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翌日、朝早くから牛舎の掃除とコマタンゴの出荷、ピュアスライムの浄化水の配達と色々
な準備をしていた俺たちのところに、義弟のアポロと保護者代理として自由騎士の護衛が一人やってきた。
「義兄様! レスカさん! 来ました!」
「アポロ、よく来たな。親父たちは?」
「父様は、町の視察に同行してます! 母様は、パリトット子爵夫人からこの町の特産品について色々と伺っています!」
小走りで近寄ってくるアポロの頭を撫で、親父たちの報告を聞いて頷く。
そして、遅れてやってくる護衛の自由騎士に頭を下げる。
俺と見知った自由騎士ではあるが、相手はアポロの護衛中のために笑いながら会釈するだけで会話はない。
そうしてアポロたちと合って、レスカが来るのを待っていると、母屋の方から鳴き声がして振り返る。
『キュイ~』
「チェルナか……」
振り返り、ぼふっと顔に何かがへばりつく。
最近、短い距離だが飛ぶことができるチェルナは、頻繁に俺の頭に直接着地しようとする。
そして時折、勢い付いて今回みたいに顔面や側頭部にぶつかるのだ。
俺は、そんなチェルナを引き剥がし、頭の定位置に載せる。
「チェルナ、大丈夫か」
『キュイ!』
「なら、いい」
俺とチェルナのやり取りにアポロたちがポカンとした様子で見ている。
真竜の雛を改めて見て、驚いているのだろうか。
そして、チェルナを追ってレスカとペロがやってくる。
「チェルナ。先に行ったらダメですよ! あっ、おはようございます」
追い掛けてきたレスカが牧場にやってきたアポロたちに気付き、会釈すると二人は正気に戻る。
「こちらこそ、しばらくの間は、よろしくお願いします」
アポロが頭を下げると、保護者代理の自由騎士もレスカに頭を下げる。
「気にしないで下さい。折角ですからこの牧場町を楽しんで下さい」
レスカがそう応える。
そして、俺が慣れた手付きでペロとリアカーを繋げて、配達物を積んで行く間に、レスカ
がアポロたちに今日の予定を説明する。
「今日の予定は、朝に確認しましたけど、アポロ君がいるので説明しますね」
「お、お願いします」
「今日は、牧場町の配達をしながら町を案内しますね。明日からは、幾つかの牧場の手伝いがありますので、その体験や見学をしていただけたらと思います」
「わかりました」
アポロは背筋を伸してレスカの話を聞くがそこまで肩肘張る必要はない。
「とりあえず、行こうか。アポロも疑問があればその都度、聞けばいい」
俺とレスカは、リアカーを牽くペロの横に立ち、二人も俺たちに並ぶ。
「義兄様、これが騎士のお仕事なんですか?」
「いや、これはレスカの牧場の手伝いだ。騎士の仕事は、町の巡回や【魔の森】の監視とかを自警団と協力して行なう」
「そうなんですか。」
少し不服そうなアポロは、それっきり黙り、会話が続かない。
そんな中、町中を進み、町の各所を説明しながら配達をする。
「あそこがランドバード牧場だ。ちょうど、雛のお披露目をしているな」
「可愛いですね。ランドバードの雛たち」
『キュイ!』
俺やレスカ、チェルナは、牧場の柵の外からランドバードの雛の様子を眺める。
【炎熱石】によって温められた卵の中から生まれたランドバードの雛たちは、牧場の敷地内をピヨピヨと鳴きながら歩いている。
「可愛い……」
アポロが感嘆の声を上げて、ランドバードの雛を見る。
体長60センチほどの黄色に毛先が赤っぽい産毛を生やした雛たちは、短い足を素早く動かして、小さな翼でバランスを取りながら一生懸命に歩く姿は、庇護欲をそそる。
『キュイ!』
「あっ、チェルナ! 勝手に入るな!」
興味があるのか、俺の頭から飛び出したチェルナは、ランドバード牧場の柵を超えて雛たちの許に向かう。
そして、牧場の敷地に着地して雛たちに近づくと、いきなり見知らぬ魔物が現れたことで、一斉に距離を取るように走り出す。
走ることが得意な魔物であるために、一斉にランドバードの雛たちは、チェルナから距離を取る。
それを追い掛けようとするチェルナだが、まだ手足が短く、走るよりも飛ぶ事に適した体であるために追い掛けようとしても追い付かずに、足が縺れて転ぶ。
真竜の鱗に覆われているので怪我はなく、柔らかな砂地にコロコロと転がって止まり、悲しそうにピィピィと甲高い鳴き声を上げる。
「あー、ちょっと待ってろ。今、行くから」
俺は、ランドバードの柵を乗り越えてチェルナを迎えに行こうとすると、見知った色合いのランドバードがチェルナの首許を優しく咥えて運んでくる。
「すまない。助かった」
『クェッ!』
『キュイ!』
ランドバードの亜種に進化したソニック・ランドバードが嬉しそうに鳴き声を上げ、俺が抱きかかえるチェルナも同じように鳴き声を上げる。
「義兄様、その魔物は?」
「ああ、このランドバード牧場の魔物だ。たまに、乗せてもらってるんだ」
俺が柵越しにソニック・ランドバードに手を伸ばすと、アポロは目を輝かせて俺の方を見る。
「凄いです、義兄様! 真竜と契約するのみならず、騎乗用の魔物を調教したんですか!」
「いや、ちょっと違うんだが……」
進化直後に力の使い方や限界を覚えさせるために手伝いをしたり、趣味の一環として時折、ソニック・ランドバードに乗せてもらい体幹を鍛えているだけだと言う機会を失ってしまった。
「アポロ、俺は別に調教師になった訳じゃない」
「はい、わかっています! ですけど、『優秀な竜騎士は、優秀な調教師でもある』の格言の通り、竜騎士の名に恥じないために調教師の技能も修めているんですよね!」
アポロからの尊敬は、勘違いであるがそれを訂正すると義弟の夢を壊しそうで言い淀んでしまう。
そもそも俺自身は、竜騎士と名乗ったことはなく今も昔も左遷騎士である。
「いつか、コータス兄様の操るワイバーンに乗って空を飛ぶ姿を見てみたいです」
「……まぁ、機会があれば、な」
俺は、曖昧な言葉でそう返す。
俺の心中を察したレスカとフリッツさんは困った笑みを浮かべる。
その際、レスカがそっと近寄り耳打ちしてくる。
(コータスさん、期待されちゃいましたけど、どうします?)
(どうするべきかなぁ)
今から訂正すべきか、とアポロに振り返るが、ニコニコと楽しそうな笑みを浮かべてランドバードの雛たちを眺める姿を見たら何も言えなくなる。
(もし、よろしければ簡単な魔物との調教や契約の魔法をお教えしましょうか?)
(レスカ、いいのか?)
(はい。無属性の魔法ですから身体強化を使えるコータスさんなら、すぐに覚えられると思います。一番簡単な《仮契約》の魔法を覚えれば嘘にはなりませんよね)
(レスカ、助かる。その時は、頼む)
レスカが肯定するように頷き、俺がほっと吐息を漏らす。
アポロからの期待や憧れを壊さないように、兄の威厳を保つのは、少し大変だ、と思う俺たちは、牧場町での配達を再開するのだった。