4-2
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養父であるラグナス・リバティンの乱入に足を止めた俺は、ふぅーと長い息を吐き出し、訓練用の木刀をそっと降ろし、身体強化の魔法を霧散させる。
「なんで止めたんですか」
「俺たちは、まだ戦えます! コータスとの決着を」
俺が止めたのに対して、残った前衛二人は、続行を求めるが――
「この、馬鹿たれが!」
身体強化を部分強化で纏った拳が二人の頭に振り下ろされる。
「痛ってぇぇぇっ!」
「がぁぁっ、頭が……」
「模擬戦で木刀とは言え、お前ら二人が本気でやり合ったら、両方怪我するだろ! 訓練でも不要な怪我するな!」
木刀とは言え、魔力や闘気で強化されていれば、打撃武器としては十二分に役割を果たす。
あのまま模擬戦を続行していたら、結果は分からないが、多分誰かが不要な怪我をしていた。
なので俺は、実は親父が止めてくれた事に密かに安堵していたのだ。
「お前とコータスが全力出したら、後で俺とやり合う時に十分にやり合えないだろ!」
「それが止めた理由か」
俺は、親父の発言にツッコミを入れるが、親父は無視して更に自警団に介抱されている自由騎士の仲間たちの方を指差す。
「あと、一名が打撃でダウン。二名が《練魔》でダウン。一人が介抱している中で、お前らまで怪我したら面倒だ! 大人しくあいつらと一緒に休んでろ!」
親父の言葉に不完全燃焼のために、ふて腐れ気味だが、渋々と従っていた。
だが、戻り際に――
「ほんと、コータスはまた一段と強くなったな。これならラグナス団長を抜く日も近いんじゃ無いのか?」
「今回は、負けを認めるけど、次やるときは、もう少し万全の状態でやろうか」
戻り際に気持ちのいい言葉をもらい、俺は静かに会釈する。
悪徳冒険者パーティーの制圧という名目の訓練内容だったなら、俺の勝ちだろう。
だが、冒険者や騎士としての戦闘能力では、きっとあのままだと負けていただろう。
まだまだ鍛錬が足りないように感じる。
「試合に勝ったが、勝負には負けるだろうな」
俺は、終わり際にそう呟き、ぼうっとしているとバルドルに声を掛けられる。
「コータスは、少し休憩していろ」
「いや、俺は平気だ」
「そうか? まぁ休む時は一言言えよ」
バルドルの気遣いを断り、バルドルの隣で自警団の面々に説明する。
「世の中には、数の差ではどうしようもない奴らがいるけど、基本例外だ! むしろ、さっきのは忘れろ!」
『その例外が自警団の訓練付けてる時点で説得力ねぇぞ!』
自由騎士のパーティーにボロ負けした自警団からの野次に確かに、と周りから苦笑いが漏れる。
「笑ってんな。次は、チームを決めての集団戦の訓練を順番にするぞ。自警団、守るべき町人、盗賊役で別れてた。
俺が監督に付いて、盗賊対策の動きを教える。盗賊役は、町人を狙うだろうから守りながらの難しさを感じろ!
