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2-5


「コータスさん、お昼ご飯作って来ましたよ」

「あと少ししたら、切り上げる」


 俺は、硬くなった畑を耕し終えて、動く野菜たちが全部畑に戻ったことを確認してレスカの元に向かう。

 ピュアスライムの浄化水の配達を終えたレスカは、一度牧場に戻り昼食を用意してからこの場所に戻って来た。

 草地の上に敷かれた敷物の上にランチボックスを広げて待つレスカとお昼を今か今かと二つの口から涎を垂らして待つオルトロスのペロ。


「ふぅ、疲れた。これでこの畑は全部終わったぞ」

「お疲れ様です。凄いじゃないですか、初めてで半日でこの畑全部を終えちゃうなんて。みんな休憩を挟みながら夕方まで掛かるんですよ」


 そう言って俺を褒めるレスカは、水で濡らした小さなタオルを渡してくる。

 水で硬く絞られていたタオルで土埃や汗、手や顔の汚れを拭き、一心地着くことができた。


「今日のお昼は、天気がいいし外で食べられるようにサンドイッチにしました」


 レスカは、俺が落ち着いたタイミングでランチボックスを開き、お昼の中身を見せてくれる。

 中のサンドイッチは、白くて柔らかなパンに挟まれた色取り取りの具が隙間から食み出さんばかりに詰まっていた。

 野菜の緑にトマトの赤、肉の茶色や薄焼き卵の黄色など色鮮やかなサンドイッチに自然と手を伸ばして被りつく。


「うん、うまい。こういうボリュームのあるサンドイッチはよく食べるけど、サンドイッチンのパサパサ感がないな! それにソースがうまい」

 シャキシャキと瑞々しい野菜の食感と焼いた肉の油、そしてピリ辛ソースが柔らかいパンに染み込んで食欲が進む。

 また、瑞々しい野菜とトマトの水気たっぷりのサンドイッチは、口の端から汁が零れ落ちそうになり、慌てて啜る。

 薄焼き卵は、甘い味付けでパンにバターを薄く塗っているために、子ども受けしそうなサンドイッチだと思いつつ、三種類のサンドイッチを同じ順番に三巡して完食する。

 ここ数日、レスカの牧場でお世話になっているために、レスカの料理の味には疑いはなく、食材の中身さえ知らなければ絶品だ。中身さえ知らなければ……

 そんな空腹で一気食いしてしまった俺の目の前では、俺と同じだけの量のサンドイッチをゆっくりと味わい、幸せそうに食べている。

 その横では、オルトロスのペロも同じように幸せそうに尻尾をブンブン振って、肉に喰らいついている。


「レスカ。美味しいな」


 俺がレスカに声を掛けると俺以上にサンドイッチの夢中になって食べている。

 少し待たせてしまったためにお腹が空いていたのか、その食べる姿と表情が綻ぶ姿に思わず頭に手を伸ばし、撫でる。


「もぐもぐ……っ!? はっ!? な、なに、なんなんだ!?」

「美味かったな」

「あ、う……そ、そうか! ってならなんで撫でる!?」


 俺に声を掛けられて驚いたレスカは、慌てて飲み込み、少し恥ずかしそうに答えて、ツッコミを入れる。

 どういや、レスカは突発的な反応を受けると変な言葉遣いが出ることが少しだけ分かった。

 俺は、レスカの用意した水筒から勝手にお茶を用意して、レスカに渡した後、自分の分も注ぐ。


「そういえば、サンドイッチの具はなんだ?」

「コータスはちゃんと確認しなかったんですか? それは採れたて野菜とトマト、家畜化したボア種の肉を使ったハンバーグ、ランドバードの卵を具に使ったんですよ」

「そうなのか」


 そう言って、再び食べ始めたレスカの肉と野菜のサンドイッチをジッと見ていると、少し慌てたようにして、あ、あげませんよ! とサンドイッチを死守するようにするので思わず、小さく笑ってしまう。

