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俺とレスカの婚約をリア婆さんに伝えたところ、牧場町全体にその話が広がるのに、一日と掛からなかった。
田舎の情報伝達能力の高さに驚きつつ、翌々日――朝の牧場仕事を終えた俺は、一人木刀を持って、牧場町の郊外の平原に来ていた。
「おはよう」
「おう、コータス、おはようさん」
俺が挨拶をすると、首に手拭いを巻て運動前の柔軟をしていたバルドルと挨拶を交わす。
バルドルの他にも、牧場町の自警団の面々が集まっており、柔軟をしているので俺も黙ってそれに加わる。
その際――
「その、なんだ……おめでとうさん」
「……ありがとう」
「お前ら二人を引き合わせたのって、もしかして俺のお陰か?」
カラカラと笑うバルドルに、多分レスカとの婚約の話なのだろう。
ある意味レスカとの初めて顔を合わせた場には、バルドルが居たために、バルドルのお陰かも知れないが、畑の土の中に投げ飛ばされた記憶しかなく渋顔を作る。
「よーし、今月の訓練だ。前月は、ヒッポグリフに遅れを取ったからな。いつも以上に厳しくするぞ」
『『『うへっ――』』』
バルドルの言葉に、自警団の面々から嫌気を含んだ声が漏れる。
「よーし、それじゃあ牧場町の外周を走れ! コータスは、ペース落として後ろから追い掛けてやれ! ペースが落ちてコータスに追い付かれた奴は、ダッシュで先頭に行け!」
それと体調悪かったらすぐに木陰で休め! と指示を出すバルドル。
その言葉に自警団たちは従い、俺も指導者の補佐として走り込みに加わる。
いつもの牧場町の走り込みの最中、俺のことをチラチラと自警団たちが見てくる。
その視線は、俺とレスカとの婚約について詳しく聞きたいんだろう、という感じがありありと浮かぶ。
「……はい。タッチだ。先頭まで走れ」
「うぇっ! おい、お前走るペース上げてないか!?」
「いいから行け!」
その視線が煩わしくなって、こっちを気にする余裕が無くなるほど走らせた。
その際、オリバーからはいつもの様な反発するような態度ではなく、偉く真剣なものだった。
「おい、左遷……いや、コータス。鍛錬の時に相手しろ!」
「……わかった。ほら、先頭だ」
俺に背中を叩かれたオリバーは、ふんと鼻を鳴らして先頭まで猛ダッシュしていく。
そして、牧場町の自警団たちが走り込みを終えたところで、バルドルが待っているはずの場所には人の数が増えていた。
「おー、こいつらがこの町の自警団か。中々ガタイが良くて素質がありそうな奴が多いじゃないか。何人か騎士としてスカウトしていいか?」
「ちょ、止めてくださいって。騎士になれるやつ引き抜かれたら自警団がガタガタになりますよ!」
バルドルの傍には、俺の見知った人たちが来ていた。
「親父? それに自由騎士の人たちも……」
なんで? と声を出す前に振り返った親父が豪快な笑みで迎えてくる。
「いや、俺たちも視察や休暇やら色々で体を動かしてないからな! 少し、運動させて貰えればと思ってな」
「おい、自重しろ。元Aランク冒険者……」
俺が胡乱な目で親父であるラグナス・リバティンを見る。
「まぁ、細かいことは、気にするな! 安心しろ。お前らの訓練が終わった後に、コータスとバルドルの二人に相手して貰えればいい。俺は、それまで素振りしてる」
そう言って、ブンブンと持ち込んだ刃の潰した鉄の大剣を振り回しているのを見て、俺もバルドルも辟易とする。
タダでさえ暑い真夏の自警団の訓練の後に、鉄剣を振り回す暑苦しい元Aランク冒険者と鍛錬とは、いつになくハードである。
「俺は、アポロを見学に誘ったんだが……」
「おう、だから保護者の俺も一緒に来た。まぁ、アポロは後から来るけどな」
そう言って何でもないように言う親父に溜息を吐く。
「それに色んな種類の相手と鍛錬した方がいいだろ? ほら――」
そう言って連れてきた自由騎士たちを指差し、バルドルも一考の余地があるようだ。
