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2-6


 炎で炙られた掌の火傷は、【頑健】の加護で徐々に薄皮が張り、少し引っ張られるような感覚を覚えるが、問題はなかった。


「くそぅ、油断した。すぐに引き戻さないと」


ジニーは、人工孵化施設の扉を少し開き、するりと隙間から中に入っていく。

俺もその隙間の扉を更に開いて、ジニーの後を追ってランドバードの人工孵化施設に入り込む。

そこは、熱気と湿気が管理されている作りになっているのか、中が若干蒸し暑い。

 想像よりも明るい人工孵化施設の中では、ランドバードの巨大な卵が置かれた棚が並んでおり、その間には赤く輝く宝石が熱量を発している。


「あった。これさえあれば……」


 ランドバードの卵を温める炎熱石に手を伸ばすジニーだが、そんなジニーの真上から影が差す。


『グエェェェェッ!』

「今すぐ逃げろ!」

「えっ……」


 炎熱石を手にすることなく見上げたジニーは、人工孵化施設に居たランドバードと目が合う。

 この牧場主や普段通ってくる人間ではなく、部外者が人工孵化施設に侵入してきたのだ。慣らされた魔物だが、侵入者に対して威嚇行為くらいはする。

 そして、魔物の威嚇行為は、その行動の意味とは違い、少しくらい痛めつけることはする。


『グェェェェッ!』


 大きく翼を広げ、羽ばたきジニーに向かって一歩踏み出す。


「ひっ!?」


 ランドバードの威嚇行為に後退るが、思うように足が動かなかったのか、その場で尻餅を着き、ランドバードを見上げるジニー。


「ちっ、仕方がない!」


 俺は、ランドバードとジニーの間に体を滑り込ませて、両手を広げてランドバードを止めに入る。


「どうどうどう……」


 興奮した馬と同じように落ち着けようと声を上げて、こちらに嘴で威嚇してくるランドバードの頭を撫でる。

 徐々にだが、威嚇として開いていた翼を閉じ始めたランドバードだが、再び激しい威嚇を始める。

 そして、感じる背後からの熱量に振り返れば、ジニーは、再びその体から炎を噴き上げ掛けていた。


「こんなところで火なんて出したら、卵が全滅するだろ! クソッ!」


 今は、人工孵化施設の炎熱石がジニーの炎の熱量を吸っているが、ここにある炎熱石はどれも小振りなサイズで吸収できる熱量にも限界がある。

 俺は、意を決して、ランドバードに背を向けて、近くの棚の炎熱石を一つ掴み、ジニーに押し付けるように手に握らせる。


「うぐっ!」


 ジニーに炎熱石を持たせるためにジニーに触れた手の皮膚が焼け、異臭を放つ。だが、炎熱石を持たせた甲斐があり、ジニーの炎を吸収し、火の勢いが弱まる。

 俺は、それを見計らい、座り込んでいるジニーの膝裏に手を差し込み、抱えて人工孵化施設から飛び出す。


「うひゃっ!? な、なにを!」

「っ! ……少し黙っていろ、舌噛むぞ」


 ジニーの暴発した炎は、炎熱石に寄って弱まっているが、まだその残り火が俺の服を焦し、肌をジリジリと焼く。

 治りかけの掌も再びジニーに触れたことで皮膚が焼かれ再び痛みが発する。

 これで人工孵化施設の卵は守られ、ランドバードから逃げ出せ、ジニーも確保できた。

 これで一通りの目標達成――だと思っていたが、人工孵化施設の開けた扉からランドバードが俺たちを追い掛けてくる。


『グエェェェェッ!』


ジニーの炎が鎮火し、追い掛けてくるランドバードから逃げるように牧場の柵を目指して走る。


「コータスさん、こっちです!」


 牧場の柵の外には、レスカが呼んでくれたのか、近くにいたバルドルや牧場主らしい男性が待機していた。


「左遷の兄ちゃん……」


 俺は、バルドルの誘導先を目指して走り、抱えていたジニーを柵の隙間から押し込むように外に逃がすが……


「危ない!」


 俺は、レスカに柵越しでジニーを渡した直後、悲鳴が上がり、後ろを振り返るとランドバードが迫っていた。

 今度は、威嚇の対象がジニーから俺に移ったようだ。

 地面に打ち付けられた柵に沿うように迫って来るランドバードに対して、俺は再び走り出す。


「ちょっと、落ち着け! って、どうやってこの魔物落ち着けるんだ!」