 そして、急いでそれを食べて次に、子ども受けしそうな薄焼き卵のサンドイッチに手を伸ばした時、子ども関連で思い出す。


「そう言えば、レスカが居ない時、畑に子どもたちが来たんだよ」

「子どもたち?」

「ああ、男の子二人に女の子一人の三人組。色々と畑の耕し方を教えて貰ったんだよ」

「ああ、それなら、リックくんとそのお友達ですかね?」


 ちなみに、リック12歳、女の子のメリー11歳、付いて回ってる男の子がリックの弟のロイが9歳らしい。


「そうなのか。今度お礼をしないとな。あと、麦藁帽子を被った気の強そうな女の子が俺の方を見つめてたりもしたな」


なんで一人なんだろうな、同年代の子どもがいるのに、と言えば、レスカは誰か思い当たったようだ。


「その子は、ジニーちゃんかもしれません」

「それが、あの子の名前なのか?」

「ああ、ジニーちゃんは、ちょっと事情があるんです」

「事情?」

「あの子の両親は、各地を回る高名な冒険者なんです。だけど、子連れでの行動って大変らしいので、最近、この町のお祖母さんに預けられたんです」


 一度、お茶を飲み、喉を潤してから話の続きをするレスカ。


「お祖母さんが薬屋でピュアスライムの浄化水の配達で顔を合わせるですけど、何故かジニーが私に懐いちゃったんです。その理由が思い当たらないんですよ」


 そういって、自分のこめかみに指を押し付けて、むむむっと悩むレスカ。


「まぁ、冒険者に関してだとよくある話だよな」


 俺は、そんなレスカの様子を見ながら、ジニーの身の上を聞いてそう呟く

 子持ちの冒険者には、様々なリスクがあり、それを回避するために信用できる親族に預け、冒険者を引退すると同時に、その町で余生を過ごすというパターンがある。


「まぁ、ジニーちゃんが預けられたで話が終われば良いんですけど、あの子自身に強い加護が宿っているんです。だから、それが原因なのか冒険者になりたがって……」

「親が恋しいのか、子ども特有の無謀なのか……」

「人恋しさを紛らわせるなら同年代の子どもと交流すればいいですけど、ジニーちゃん自身、中々距離感が掴めないみたいなんです」


 俺は、レスカの話を聞きながらお茶を飲み干す。

 ジニーの事情は知ったとしても俺に何ができるわけでもないし、と思い考えを切り替える。


「さて騎士の最初の仕事を終えたからバルドルに報告に行かないとな」

「それなら確か、バルドルさんは、ランドバードの牧場の手伝いだと思いますよ。昼間は軽く他の牧場の手伝いをして夜に畜産魔物の出産する牧場に泊り込みをしているらしいです」


 俺は、レスカから説明を聞きながらランドバード牧場に向かい、その光景に驚く。


「……これがランドバード。でかいな」


 目の前に広がる木製の柵が建てられた牧場の敷地に放し飼いにされている鳥の畜産魔物を見上げる。体長は二メートル、しなやかな脚で身体を支え、大地を踏みしめて走る速さに圧倒される。