余ったやつらは、似た戦い方をする自由騎士の人たちに武器の扱いのアドバイスを受けて、模擬戦をしろ! ――始め!」
バルドルの長い説明と指示を受けて、自警団たちが親しい相手や得物のバランスを考えたチームで組む。
そして、最初のチームが集団戦闘の訓練を始めて余った自警団たちが互いに鍛錬として武器を打ち合わせたり、自由騎士にアドバイスを貰う中、オリバーが俺に近づいてくる。
「コータス。さっき言った通り、相手をしろ」
「わかった」
俺たちは、周囲からの距離を取り互いに鍛錬用の得物を構える。
俺は、木刀。オリバーは、斧を模した木製武器。
「いくぞ! うぉぉぉぉっ!」
オリバーは、低い声を上げて駆け出してくる。
体格に優れ、咆哮を上げることで自身を鼓舞し、相手を威圧する単純だが有効な戦法。
その勢いで木製武器を振り下ろすオリバーに俺は、木刀を掲げて受け止める。
「いい一撃だ。ずしりと重いな」
「さっきの騎士相手に【身体強化】を使ってやがったのに、俺様には使う必要はねぇってか! おら、おら!」
斧を引き、再び腕力で強引に振うオリバーの一撃を躱し、受け流していく。
親父が素質を見抜くだけあって、荒削りだが暴風のような勢いの連撃に少しずつ後退する。
「どうした、反撃してこい! 左遷野郎!」
「今度は、こっちから行かせて貰う」
オリバーの挑発だが、その程度の言葉にあえて乗るために、剣速を上げて、反転に転じる。
「うぉっ! やっぱり最初から身体強化も使わずに、本気じゃねぇのか! いつもスカした野郎だ。――おらっ!」
俺の木刀の連撃を木製武器の側面を掲げて盾のようにして受け止める中、強引に武器を振い、俺はそれを避けるために後ろに大きく跳ぶ。
「つくづく、いけ好かない! おぉぉぉぉぉぉっ! ――《オーラ》!」
「なに!?」
腹の底から低い声を響かせ、オリバーの体から不安定ながらも青白い魔力が立ち上がる。
オリバーは、全身に身体強化を巡らせて、俺に向かって飛び掛かり、木製武器に力が高まる。
「コータスの実力を少しでも引き出させてやる! ――《破斬》!」
一刀の許に敵を斬り伏せる戦技と合わせて俺に放ってくる。
流石に、オリバーが身体強化を使うのは予想外だし、戦技まで合わせて使ってくるとは思わなかった。
このまま身体強化なしで受け止めれば、木製武器と言えども俺が怪我をするだろう。
それに――
「――《ブレイブエンハンス》《デミ・マテリアーム》!」
瞬間的に身体強化で体の強度を増し、更に木刀を半物質化した魔力で覆い、木製武器を受け止める。
オリバーの怪力と身体強化、戦技の威力に木製武器の方が耐えきれずに砕ける。
「…………やっと、コータスから少しだけ実力引き出せたけど、これはしんどいわ」
不安定な《オーラ》が霧散すると共に、砕けた木製武器の柄を投げ捨て、大柄な体を平原の上に倒す。
「すごいな。いつの間に、《オーラ》を習得したんだ?」
「あん? それは、おめーが増水した川からうちのブラックバイソンを引き上げた後からだ。どんなに優れた体格を持っていても自然相手には厳しいって知ったからな」
上体を起こしたオリバーの言葉に素直に感心する。
「先月から短期間で不安定でも《オーラ》の身体強化魔法を習得するなんて、改めて凄いと思うぞ」
「へっ、俺様は、意外と多才なんだぜ!」
そう言って、自慢するように笑うオリバーは、ふぅと長い息を吐き出す。
「ったく、ほんとお前は、嫌な奴だ。突然、牧場町に現れたかと思うと、牧場町の話題やレスカの気持ちを掻っ攫っちまった。それについには、婚約とか……」
そう言って、いつも突っかかってきたオリバーの表情から憑き物が落ちたような表情になったオリバーの独白に、俺は耳を傾ける。
「前々からうちの親父には、レスカを諦めてそろそろ身を固める準備をしろ、って言われてな」
「オリバーが結婚?」
「そうだ。お前らがエルフの里に交易に行ってる間、俺様は余所の魔物牧場に、うちのブラックバイソンの種を売りに行った」
ブラックバイソンの種……つまり、優良な資質をもつオスとの子作りのことだろう。
「親父は、早々に俺様とレスカが結ばれることはねぇ、って考えてその魔物牧場の年頃の娘と俺様を婚約させようと手紙とかを出してたんだよ。ったく、俺様本人の意志を無視して」
そこで言葉を句切るオリバーは、少し気恥ずかしそうに頬をポリポリと掻く。
まさかオリバーの家庭では、そういう話が進んでいるとは思わず、目を見開く。
ある意味、町一番の牧場の跡取り息子と余所の牧場の娘との政略結婚なのだろう。
「それに今は牧場町でお前とレスカの婚約の話が回ってきて、流石に諦めざる負えない。だけど、俺様がお前を上回れば、まだチャンスがあると思って今日挑んだが、惨敗だ」
そう言って、少しの間オリバーは沈黙する。
「俺様を圧倒的に負かせて、ありがとな。お前ならレスカを任せられるし、俺様もレスカを諦めて、不義理な気持ちを抱いたまま嫁さんを迎えずにすみそうだ」
「そうか……」
オリバーの独白を聞き、俺はただそう相槌を打つ。
今のオリバーは、俺に負けたのに清々しく、とても男らしく感じた。