 さっきは、馬と同じように対応したが、興奮して走り出したランドバードを同じように正面に立って落ち着けようとしても蹴り飛ばされるのがオチだ。


「ランドバードは、十分な距離を走らせると満足する魔物ですから、それまで頑張ってください!」

「満足って、いつまでだよぉぉぉっ!」


 レスカのアドバイスを聞いて全力で走る俺は、ランドバードの様子を確かめるために首を回して後ろを振り向く。

 ランドバードは、翼を広げて、ドスドスと今までにない激しい踏み込みと共に跳躍した。その影が俺の真上と通り過ぎて、前方に着地すると、走る勢いを殺して俺の正面に回り込んでくる。


『グエェェェッ!』


 正面から対峙するランドバードのギラギラとした瞳に俺は若干気圧されながら、このまま延々と追い回されるのは御免である。

 ランドバードが俺に向かって駆け出し、その進路から避けるようにして横に避け、そして、すれ違い様にランドバードの首に飛びつく。


「大人しく、しろ!」


 いきなり首に飛びつかれて驚いたランドバードは、その場で体を揺すって身を捩り俺を振り落とそうとするが、何とか堪えてランドバードの背に乗ることに成功した。


「さぁ、これで首を押さえた。これで大人しく……って!」

『クエッ、クエッ、クエェェェェェェッ!』


 先程まで威嚇で低い鳴き声を発していたランドバードの声が変わる。

 俺が背に乗り首にしがみ付くのが嬉しいのか、しきりに飛ぶ機能のない翼を羽ばたかせて、全力で走り出す。


「う、うわっ! うわわっ――!」


 更に勢いよく走り出すランドバードは俺を乗せて牧場内を爆走し始める。


「ランドバードは、自分の走りに適応できる騎乗者を認めるんです! だから、興奮したランドバードを一番早く落ち着けさせる方法をやるなんて、すごいです!」

「そんなの、知るかぁぁぁっ!」


 俺を乗せたランドバードは、ドドドッと激しい足音で牧場内を走り続ける。

 騎士の演習などで使う馬など目じゃない速さで駆け抜ける。

牧場内で放し飼いにされている他のランドバードたちのところに突っ込むかと思えば、その頭上を飛び越えるように高く跳躍に体が浮き上がる。


「う、うわっ……」


 一瞬の浮遊感と共に着地の衝撃で振り落とされそうになるのを腕に力を込めてなんとか耐える。

 その後も爆走し続けるランドバードに振り回され、何時まで続くんだ、と思っていると、不意にランドバードが地面を抉るように足を止め、俺はその勢いで前のめりに地面に振り落とされる。


「ぐえっ……痛ってぇ……」


 なんとか、受け身の体勢を取れたが背中から草原の上に叩き付けられ、地面に転がされる。

 見える空が青いと共に、無茶な騎乗で足腰がガクガク言っておりすぐには立てそうにない。


「これは、どうなってるんだ?」

『クエッ、クエッ、クエッ……』


 威嚇する時とは違う甘えるような声とこちらの髪の毛を嘴で甘噛みするランドバード。

 どうやらレスカの言う『騎乗主に認められた』と言うことなのだろう、と思いながら、思い通りに動かない体を地面に投げ出してレスカたちが近寄って来るのを待つ。


「コータスさん、大丈夫ですか!?」

「一応、体が頑丈なのが取り柄だから大丈夫だ。まぁ、ちょっと疲れたけど」


 今回は、火傷に打撲、筋肉痛といったところか。早めに騎士の仕事が終わって自己鍛錬でもしようと考えていたのだが、それも出来そうにないな、と内心溜息を吐く。

 そして、俺に甘噛みを続けていたランドバードは、ジニーが近づいてきたことに気付き、甘噛みを止めて軽く威嚇の声を上げる。


「ジニーちゃん、大丈夫ですから。ランドバードは、温厚で賢い魔物だから、ちゃんと謝れば分かってくれます」


 バルドルがランドバードとの間に何時でも割って入れるように準備をし、レスカがジニーの両肩に手を置いてランドバードと対面させる。


「その、あたしは、卵に何かしようとした訳じゃない。だけど、勝手に入ってごめんなさい!」


 頭を深く下げたジニーをランドバードがしばし見つめると、威嚇で広げた翼を閉じて、自分が出て来た人工孵化施設に戻っていく。


「ランドバードは、鳥系の魔物だから、生まれたばかりだと擦り込みがあるんです。だから、親鳥は大事な雛鳥を奪われないように、見知った人間か、同じコミュニティーのランドバード以外をああやって威嚇するんです」