「わかった! なら、お前ら! 不法冒険者を想定してで相手して貰え! 役割の決まった冒険者パーティー対多数の立ち回りを教えてもらえ!」
もはや、投げやりのバルドルは、使えるものはなんでも使うと言った感じだ。
そして、自警団の人たちが訓練用の木製武器を持ち、チームを組んで自由騎士たちと対峙する。
自由騎士たちは、元冒険者であるために個々の役割や能力にバラツキがある。
だが、それを互いに補完し合い、戦うので中々に突き崩せない。
逆に――
「はい、有効打」
「戦線離脱した奴は、離れて見学だ! もう少し、死角にも回り込め! 二人、三人と重なってたら邪魔になるぞ!」
数では自警団が優位だが、自由騎士たちは、チームで動くために一人は数人しか受け持つことができなくても互いに互いをカバーし合い、自警団十数人と接していても倒れず、徐々に数を減らしていく。
「やっぱり、冒険者の動きは怖いな。強力な魔物よりも動きが怖い」
前衛三人、中衛一人、後衛の射手と魔法使いだ。
前衛が自身に身体強化を施し、自警団たちの大部分を受け持って耐える。
中衛の斥候役は、木製ナイフを投げて牽制、または位置を誘導して、死角に回り込まれないようにしている。
後衛の射手と魔法使いは、布の巻いた矢と崩れやすい水球で各急所を的確に狙い、急所の判定を出していく。
複数の意志が噛み合い、作り出される相乗効果の戦力は、自警団の数の優位を上回り、遂に逆転する。
そして、最後まで粘っていたオリバーを中心とした自警団たちは、息を乱しながらも食らいつくが、一方的な展開で終わる。
「よし、自警団としては、十分優秀だな。最後の奴は鍛えれば、一端の冒険者になれるぞ」
「オリバーは、止めてやってください。アイツは、一応この牧場町で一番大きな牧場の跡取りなんです」
そう言って先程の訓練の評価を親父とバルドルが下している。
「それじゃあ、少し休憩だ! 悪徳冒険者、もしくは徒党を組んだ盗賊が強い相手だった場合には、さっきみたいに最後まで戦うと死ぬぞ! お前らは勝つ必要はない! その場から女子どもを避難させたり、俺やコータスの救援が来るまで耐える。次はそれを念頭に置いた時間稼ぎの動きをしろ!」
『『『オッス――』』』
バルドルの指示に息も絶え絶えの自警団たちは、汗を拭い、水を飲んで休む中、自由騎士のパーティーから俺に誘いが掛かる。
「それじゃあ、俺らは悪徳冒険者ってことで、もしコータスが救援に駆け付けたらどう対処するか見せてもらおうか!」
「いや、だが…………」
全員が最低でも単独Cランク。パーティーでは状況によってはBランク魔物を討伐できるだけの戦力がある。
普通に、俺一人で倒すことができる強さを超えている。
「大丈夫、大丈夫。こっちは、常識的な範囲で手加減するから」
「コータスくんは、前に自由騎士団に鍛錬に来ていた時より強くなってるでしょ! 本気でやって良いよ」
そう言って、こちらに声を掛けてくる自由騎士のパーティー。
確かに、それならば、とこちらも覚悟を決める。
「胸を借りるつもりで行かせて貰います」
俺は、木刀を手に取り、構える。
重装騎士団に入る前に自由騎士団で鍛錬を付けて貰っていた頃は、勝てた記憶はない。
だが、今は昔より強くなってる。
「――《オーラ》」
自身に身体強化を施し、距離の離れた自由騎士のパーティーに駆け出す。
相手も手加減として弱めの身体強化を施し、前衛の三人がこちらに駆けてくる。
そして、中衛の木製のナイフ、後衛の弓矢、水球が休憩している自警団たちの方に向かい、それを弾くために動きを止める。
「くっ!?」
「騎士として正しい行動! それに良く反応できた! だけど――」
俺が時間差で投げられた木製のナイフを弾き、続く弓矢と水球を木刀で打ち落とす。
もしも悪徳冒険者だった場合、守るべき相手を積極的に狙ってくる可能性がある。
それを想定してのこちらの反応を見たようだ。
「まだ、反応が甘い!」
