククッ、と喉を鳴らして笑う。
「凄いだろ。レスカの嬢ちゃんの特技なんだ。友好的な魔物とならすぐに仲良くなれる」
「それって、レスカの【育成】の加護が関わってるのか?」
「そうかもな。その辺りのことは分からんけど、確実に内包加護に好かれ易くなるものはあるな」
そう言って、牧場主がレスカに撫でられて機嫌良さそうに喉を鳴らすコルジアトカゲの住処の掃除を始める。
内包加護とは、誰もが持っている加護の中に更に細分化された加護の能力だ。
例えば、戦う人間の多くが持っている【剣術】の加護と一言に言っても、その人たちが扱う剣にも種類や形状などで幅がある。
大剣だったり、長剣だったり、【加護】持ちの適正ともとれるのが【内包加護】というものだ。
またこの【内包加護】も日々の成長の中で適正という物が増えていくことがある。
扱える武器の種類が増えたり、身体能力が上がりやすくなったり、中には【加護】の下位互換のような能力を【内包加護】として発現した人間もいる。
レスカの【育成】は、生き物を育てることに関して以外にも心を通わせる力も持っているのは凄いと素直に感心する。
「コータスさん! このコルジアトカゲたち、新しい子どもが生まれたみたいです! 可愛いですよ!」
一人考えに耽っていた俺は、レスカの声に呼ばれて意識を戻せば、今レスカの腕に掴まった人の腰ほどの大きさのコルジアトカゲが舌を出して大人しくしていた。
なんだが、段々とこのトカゲの魔物が無害なような気がしてきた。
「そう言えば、この畜産魔物は、何が取れるんだ?」
「お肉です。美味しかったですよね」
そう言って、俺に視線を合わせずに、コルジアトカゲの鱗や体に異常がないか確かめているレスカの言葉に耳を疑った。
「……に、肉?」
「分かりませんか? クリームシチューに入っていたり、朝の燻製肉とかに使っていましたよね?」
そう言って、何でもないように答えるレスカ。
今、目の前で全力で愛でているコルジアトカゲを殺して食べるのか……と何となく牧場生活のギャップを感じる。
言うなれば、愛着の湧いたパートナーの魔物を自分が食べるということだ。
騎士の教訓の話として、冬山で遭難した騎士が戦場を共に駆けた愛馬の腹を裂き、血肉を喰らい、生き延びた話はあるが、それでもその話を聞いて少なからずショックを受ける。
無表情で黙り込んだ俺の方を見上げてくるレスカは、俺の様子がおかしいと気がついて慌てて言葉を掛ける。
「ち、違います! 確かに食べますけど、基本殺してはお肉を取りませんから!」
「殺さず、取る?」
愛着のある魔物を殺さないと聞いて安堵する一方で、普通肉とは、殺して取る物だと思う俺は疑問しかない。
「このコルジアトカゲは、自分たちを食べようとする魔物から逃げる時、尻尾を自分で切り離せるんです。その習性を利用して、継続的に尻尾肉を貰っているんです」
「確かに、言われてみれば、尻尾が短い気がするな」
野生のコルジアトカゲは見たことがないが、尻尾から先の鱗の色や大きさなどが体とは不釣り合いな感じがする。
それは定期的に切り落として再生を繰り返している影響なのだと分かった。
「畜産魔物の中には、知能が高い種類もいるんです。そうした魔物を一方的に搾取するようなやり方をすると反抗されるからとても危ないんです。だから、魔物牧場では、体の一部だけを貰う共生関係が多いんです」
そういう関係もあるのか、と俺が真面目にうんうんと相槌を打つとレスカも嬉しそうに話してくれる。
「や! くるな! あたし、食べても美味しくないぞ!」
「……この声は」
突如として響いてくる女の子のか細い声に俺は、眉間の皺を解しながらそちらの方に向う。
レスカは気が付かなかったのか夢中でコルジアトカゲたちと戯れている。
俺は、声の聞こえた場所に向かえば、柵を乗り越えて中に入ったところすぐさま年若い小さな体躯のコルジアトカゲたちに囲まれて、怯えて動けずにいた。
ただ、ジニーが本気で怯えているが俺の目からして、よく調教されたコルジアトカゲが人間への警戒心が薄いのか遊んでくれる相手とでも認識しているようだ。
「ジニー。お前何やってるんだ」
「あっ、騎士の兄ちゃん……」
いつものように逃げ出そうと柵の外に向かおうと振り返るがコルジアトカゲに囲まれて動けない。
「た、助けて……」
「悪いな、ちょっと道開けてくれよ」
俺が手を振ってコルジアトカゲたちを退けてジニーのところに辿り着き、背中を差し向ければ、その背中によじ登ってくる。
その際に、俺も遊び相手と認識したのか、ギザギザした歯で足元を甘噛みしてくるコルジアトカゲたちも引き摺るようにしてレスカの元に戻る。
「コータスさん、どういう状況なんですか?」
キョトンとした様子こっちを見てくるレスカの視線の先には、コルジアトカゲに怯えるジニーを背負い、足元に甘噛みするコルジアトカゲを引き摺る俺の姿を捉えていた。
俺は、なんと答えていいか分からずに、とりあえず無言で状況を収めることを手伝って貰うことにした。