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3-4

 3-4


「も、もう、いいですよ」

「オッケー。それじゃあ、ご開帳」


 ヒビキが空いた手を振ると、暗幕の黒い靄が空気に溶けるように消え、その中からレスカが姿を現わす。

 青と白のチェック柄の上下の水着を身に着け、恥ずかしそうに腕で体を抱いている。


「あ、あの、どうですか? 変じゃないですか?」

「…………」


 おずおずと尋ねてくるレスカに俺は、口を開けてその姿に見惚れる中、不安そうなレスカの表情に慌てて率直な思いを口にする。


「……その、似合ったいる。可愛い、と思う」

「か、かわっ! 可愛いっ!?」


 俺が褒めると動揺して、顔を赤くするレスカに俺も困ったように頭の後ろを掻き、顔が熱くなるのを感じる。


「その、なんだか……一気に暑くなりましたね」

「そうだな。泳ぎながら、涼もうか」

「は、はい! よろしくお願いします!」

「水場は、滑りやすいから……手を掴むといい」


 俺は、シャツと靴を脱ぎ、ズボンだけになって水に入る準備を整える。

 そして、俺はレスカに手を出し出すと、その手を躊躇いがちにだが握り返してくれる。

 レスカを連れて、川へと入っていく俺たちに何というか、様々な視線が向かってくる。


「コータス兄ちゃんとレスカ姉ちゃんは、少し自重した方がいいと思う」

「まぁまぁ、レスカちゃんの可愛い水着姿を見れたからいいじゃない。まぁ、そのレスカちゃんをコータスに取られているのはお姉さんとしては、超悔しいんですけどね!」

 ジニーからは、かなり甘ったるいお菓子を口にしたような顰めっ面をしており、ヒビキ

からは悔しい表情が見て取れる。


 そして、アポロと護衛の自由騎士に関しては――


「コータス義兄様は、確かに表情見分けづらいですけど、あんな表情初めて見ました」

「あの仏頂面のコータス君がここまで表情豊かに、奇跡だ。護衛のやつらがコータス君を見て、表情が柔らかくなった、って言ってたけど、柔らかいどころじゃない!」


 そして、アポロに関しては、驚き、魔力の玉への干渉が完全に途切れてしまっている。

 護衛の自由騎士は、今まで空気的な存在になるように立っていたが、アポロ以上に驚きに目を見開いている。

 まぁ、自由騎士の皆は、俺のことを可愛がって(弟や親戚の子ども的な意味だったり、鍛錬での扱き的な意味だったり)くれたので、驚きはあるのかもしれない。


「……それじゃあ、レスカ。泳いでみようか」

「えっと、でも、どうすれば」

「俺の両手に掴まって、バタ足の練習だ。下手に体を強張らせず、適度に力を抜いて、水に浮かぶんだ」

「は、はい!」


 そんな外野の視線を無視してレスカの両手を取って支え、レスカは両足を川底から離した。

 顔に水を浸けないように頭を上げると、自然と足先が下がる中、足を動かしバタ足をする。


「そうだ。動かすのは、膝下じゃなくて、太ももを含む足全体で、だ」

「は、はい!」


 俺が指摘するとレスカは、その部分をすぐに修正して泳ぎ始める。


「水に顔を浸ける練習もするか?」

「は、はい。お願いします」


 今度は、川の水に顔を浸けて、バタ足をする。

 頭から足先まで一直線になり、レスカが掴む俺の手にグッと前に進むような感覚を覚える。


「コータスさん、どうですか?」

「いい感じだ。次は、少し進んでみるか」


 俺は、バタ足するレスカの手を引くように後ろに歩き、レスカが泳ぐというのを体験させる。


「はぁはぁ……コータスさん、ちょっと泳ぎ方が分かりました!」


 レスカは、泳げないと言ったが泳ぐ機会が今まで無かっただけで運動勘や泳ぎに関する理論をすぐに吸収するのですぐにある程度までできるようになった。