「おう、左遷生活一日目は、どんな感じだ?」


 そんなランドバードを呆然と眺めている俺の背後からバルドルに声を掛けられ振り返る。

 農業用のフォークを肩に乗せて歩いてくるバルドルは、片手を上げるが、俺はまだランドバードが気になりそちらを見ている。


「あ、ああ……まぁ、何とか。それよりその仕事手伝うか?」

「畑一面耕すだけで一日掛りの大仕事なのにまだ仕事をしたいだぁ!? この牧場町でも休むのも仕事だから、今日は自由に過ごして良いぞ」


 そう言われて、この田舎町で何をするべきかと考えて、騎士としての鍛錬でもするか、と考える。

 報告を終えたバルドルは再び農業用フォークを持って、仕事に戻っていく。

 俺もとりあえず言われた通り、今日はもう休むか、と思って振り返るとランドバードの卵直売所で待っていたレスカに声を掛ける。


「レスカ」

「あっ、コータスさん。もうバルドルさんとの話は良いんですか?」

「今、終わった」


 そして、レスカのいたランドバードの卵の直売所では、ランドバードの卵の実物を目にすることになる。


「まぁ、ランドバードがあれだけ大きいなら、その卵って大きいのが普通か。でも、驚いた」

「巨大な鳥の畜産魔物ですから、卵もその分大きいんです」


ランドバードの卵の直売所で見た卵は、抱えるほどの大きさで、家庭料理じゃ使い辛いサイズだ。

 だから、直売所では、ランドバードの卵を割って取り出した卵を溶いた卵液を量り売りにして販売しており、それを主婦たちが買って行く。

 その他にも、お菓子などの卵を使った商品が並んでおり、卵専門店らしさを感じる。

 そんな店内を物珍しくて見回している俺の服を引っ張り、上目遣いで見上げてくるレスカ。


「ところで、コータスさんはなにか甘い物とか食べたいと思いませんか?」


 チラチラと先程まで見ていた遠くの方向と俺の顔を交互に上目遣いで見てくる。

 若干、赤らんだ表情と潤んだように見える瞳に、こんな真昼間から理性を揺さぶられるとは思わなかったが、硬い表情のポーカーフェイスでやり過ごす。


「ん? 甘い物とか特に好き嫌いはない」

「その、コータスさん、初日のお仕事を頑張りましたよね? それになにか印象に残った食材とかないですか?」


 そう言って露骨にレスカの視線にあり、俺は納得する。

 確かに、あれを一人で食べるのは大変だろう。


「じゃあ、あれを食べたい」


 俺が、その商品を指差した瞬間、レスカの表情がぱっと明るくなり周囲に花が散るのを幻視するが、すぐに顔を赤くして、そっと視線を外す。


「し、仕方がないですね! あれは、一日限定10個しか作られないランドバードの卵プリンですけど、コータスさんが働いたご褒美です!」


 そう言って、店員の人に早速注文するレスカの後ろ姿が非常に上機嫌に見えるので、その頭を撫でる。


「な!? だ、だから、私の頭を撫でるなぁ! 準備が整うまで外に出てろ!」


 思わず撫でてしまったのがいけないのか、変な口調になったレスカによって直売所から追い出された俺は、店の前でレスカを待つことになる。

 そんな俺の視界の端には、直売所の脇で麦藁帽子を被った女の子がキョロキョロと当たりを見回している姿を見た。


「確か……ジニーだったか。なにをやってるんだ?」


 ジニーの視線が奥のランドバードの鳥舎の方に向いている。


「とりあえず、声を掛けてみるか」


 俺は、ゆっくりとした歩みで近づき、麦藁帽子の少女に声を掛ける。


「何やってるんだ?」


 俺の呼び声に驚いたのか、弾かれるように振り返るジニーは、目を見開いて俺を見上げてくる。


「あ、あんたは、確かこの前来た」

「俺を知ってるのか?」

「うん。婆ちゃんが言ってた。左遷された人が来るって」


 ここでも左遷かぁ、と苦笑いを浮かべるが、少女はびくっと肩を震わせて涙目になる。

 レスカが自然な対応をしていたが、俺は目付きが悪い。ただ普通に苦笑いをしただけなのに、悪巧みしていそうと言われたこともある。

そして目の前の少女は、俺の苦笑を勘違いして、警戒心ありありで俺を睨みつけている。


「それで、あたしに何の用?」

「いや、ただ畑仕事してた時に俺のこと見てただろ? なにか用でもあったのか、と思ってな」


 俺がそう尋ねると、勝気な猫目の少女は、無言で警戒している。

 だが、その警戒はいつまでも続くものではなく、ポツリと語ってくれた。


「……あの鳥小屋に行きたい」

「鳥小屋? ああ、ここランドバードの牧場だからなぁ。けど、今は放牧しているのになぜ、鳥小屋なんだ?」


俺がそう答えると、言いたくないことなのか、ムスッとした表情を作るジニー。

 その時、レスカが直売所のランドバードの卵プリンを抱えて戻って来た。


「コータスさん、ごめんなさい。お待たせしました」

「ああ、レスカ。買って来た……のか」


 戻って来たレスカは、文字通りランドバードの卵の殻を容器にして作られた巨大プリンを大事そうに抱えており、嬉しそうにしている。


「それ、本当に食べ切れるのか?」

「大丈夫だと思います。女の子は、甘い物は別腹ですから!」


 そう言って、たゆん、と揺れる胸から視線を逸らす。

なるほど、魔物に対する深い知識を維持するための頭や豊満な胸の両方に栄養を生き渡らせるためにそれだけ食べるのか、などとくだらないことを考えたら、レスカに睨まれた。何故、俺の考えが分かる。