 子どもを守る魔物の本能と言うことで、牧場の柵の内側では何十匹ものランドバードが居るが、必ず一匹か二匹はああして卵のある場所に残るという生態を持っているらしい。

 俺は、しばらくして復活した体を起こしながらレスカからランドバードの生態を聞く一方では、今回の騒動を引き起こしたジニーは、バルドルから説教を受け、とりあえず一度叱られた後、俺の元に近づいてくる。


「左遷の兄ちゃん。あたしのせいでごめんなさい」

「左遷の兄ちゃんは止めてくれ。一応、コータスって名前があるんだ。それから、怪我はないか」

「う、うん」

「なら良かった」


 俺は、座り込んだ体勢のままジニーの頭をくしゃっと撫でれば、勝気な猫目を気持ち良さそうに細める。

 その横でレスカが胡乱げな視線を送って来る。


「コータスさんは、誰にでも撫でるんですね」

「むぅ……そんなことはない」

「実際、ジニーちゃん撫でていましたよね」


 なぜか、つーんと可愛らしく怒ったレスカをこれ以上怒らせないために、ジニーの頭から手を離せば、そのタイミングを見計らってバルドルが後ろからジニーの頭に手を置き、地獄の底から響くような低い声を掛けてくる。


「コータス。お前は、子どもに甘いぞ。それからジニー、お前には説教の続きがあるからな」

「ひっ!?」

「あと、お前の婆さんにもキッチリ報告するからな!」


 そう言って、バルドルは、ジニーの体をひょいと捕まえて連れ去ってしまう。

 ジニーは涙目でこっちに訴えかけてくるが、残念ながら謝罪は受け入れるが、怒られるのとは別であるために俺とレスカは、苦笑いをして見送ることにした。

 この時、俺が押し付けた炎熱石があのようなことに使われるとは想像もしなかった。



【魔物図鑑】


【動く野菜たち】

 本来は、普通の野菜であったが、何らかの要因で魔物が跋扈する魔の森などの領域で野生化した植物魔物。元々は、人間に適した野菜だったために凶暴性などは極めて低く、収穫される時、抵抗しようとする程度である。

 その強い生命力のために土地の窒素を一気に吸収してしまい、地面を硬くしてしまう性質があるために、地面に窒素を補給するマメ科の魔物、もしくは、ワーム系魔物と共生完成を構築している場合があり、共生関係にない場合には、生態系に影響がない程度の極小規模に存在している。

 ある程度成長すると、地に完全に根を下ろし動かなくなるが、その代わり蔦などを自在に操るためにやはり動く。

 現在牧場町では、動く野菜としての利便性を残しつつも、農業に適した品種改良を行っている。


【ランドバード】

 一説には、外敵から身を守るために巨大化という進化を遂げた鳥型魔物。そのために、空を飛ぶ能力を失い、代わりに大地を走る能力を得たと言われている。

 ランドバードの体長は二メートルを超え、卵は、三十センチほどの大きさの卵を産む。卵の殻は非常に堅く、ハンマーなどで割らねば中身を取り出すことはできない。

 魔物牧場の業界では、比較的一般的な魔物であり、広い範囲で飼育されている。

 騎乗魔物としての調教も可能だが、主に卵を得るための飼育が多い。

 ランドバードの名産地では、毎年、ランドバードの卵を使った巨大オムレツや卵の殻を丸ごと使った巨大卵プリンなどを作るランドバード祭りを開催し、大いに盛り上がっている。

 肉は、首や足は食用には適さないが胴体部分の多くは可食できる。

 また嘘か真か、ランドバードの一説には、異世界転移に巻き込まれてやって来た異世界の鳥類が現地で魔物化したという説。

その説を裏付ける理由として異世界から召喚された複数の勇者の口から『チョ〇ボ』という名称が聞けたために、異世界にはそのような鳥類が存在するという説である。


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