「そうか、それじゃあ、今度は、俺は片手だけで誘導する。そして、最後に手を離したら

そこから少し泳ぐといい」

「はい、わかりました!」


 レスカは、真剣な眼差しで俺を見てくる。

 なので、俺は川の端からレスカの手を引いて泳がせ、そして川の真ん中で手を離し、一人で泳がせる。

 真っ直ぐに伸した腕とバタ足で水を掻き分け、穏やかな川の端に向かってレスカは泳ぎ切ることができた。


「はぁはぁ……やりました! コータスさん、やりましたよ!」

「ああ、レスカ、おめでとう」

「そっちに戻りますね!」


 レスカは、俺のところに向かって覚え立ての泳ぎを使ってやってくる。

 川の中程にいる俺の腹にぶつかり、俺の体を支えるように水から顔を上げるレスカ。


「はぁはぁ……コータスさん、ありがとうございます! 泳ぐことができましたよ!」

「……そ、そうか。それは良かった」


 息継ぎまで練習していないので息を整えながら、俺に眩しいほどの笑みを見せるレスカ。

 ただ、寄り掛かるようなレスカと抱き留めて密着する俺は、レスカの柔らかさ――特にレスカの水着越しに押し付けられる柔らかな胸としっとりとした肌触りに動揺する。


「えっと……きゃっ!? ごめんなさい!」


 そして、遅れてレスカが自身の密着具合を知り、恥ずかしさから距離を取る。

 おかしいな、川に入れば、顔の火照りは落ち着くと思ったのだが、まだ暑い。


「……レスカはどうする?」

「その……思ったより、水の中を泳ぐのは疲れましたので、私は休ませて貰おうと思います」

「俺は、もう少し頭を冷や……泳いで全身の鍛錬をしようと思う」


 俺は、そう答えて、レスカが川から上がるのを見届けて、一人穏やかな川を泳ぎ、全身運動で体をいじめ抜く。

 途中、ペロとチェルナも水中を動く俺を追い掛けて、途中から水中鬼ごっこの様相に変わっていく。


 そんな俺やペロ、チェルナの様子を川から上がり、水着から夏服に着替えたレスカは、木陰で微笑ましそうに見つめている。

 ただ、俺の目が合った瞬間、一瞬気まずそうな苦笑いを浮かべる。


 そして、もう一方のジニーとアポロたちは――


「あたしの勝ち! アイスが貰える!」

「ううっ、負けました。僕もまだまだです……」

「あー、ジニーちゃんに負けちゃったわ。途中、ジニーちゃんに『ヒビキお姉ちゃん』の一言に魔力制御が途切れちゃったわね」


 拳を掲げて勝利の勝ち鬨を上げるジニーとヒビキの思わぬ精神攻撃やジニーとの魔力の玉の奪い合いに負けて気落ちしているアポロ。

 そして、負けたのにどこか嬉しそうにしているヒビキ。

 どうやらヒビキが無自覚に行なったアポロへの精神攻撃を見たジニーが『ヒビキお姉ちゃん』と語り掛ける精神攻撃をして勝利を捥ぎ取ったようだ。


「さて、そろそろ帰りましょうか。まだ日は高いですけど、そろそろ帰りましょう」


 レスカの音頭に合わせて、俺も水気を絞り、タオルで体を拭いてから脱いだシャツや靴を履いて、片付けの準備をする。

 もっとも暑い時間を抜け、涼しい風が流れ始め、バーベキューの道具を片付けている間、ふとジニーを見ると、頭が前後に揺れ、眠たそうにしていた。


「あらら、ジニーちゃんは、眠いのかしら?」

「……大丈夫、アイス食べるまで、起きてる」

「だれもアイスを取らないから今は寝てても良いわよ」

「…………ん」


 ヒビキの誘いの声にジニーが小さく頷き、敷物の上に横になる。


「ジニーちゃん、遊び疲れたみたいですね」

「俺がジニーを背負ってリア婆さんのところまで送り届ける」


 片付けたバーベキューの道具は、護衛に付いていた自由騎士の方が手伝い、俺たちは、川辺からレスカの牧場に帰る。