そんな感じのやり取りで俺に胡乱げな視線を向けていたレスカは、俺の背後に立つジニーを見つける。


「あっ、ジニーちゃんも一緒だったんですね」

「レスカ姉ちゃん」

「なら、私たちと一緒に卵プリン食べませんか?」


レスカは、お昼に話題にしたジニーがいることに気付き、さり気なく誘う。


「い、いい……やることがある」


 一応、親元離れた子どもに対する気遣いだが、素気無く断られて若干寂しそうにするレスカ。そのレスカの反応に気付いたジニーは、わたわたと慌て始める。


「ちが、その、あの……あたしは、炎熱石を取りに行きたいんだ!」

「「炎熱石?」」


 慌てて口走ったジニーの言葉を尋ね返す俺とレスカの反応に、しまった、という表情をするジニー。


 炎熱石というものがどういう物か知らない俺は、首を傾げるが、そんな俺の反応を見て、レスカが教えてくれる。


「炎熱石は、サラマンダーの口内で採れる熱量を溜め込む性質を持つ石なんです。だから、鍛冶場や厨房の余熱を溜め込んで色んなことに利用しているんですよ」


 牧場町での利用方法は、公衆浴場の熱源や卵生魔物の人工孵化に必要な熱量の確保などに使われるらしい。


「だから、確かに炎熱石は、ランドバードの人工孵化に使われるために鳥小屋にあるんですけど、なんでジニーちゃんが欲しがるのかな?」

「熱を溜め込む石……炎熱石……ってちょっと待て。サラマンダーの石って言うと【サラマンダー・ルビー】じゃないか!」


 レスカやジニーの言う炎熱石とは、一般に【サラマンダー・ルビー】と呼ばれる魔法触媒の宝石だ。

 魔法使いに杖の先端に付けられる宝石として利用されるサラマンダー・ルビーは、火魔法の発動を補助し、魔法で発する余計な熱量を吸収して、再び魔法に熱量を供給する一種の循環機構の役割を果たす。

そのために魔力だけで生み出す火魔法よりも損失を減らすために、魔力の節約をすることができる代物だ。

 そして、レスカは、思い出したように呟く。


「そうか、ジニーちゃんは、火に関する加護持ちでしたね」

「なるほど。火に関する加護持ちだから【サラマンダー・ルビー】のような魔法触媒を欲しがったのか」


 そう言って俺は、ジニーに一歩近づく。


「流石に冒険者志望だからって、勝手に魔法の練習に使えるものを持ち出すのは、見過ごせないぞ」

「う、うるさい! 外から来た人間に言われたくない! あたしの勝手だ!」

「――熱っ!?」

「コータス!」


 俺がジニーの手を取り、この場から連れ出そうとした時、ジニーの体から激しい炎が噴き上がり、掌を炎が炙る。

 思わず、手を引っ込めて抑えるとレスカが驚き、声を上げる。

 ジニーは、自分の起こした炎に驚きに目を見開くと共に、被っていた麦藁帽子に火が燃え移り、激しく燃え上がり、日の下に明るい赤茶色の髪を晒す。


「ご、ごめ……っ!」


 自分自身が引き起こした状況に驚き、謝罪を途中まで口にするが、弾かれるようにランドバード牧場の人工孵化施設に駆け出す。


「おい、入るな! 危ないから戻って来い!」


 俺の呼び掛けにジニーは、一瞬だけ振り返るが、そのまま人工孵化施設を目指す。

きっと【サラマンダー・ルビー】を取って行くつもりだろう。


「レスカ、俺がジニーを連れ戻す。悪いがバルドルか誰か大人を呼んできてくれ」


 俺は、レスカに後を頼み、ジニーの後を追い掛ける。

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