足止めした俺に勢い付いた前衛の一人がぶつかるように木刀を振り落としてくる。
こちらも反射的に木刀で受け止め、ガッと重い音を響かせ、続いて俺の左右から前衛の二人が襲ってくる。
この時点で回避するために後ろに下がるべきだろう。
だが、きっと中衛や後衛たちは、そんな俺の動きを見越して、大きく後ろに避けて切り替えの隙を遠距離から突いてくる。
ならば――
「――《ブレイブ・エンハンス》! 《デミ・マテリアームズ》!」
俺は、一段階強い身体強化を施し、両腕と木刀に半物質化した魔力を覆い、力で正面の前衛を押し返し、右から襲ってきた前衛の木刀で弾き返し、左の前衛が振るう木刀を半物質化した魔力の籠手で受け止める。
『『なっ!?』』
以前の俺では、魔力量の不足で発動できなかった《ブレイブ・エンハンス》による強化。固有魔法となった半物質化した魔力の籠手を目にして、二人は硬直する。
「――ふっ!」
「ガハッ――!?」
混乱した右の前衛に対して、受け止めた木刀を滑らせるように受け流し、体を捻るようにして背面からのショートレンジの体当たりをする。
リスティーブルのルインにストレス発散として突撃を受け止めるのを繰り返していたために、力の入れ方、打撃のインパクトを最小限の動きで最大限の力を発揮する。
それが《ブレイブ・エンハンス》と合わさり、10メートル以上後方に吹き飛ばす。
「――自由騎士、一名、有効打!」
バルドルの宣言が響く中、俺は前に進む。
「二人目、行く!」
まだ混乱を続けている中で、俺は後衛を優先的に無力化するために放心している前衛二人の脇を一足で駆け抜け、射手と魔法使いに迫る。
だが、いち早く回復した中衛の自由騎士が俺の進路を遮るように立ちはだかる。
「くっ、やらせねぇよ!」
「行かせてもらう!」
俺が振るう木刀に魔力を籠めて、振り下ろせば木刀の強度が増し、受け止める木製のナイフが砕け、有効打を避けるために大きく後ろに避ける。
「――自由騎士、武器の消失のために有効打!」
武器なしでの模擬戦闘の続行は危険だと判断し、バルドルが二人目の脱落を宣言する。
だが、中衛の自由騎士の時間稼ぎのお陰で、残った四人は、正気に戻り、表情が引き締まる。
「今までのコータスを想像しているとやられるぞ! 全員本気出せ!」
「その前に、三人目――!」
後衛へと向かう俺を止めようとする自由騎士だが、その前に後衛に辿り着く。
だが、後衛の射手は、こちらの有効打ではなく腕関節や足関節、頭部などをかなり本気で狙い、牽制し、魔法使いのための時間を稼ぐ。
「はぁぁっ――《ブラック・ゲイル》!」
可視化された黒い旋風の魔法が生み出され、俺に迫るが――
「――《練魔刃》!」
木刀に纏わせた魔力を操作して刃状に変え、黒い旋風の魔法を高密度の魔力で斬り裂く。
無尽蔵とも言える魔力で魔法を放つヒビキとの鍛錬で、魔法を切り続けてきたお陰か、魔法を無力化する技能が磨かれたようだ。
そして――
「――《練魔》!」
後衛の二人の体に軽く拳を当てると体内で練り上げた魔力の塊を送り込み、体の自由を奪う。
「コータスくん、成長、しすぎ……魔法使い殺し……ね」
「……若いって成長早いなぁ」
「――自由騎士の後衛二人、有効打!」
倒れた二人の呟きを聞き、バルドルの判定と共に俺は振り返る。
残りは前衛二人である。
「流石に、人生の先輩としちゃ、無様に負けるわけには行かねぇな!」
「おう、全力で行くぞ!」
前衛の二人が話している間にも駆け寄った自警団たちが、有効打で脱落した自由騎士たちを安全な場所まで運ぶ。
『『――はぁぁぁぁぁっ!』』
前衛の一人は、身体強化の強度を更に引き上げ、もう一人がバルドルと同じ赤い闘気を纏い、武器にも這わせる。
俺も更に、魔力を練り直し木刀を構えて、互いに決着を付けるために一歩踏み出す中――
「両者、そこまでだ!」
「「――なっ!? ラグナス団長!」」
「…………」
自由騎士団団長である養父のラグナス・リバティンが俺たちの間に割り込み、静止したのである。