 その途中、立ち寄ったリア婆さんの薬屋では、ジニーの遊び疲れて眠る姿を見て、リア婆さんが嬉しそうに目を細め、軽く挨拶を交わす。


『キュイ!』

「今度は、チェルナか。わかった、乗ると言い」


 そして、ジニーを背負っていた俺の背中には、今度はチェルナがよじ登って後頭部の定位置に収まる。

 その様子に、レスカやヒビキが楽しそうに笑い、アポロも笑う。


「今日は、楽しかったです。コータス義兄様、レスカさん、ヒビキさん。ありがとうございます」

「アポロが楽しめたなら良かった。それに俺たちも楽しんでいたからな」


 アポロの率直な感想に俺も答える。

 こんな穏やかな日が続けばいい、と思ってしまう。

 そんなことを思う俺に、アポロは子どもらしい無自覚な爆弾を落としてくる。


「それで、レスカさんとヒビキさんのどっちを義姉様って呼んでもいいですか?」

「はぁ……?」


 アポロの発言に俺が間の抜けた声を上げてしまう。


「ですから、どちらがコータス義兄様とお付き合いをしているんですか? 将来の義理の姉になるんですよね?」


 俺とバーベキュー道具を運んでいた護衛の自由騎士が同時に吹き出す。

 そして、レスカは、顔を真っ赤にしてあたふたして、ヒビキが困ったように視線を彷徨わせる。


「あー、うーん。同棲している男女ってことはそう見られるのかしらね……」

「違うんですか? はぁ、まさかコータス義兄様、お二方とお付き合いを! 大丈夫です! 上位の冒険者の中には奥さんが二人の人も居ます!」


 アポロの発言に、俺はこめかみを押さえる。

 自分の義弟は、こんなに耳年増だっただろうか。

 そして、そうした知識はまだ早いと遠ざけていたつもりだが……とその元凶らしき護衛の自由騎士を見ると視線を逸らして口笛を吹いている。


「はぁ……俺たちの関係は、牧場に居候させて貰っている共同生活者だ」

「では、レスカさんとヒビキさんは、結婚とかは考えてないんですか?」

「…………」


 純粋にそう聞かれて仕舞うと、なんとも答えづらい。

 いつかレスカとそんな仲になりたい、と言う気持ちはある。

 だが、それをこの場で口にするとレスカを困らせてしまう気がする。


「アポロ。子どもがそういうことに口を出すもんじゃない」

「むぅ、義兄様は、僕を子ども扱いして」


 俺は、適当にアポロを窘め、レスカの牧場に戻る。

 そこでアポロと護衛の自由騎士は、お世話になっているパリトット子爵のところに帰るようだが、その前に――


「アポロ、稽古で興味があるなら今度、自警団の訓練がある。指導者は元・近衛騎士の人だから見ると勉強になるだろう」

「義兄様、ありがとうございます!」


 俺に誘われて嬉しいのか、表情を明るくするアポロ。

 先程の俺が誰と結婚するのか、という話は、見事に忘れたようだ。

 そして、俺は、長い溜息を吐き出し、軒先でアポロたちを見送るレスカたちに言葉を掛ける。


「悪いな。義弟が変なことを言って」

「いえいえ、全然、気にしてませんよ!」


 レスカは、ほんのりと顔を赤らめて何でも無いように手をパタパタと振る一方、ヒビキは、顎に指を当てて呟く。


「うーん。結局、コータスとレスカちゃんは、結婚についてどう思ってるの?」


 そう尋ねられると、困惑する

 レスカを好ましく思うと言葉を口にした結果、穏やかな関係が壊れないか、とも思う。

 もしも結婚を考えた場合、左遷された騎士である俺の給与は少ないし、甲斐性があるかと言えば、無いと思う。

 こんな俺にレスカと釣り合うのか、などと考える俺を見通したヒビキが先に口を開く。


「コータスとレスカちゃんが互いに好き合っているのは、見ていて分かるんだから、互いに気恥ずかしいだけで別に関係とか崩れないでしょ」

「ヒ、ヒビキさん!?」


 慌てるレスカに、俺とレスカは、互いにそんなに分かりやすかったか、とも思う。


「それで、どうなの?」


 一歩距離を詰めるように尋ねてくるヒビキ。

 ペロやチェルナ、軒先のルイン、地面からはコマタンゴやマーゴも俺たちの答えを待っている。


「俺は、レスカのことを好き、だと思う。けど…………幸せにする自身がない」


 そう肩を落としながら答えると、レスカは俯き、肩を振わせている。

 こんな答えは、嫌だっただろうか、と思うと、レスカは、小さく拳を握り、真剣な表情を俺に向けてくる。


「ふぅ、はぁ~、お、女は度胸です!」


 深呼吸したレスカは、気合いを込めて、俺に言葉を投げかけてくる。


「私は、私で勝手に幸せになります! だから、余計なことを考えなくていいです!」

「レスカ?」

「だから、私と婚約してください!」


 まさかのレスカの方からの婚約の申し出に、俺はあたふたする。

 そして、ヒビキが口元に手を当てて、声のない叫びを上げ、コマタンゴたちはパタパタと体から生える手を叩き、ペロやチェルナも嬉しそうにしている。


「……よ、よろしくお願いします」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」


 俺が頭を下げて、受け入れると、レスカも上擦った声で答える。

 互いに赤い顔をどうしていいか分からず、困惑するところで、ヒビキがニヤニヤとした笑みで小さく手を叩く。


「はいはい。ほんと焦れったいんだから。けど、婚約おめでとう。あとは、町の長老衆一人のリアお婆さんに挨拶する必要があるわね。そうしたら必要なことを色々教えてくれるわよ」

「……けど、俺がレスカと結婚して大丈夫なのか?」


 そう心配になるが、ヒビキは、呆れたような目を向けてくる。


「大丈夫なのよ。むしろ、周囲としては、あなたたち二人が婚約するのを待っていたのよ」

「そう、なのか?」


 ヒビキの話では、レスカと結婚を望む男性は多く居たが、俺がレスカの牧場に住み、Bランク魔物の討伐、真竜アラドとの対峙の話を間近で聞き、諦めたそうだ。

 一部オリバーだけは諦めていないが、その他は、いつ俺とレスカが婚約を成立させるか賭けまで発展していたらしい。


「正直、私の方でリアお婆さんからせっつかれたのよ。バルドルさんとシャルラさんが婚約して、次にコータスとレスカちゃんが婚約しないと今年の集団結婚式には間に合わなくて来年に回るだろう、って」


 王都では、区画毎に教会があり、そこに新郎新婦が赴いて結婚の祝詞を上げて、各家庭で結婚を祝ったり、貴族にもなると大規模な結婚式を挙げてガーデンパーティーを開いたりする。

 辺境の牧場町では、秋の収穫祭に合わせて集団結婚式を挙げるので、それに間に合わせるためにも夏の内には婚約を成立させる必要がある。


「まぁ、これで安心ね。それからマーゴが通訳してのルインからのありがたい言葉よ」


 コマタンゴたちに担がれて前に出てきたマーゴと気怠げなリスティーブルのルインが並ぶ。

『ルインノコトバ――『ヤット、ニンゲンノオスガ、ムレニクワワルノカ、マタセルナ』』


 ――やっと人間のオスが群れに加わるのか、待たせるな――

 ルインからの叱責の言葉だろうか。

 人間のオスとは、俺であり、群れを家族と例えるなら――新たな家族として俺が加わるのを待っていたようだ。

 その言葉に嬉しく思い、レスカと共に手を繋いで牧場の母屋の中に入る。


 ヒビキのお節介はあったが、互いに思いを通じることができ、心の中を満たされるような感じがする。


 だが、それを乱すものがすぐ傍までやってきていることに、俺は知らなかった。





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